第十七話 リバース・エンド
「――どうして私がレベル一なのに強いのか、ですか?」
目的地に向かう途中、俺はレシリアに向かって問いかけた。
俺の気持ちの問題は解決したが、それはそれとして、レシリアの能力の高さは明らかに異常だ。
ブレブレではレベルアップ以外に「訓練」を行うことで対応する能力値を伸ばすことが出来るが、それだけでレベル一のままあんな能力値を得た、なんて話は聞いたこともない。
出どころの分からない力に頼るのは怖い部分もあるし、彼女の強さの秘密が分かれば今後の糧になるかもしれない。
だから俺は、あらためて彼女にその力の秘密を尋ねることにした。
「それでしたらおそらく、私の、トーレンの家のことを話す必要があると思います」
突然の俺の質問に気を悪くした様子もなく、レシリアは言葉を選ぶようにして、語り始めた。
そしてそれは、思いがけず「レクス・トーレン」と「レシリア・トーレン」のルーツに関わる話に発展していくようだった。
「トーレン家は、武をもってアース王家に代々仕えてきた家系で、王族の護衛や剣術指南役を担ってきました。そしてそれは、私の代までも続いていたんです」
「そのアース王家ってのは……」
「〈救世の女神〉と共に悪神を封じたアース王国と、その末裔です。実権こそ失いはしましたが、アースの街の城で穏やかに暮らしていました」
「ああ、そういえば……」
そんな設定もあったな、と思い出す。
ゲームでは後半になって暗躍する敵対勢力、〈闇の神〉を崇める〈常闇の教団〉関連のイベントで、確かアースの王家についても少し話を聞いた覚えがある。
ブレブレの舞台となっているこの世界は、人の上に神が立っているという世界観のせいか割と国や政府などの設定はふわふわとしていた。
国の形態としては連合王国に近い形で、街単位である程度の自治がされているという世界観だったはずだ。
「実質的な権力は持たないとはいえ、アース王家の末裔は〈救世の女神〉にもっとも近しいとされ、悪魔や魔に与するものに命を狙われることは多々ありました。トーレン家の人間は、そんな彼らのために剣の腕を磨き、彼らに剣と忠誠を捧げ、〈トーレンの護衛騎士〉などと言われていたそうです。ただその反面、訓練は厳しく、脱落者、落伍者も多く出ていたと聞きます」
「もしかして、『レクス』が家を出たのは……」
「……レクス兄さんが何を考えていたのかは、私には分かりません。ただ、世間的にはそういう風に見られていたようですね」
淡々とそう告げる。
ただ、その中にはどこか怒気のようなものが含まれているような気がした。
「じゃ、じゃあもしかして、本当ならレシリアも……」
話を逸らそうと言いかけて、話題の選択を失敗したことに気付く。
もし、彼女が護衛騎士になるために訓練をしていたとしたら、すでにその相手はあの日に……。
「……ええ。私も王族の護衛に、第二王子に仕えることになっていました」
その答えを聞いた時、俺がうまく表情を隠せていたかは、自信がない。
「……そう、か」
軽々しく、「生きているといいな」なんてことは、言えなかった。
だって、俺は知っていたからだ。
アース王家の第二王子がもう死んでいることを……ではなく、今、生きていることを。
(クッソ! そういう風に、つながってくるのかよ!)
どうか、レシリアが「彼」と再会をしないように、と俺は強く強く祈った。
なぜなら……。
アースの街の、そしてアース王家の唯一の生き残り。
煉獄より甦り、女神への復讐を誓う〈闇のしもべ〉。
暗黒の魔導を駆使する、最強にして最凶の魔法使い。
のちに〈常闇の教団〉を率いて主人公の前に何度も立ちはだかり、世界を破滅へと導こうとする最悪の敵〈闇の王子〉は、自分をアース王家の第二王子だと名乗っていたのだから……。
※ ※ ※
「トーレン家はやっぱり独自の流派とかあるのか?」
お互いの口数が減ったのを気にしたのか、そこでレシリアは明るい口調で言った。
「そうですね。素早さを生かし、風の魔法を補助に使う戦い方をします。実は私も先日、免許皆伝をもらったばかりなので、一応流派としては途絶えていないことになりますね」
「め、免許皆伝……」
「まだ、研鑽は必要ですが。ですがこれで私も『トーレンの剣』の一員、堂々と〈インペリアルソード〉を名乗れます」
「……え? い、今、なんて言った?」
そこで、聞き捨てならない単語を耳にして、俺は反射的に聞き返した。
「トーレンの剣、でしょうか」
「いや、もう一つの方だ」
「ああ、〈インペリアルソード〉ですか?」
その言葉を聞いた瞬間に、俺の脳裏に電流が走った。
そうだ!
