第百六十四話 絶望切り裂く光(裏)
なんだ、この……
本編の裏で別ゲーが進行しているような、この……
……まあいつものことですね!
「――終わり、だ」
レクスさんの一撃が、あれだけ強大だった〈壱の魔王〉を打ち破るのを、わたしは呆然と見ていた。
「兄さん!」
わたしの横を、レシリアさんが、ラッドくんが、プラナが、次々に追い抜いていく。
本当ならレシリアさんたちと一緒に「無事でよかった」と言って駆け寄って、声をかけるべき場面。
でも、わたしは動けなかった。
結局……。
レクスさんは、〈光輝の剣〉も勇者の力も一切使わないまま、〈魔王〉を倒してしまった。
(……やっぱり、レクスさんは、すごい、よ)
途中、レクスさんが口にしていた決意は、完全には理解出来なかった。
けれど、彼が都合よく与えられた力を拒んで、自分の力だけで〈魔王〉を打ち破ったことだけは、わたしにだって分かった。
(わたしの……「聖女」の力なんて、レクスさんには要らなかったんだ)
ギュッと、唇を噛む。
〈光輝の剣〉が出てきた時に湧き上がってきた勇気が、急速にしぼんでいくのが分かる。
(……やっぱりまだ、話すのはやめよう)
自分の知識と力だけで苦境を乗り越えていくレクスさんに比べて、自分がいかにちっぽけで弱い存在なのか、思い知らされた。
だから、だからもう少しだけ、待ってもらおう。
(せめて、わたしが胸を張ってレクスさんの前に出られるようになるまで、もう少し、もう少し、だけ……)
そうしてわたしは顔を伏せ、自分の出自と気持ちを押し殺す。
――その「もう少し」を埋める術がどこにも見当たらないことから、目を逸らしながら。
※ ※ ※
レクスさんと、「あの人」と向き合う勇気が湧かないままに、わたしはプラナやラッドくんたちと一緒に、表向きだけは順調に冒険者としての成功を重ねていた。
(でも、足りない! こんなんじゃ……!)
澱のように、心の奥底に焦りが蓄積されていく。
それでも、わたしの「聖女」としての特性はレクスさんを呼び寄せ続けて……。
「――テレビ、自動車、インターネット。これらの言葉に聞き覚えは?」
アイン王子の「イベント」で、またわたしを庇ってくれたレクスさんが口にした言葉に、わたしは心臓がギュッと掴まれたような気分になる。
もちろんこれは、わたしを糾弾する言葉じゃない。
アイン王子を襲おうとした、〈光輝の剣〉に似た武器を使う襲撃者に対する言葉だ。
でも……。
(やっぱりレクスさんは、わたしと同じ転生者だった)
ずっとその可能性は考えていたし、もはや半ば確信していたと言ってもよかった。
だけどいざ決定的な証拠を突きつけられると、わたしは想像する以上にショックを受けていた。
そのせい、だろう。
アイン王子たちと別れた後、上の空になってしまったわたしにレクスさんが声をかけてくれたのは。
「そ、の……。助けていただいて、ありがとうございました!」
自分のあさましい心を隠すように、わたしは頭を下げる。
なのに、レクスさんはむしろ申し訳なさそうに首を振った。
「こっちこそ悪かったな。怖い思いを……」
「ち、違います! わたしが悪いんです! あなたに何度も助けてもらったのに、怖くて、なにも……」
わたしに勇気がないのが悪いのに、そんな顔をされたら、余計にいたたまれなくなる。
伝えられないもどかしさと後ろめたさに、わたしが声を震わせていると、
「バーカ。半人前が、そんなこと気にするな。心配しなくても、あとでたっぷり恩を返してもらうさ」
レクスさんはあっさりと、こんなわたしをわざと明るく笑い飛ばしてくれて……。
(そんな……。そんな優しく、されたら……)
嬉しさと悲しさ、レクスさんへの感謝と自分の不甲斐なさで頭の中がぐちゃぐちゃになって。
それでも何とか、わたしは笑ってみせた。
「――はい! 絶対に!」
絶対に、この人の気持ちだけは裏切るまいと、そう心に決めながら。
※ ※ ※
「……〈勇者〉の選定者、〈光の聖女〉マナ・フラノの名において命ずる」
「聖女」にふさわしい自分になるまで、その力を使うつもりはなかった。
でも、わたしの気持ちなんかより、仲間の命の方が、ずっと大事だから。
だから……!
