第百六十七話 真エンド
そうだ
俺たちが今まで積み上げてきたもんは、全部無駄じゃなかった
これからも、俺たちが立ち止まらない限り、道は続く……
……だから、立ち止まらなければちょっとくらい更新遅れても平気ですよね?
「真エンド……」
マナが何の気なしに放ったその単語に、俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。
(……ある、とは思っていたんだ)
俺がクリアして見ることが出来たエンディングは一種類。
普通に悪神を倒して〈救世の女神〉に感謝されるというエンディング、いわば「ノーマルエンド」だけだ。
ただ、その「ノーマルエンド」には数々の違和感がつきまとっていた。
――ゲームクリア時にあるまじき、あまりにも簡素すぎる会話。
――今までのキャラとの仲が全く反映されず、後日談すらない唐突な終わり方。
――スタッフロールの最後に表示される「END?」というあからさまに含みを持たせたメッセージ。
このエンディングは、不完全なものなんじゃないかという疑惑。
いや、もっとはっきりと言えば、俺はまだ「このゲームをクリアしていないんじゃないか」という思いは、プレイ当時から感じていた。
そして今、マナの口から聞かされた「真エンド」という言葉が、俺の疑惑に確信を与えてくれた。
「そのエンディングについて、マナは詳しく聞いてないのか?」
俺が急に前のめりに尋ねたので、マナは一瞬びくっと驚いたようだが、すぐに申し訳なさそうに俯いた。
「え? ……ご、ごめんなさい。由佳は『えー知りたい? どーしようかなー。んー、でもなー。それはネタバレになるからなー。チラッチラッ』って言って、教えてくれませんでした」
いや、それもう誘い受けというか、完全に訊いてくるの待ってないか、というのはともかくとして、残念ながら、マナはその真エンドの条件や内容については具体的なことは全く教えてはもらわなかったらしい。
「あ、でも、キャラクターの個別エンディング、っていうのはあると思います。由佳が、男主人公じゃないと専用エンディングが見られないキャラがいるって何度か愚痴ってたので……」
「……そう、か」
それはありがたい情報だったが、同時に現状を考えると喜んでばかりもいられない情報だった。
(……これは、「ゲームクリア」のハードルが上がっちまったかもしれないな)
女神との会話のあとにも考えたことだが、俺が気にしているのは「ノーマルエンドだと個別のエンディングがない」理由だ。
たとえ「ノーマルエンド」が一番幸せな結末ではなかったとしても、普通に考えれば仲間とのエンディングを用意しない理由はない。
だが、仮に「ノーマルエンド」にキャラの後日談を入れられない特別な理由があるとしたらどうだろう。
例えば、そう。
――「ノーマルエンド」が実はハッピーエンドじゃない、としたら?
悪神ラースルフィは確かに倒したし、女神は「これから世界は平和になるだろう」とは言っていた。
けれど、あのエンドではいまだに攻略していない〈闇深き十二の遺跡〉が残っていたし、もう一つの世界の敵である〈常闇の教団〉との決着もつけられていなかった。
つまり俺は、あの「ノーマルエンド」は全てを解決した訳ではなく、世界にまだ火種は残っているのにひとまず物語の区切りをつけただけの、いわば「打ち切りエンド」に近いものだったのではないか、と疑っているのだ。
そしてその場合は、俺が、俺たちがこの世界で安全に暮らすためには、単に悪神を倒すだけでは足りない。
世界を本当の意味で平和にするであろう「真エンド」を、自力で見つけ出して達成する必要があるということになる。
(ったく、次から次へと……)
何しろ、俺がゲームをしていた時代には誰一人として見つけることが出来なかったエンディングだ。
間違いなく、「真エンド」達成の条件は厳しい。
いや、実際にはネットに報告がなかっただけで、個別で真エンドに到達した人はいたかもしれない。
ただ少なくとも、その達成の報告や攻略の手法が大多数の目に晒されることはなかった。
これは、ネット全盛のこの時代にあって、かなり異常なことだ。
(ま、ブレブレはほんっとに知名度がなかったからな)
ネットで情報交換が容易に出来て、攻略ページもwikiなどで簡単に作成出来る現状にあっても、ネットにまともな攻略情報のないゲームというのは割とたくさんある。
難しい条件というのは想像出来るが、絶望するには早い。
何より件の実況者は「初見プレイで」真エンドまで辿り着いた。
ならば、データ上は同じ一周目であるこの世界でも、達成は可能だということ。
この情報が得られただけでも、正直ありがたい。
「なぁ。その実況とか実況者については何か情報はないか?」
その実況者がガチ系なのかアイドル系なのか、ストーリーを楽しむタイプなのかシステムを突き詰めるタイプなのか、その辺りの情報が聞けるだけで、真エンドがどういうタイプのものなのか見当がつけられる。
例えばゲームのプレイ内容よりトークやリアクションを売りにする実況者が見つけたなら、真エンドは「普通はしない突拍子もない行動によって道が開かれる」閃き系のものの可能性が高いし、ゲームの上手さを売りにしている実況者が見つけたとしたら、「ゲームを完璧にこなして初めて到達出来る」高難度系のものの可能性が高くなる。
しかし、俺の質問に、マナは首を横に振った。
「すみません。わたしも、その話については詳しく聞いてなくて」
「そう、か。ありがとう」
がっかりしなかったと言えば嘘になるが、ここでマナを責めたってしょうがない。
(せめて、コメントで攻略情報を拾うのかだけでも知りたかったんだけどな)
