第百五十六話 とある少女の回想
本日は放送内容を変更してクッソ長い話をお届けいたします
何だか疑心暗鬼になって深読みしてた方もいらっしゃったようですが、素直にこういうことです!
これは、信じる心を忘れた人類に反省を促す物語
「――えーっと、七森、符良乃ー? おーい、どこいったー!」
教室からわたしの名前を呼ぶ声に、立ち止まった。
名簿でも眺めながら呼んでいるのだろう。
あのどこか自信なさげな声は、担任の須々木先生のものだ。
(……日直の仕事、まだ残ってたかな)
わたしはすぐに返事をしようとして、
「はい、ここ――むぐっ?」
その口元を、後ろから伸びてきた手に塞がれた。
抗議の声をあげる暇もなく、ずりずりと後ろに引きずられる。
「もー! 何やってんのふらっち!」
代わりにそんな風に抗議の声をあげたのは、廊下の陰までわたしを引っ張った加害者、この学校でのわたしの唯一の友達の由佳だった。
「何を、って、日直……」
当然の言葉を口にするわたしを見て、由佳はこれみよがしにため息を吐いた。
「日直の仕事はちゃんと終わらせたでしょ! あんなのどーせ、何か雑用を押しつけようとしてるに決まってんじゃん!」
「でも……」
それでも納得しきれないでいると、彼女はなおも言いよどむわたしの目を覗き込んだ。
「ふらっちにとって、今日は特別。……そうでしょ?」
「……うん」
その言葉には、うなずくしかなかった。
わたしは由佳に背中を押されるようにして、廊下を歩き去る。
廊下を曲がって、階段を下りる直前、
「あ! 七森! お前、また――」
背中から聞こえた声には、気付かなかったフリをして……。
※ ※ ※
「っし、脱出せいこー!」
「もう……」
校門を出て、にっかと笑顔を見せる由佳に、ダメだと思いつつ、ついついわたしも笑ってしまう。
「へっへ。いーじゃんいーじゃん。ふらっちも共犯なんだからさー」
「共犯はともかく、それ。そのふらっちって呼び方、やめて」
由佳に悪意がないのは分かっているけど、不埒みたいで、なんだかちょっと嫌だ。
「えー。でももう呼びなれちゃったしぃ。ほら、リアルネームよりかはマシじゃない?」
「それは……」
そう言われて、わたしは言葉に詰まった。
わたしの本名が、捉えようによっては少しイタいというのは理解している。
だからと言って、ふらっちなんてあだ名はない、と思っていたんだけど、
「あ、それとも……」
そんなわたしを見て、由佳は意地悪く唇をにぃーっと歪める。
「姫……眠れる森のお姫様、の方がよかった?」
「や、め、て!」
それは、昔のわたしにつけられていたあだ名、らしい。
当時色々とあきらめていたわたしは、あまり表情を表に出すことがなかった。
そのせいでわたしは「お人形」とか「姫」とか、一番すごいのでは「眠れる森の姫」とか言われていた……そうだ。
※ ※ ※
――わたしの家には、神様がいる。
なぁんて言うと、変な宗教にハマっていると思われてしまうかもしれない。
でも、少なくともわたしは、わたしの一家はそれを信じている。
――そして、それを「お祀り」するのは、一家の長女で「巫女」のわたしの役目だ。
祀ると言っても、そう大層なことをするワケじゃない。
ただ、神様と向き合って、集中して、集中して、その存在を一心に想う。
それだけ。
……神様は、人に信じられていないと存在出来ない。
だからこの「かみさま」を知っているわたしたちが向き合ってあげなければいけないのだ、とお母さんはそう言っていた。
ただ、現代日本で神様が生きていくには、大きなエネルギーがいる。
