第二十三話 それぞれの修行(プラナ)
マナとニュークと別れて数分後。
俺はギルドの瞑想室でプラナと向き合って、ひたすらに座禅を組んでいた。
「…………」
「…………」
ひたすら、無言の時間が続く。
様子を見に来た時から、ずっとこうだった。
瞑想は精神と魔力を同時に上げられる有効な訓練であるのだが、どちらかというとアクティブな人間の多い冒険者にはあまり人気がないようで、部屋に俺たち以外に人の姿はない。
真剣に瞑想をしているプラナの邪魔をする訳にもいかず、かといってその場にただ留まっていてもしょうがないので一緒に瞑想を始め、もうかれこれ数十分が経っている。
「…………」
「…………」
風の音すらしない静寂の中で、ただプラナと並んで二人、いつまでも瞑想を続ける。
無為な時間ではあるが、じゃあプラナと二人きりで何を話すのか、と言われると思いつかないので、あるいはこれでよかったのかもしれない。
(なんというか、キャラが掴めねえんだよな)
俺はブレブレの最初のプレイで〈冒険者に憧れる都会の少年〉を選んだものの、新人パーティを選ぶかレクスを選ぶかの選択で、当然のようにレクスを選び、彼らを見殺しにした。
その罪悪感も手伝って、次の二周目ではレクスを犠牲にして彼らとパーティを組んでみたのだが、残念ながらネームドキャラではなかった彼らに大した掘り下げはなかった。
だから、俺の自慢のゲーム知識もプラナ相手には役には立たず、今一つ距離感を測れないでいる。
(ニュークくらい常識的なら、いや、ラッドかマナくらい極端でも、やりようもあるんだけどな)
プラナはどうにも感じが掴めず、今まであまり話すこともなかった。
そんなことを思いながら、漫然と瞑想を続けること、しばし、
「……わ!?」
不意に肩に感じた温かさに、俺は目を開けた。
見ると、驚くほどに近い場所で、プラナが俺を覗き込んで、肩に手を触れさせていた。
「休憩の時間」
素っ気ないその言葉に驚いて時間を確かめると、もうかなりの時が経っていたことを知る。
「あ、ああ。悪いな」
没頭しているようでいて、きちんと時間の把握はしていたらしい。
彼女は俺が目を開けたことを確認して心持ち満足そうな表情をすると、すぐにまた元の場所に戻っていった。
「…………」
「…………」
もうお互いに瞑想はしていないのに、ふたたび無言の時間が始まる。
俺の向かいで正座するプラナの姿勢は、先ほどと寸分違わない。
ただ、目だけははっきりと見開いて、俺を眺めていた。
「……なぁ。プラナはどうして、俺の指導に従ってるんだ?」
気まずさに耐えかねて、俺はつい聞かなくてもいいようなことを口に出した。
ただ、ずっと不思議に思っていることではあった。
プラナはラッドに度々噛みついているところを見ても、気が強く、反骨心に溢れている印象があった。
なのに、俺が提示する無茶な修行を、一度も文句を言わず、率先して行っている。
「俺が言っていることがおかしいんじゃないかって、疑ったりはしないのか?」
今やっている特訓なんて、その最たるものだ。
優秀なスカウトであり、弓使いである彼女に対して、俺は戦闘を禁じ。
さらにわざわざ適性とは真逆の魔法使いに転職させて、瞑想を命じている。
そんな指導に対して彼女が何の不満も述べないのはなぜなのか、俺は知りたかった。
「どうして?」
「どうして、って……」
ただ、返ってきたのは、純粋な疑問だった。
「あなたの話した理屈は、筋が通っている。拒む理由がない」
口にするプラナの声には、何の揺らぎもない。
「能力が低い方が訓練の効果が高いのなら、戦闘で『成長』をする前に訓練するべき。素質によって訓練の効率が変わるのなら、その時だけ適した職に転職するのは当然のこと。……どこに疑問があるの?」
逆に問われて、困惑する。
確かにそれは、俺が口にした彼女たちに訓練を課す理由だ。
ゲームでも度々勘違いされることがあったが、「レベルアップとは違い、訓練には本人の素質が影響しない」というのは真っ赤な嘘だ。
素質が高い能力ほど、訓練をした場合でも当然のように上がりやすい。
では、なぜ不得意な能力でも訓練なら簡単に上がるように見えるかというと、訓練による能力の上昇は「現在の能力値が低いほど起こりやすい」という性質を持つからだ。
