第十九話 とあるA級冒険者による育成講座
今回は突然の一般冒険者視点です
インフレしがちで大したことない奴扱いされてるレクスさんとかを、やっぱすげえ奴なんだな、と見直す機会になってくれると嬉しいです
(まずい! もう時間がないよ!)
いつもよりも心なしか騒がしいフリーレアの街。
その雑踏の中を、喧騒をかき分けるように僕は必死に走った。
何度も人にぶつかりながらも何とか冒険者ギルドの中に駆け込んで、普段は訪れることがないギルドの二階にある講習室へと滑り込む。
(うわ、人がいっぱい……)
いつもは冒険者に見向きもされない講習室が、今は若い冒険者たちであふれかえっていた。
いや、よく見るとベテラン、それも、僕でも名前を知っているような有名な高ランク冒険者の人もいた。
(この講習会は、ほとんど宣伝もしてなかったはずなのに、すごい……!)
この発端は、ただ一人の冒険者がギルドの受付に言った「若い奴らに冒険のイロハを教えてやりたいんだが、部屋を貸してくれないか?」という一言から始まったらしい。
ギルドは快くこの講習室の貸し出しを決め、どうせなら、ということで、ギルド側でも参加者を募った。
その結果が、この人で満ち溢れた講習室、というわけだ。
(……これが、A級冒険者の影響力!)
だが、感動してばかりもいられない。
こんなチャンスはきっと、二度とない。
ここで遠慮していては一生後悔すると、僕は決死の覚悟で部屋に分け入った。
「す、すみません、すみません!」
謝りながらも人波をかき分け、何とか教壇が見える位置を確保する。
講師役の冒険者はもうやってきているようだが、まだ話は始まったばかりのようだ。
(よかった! 何とか間に合った!)
席に座ることは出来なくて立ち見になってしまいそうだが、そんなもの全く気にならない。
僕はじっと、教壇に立つ今日の講師に視線を注いだ。
「あー、なんだ。俺としては数人にちょっとアドバイスをするだけのつもりだったんだがな。まあ、思いがけず人もそろったみたいだし、ボチボチ始めていくか」
どこか億劫そうなその姿には、ほがらかでありながら何とも言えない"凄み"があった。
(あれが、この街の冒険者の頂点! 身体に穴が開くような瀕死の重傷を負いながら、獅子奮迅の活躍で数匹の魔族を討ち取ったという〈不死身の男〉!)
噂には尾ひれがつく、と言うけれども、目の前の実物を見てしまうとその噂が大げさだなんて、僕には全く思えなかった。
柔和な態度の裏に隠された鋭い眼光は、彼のすさまじい戦歴を物語ってるよう。
あの顔つきは、もう何度も死線を潜った身、いや、もはや一度死んで蘇った、と言われても素直に信じてしまいそうなほどの覚悟を感じた。
「今から俺がする話は、俺の思う『冒険者として強くなるための方法』だ。ただ、これは俺だけじゃなく、たくさんの奴らが、本当にたくさんの人間がつながって築いてきたもんだ。だから、これが俺だけの手柄だなんて思わないでほしい。そして、出来ればここで聞いた俺の話を、たくさんの奴らに伝えてほしい」
その口調からは、彼には我欲は一切なく、ただ純粋にほかの冒険者たちの無事と活躍を願って言っているのだと、素直に伝わってきた。
たぶんあの人は、身近な人が自分より強くなっても、それを素直に賞賛し、認めることが出来る人なんだと思う。
それはきっと、冒険者として成功することと同じくらい、すごいことだ。
「じゃあまず、そうだなぁ。一流の冒険者になるために、一番大事なものは分かるか?」
彼の言葉に、真っ先に反応したのは、最前列のツンツン頭の剣士だった。
彼は元気よく手を挙げると、「強さだ!」と叫んだ。
「そりゃ、間違っちゃいねえ。間違っちゃいねえが、俺の考えは違う。すげえ冒険者になるのに一番大事なのは、『諦めない心』だ」
ざわつく会場を見渡して、彼はにやりと笑う。
「地味だと思うか? カッコ悪いと思うか? だけどな。生きてさえいれば、何度だってやり直せる。そして、幸せなことに、俺たちには『成長』がある。たとえどれだけ無様を晒しても、どんなにうまくいかなくても、俺たちの中には、その『経験』が確かに貯まっていく」
静かな、だけど熱い語りだった。
最初はざわついていた室内の全ての人間が、今やはっきりと彼の話に聞き入っていた。
「だから冒険者の進む道に、間違いなんてない。だから俺たちはただ、進み続けるだけでいい。これからも、俺たちが立ち止まらない限り、道は続く。たとえ無様でも、バカにされても、前に進み続けたもんだけが、『一流』になるんだ」
そこまで話したところで、彼はガシガシと頭をかいた。
「っと、ちょっと熱くなりすぎたな。精神論ばっかじゃつまんねえだろうから、こっからはもっと実際的な話だ。俺たちは神の加護によって、六つの力を得ているとされている。それが、これだ」
筋力 武器で戦う時の強さ
生命 攻撃された時のタフさ
敏捷 行動の素早さ
魔力 魔法の強さや回数
精神 魔法を撃たれた時の強さ
集中 魔法や技を使ううまさ
黒板に書きつけられたその文字を、僕は必死にメモに写した。
成長をするとなんとなく強くなるというのは知っていたけれど、どの力がどんな効果を生むのか、こんな風にしっかりと意識したことはなかった。
さすがはA級冒険者だ。
強いだけじゃなくて、頭もいいなんて、やっぱり高ランクの人はすごい!
