第二十二話 それぞれの修行(マナ・ニューク)
俺がラッドたちの指導を受け持ってから、一週間が過ぎた。
今日も今日とて騒がしいギルドの運動場で、俺は走る新人冒険者の姿を見守っていた。
「おぉい! ペースが落ちてるぞぉ!」
視線の先にいるのは、ラッドたち新人パーティの誇る魔法使い組二人。
マナとニュークだ。
「走れ走れ走れ! そんなんじゃ魔物から逃げる時に捕まってバリバリ食われちまうぞ!」
俺が申し渡した、戦闘禁止の指令。
その間に俺が要求したのは、街の中での能力向上訓練だった。
「辛い時こそ足を動かせ! 訓練だけは絶対、お前らを裏切らない!」
魔物を倒して「成長」しなくたって、対応する訓練をすれば能力値は上がる。
俺が最初に戦闘を禁じ、訓練を選んだ理由、それは……。
「成長には本人の適性やらそいつが今ついてる職業やらでその速度が違う。それはどうしたって生まれてくる格差って奴だ。だけどな、たとえどれだけお前らに才能がなくたって、苦手なもんがあったって、訓練だけは万人に平等だ! 流した汗は嘘をつかない! 走り続ける自分を誇れ! 努力を愛せ! たとえすぐには効果が出なくたって、ここで鍛えた心は、自信は窮地でお前を必ず助ける! だから――」
って、隣のおっさんうるせえなあ!
俺は眉をしかめながら、さっきから俺の横で訳の分からないことを言っているヒゲ面の大男を見た。
すると、その視線を感じ取ったのか、ヒゲ男の方も俺を見る。
「よぉ。あんたも同業者だよな?」
なれなれしく話してくる、ヒゲ男。
どこかで見た覚えがあるようなないような気はするが、少なくともこんな風に親しく話すような間柄ではない。
「悪いが。見ず知らずの人間に同業者か尋ねられてもな」
格好的にはたぶん冒険者だろうとは思うが、そういうのは答えに困るし話しかけてくんな。
そう言外に言ったつもりなのだが、男の反応は俺の予想を超えていた。
「は、ははははっ! まさか、そう来るとはな! 俺もずいぶんと嫌われたもんだ」
意味不明なことを言って、顔を押さえたのだ。
もしかして、やばい奴だろうか。
俺がこっそりと距離を取ろうとしていると、
「これは老婆心からの忠告だが。あんたのこと、噂になってるぜ」
「……は?」
「有望な新人冒険者に、無駄な訓練をさせてる無能、ってな」
なぜかその男は、俺と目を合わさないようにしながら、そんなことを言ってきた。
「たまにいるんだ。冒険を恐れるあまり、周到に準備を整える慎重すぎる冒険者が。ただな。そういう奴らに限って不思議と伸び悩む。準備は完璧で、同じダンジョンに突入した仲間たちよりも優れた能力を備えているはずなのに、なぜか成長が遅い。パーティの足並みを乱し、結果足手まといになる。それよりも、もっと『冒険者らしい』、無鉄砲で向こう見ずな奴らの方が、かえってドンドンと伸びていくんだよ」
と、何だか「言い切ってやった!」みたいないい顔で、ヒゲ面の男は笑った。
俺としては返す言葉もないというか、「それまんまブレブレ一周目の失敗ルートじゃねえか」としか言えない。
黙り込む俺を見て何を思ったのか、ヒゲ男はガシガシと頭をかいた。
「悪いな、兄ちゃん。俺だってあんたに恨みはないんだ。正直に言うとな。最近、俺も若い奴らを育て始めてから、あんたの気持ちも分からなくはない。万が一にも事故が起こらないように、あいつらを十分に強くしてから魔物と戦わせようってんだろ」
そこで男は苦い笑みを浮かべると、何かを思い出すように遠い目をする。
「冒険をしてると、あの時もっと準備をしていれば、もっと余裕を持って鍛えていれば、なんてことは、いくらでもあるからな。自分の知ってる奴には過保護になっちまう気持ちは痛いほどに分かる。……ただな」
「――そんなエゴを押し付けて、あんたが若い芽を潰したってんなら、俺もあんたを許す訳にゃあいかなくなる」
突然、男が猛禽を思わせる鋭い眼光で俺をねめつける。
唐突な男の変容に、俺が思わず一歩あとずさると、男は満足したように表情を戻し、
「……ま、忠告はしたぜ。これを生かすも殺すも、あんた次第だ」
そう言い残すと、フッとニヒルに笑ってその場を去って行った。
その背中を、なんとなく見送りながら、
「――結局、誰だったんだ、あの男」
残された俺は、呆然とただそうつぶやくしかなかったのだった。
※ ※ ※
「マナ。もしかしてあの男とは、知り合いだったりするのか?」