代々続けていた「お祀り」の時間は世代を重ねるほどにどんどん長くなって、今では生活のほとんどを費やさなければならないほどになっていた。
だからわたしには部活なんてものをやる余裕はなかったし、友達と放課後に遊んだり、趣味を持つことすら出来なかった。
早朝に起き出して「お祀り」をして、支度をして学校に行って、帰ったら着替えて夕食まで「お祀り」をして、ごはんとお風呂を済ませて「お祀り」をして、倒れ込むように寝る。
それだけがわたしの全て。
生まれてからずっと旅行になんて行ったことがないし、泊まりが必要な学校行事には参加すら出来なかった。
「――別にね。いつでもやめていいんだよ」
巫女の力は子供を産むと大きく下がり、そこから少しずつ弱まっていく。
力がほとんどなくなって、「お祀り」が完全にわたしの役目になった時、お母さんはそう言った。
……でも、わたしはその言葉にうなずくことは出来なかった。
この科学が発展した現代の世界に、「神様」なんてものが存在出来るような隙間はない。
わたしが「お祀り」をやめたら、神様が消えてしまうのは分かっていた。
別に、わたしが神様に対して強い思いを持っていたワケでも、神様のために自分の身を投げ出すほど優しかったワケでもなかった。
ただ、わたしには「今」を変えるだけの強さがなくて、お母さんの信頼を裏切るだけの勇気もなかった、それだけだ。
「――この『かみさま』はね。人の『願い』を叶えてくれるのよ」
まだ子供の頃、お母さんと一緒に同じ布団に入っている時、幼いわたしに母はよくそう言っていた。
それから、そう……。
「わたしがお父さんと結婚できたのは、『かみさま』のおかげでね」
というのが、お母さんの口癖だった。
お母さんがお父さんと知り合ってしばらくした時、お父さんの上に工事の鉄骨が落ちてきた事件があって……。
その時お母さんが「誰かあの人を助けて!」と心の中で叫んだら、鉄骨の軌道が不自然に曲がって、お父さんから避けた、なんて話。
それを、お母さんは「かみさま」のおかげだって信じているらしい。
正直そんなの偶然だって思っていたし、大きくなってから「そんなすごい力があるのにたかが一人の人間が『お祀り』しなきゃ消えちゃうなんておかしい」とわたしは言ったけれど、お母さんは「そういうものだから」と笑うだけだった。
だから、だろう。
わたしは「かみさま」のためでも、お母さんのためでもなく、ただ自分がお母さんに失望されたくない、という身勝手な願いのために、ずっと「お祀り」を続けていた。
でも、その代償は大きかった。
――遊びにも、部活にも、学校行事にも参加出来ない暗い女。
そんな人間が、学校で友達なんて作れるはずもなく。
表立っていじめられさえしなかったものの、わたしはずっと遠巻きにされ、いつも独りだった。
※ ※ ※
(それがまさか、裏では「姫」なんて呼ばれてたなんて……)
世間というのは、不思議なものだと思う。
(……わたしなんて、そんないいものじゃないのにな)
と思う一方で、「そうあってほしい」と願う気持ちだけは、なんとなく分かる気がした。
まともな趣味を持てないわたしが唯一、多少の時間を使えたのが、小説だ。
お祀りと勉強の合間にちょっと読むだけで、趣味と言えるのか分からないけど、本を読むのは好きだ。
特に、ファンタジー小説、現実世界と全く関係ない世界を描いたような本が大好物で、ファンタジーに出てくるエルフや精霊には理屈抜きで憧れた。
わたしを「姫」なんて呼ぶのがわたしが「エルフ」に憧れるのと同じような気持ちなら、それは理解出来る。
(うん! 世界の謎を知る寡黙なエルフ、とか、めちゃくちゃ憧れるよね!)