「んでまあ、この六つの力のどれが向いているかは人によって決まってるが、実は、これは種族の影響がでかいって言われてるんだ。ドワーフは身体が頑丈で、エルフは魔法が得意で、って感じだな。まあ俺たちのほとんどは複数の種族の混血だが、それぞれどの血が濃く出てるかで、自分がどの能力が得意かってのがある程度分かる。覚えておいて損はないぜ」
その言葉を聞いた途端、部屋の中がざわついた。
みんな自分や隣の人を見て、「お前はドワーフっぽい」「どう考えてもわたしはフェアリーでしょ!」というように言い合っている。
僕は線が細くて耳が尖っているから、エルフに近い気がする。
スカウトをやめて、魔法使いを目指すのもいいかもしれない。
「あー、お前ら落ち着け。そういうのは後でやってもらうとして、今は俺に能力について語らせてくれ」
彼の声に、騒がしかった部屋はたちまち静かになった。
「いいか。能力は六つあるが、その全てが等しく重要だ。……お前らもしかすると『俺は戦士だから魔力は要らない』『私は魔法使いだから筋力は要らない』とか、そんな風に勘違いしてないか?」
その言葉に、僕の心臓はドキッと跳ねた。
それはまさに、さっき僕が考えていたことだったからだ。
「そりゃ大きな間違いだ。戦士はアーツを使う時に魔力を必要とするし、魔法使いは強い装備を身に着けるのにどうしても筋力がなければいけない。この世界に『無駄な能力』なんてものは、ないんだ」
その発言は、まさに目から鱗だった。
正直、この一言を聞けただけでも、今日の講習会に参加した意味がある。
「とはいえ、ただ万能な能力を手に入れただけでは『一流』にはなれないってのも事実だ。じゃあ、一体どうすればいいか。それは……」
そこで彼はタメを作り、
「――自分だけの強みを持つ、ことさ」
にぃっと笑って、そう言った。
「だから、この六つの中で、何か一つを意識的に上げる。自分の『長所』を作るんだ。そして、まあ何か一つを優先して上げるなら、まあ俺がオススメするのは、ずばり、『敏捷』だな」
敏捷……。
確か「速さ」って意味だったか。
何だか地味だなぁ、と首をかしげていると、それを見透かすように彼は言った。
「まあ、お前らがそんな顔する理由は分かるぜ。そりゃ素早さよりも力や魔力なんかを上げた方が、派手でカッコイイだろう。例えば普通の人間の倍の力があったとしたら、強い魔物を殴った時、倍の速さで倒せるかもしれない。倍の魔力があれば、魔法を使った時、ほかの人より多くの魔物を倒せるかもしれない。だが、それだけだ」
力強く、彼は語る。
「筋力が倍でも魔法を撃つ時には役に立たないし、魔力が倍でも敵を殴るのに役には立たない。だけどな、敏捷は違う。速度が倍なら敵を倍殴れるし、魔法だって倍の数使える。やべえ時は誰よりも速く逃げられて、仲間がピンチの時はいち早く助けに駆けつけられる。とにかく、どの状況でも腐ることがねえんだ」
その言葉に、ハッとする。
確かにそうだ。
攻撃力や魔法ばかりを重視していたのでは、圧倒的に応用が利かない。
それに対して、敵より速く動ける、というのはどんな状況でも無価値になることはない。
「つっても、まあ、アレだ。俺がこれに気付いたのは最近でな。俺も別に速くはないんだが」
ははは、と笑いが起こり、彼も照れたように苦笑いをした。
ほどよく緩んだ空気の中で、彼は頭に手をやりながら、話し出した。
「ま、うまくオチもついたんで、あとは最後にもう一個だけ、別の話をしておこうか。俺たち冒険者の身を守る『装備』の話だ」
その言葉に、僕はグッと身を乗り出した。
実は僕も、装備については悩んでいた。
A級冒険者が自分の装備について何を思っているのかは、ぜひ知っておきたい。
会場みんなの期待の視線を受け、彼はゆっくりと話し出した。
「こんな話がある。ほぼ同じ時期に冒険者になった、二人の剣士がいた。二人は同じくらいの実力で、冒険者に成る前にもはぐれの魔物なんかを狩って、何回かの成長をしていた。ただ、一つだけ、違うところがあった。一人は貧乏で、一人は金持ち。だから、その二人は持っている剣の品質だけが違ったんだ」
