第百五十三話 直感
感想での展開予想についてはほんと難しいんですよね!
あんまり感想欄窮屈にしたくないし、本音を言えばこっちが隠したい一部以外は書いてもらって全然構わないんですけど、誰かが予想っぽいこと言うとすぐ考察の流れになりがちなので、結局一律で「やめてね」と釘を刺すほかないなって感じです
「――最近ね! なーんか大精霊さまの様子がおかしい気がするんだー! だから元気になれーと思って毎日おまじないをしてて……」
人でにぎわう街を、はしゃぐ幼女に手を引かれて歩く。
街の人々はそれを微笑ましそうに眺めているが、俺たちの正体を知ったらとても同じ表情を浮かべてはいられないだろう。
なぜなら、俺の手を引く幼女というのは誰あろう、この街の最高指導者〈白の女王ハアト〉なのだから。
(いや、ほんと……どうしてこうなるんだよ)
あの衝撃的な水の巫女カミングアウトのあと……。
俺はなぜか〈白の女王ハアト〉に気に入られたらしく、すっかりと懐かれてしまっていた。
「それでねそれでね! って、おにいちゃん、聞いてる?」
「き、聞いてるよ。ハアトは偉いな」
俺が雑に相槌を打つと、ハアトはぷーっと頬をふくらませた。
「もー! わたしがノームだからって子供扱いしてるでしょー! わたし、見た目よりずっとオトナなんだよ!」
彼女の言葉は一面では確かに正しい。
〈白の女王ハアト〉はこの都市を治める女王であると同時に、水と精神を司る神〈ウィーナ〉に仕える巫女だ。
巫女になれるのはその神が作った種族の原種に近い存在だけなので、必然的にハアトは純血種のノームということになる。
ノームは元は確か土の精霊だったはずだが、ブレブレにおけるノームは単なる信仰心の篤い小人種族。
つまり、ぶっちゃけてしまうと永遠のロリショタだ。
(代わりにブレブレのドワーフは男も女もひげもじゃの豪快な職人、って感じだからなぁ)
その兼ね合いか、なぜか水属性の枠にぶち込まれたブレブレのノームは合法ロリショタなんて呼ばれていたりするが……。
「――こう見えて、わたしはもう十歳なんだから!」
悲しいかな、〈白の女王ハアト〉は年齢も完全なロリ枠だった。
いや、まあ実年齢よりも幼く見えるのは確かなのだが、正直誤差の範囲としか言えない。
「それにね! レクスおにいちゃんのことを聞いた瞬間に『この人だ!』って、ピーンってきたんだー!」
ただ、小さいからといって舐めてかかれる相手じゃない。
幼くしてこの街の運営に携わる天才だ。
「あー。『この人』っていうのは?」
これまで適当な受け答えをしていた反省も兼ねて俺が尋ねると、ハアトは「よく聞いてくれました」とばかりに元気よく答えてくる。
「それはもちろん、水の大精霊さまを、ううん、わたしたちを救ってくれる、英雄さまだってことだよ!」
「な、なるほど……?」
「きっとこれが、巫女の直感、ってやつだよねー!」とハアトは楽しげにうなずいているが、残念。
その直感は、大外れだ。
ただ、それで話は見えてきた。
「……だから、いきなり港であんな歓迎会じみたもんが始まったのか」
いくらアイン王子の差し金だったからとはいえ、流石に大規模すぎた。
つまりはアレは、ハアトが俺に接近するための口実作りだった、という訳だろう。
俺がうんうんとうなずいていたが、
「……おにいちゃん、何を言ってるの?」
当の本人は、きょとんとした顔で首を傾げていた。
「え?」
噛み合わない会話に俺たちが見つめ合っていると、横から神官服の女性が口をはさんだ。
「わたしたちがやったのはレクス様と会えるように花束贈呈にハアト様をねじ込んだだけです。あのセレモニー自体にこちらはほぼ関与していませんよ」
「へ? だけど、あの規模は……」
俺が反論しようとすると、今度は神官服の女性が首を傾げる。
「何かおかしかったですか? 冒険者ギルドなどはあわよくばレクス様にいらしてほしいという下心が透けていましたし、英雄がいらっしゃるとなれば当然あの程度の歓迎は致します」