もちろん、自分がそんな存在だなんて自惚れるつもりはない。
というより、そんなことを言われたら「エルフ」はもっと素晴らしいんだ、と怒る自信すらある。
でも、そういう「あるはずもないもの」に憧れる気持ちは誰だって同じだと思うのだ。
だって、それがあったから……。
「ねーねーふらっちー! なぁにぼーっとしてんの? ねーってばー!」
このわたしとは何もかも正反対な由佳と、友達になれたんだから。
由佳と知り合ったきっかけは、そう大したことじゃない。
彼女が教室の一番後ろでこっそりと何かを読んでいるところに通りかかったわたしが、そこに描かれていた絵を見て、
「えるふ……?」
と、思わずつぶやいただけ。
それに対して、由佳が目を丸くして、
「……姫もそういうの、知ってるんだ」
と返したのが、大げさに言えばわたしたちの出会いだった。
それから、由佳はひめーひめーと何かと付きまとってくるようになり、姫呼びが苗字呼びに変わって名前呼びに変わって、いつの間にか会話から敬語が抜けて、そこから紆余曲折を経て「由佳」「ふらっちー」と呼び合う今の関係に落ち着いた、というワケだった。
あとから知ったことだけれど、その時に由佳が読んでいたのはゲームの設定資料集、だったらしい。
「へっへー、これはねー。初代ブレブレの早期購入特典で、今はプレミアついてんだよ!」
彼女はやたらと分厚いその本を自慢すると、要らないというわたしに無理矢理押しつけて読むことを強要してきて、いやいやながら目を通した結果……わたしは見事にドはまりした。
(すごい……!)
ゲームなんて自分には縁のないものだと思っていたから調べたこともなかったけれど、その分厚い設定資料集の中には、確かに一つの「世界」があった。
神話があって、経済があって、そして人々の生活があって、そこにはもう一つの世界が確かに顔を覗かせていたのだ。
それに、調べてみたゲームの内容にも心を惹かれた。
女神様の神託に従って世界を救うという目的はあるものの、どこに行くのも何をするのも自由というのがまず面白そう。
それに、出てくる登場人物もどれも魅力的で、特にネットでも人気があるらしい〈孤高の冒険者レクス〉という人を一目見て気に入ってしまった。
だけどうちにはゲーム機なんてないし、由佳は「うちでやっていきなよ!」なんて言っていたけど、「お祀り」があるからそんな機会は一生来ないだろう。
そんな風にあきらめていたんだけど……。
「――『かみさま』は、わたしに任せてよね、お姉ちゃん!」
一生来るはずのない機会は、家族の力によって、あっさりと実現してしまった。
巫女としての力は、長女以外にはほとんど遺伝しない。
だから、「かみさま」のことはずっと、わたし一人で抱えていくつもりだった。
でも、妹はこっそりと巫女としての訓練を重ねていて、今では数時間程度なら何とか一人で「お祀り」をこなせるまでになっていた。
とりあえず週に一日。
夕方からの「お祀り」を肩代わりする。
母と妹がそろってそう言ってくれた時は本当に嬉しくて、高校生にもなってちょっと泣いてしまった。
……そして今日は、初めての「自由」な日。
わたしは夕方の「お祀り」を妹に任せて、生まれて初めて友達の家に遊びに行った。
※ ※ ※
「じゃ、じゃーん!」
そう言って由佳が見せてきたのは、わたしでも知っている最新のゲーム機と、夢にまで見たゲームソフト〈ブレイブ&ブレイドGP〉(サントラ付き特装版)だった。
「これが、あの設定資料集のゲーム……」
わたしが感極まっていると、由佳はちっちと指を振った。
「ふふふ、甘い! 甘いねふらっちー! これはブレブレだけどブレブレじゃない! 進化したブレブレ、いわばブレブレ1.5なんだよ! いーい、ブレブレはオリジナルの時点で神ゲーだったんだけど、キャラゲーと思って飛びついた奴らを皆殺しにする難しさと、専用コントローラーが高すぎるせいでぜんっぜん売れなかったし、なんだったらそのせいで製作会社まで潰れちゃったの! でもね! それがこのブレブレの伝説の始まり! 数年後に実況プレイ動画でバズったのをきっかけに再評価の流れが生まれて、製作会社が倒産間際の資金繰りで作品の権利を捨て値で譲渡してたことが功を奏して……」