あのヒゲ男があんなになれなれしかったのは、俺ではなくマナやニュークと知り合いだったからかもしれない。
そう思った俺は、休憩に入ったマナたちに、さっきのヒゲ男について聞いてみることにした。
した、のだが、
「い、いえ。その、見たこともない人です」
マナはヒゲ男を見ると、申し訳なさそうに首を振った。
「……そうか」
だとするとやはり、訓練場に迷い込んだ一般通過説教おじさんだったのだろうか。
この世界にもやばい奴がいるもんだ、と俺が結論を出そうとした時、遅れてやってきたニュークが、答えを持ってきてくれた。
「あの人、A級冒険者のヴェルテランさんですね」
俺とマナがそろってきょとんとしていると、ニュークは苦笑する。
「この街のトップパーティの一人ですよ。無数のデーモンに囲まれ、瀕死の重傷を負いながらもそれを討ち果たしたことから〈不死身のヴェルテラン〉と呼ばれているそうです」
「あ、ああ、そうか」
前に街の人を〈看破〉していた時、一人だけレベルが高めの冒険者がいたが、それがヴェルテランという名前だった気がする。
というか、最初から〈看破〉で名前を見ておけばよかったな。
―――――――
ヴェルテラン
LV 34
HP 466 MP 136
筋力 171 生命 189
魔力 92 精神 104
敏捷 181 集中 166
―――――――
〈看破〉を使用すると、確かに見覚えがあるようなステータスが表示される。
確かに今街にいる冒険者の中では群を抜いて高いが、これでA級冒険者か、と思わなくもない。
まあ、二百オールのステータスのレクスがソロでもA級冒険者をやれているのだから、パーティで戦うならこれくらいでもA級を名乗れるのかもしれない。
「……僕らも、いつかはあの人くらいに強くなれるんでしょうか?」
ぽつり、とニュークが弱音をこぼす。
理知的なように見えて、案外負けん気の強いニュークのことだ。
もしかすると訓練漬けの日々に気がめいってきているのかもしれない。
「それは、無理だ」
「……そう、ですよね」
悄然とするが、そこで勘違いしてもらっては困る。
「――なぜなら、お前たちは、あいつよりもずっと強くなるんだからな」
見たところ、ヴェルテランの素質値はおそらくそう高くない。
あるいは職業選択で寄り道をしたか。
非効率の極みみたいなステの俺が言うのもアレだが、とにかくヴェルテランのステータスには大きな「甘え」が見れる。
俺が見ている限り、あんな非効率なレベルアップは絶対にさせない。
「ですが……」
それでもまだ不安そうな顔をするニュークに、俺は言ってやった。
「いいか? 今、ベテランか新人か、なんてのはほとんど意味がない。なぜなら、〈救世の女神〉の神託の前と後じゃ、もう『世界が違う』からだ」
ゲームの期間は最長でも二年。
たったの二年だ。
対して、この世界には十年以上、いや、数十年に渡って冒険者を続けた猛者たちだっている。
ではどうして、ゲームの「主人公」たちはそれに対抗出来たのか。
――その答えが、「加護と魔物の活性化」だ。
悪神が封印され、エルフの神も眠りについたことによって、人々に与えられていた神の加護は弱くなっていた。
さらに、〈成長〉の糧となるはずの魔物も、悪神が姿を消すと共にほとんど増えることはなくなった。
だから、〈悪神〉と〈救世の女神〉、その両方の影響が戻ってきた今は、それまでとはまるで事情が違う。
ゲーム期間中の冒険者の成長速度はそれまでの数倍、数十倍にもなりえる。
本来であれば、そこに「主人公」の成長補正も乗ってさらにドーン、というところだが、それはないものねだりというところだろう。
「そう、だな。それでも不安だって言うなら、俺に時間をくれ」
「時間、ですか?」
ぼんやりとただ強さを追うより、目標はあった方がきっと分かりやすい。
そういう意味では、あのヴェルテランという男は、手ごろな目標かもしれない。
「一年、いや……半年だな」
――悪いな、ヴェルテラン。
――俺だってあんたに恨みはないんだ。
ただな。
俺だってこいつらを成長させるためには手段を選んではいられない。
だから、
「――あと半年で、俺がお前たちを、あの男よりも強くさせてやるよ」
あんたには、こいつらが育つための「餌」になってもらうぜ!
まずい!!
早く好感度調整しないとレクスがかっこいいキャラみたいになってしまう!!