初見実況だったそうだが、事前情報のない完全な初見なのか、初見であっても経験者やネットから情報を得られたかどうかで、話はだいぶ違ってくる。
「あ、そういえば……」
ただそこで、ふと何かを思い出したように、マナは顔を上げた。
「えっと、関係ないかもしれないですけど……」
「いや、情報は何でも貴重だ。もし見当外れでも問題ないから、どんどん話してくれ」
というか、刑事ものとかで「関係ないかもしれない」って出てきた証言が関係なかったことないしな、とちょっとメタいことを考えながら、言葉を促す。
するとそれに勇気を得たのか、マナは安心したように話し出した。
「え、っと。わたしがゲームで迷っている時、由佳が言ったんです。『ふらっちがちゃんとこのゲームをクリアしようと思ったら、たぶん最低あと二周はかかるからねー。一周目は少しくらいテキトーでもいいよ』って」
それはおそらく、重要な情報だ。
俺は一周目で挫折。
二周目でノーマルエンド。
そして三周目で全ての遺跡の攻略を目指した。
さすがにマナより俺の方がゲームは上手いと思うが、「聖女モード」を加味すると条件は同じくらいかもしれない。
(それに……)
もし本当に「真エンド」が誰も到達出来ないような難しい条件であったなら、リメイクが作られた時に大幅に仕様が変更されるはずだ。
しかし、マナの証言から、マナが挙げてくれた五つ以外の調整は全て小さなもので、ゲームバランスに影響するようなものはないと分かっている。
つまりは「聖女モード」の実装と、《捧げられた闇の御子》の緩和だけで、プレイヤーは十分に真エンドに到達出来るはずだと開発側は考えていた訳だ。
(なら……「真エンド」は、通常のゲームプレイを完璧にこなした先に、必ずある)
「聖女モード」の実装や、闇の御子ルートの難易度緩和によって、無印版よりもリメイク版の方が戦闘難易度は下がったと考えられる。
ということは、戦闘の達成状況が「真エンド」に直結する、という推測が成り立つ。
そして、何より……。
俺には「この世界」で得ることが出来た、もう一つの重要なヒントがある。
かつて相対した〈救世の女神〉フィーナレスの言葉を、思い出す。
《神と言うのは存外、しぶといものです。四柱の属性神のように力を、名を奪われてなお、その存在が完全に消滅しないこともある。六柱の神の中で最強とも言える〈闇の神〉を完全に消滅させようというなら、確かに〈闇の像〉を全て破壊するのが一番の早道でしょう》
《ですが、心してください。それは茨の道。もっとも過酷な道程です。十二の遺跡全てを巡るのは、想像を絶するほどの過酷な旅になるでしょう。それに、自らの存在を完全に消滅させようとする相手に対して傍観するほど、神は寛容ではない。あなたが〈闇の像〉を全て破壊した、その時――》
《――悪神の本当の姿に、〈最強最悪の悪神〉に対峙することになるでしょう》
ゲームで遭遇したボロボロの悪神の姿を思い出し、俺はぶるりと震えた。
確かに十分に弱体化をさせれば、悪神はラスボスとしては弱かった。
だが、あいつが弱体化前の完全体、いや、もしかするとそれ以上の強さをもって襲ってきたとしたら、こっちにいくら神々の助力があったとしても、勝てるかどうかは分からない。
(ただ……。それを前提に考えたら、配信の盛り上がりも分かるんだよな)
もし、〈闇の像〉を全て壊すことでしか出てこない〈最強最悪の悪神〉なんてものがいたとして、ネットですら全く情報のなかったそいつをリアルタイム配信で倒した、となれば話題にもなるし、神回と呼ばれるのは間違いないだろう。
(本当に「真エンド」への条件が、全ての遺跡を回って本気の悪神を倒すことだけかは分からない。分からない、が……)
設定上、フィーナレスをはじめとした神は「嘘がつけない」。
つまりは〈最強最悪の悪神〉なんて存在の実在は、疑いようがなく。
そしてそんな存在がいるにもかかわらず、「真エンド」を達成するのに関わってこないなんてことは、ちょっと考えにくかった。
……ま、まあ、神は「嘘はつけない」らしいが、それはおそらく、「意図的に嘘をつくことが出来ない」というだけ。
あの駄女神が何か勘違いをしていて無自覚に大嘘を言っている可能性が否定出来ないのが怖いところだが、流石にこんなゲームの基幹部分でやらかしはないだろう、たぶん。
「――上等だ」
どうせ、女神の話を聞いた時から、俺は〈闇深き十二の遺跡〉を制覇して最強の悪神を出すつもりだった。
……そうして出した最強の悪神を「主人公」になすりつけるつもりも満々だったが、それはともかく。
(どうせ、やることは変わらない)
遺跡を制覇するにしても、最強の悪神を相手にするにしても、力がいる。
それこそ、「神のごとき力」が。
「……予定、変更だ」
マナに協力してもらって、じっくりとワールドイベントをこなしていくつもりだったが、そんな悠長なことを言ってもいられない。
多少リスクを呑んでも、「力」を手に入れる必要がある。
「これからイベントフラグ立てと並行して、〈翠柱都市〉の探索を行う」
「この街の? で、でもそれならもう……」
不思議そうな顔をするマナに、俺はにやりと笑みを浮かべる。
翠柱都市は序盤から探索可能な拠点の一つ。
普通にやったんじゃ、大したものは手に入らないだろう。
だが、俺には「未来」の知識がある。
「――さぁて。楽しい楽しいトレジャーハントの始まりだ!」
こうして俺の、掟破りのお宝発掘計画が静かに幕を開けたのだった。
宝探しスタート!
お願い、止まらないでウスバー!
あんたが今ここで倒れたら、毎日更新の約束はどうなっちゃうの?
インタールードはまだ残ってる!
ここを耐えれば、書きやすいパートに入るんだから!
次回、「書き溜め死す」
デュエルスタンバイ!