「――顕現せよ、〈光輝の剣〉!!」
対峙した〈参の魔王〉を倒すために〈光輝の剣〉を生み出したことに、後悔はなかった。
二度目の現界を果たした〈光輝の剣〉の力は〈魔王〉を追い込み、レクスさんの機転によって大精霊への融合も失敗に終わって……。
「たすかっ、た……?」
わたしたち三人は、どうにか危機を乗り切ることが出来た。
でも、ある意味でわたしの本当の戦いは、ここからだった。
「二人とも、その……」
レクスさんにだけじゃない。
パーティのみんなにも自分の力を隠していたことに、今さらになって罪悪感が湧いてくる。
けれど、
「すごいじゃねえか、マナ!」
「うん! 本当に助かったよ!」
そんな心配は、杞憂だった。
二人の温かい言葉に、思わず涙がこぼれそうになる。
「で、でも、わたし、今までずっと黙って……」
「さっきの、伝説の『聖女』の力だよね!? 事情は分からないけど、そんな力なら簡単に人に見せられないのもしょうがないよ!」
同じく、めずらしく興奮気味のニュークくんの態度は、それが本心からの言葉であると伝えてくれていた。
しかし、自分でも自分が興奮しすぎていたことに気付いたのだろう。
「っとと、とりあえずその辺りの話は、ここを無事に脱出してからにしよう。……ほら」
ニュークくんは仕切り直すように咳払いをすると、奥の壁を指さした。
わたしたちがつられてそちらを向くと、
「どうやらおあつらえ向きに脱出路も用意されてるみたいだし、ね」
一体どういう仕組みなのか、今まで何もなかったはずの壁が音を立てて動き出し、そこから地上へと向かう水の階段が姿を現していたのだった。
※ ※ ※
「よっしゃああああ! やっと外だあああああ!!」
水で出来た不思議な不思議な階段は、わたしたちを地上へと導いてくれた。
「うーん、こんな階段、絶対なかったと思うんだよね。あの神様が新しく作ったのかな」
階段を進みながら、ニュークくんはしきりに首をひねっていたが、わたしには答えが想像ついていた。
これが「ゲーム」だとしたら、攻略したダンジョンをわざわざ歩いて戻らせる意味は薄い。
きっと水路でのイベントをこなしたご褒美だろうとわたしは思ったけれど、今のわたしはそんなことに意識を割くような余裕はなかった。
「あ、あの、二人とも!」
勇気を出して、前を歩く二人に声をかける。
そして、
「その、さっきの力のこと、レクスさんたちには黙っててくれませんか?」
ずっと考え抜いた結論を、二人に告げた。
……確かに、あの力を使ったことに後悔はない。
こんな自分でも誰かを救うことが出来たんだと、自信にもなった。
だけど、やっぱり、全てを明かすだけの勇気はまだなかった。
わたしの言葉に、ラッドくんとニュークくんは互いに顔を見合せた。
「そりゃ、ま、別にオレはいいけどよ」
「でも、本当に隠しちゃっていいの? あんなすごい力を持っているのに……」
そんな風に問いかけてくるニュークくんに、わたしは静かに口を開く。
「前に、〈壱の魔王〉との戦いで〈光輝の剣〉が出たの、覚えてます、よね」
「ああ! レクスさんが危なかった時のことですよね!」
ニュークくんの返事に軽くうなずいて、わたしは当時を振り返るように、語り始める。
「あの時に、分かったんです。レクスさんは、『聖女』の力なんて、必要としてない。自分だけの力で、十分に戦っていける、って。むしろ、女神に与えられただけの力で戦うのは、何だかレクスさんの戦いを汚してしまうんじゃないか、って、わたしは……」
「そ、れは……」