ゆえに、「転職で出来るだけ成長値を高くした能力を、レベルが低いうちに鍛える」というのがゲーム的最適解だと思うのだが、これがメタ的な視点を持たないこの世界の人間に賛同してもらえるとは思わなかった。
「レクスは、もっと自信を持つべき」
それどころか、むしろプラナは諭すように言う。
「どんな本を読んでも、どんな相手に聞いても、これほどの答えを私に教えてくれたものはなかった。最高の指導者を得て、私たちは、とても、とても運がよかった」
決して雄弁とは言えない言葉。
だけれどだからこそ、そこには強い実感がこもっていた。
(……まいったな)
口元がにやけてしまうのを、押さえられない。
正直に言えば、俺がこいつらを鍛え始めたのは善意なんかじゃ決してない。
成り行きと、それから自分の欲望に依るところが大きいし、単なる実験のつもりだった。
現に、ここまで言われた今だって、こいつらのために自分の目的を全部ほっぽりだして尽くせるか、と言われたら難しいと思う。
だけどそれとは別に、こいつらがどこまでやれるのか。
それを純粋に見届けたいという気持ちも芽生えてきていた。
(だからせめて、こいつらが俺に頼んだことを後悔しないように、鍛えあげてやらないとな)
それが、こいつらを引き込んだ俺の、最低限の責務だ。
それから……。
「悪かったな。俺は、プラナを侮ってた」
「……?」
わずかに首を傾げるプラナに構わず、頭を下げる。
訓練の仕様を説明をしておきながら俺は、「こんなのはこの世界の人間には本当の意味では理解してもらえない」と、心の底では思っていたんだろう。
だから、プラナが何の疑問も抱かずに訓練を続けていることが、信じられなかったんだ。
今日出会ったヴェルテランもだが、どこか俺たちに対して懐疑的な視線は感じていた。
知らない間に、それに少し毒されてしまっていたのかもしれない。
「偏見なく物事を見るってのは、そう簡単なことじゃないからな。教えるって決めた相手が、プラナたちでよかった」
俺の言葉を聞いたプラナが、目を丸くする。
それを見て柄にもないことを言ってしまったと気付いた俺は、急に照れ臭くなった。
「じゃあ、俺はラッドのとこに行ってくる」
逃げるように立ち上がる。
そろそろあいつも煮詰まってる頃だろう。
しっかりと見てやらないと。
「……待って」
しかし、出口に向けて歩きかけたところを、声をかけて止められた。
「本当は、私も物分かりがいいわけじゃ、ないから」
「プラナ?」
問いかける言葉にも、止まらない。
どこか思いつめたように、彼女は言葉を紡いでいく。
「ただ私は、信じたかっただけ。だって、あなたは……」
プラナは普段の彼女からは想像出来ないような、どこか儚さをはらんだ瞳で俺を見つめ、
「――私を、命を懸けて助けてくれた人だから」
そうささやいて、切なげに微笑んだのだった。
※ ※ ※
「あー、なんだこりゃ」
逃げるように部屋を出て、プラナの姿が完全に見えなくなったところで、俺は胸を押さえた。
心臓が、はっきりと分かるほどに強く、脈打っているのが分かる。
いい年をした大人が、あんな小娘と言ってもいいような年の子供に、こんなに狼狽えさせられるとは。
そんな風に茶化してみても、去り際に見た彼女の表情が、目に焼き付いて離れなかった。
(俺なんて、そんな感謝されるようなこと、した訳じゃないんだがなぁ)
確かに、俺はプラナたちを助けるために独自のルートを探し、ドゥームデーモンと命懸けの死闘を演じたが、それは半分以上は成り行きだ。
その一番の動機も、人の生き死になんて背負いたくない、というマイナスの動機が大きい。
(まあ、今の俺はイケメンだし、ドゥームデーモンとの戦いは、我ながらかっこよかったと思うけど)
と、そこまで考えて、気付いた。
(いや、プラナはその時助けを呼びに行ってたから、戦い見てないじゃねえか!)
だとすると、プラナはただ純粋に、「俺が必死に彼女たちを先導して、殿として残った」という事実に対して、「命を懸けて助けてくれた」とまで言って、感謝してくれていることになる。
「……はぁ」
思わず、口からため息が漏れる。
どうやら俺は、本当に汚れ切っていたようだ。
(これは、ますます手が抜けなくなったな)
仮に俺がどうしようもないクズ野郎だとしても、そいつが他人を助けられないとは限らない。
俺はせめて、あいつらのために全力を尽くすことをあらためて誓ったのだった。