「英雄? いや、だけど俺は単なるA級冒険者ってだけで……」
「――何をおっしゃっているのですか!」
俺がそう言いかけると、神官服の女性は食い気味に言葉をかぶせてきた。
その勢いのまま、一気にまくし立てる。
「冒険者に関する革命的な施策や技術供与の数々は門外漢であるわたしたちの耳にも入っていますし、フリーレアや王都から離れたここでも冒険者で貴方様を知らない方はいらっしゃいませんよ! それに、世界で唯一の魔王殺しにして、今や冒険者にとっての悲願となった〈闇深き十二の遺跡〉攻略者でもあり、さらには仲間とたった二人で未知の領域に囚われたアイン王子を救出した……となれば、もはや物語に描かれる英雄すら霞んで見えるというものです」
「お、おう……」
立て板に水のトークに、俺はただうなずいた。
確かにそんな風に箇条書きマジックされると、まるで俺がすごい英雄みたいに聞こえてしまう。
ただ……。
「そ、その辺の情報は、一応外には出していないはずなんだが……」
俺が言うと、神官服の女性は呆れたようにふっと笑った。
「仮にも街の首脳ですので、その程度の情報は集まってきます。そうでなくても、人の口に戸は立てられぬものです。それが、常識外れの偉業であれば、なおさら」
うまく隠せていたつもりだが、情報管理ガバガバ、ということらしい。
(まあ、仮にも世界を救う「主人公」のやるべきことを一部とはいえこなしている訳だから、そのくらいの評判にはなる……のか)
予想外の高評価に戸惑っていると、畳みかけるようにハアトが参戦してくる。
「わたし! わたしも! レクスおにいちゃんがすごい人だって、一番に気付いたんだよ! それに、初めて会った時、理解っちゃったんだ」
そこで彼女は一度、言葉を切る。
そして、普段は元気いっぱいの瞳に、人の奧の奧までを見通すような底知れぬ叡智を湛えて……。
「――レクスおにいちゃんは生まれつき特別な『運命』を抱えた人間。世界にとっての『重要人物』の一人なんだって!」
……いや、その、うん。
レクス、実は序盤にしか出てこないただのお助けキャラなんだけど。
※ ※ ※
(――本当に、ハアトの勘は外れまくりだなぁ)
レクスはただのサブキャラで重要人物とは程遠いし、その中身はそれ以上のどこにでもいる一般人だ。
もちろん、そんな俺にメインストーリーである大精霊の不調を直すようなイベントを起こせるはずもない。
(そう、だ。……そのはず、なのに)
ほんの、一欠片。
ほんの一欠片だけ、彼女の言葉を信じたがっている自分がいるのも確かだった。
(……だったら、試してみりゃいい。簡単な話だ)
そう心の中でつぶやき、服の下で握りしめた剣の柄を強く握り込む。
「え、ええと、おにいちゃん? なんか、大げさじゃない? 今から噴水のとこに行くだけだよね?」
不思議そうに問いかけるハアトの言葉は、正解であると同時に間違いでもあった。
〈水の都〉関連のイベントの一つに、「白の女王襲撃事件」と呼ばれるものがある。
これは、歴史や「主人公」の活躍度が一定の時にハアトと一緒に噴水広場に入っていくと、ハアトが狙撃されてしまう、というイベントだ。
対応を誤ると一気に街が水没してしまう核爆弾級の地雷イベントだが、逆にこれをうまく解決出来れば、その恩恵は計り知れない。
というのも、すさまじいネタバレになるが、大精霊の不調の原因は〈常闇の教団〉。
正確に言うと、〈常闇の教団〉の団員に憑依した〈魔王〉の一部が水の大精霊の身体を乗っ取ろうと画策している、というのが事の真相だ。
時間切れになるか、イベントの対応を間違えると水の大精霊が〈魔王〉と同化して、「大精霊の力を持った〈魔王〉」という最悪の敵が出現。
ラスボス級の〈魔王〉と中盤で戦うことになるほか、ついでのように街は水没して住人はほぼ全滅する。
……とにかくこのゲーム、街の命が軽すぎである。