こうなると、由佳は長い。
わたしはふーんほーんとたまに相槌を打ちながら、ついに対面したそのパッケージと見つめ合う。
このリメイク版のために新しく描き下ろされたというキービジュアル、光の王子と孤高の冒険者が向かい合って手をぶつけ合うそのイラストに、ワクワクが止まらない。
「ってことでイラスト界隈から乙女ゲーのユーザーを取り込めたのに加えて、なんといってもこの移植先の次世代機のコントローラーにはデフォでモーションセンサーがついてたのがさらなる追い風になり、かくしてブレブレGPは空前の大ヒット……まではしなかったけどまあそこそこ採算取れる程度には売れて……」
とまだよく分からないことをぶつぶつとつぶやいている由佳に向かって、わたしは叫んだ。
「由佳! やりたい!」
その言葉に由佳はちょっとだけ驚いた顔をしたけれど、クスッと笑って、
「まだまだ話し足りないけど、しゃーない! ……許す!!!」
最高の笑顔とサムズアップで、わたしに応えてくれた。
「じゃ、じゃあ、始めるから!」
それからわたしは一気に魅惑のブレブレの世界に……と行きたかったけど、まずソフトをゲーム機にセットする方法が全く分からなくて、由佳に聞きながらおっかなびっくり電源を点けると「いや、別に噛みついたりしないから」と笑われて、タイトルで放置すると出てくるオープニングムービーのあまりのすばらしさに五周してたら「いいからさっさと始めなよ!」と怒られて、と、もう初めからぐっだぐだ。
そこからもまともにゲームをやるのも初めてなわたしと、ゲーマーを気取っている由佳は事あるごとにぶつかって、当然のように醜い言い争いになった。
スタート直後の名前入力、わたしが「主人公」につけた名前を見て「ほほう。本名プレイですか。大したものですね」と由佳がニヤニヤし出して、わたしが「カ、カタカナにしたから! ファンタジー風になったから!」と真っ赤になって言い訳をしたのを皮切りに、一時間かけて悩み抜いて作り上げたわたしの分身を見て「ぷ、ふふっ! いやっ、ちょっ! ひ、ひどっ! 魔力極振りのエルフの槍使いで回復魔法スキル持ちって……ぷ、あははっ!! なっ、何一つ噛み合ってない! 逆にすごい! こ、こんな……ダ、ダメ! もう死ぬ! 笑い死ぬぅ!」とか転げまわった失礼千万な女を成敗したり、チュートリアルの戦闘でゲームオーバーになって「えっ!? ここで負ける人っているの? っていうか負けられたんだこの戦闘!」と驚愕されたり、そこから十連続でゲームオーバーになって「その……なんか……ごめんね?」となぜだか謝られたり……。
どうしても勝てないからと結局キャラメイクまで戻って「ねぇなんで前衛なのに魔力極振りしたの? バカなの? 死ぬの? ……あ、死んでたか」と煽られたり、「てかふらっちにアクションとか無理だから後衛で、モードもこっちにしときなさい! あと、あれこれ手を出さずにちゃんとコンセプト決めること!」となんだかんだ面倒見のいい由佳とあーでもないこーでもないと言い合いながらまた一時間かけてキャラを作ったり、新しく作ったキャラでチュートリアルに挑んでまた惨殺されたり、二十二回目で何とかクリアして二人で抱き合って飛び跳ねたり、そうして自信満々に進めたオープニングストーリーで一番好きなキャラが死んじゃって半べそになったり、それを見て焦った由佳の助言を聞いてまたイベントをやり直したり、別の選択肢を選んだら今度は仲間の冒険者の人たちが死んで魂が抜けたり、それから、それから……。
とにかくわたしたちはテレビの画面を前に騒いで、はしゃいで、ケンカして……。