何か既視感があると思ったら、レシリアのステータス!
あれはそのまんま、剣士系の上位職〈インペリアルソード〉の転職条件値だ。
(おいおいおいおい、まさか……)
俺の頭に、とんでもない仮説が浮かび上がる。
レシリアは本来イベントで死ぬはずのキャラで、戦闘シーンすらない。
だから、彼女のステータスは決める必要もなく、当初はレベル一の全く育ってないキャラとして設定されていたのではないだろうか。
ただ、おそらく設定上レシリアは「トーレン家の技を受け継いでいる」と決まっていたのだろう。
だからせっかくなので、と誰かが職業を〈インペリアルソード〉に設定した、とすれば、何が起こるか。
当然デフォルトのレシリアでは〈インペリアルソード〉の転職条件は満たしていないはずで、けれどその際にプログラムの仕様が自動的にレシリアの能力値を〈インペリアルソード〉の下限値まで引き上げたとしたら……。
――レベル一の、最強キャラが出来上がる。
妄想にすぎないが、考えれば考えるほど、正解かそれに近いものな気がしてきた。
所詮戦闘もなく死亡するレシリアなら、どんなめちゃくちゃな能力値でもゲーム的に支障はない。
だからチェックされなかったか、チェックされても見逃されていた可能性は大いにある。
(ほんとさぁ! そういうとこだぞ! お前らはさぁ!!)
遠い異世界にいるブレブレの開発陣の適当さに、俺は悪態をついた。
(いや、でもまあ、好都合だ)
レシリアが強くて喜ぶ理由はあるにせよ、嘆く理由なんて毛ほどもない。
ちきしょうこのチート野郎め羨ましいぞ、みたいなことは少ししか思ってはいない。
むしろ……。
(これは、使える、んじゃないか?)
レシリアのようにゲームからは除外された存在、イレギュラーなもの。
それを利用すれば、通常のゲームでは考えられなかった恩恵が受けられることが証明された。
これからも原作ゲームでは助けられなかった人を助け、仲間に出来なかった人を陣営に加えていけば……。
――最強の軍団を、作れるかもしれない。
自分の想像に、ブルリと震えがくる。
(ワクワクする展開になってきたじゃねえか)
俺が自分の想像に密かに浸っていると、
「……着いたみたいですね」
レシリアの静かな声が現実に引き戻す。
ここが、俺たちの目的地。
ざっと見渡すだけでもゴブリンがまばらに点在するのが見える、通称〈亜人の草原〉。
今日俺たちは、ここにレシリアのレベル上げに来たのだった。
※ ※ ※
「……早速やってしまいましょうか」
そう口に出すレシリアは、いい意味で自然体だ。
わずかに緊張はしているようだが、気負って余計な力が入っている様子も、初めての戦闘に委縮している様子もない。
もちろん相手はゴブリン。
レシリアのステータスでは苦戦する方が難しいだろう。
だが、勝率は出来るだけ上げた方がいいか。
「不安だったら、武器を貸すか? ゴブリン退治にぴったりのいい武器があるんだ」
「いえ。初陣ですので、慣れた武器でやらせてください」
俺は提案をすげなく断られ、オリハルコン製のナイフを出そうとしていた左手をすごすごと引っ込めた。
「行きます」
口に出してからは、本当に一瞬だった。
「……風よ」
レシリアの翠色の髪が風になびいたかと思ったら、その姿は数メートル先で背中を向けていたゴブリンの近くまで移動していて、
「ふっ!」
直後にはレシリアが抜き打ちにした剣によって、ゴブリンの頭部は上下に分かたれていた。
当然いかな魔物と言えど頭を半分にされて生きていられるはずもなく。
ほどなくして憐れな魔物は光の粒となって空に帰っていった。
「お見事」
俺が近付いていって声をかけても、レシリアはぼんやりと剣を持った手を見つめたまま、動かなかった。
「大丈夫か? やっぱり人型の相手を殺すってのは……」
「あ、いえ。曲がりなりにも生き物を殺しておいて言う台詞でもないですが、感慨深くて」
予想外の言葉に戸惑う俺にも気付かない様子で、レシリアはどこかぼんやりとしたまま続けた。
「『トーレン家の剣は、主と共に強くなる』。そう言われて、魔物を狩ることは禁じられていたんです。だから、ふふっ。何だか、念願が叶った気分です」