その話の流れに、僕は密かに緊張をした。
僕の家は貧乏で、同じ時期に冒険者になった知り合いと比べても、あまりいい装備を持てていない。
もし彼が「いい装備を持っていないといい冒険者になんてなれない」と言ったらどうしよう。
そんな不安にいっぱいになりながらも、僕は祈るような気持ちで話の続きを待った。
「一人が持っているのは、使い古しのアイアンソード。そして、もう一人が持っていたのは、新品のミスリルソード。二人はダンジョン内でかち合って、お互いが一斉に同じモンスターに斬りかかった。その結果、どうなったと思う?」
そんなの決まっていた。
同じ実力なら、強い武器を持っている方が勝つ。
だから、きっとミスリルソードを持っている方が……。
「ミスリルソードはモンスターに弾かれて、アイアンソードだけがモンスターを斬れたんだ」
「えっ?」
思わず、声を出してしまった。
だっておかしいだろう?
まさか、弱い武器を持っている方が、勝つなんて……。
「もちろん、そのミスリルソードが不良品だった、なんてオチじゃねえぞ。いいか? 装備ってのは、ただ高くて、鋭い方が強いんじゃない。強い武器には、それに見合った実力が必要になる。金に飽かして身の丈に合ってないもんを使ったって、何の意味もない! いや、それどころか、身を滅ぼすことになるんだ!」
衝撃的な言葉だった。
今までの僕の価値観が、百八十度変わっていくのを感じる。
「それに、俺は思うんだ。冒険者のノウハウって奴が少しずつ広まってきて、みんな同じ装備をするようになっちまった。もちろん、それはそれでありだとは思う。だけどな。冒険者は、装備の奴隷じゃねえ! 弱い武器だとか強い武器だとかは、そんなの冒険者の勝手だ! 本当に強い冒険者なら、好きな武器で勝てるように努力するべきなんじゃねえのか!?」
その一言が、その情熱が、いちいち僕の胸を打つ。
僕は今まで、自分の装備が弱いことに、劣等感を持っていた。
自分がうまくいかないのは、装備が弱いせいだ、と思ったことだって、何度かある。
だけどそれが逃げで、甘えなんだと、今、はっきりと自覚した。
その主張は、もしかすると、大金を使って冒険者になろうとしていた人にとっては、ひどくつまらない理屈に聞こえたかもしれない。
けれど僕は、その言葉で救われたような気がしていた。
「……さて、と」
終わりの時間が近付く。
先ほどまでの熱が嘘だったかのように彼は静かにうなずくと、ゆっくりと教室を見渡した。
「……と、まあ、色々言っちまったが、お前たちは俺の話を参考にしてもいいし、しなくてもいい。この部屋を出た瞬間に、全部忘れちまっても構わねえ」
これまでの全てをひっくり返すような言葉に、辺りはざわつく。
中には、適当なことを言ったんじゃないか、なんて声もあがった。
だが、それは杞憂だった。
ざわめく会場の中で、彼はひときわ力強く叫んだ。
「冒険者は自由な存在だと、俺は信じてる。それに、最初に言ったろ。成長が俺たちを前に進ませてくれる。どんな道を通ろうが、辿り着く場所は同じなんだ。だから、俺は言おう。最短距離なんて求めなくていい。強くなるのに、近道なんてない。試行錯誤しろ、藻掻け、寄り道をしろ、失敗しろ、考えろ、何度だって間違えろ、そして決して……諦めるな!!」
彼の放った大音声に、そしてそれ以上にこもった熱い魂に、僕たちの心は震えた。
今日聞いたこと、教えてもらったことは、絶対に忘れないだろうと、そう確信できた。
そしてそれだけではなく。
彼は、その講習会の締めくくりに、僕たちに嬉しい言葉をかけてくれた。
「ま、それでもどうにもならなくなったら、俺のとこに相談に来い。そう――」
そう、彼は言ったのだ。
その立派なヒゲを蓄えた唇をにやりと歪ませて、たくましい胸板をドンと叩いて、
「――このA級冒険者、〈不死身のヴェルテラン〉のところにな!」
……と。