しかし、この襲撃イベントを逆手に取ってその〈常闇の教団〉を殲滅出来れば、正規のイベントの流れを踏まずとも一気に街の問題は解決する、という訳だ。
(……さて、そろそろか)
ちらり、と噴水広場のほぼ反対側、小さな塔の頂上を覗くと、そこから一瞬だけ顔を出した金色の髪が見えた。
どうやらプラナは、ちゃんと位置についてくれたようだ。
(この前から、あいつには随分と世話になりっぱなしだな)
プラナは態度こそそっけない部分もあるが、ラッドたちのパーティの中でも俺にかなり協力的だ。
それに、俺の安全を最優先するレシリアと違い、彼女はもっと素直に俺の指示に従って動いてくれる。
今度、何かお返しをしないと、などと考えながらも、警戒は切らさない。
これだけ用心していたら万が一はないはずだが、念のため、耐久力に不安が残るニュークとマナは魔法の準備をしつつ後方待機。
レシリアとラッド、それから魔法に対して絶対の耐性を持つ俺で正面の三方向を守る布陣で広場に突入する計画だ。
(もしも……。もしも俺が本当に「主人公」で、大精霊を救う者であるならば、ここでイベントが起きるはず!)
自分でも、バカなことをしているという自覚はある。
そんなバカなことに、仲間を付き合わせてしまって申し訳ないという気持ちもある。
それでも……。
「……行くぞ」
もはや、後に退くという選択肢はなかった。
大きく息を吸い、俺は覚悟を決めて、一歩を踏み出して……。
(当然、何も起きねえよなぁこんちくしょおおおおおおおおおお!!)
俺たちは何事もなく歩いていき、大噴水の中心近くまで、あっさりと辿り着いてしまった。
いや、分かってた。
俺が本当に「主人公」だったら、ほかのメインイベントも起きなくちゃおかしい。
つまり、俺が「主人公じゃない」のは確定だ。
ただ……。
ただ、ハアトに言われてほんの少し、ほんのすこーしだけ、夢見ちゃっただけ。
だから別に悲しくなんてない。
ないったらないのだ!
俺がガックリと大噴水の前でうなだれていると、神官服の女性とハアトがおずおずと近付いてくる。
「あ、あの、レクス様? 突然膝をついて、どうされたのでしょうか?」
「たぶん、レクスおにいちゃんは知ってる……ううん、『感じた』んだよね。大精霊さまの鼓動を!」
この子、齢十歳にしてすでに厨二の病に侵されていたりしない?
大丈夫?
という心配はさておき、この巨大な噴水、〈翠の柱〉が水の大精霊のところにつながっている、というのは事実だ。
何しろこの〈水の都〉方面の「主人公」である〈寒村の漁師の息子〉スタートの場合、この噴水の底に大事な指輪を落としてしまい、それが水路を通って水の大精霊の元に行きついたことから冒険は始まる。
落とした形見の指輪を取り戻すために数々の試練を乗り越えて水の大精霊と会うべく奮闘するうち、本人も知らない「主人公」の血筋が明らかになって……というのがこの「主人公」の序盤のストーリーラインだ。
いや、本当の序盤というならば、「主人公」が海で取れた魚を精霊に献上するために、都に出てくるシーンが……。
「……そういえば、ハアトは奉漁祭で精霊の代わりに海の幸を受け取る立場なんだよな」
なんとはなしに、口に出した言葉。
特に返答を求めていた訳ではなかった。
だが……。
「あ、今年の奉漁祭? それならよーく覚えてるよ! 代表で来た漁師の人がすごく若い人だったから、印象に残ってるんだー」
「え?」
予想外の答えに、束の間、硬直する。
緊張に、喉が渇く。
俺は、かすれる声で尋ねた。
「なぁ。それってどんな人だった?」
その、俺の言葉に……。
ハアトはほんの少しだけ考えて、こう言った。
「――なんだか変わった指輪をつけた、十七歳くらいの男の人だったよ」
急転!
ということで、次話から物語が大きく動き出す……予定です!
次回更新は(すごく頑張れば)明日!
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