全力でゲームを遊んで、遊んで、遊びまくった。
※ ※ ※
最後は由佳の家で夕食までごちそうになって、思ったよりも遅くなったことに気付いて慌てて外に出た。
「また明日、学校で!」
こちらの姿が見えなくなるまで手を振る由佳にこちらも手を振り返して、足早に角を曲がる。
(こんなに遅くまで外にいたの、初めてかも。……楽しかったな)
人工の明かりに照らされた街を、早歩きで進む。
夜の街はどこか神秘的で、でも同時にどこか恐ろしかった。
横断歩道で止まった時、隣に人の気配を感じて、びくりと肩を震わせる。
こっそりと横目に窺うと、そこにいたのはスーツを着た男の人。
わたしに興味がない様子でスマホの画面に目を落としたのを見て、ちょっと安心する。
(この人、何を見てるのかな)
熱心にスマホを見ているのが気になって、わたしは目を凝らした。
細長い画面に垣間見えたものに、あっと声を漏らしそうになる。
(――ブレブレだ!)
そこに描かれていたのは間違いなく、ブレブレGPのイラスト。
由佳が何度も眺めては、そのたびに「はぁ~。アイレクてぇてぇ~」と軟体動物のようにうねうねしていた、あのパッケージイラストだ。
(この人も、ブレブレGP、やってるのかな?)
わたしよりもずっと大人でしっかりとスーツを着こんだ男の人が、わたしと同じゲームをしているのだと思うと、なんだか心が弾んだ。
(もしここでわたしが「ブレブレやってるんですか?」って声をかけたら、どんな顔するだろ)
もちろん自分に、そんな大胆なことが出来るはずがない。
だけど……。
(……そっか。わたし、やろうと思えばなんだって出来るんだ)
今まで閉じていたと思っていた世界が一気に開けて、自分が自由な存在になったような気がした。
でも……。
そうやって浮かれていたのが、よくなかったのかもしれない。
あるいは、わたしの人生にそんな楽しいことばかりが起きるはずないと、忘れてしまっていたのがダメだったのかもしれない。
信号が青になったのを確認して、横断歩道に踏み出して、
(――え?)
真横から、突然の光。
それが、こちらに向かって暴走するトラックのヘッドライトのものだと理解した時には、もう遅かった。
突然の事態に、硬直した身体はピクリとも動かない。
やがて訪れる破滅的な未来を前に、わたしはただその場に立ち尽くす。
「――危ない!」
その時、背後から声が響いた。
何か強い力に身体を押されたと思った直後、ドン、という衝撃が身体を貫いて……。
※ ※ ※
横倒しになった視界に、同じように横に倒れたさっきのスーツの男の人が見える。
倒れた男の人の姿は、ひどい有様だった。
あの様子では、きっともう助からないだろう。
(それは、わたしも同じ、か)
にじんでいく視界の中、地面に染み出る赤い色が、そのままわたしの生命力のように思えた。
じわじわと外に抜け出して、もう戻ることはない。
(……何の意味もない人生だったな)
ただ変化が怖いというだけの理由で、人生の時間のほとんどを「お祀り」に使ってきた。
そうやって守った「かみさま」だって、わたしが死んでしまえば消えてしまうだろう。
わたしには、何もない。
そんな風にふてくされていたせいで、結局何も残せなかった。
それに……。
(……ごめん、なさい)
倒れている男の人を、見る。
(あの人、みたい……)
直前にゲームをやっていたからだろうか。
命を懸けてわたしを助けようとした男の人の姿と、ゲームで一番好きだったキャラが、重なる。
――レクス・トーレン。
孤高の冒険者と呼ばれる、A級の凄腕冒険者。
ぶっきらぼうな態度なのに、見ず知らずの新人冒険者のために、命を張れるすごい人。
……そうだ。
この人も、ゲームのあの人と同じように、他人のために自分の命を懸けて動くことが出来る人で。
絶対に、わたしなんかのために死ぬべきじゃなかった人。
(ごめん、なさい……!)