絞り出すように口にした言葉に、思わず返答に詰まるニュークくん。
その、一方で……。
「……ぷっ! あ、あっははははは!!」
なぜかわたしの話を聞いたラッドくんが、笑い出した。
そして、
「バッカだなぁ! ししょ……レクスにそんなこだわりなんてあるワケないじゃん!」
「へ?」
目を丸くするわたしの前で、心底おかしくてしょうがないというように、ラッドくんはおなかを抱えて笑う。
その後ろでニュークくんが額を手で覆い、「ああもう、ほんとデリカシーっていうか。そういうとこだよ、ラッド」と嘆いているのも気にはなったけれど、それどころじゃない。
「……はー、はー。ま、まあよく分かんねーけど、あの時にレクスが光輝の剣を使わなかったのって、そっちのが効率がよかったってだけだろ」
「え、で、でも……」
ようやく笑いの衝動が収まったのか、目の端に涙を浮かべながら、ラッドは語る。
「だってさぁ、レクスの一番すごいとこって、使えるもんは何でも使うとこだぜ! ほら、あれだ! こうりつちゅう、って言うんだっけ? どーせレクスのことだから、もしあとで〈光輝の剣〉の方が今の武器より効果的だーなんて状況があったら、たとえかっこいいこと言って捨てた二秒後だろうとせこせこ拾いに行って使ってるって!」
「え、えぇぇ……」
そんな、いくらなんでもレクスさんがそんな……と最初は思ったのだけれど、なぜだろう。
その場面を思い浮かべてみると、驚くほどしっくりときてしまうのは。
(そう、かな。……そうかも)
レクス博士を自称するわたしよりもレクスさんのことを深く分かっているようで悔しいけど、ラッドくんの言葉は妙な説得力があった。
「ていうかさ。まず話してみりゃあいいじゃん」
「え……」
それでも思い悩むわたしに、ラッドくんは軽い調子で言い切った。
「別に、持ってても使いたくなけりゃ使わなきゃいいだけだし、レクスなら悪いようにはしないって」
「それは……」
あまりにも、単純明快すぎる理屈。
でもその言葉が、わたしの心にかかっていた靄を一気に晴らしてくれた。
(……そう、だよね)
わたしはずっと、本当のことを話したら怒られるんじゃないか、恨まれるんじゃないかって怖がっていた。
でも、そんなのありえないし、そう考えることこそがレクスさんへの侮辱だ。
だって……。
――わたしの知ってるレクスさんは、絶対にそんな人じゃない!!
こんな簡単で単純なことも分からなくなっていた自分が、何だかおかしくなってくる。
そして、一度気付いてしまえば、もうじっとしてなんていられなかった。
「……ラッドくん、ニュークくん、ごめんなさい。わたし、行ってきます!」
「えっ! マナ!?」
あのイヤリングにレクスさんが声を吹き込んでいたなら、レクスさんはきっと冒険者ギルドにいるはずだ。
驚く二人を置き去りにして、わたしはギルドに向かって走り出す。
一刻も早く、わたしの抱える全てをレクスさんにぶつけたかった。
ただ、角を曲がる直前、わたしは一度だけ立ち止まってラッドくんの方へ振り返る。
「今日は本当にありがとう、ラッドくん! レクスさんのこと、分かってるつもりで分かってませんでした! でも……」
大きく息を吸い、まだ涙のあとの残る顔に、今出来る精一杯の不敵な笑みを浮かべて、
「――わたし、負けませんから!!」
一方的な宣戦布告に、何が何だか分からないという顔をしているラッドくんを置いて、わたしは今度こそ後ろも振り向かずに走り始めたのだった。
そして百六十一話へ……
これでやっとマナ視点は終わり!
たぶん正真正銘の第六部エピローグです!