そう言って小さくはにかむレシリアは、今までで一番、年相応に見えた。
俺が何かをやった訳ではないが、レシリアがそうやって喜んでいる姿を見ていると、俺も自然と笑顔になっていた。
その顔を見て、レシリアはハッとしたように身を縮こまらせた。
「……すみません。今日の本題は、まだでしたよね。勝手にはしゃいでしまって」
「いや、構わないさ。レシリアが喜んでくれると、俺も嬉しい」
昨日、こんな子に嫉妬した自分が本当にバカらしく思える。
だからこそ、次に行う実験の結果に、俺も緊張してくる。
「……たぶん、次かその次が本番だ。覚悟は、いいか?」
「……はい」
俺の言葉に、レシリアも緩んでいた雰囲気を引き締める。
今回の目的は、あくまでレシリアのレベルアップ。
正確に言えば、レシリアの能力上昇値を見るのが目的だ。
当たり前ではあるが、レベルアップで能力は上がるはずで、その時にレベルアップ前とあとの能力値を比べることで能力の成長分が、ひいてはレシリアの素質値が分かる。
だから、ゴブリンを数匹倒すことでレシリアをレベルアップさせ、その能力の差分を比べてみよう、という計画なのだ。
例えば俺、「レクス」であれば、成長値は全て四なので、レベルアップの度に、上がる能力値は全て四。
だから、
筋力 4
生命 4
魔力 4
精神 4
敏捷 4
集中 4
能力の差分はこのようになる。
果たして、レシリアの能力上昇値は、どの程度になるか。
ここに来るまでの会話で思いがけずに異様に高かった初期値の理由は分かったが、いや、分かったからこそ、今回の調査はより重要になった。
初期値が高いからといって、成長値が高いとは限らない。
むしろ例外的な処理をしているため、レシリアの成長率はゼロである可能性すらある。
レシリアの現在のクラスが〈インペリアルソード〉なら、クラス補正によって平均二程度のステータス上昇は保証されているはずだ。
ただ、もしレシリアの素質が設定不備によってゼロになっていたり、冒険者ではなく普通の村人基準にされていたとしたら、三以下ということだってありえる。
俺が気を揉んで見つめる中、風のように飛ぶレシリアの剣が、二匹のゴブリンを屠る。
そして、その瞬間!
「こ、れは……」
彼女の身体が、光に包まれる。
――成長だ!!
光が収まった時、そこには今までと変わりない、けれど少しだけ強くなった彼女がいた。
「じゃあ、『視る』ぞ」
「……お願いします」
緊張に、喉が渇く。
思えば自分以外のことで、これほど感情移入するのは久しぶりかもしれない。
(頼む! 本当に、頼むぞ!)
嫉妬の心は捨てた。
だから、素直な心で祈る!
最強の軍団を作るため、ではなく、ただ、彼女のために!
出来れば、平均四!
いや、もう平均三でもいい!
それでもこの初期能力の高さなら、十分に戦っていける。
だからせめて、二以下だけは……。
そんな祈りを込め、もう一度彼女に〈看破〉を使う。
―――――――
レシリア
LV 2
HP 246 MP 75
筋力 126 生命 106
魔力 58 精神 93
敏捷 133 集中 69
―――――――
表示されたステータス。
そして、これから前の能力値を引くことで算出される、上昇値は……。
筋力 8
生命 6
魔力 3
精神 5
敏捷 9
集中 5
「どうでした、か?」
思わず真顔になって黙っている俺に、冷静な中にも緊張をはらんだ声がかけられた。
その声に反応して、俺はゆっくりと顔を上げた。
そして、
「お……」
「お……?」
俺はこみ上げる衝動のまま、口を開いて、
「――オロロロロロロロロロロロロ!」
あまりに露骨な格差に耐えかねて、口から白い滝を吐き出した。
滝は草原に流れ落ちて、そこに小さなお粥の池を作ったのだった。
あなたの目に飛び込んできた彼女の能力値は、思わず自分の正気を疑いたくなるような高い値を示していました。
名状しがたいほどの能力格差と、ある意味でグロ画像を目撃してしまったあなたは、SANチェックです。
書いてて、こいつ本当に主人公かよ、と思ったけど、よく考えたら主人公じゃなかったのでセーフ!