どうしようもないわたしは、庇ってもらっても何も出来なかった。
ただ何も出来ないままに車に跳ね飛ばされて地面に転がって、こうして死のうとしている。
(……無駄死に、だ)
何もなせなかったばかりか、本来なら死ぬべきじゃなかった人まで巻き込んで、わたしは死んでいく。
気高い行為だったはずなのに、賞賛されるべき行動だったのに、わたしが全てを台無しにした。
(やっぱり、現実の世界、なんて、ろくでもな……い)
消え入りそうな意識の中、最後に願う。
もしも……。
もしも、生まれ変わりというのがあるのなら……。
(わたしとこの人が、せめて、努力が報われる世界に……。あのゲームのような、自由な世界に、生まれますよう、に……)
そして、それから……。
わたしの意識が闇に呑み込まれる、その直前……。
《――そのねがい、聞き届けたり》
近い……とても近いところから、「かみさま」の声が――
「――えっ?」
突然まぶたに感じるまぶしさに、わたしは我に返る。
(ここ、は……)
横倒しになっていたはずの視界は、いつのまにか戻っている。
いや、それどころじゃない。
(え? えっえっ?)
目に飛び込んでくるのは、非現実的な光景。
道路に倒れていたはずのわたしは明らかに木造と思われる建物の中にいて、そこには剣や槍、弓などの武器を持ち、時に鎧を着込んだ男女が思い思いに過ごしている。
しかも、中には明らかに耳が尖っていたり髪の色が赤や青だったり、とても日本人と、いや、地球の人間だと思えない人たちもいる。
こんなのは、まるで、まるで……。
「な、なぁ! お前も新人冒険者なんだよな?」
「……へ?」
突如として耳に飛び込んできた声に、わたしは肩を跳ね上げる。
取り返しのつかない予感に、おそるおそる振り返る。
そこにはわたしがつい数時間前、ゲームで出会ったのと全く同じ声、全く同じ容姿の男の子がいて……。
(まさか……!)
そこで、ハッとして自分の姿を見る。
目を落とした先にはあれほど痛んでいたはずの傷はなく、それどころか服装まで大きく変わっている。
(これ、ゲームの初期装備!?)
それは、わたしと由佳が一生懸命ケンカをしながら選んだ服装。
……もう、間違いはない。
ここまでくれば、いくら鈍感なわたしでも分かる。
正面に立った見覚えのある、けれど初めて目にする少年の口が動くのを見ながら、わたしは確信した。
「オレはラッド! お前は名前、なんて言うんだ?」
やっぱりまだ、信じられない気持ちはある
けれど、どうやらわたしは……。
「――プラナ。プラナ・レインフォレスト」
ゲームの世界の「主人公」に生まれ変わってしまったようだった。
つながる過去と現在!
おかげさまで、連載始める前からずっと書きたかった回想編まで何とか皆さんに届けることが出来て感無量です!
さて、作品における一つの大きな謎は明らかになりましたが、物語はまだ続きます!
なのでくれぐれも、く れ ぐ れ も、何か気付いちゃった方や「こうかな?」という予想を思いついた人は、それをそのまま感想欄に書かずにグッと堪えて解答編を待つか、感想欄以外の場所でぶちまけるようにしてもらえると助かります!
また、感想欄でネタバレや予想を見かけた時は「おっ! このくらいは書いていいんだ俺も書こう!」と便乗するのではなく、「まぁたバカな奴がいるよ」とスルーしておくようにお願いします!
まあそれはそれとして、話の順番変えたので次はほんとに短いです!
次回更新は明日(21時予定)!!