第十四話 全てを見通す眼
計画とか立てるの嫌いなんですよね
まあでも大丈夫、行き当たりばったりで進捗ダメでも締め切りの日に10万字書けば全てのつじつまは合う!!
この世界で生きていく、と決めて、なんとなく肩の荷が下りた気がした。
んん、と大きく伸びをして強張った身体をほぐし、そこでちらりと横を見る。
俺の寝床から少し離れた場所に置かれたもう一つのベッドには、鮮やかな碧色の髪をした少女が眠っていた。
(この子のことは、どうすりゃいいんだろうなぁ)
おそらく「レクス」の妹であろう少女、レシリア。
ガーゴイルに襲われているところを助けたこの少女は、あれから丸一日以上が経った今でもいまだに眠ったままだ。
昨日街の治療師に見せたところ、「傷は完全に塞がっているので、いずれ目覚めるでしょう」とは言われている。
心配はないと思うが、ゲームでは死ぬはずのキャラだっただけに、わずかな不安は残る。
放り出す訳にも誰かに預ける訳にもいかず、とりあえず自分と同じ宿に放り込んだが、これからどうすればいいのか、と考えると頭が痛い。
俺にとっては今まで一度も話したこともない相手だが、続柄的には血の繋がった妹で、向こうは恐らく俺のことをよく知っている、なんて、訳が分からなすぎて正直困る。
まだゲームで稀によくいる、突然やってきた生き別れた血の繋がっていない妹の方がマシなくらいだ。
ついでに言えば、彼女はブレブレでは確定で死ぬキャラのため、レクスの妹らしい、という以外に情報がまるでない。
眠っている姿を見る限り、流石イケメンのレクスの妹だけあって顔立ちが整ってはいる。
それに、緑がかった髪の色から風属性の魔法が得意なんじゃないか、という推測は立つが、その程度だ。
(出来れば、俺が「本物のレクス」じゃないことは、この子には隠しておいた方がいいんだろうな)
嘘をつくというのは気が引けるが、俺の秘密を守るためにも、彼女自身のためにも、真実を告げるタイミングには気を使った方がよさそうだ。
故郷の街は魔物に落とされて、知り合いは恐らく全滅。
最後に残った兄も中身が別人になっている、なんて、どう考えても過酷すぎる。
(……前途多難って奴だよなぁ)
そういうのを含めて、もう少し計画的に未来を見据えるべきだろう。
これが小説や漫画の中の主人公なら、勢いとノリだけで突っ走ってもご都合主義と才能補正で何とかなるかもしれない。
ただ、俺は主人公でも何でもないただの一般人だ。
行き当たりばったりで乗り切れるほど、ブレブレの世界は甘くない。
そうでなくても、社会人になると事前に計画を立て、自分の調子を管理することの大切さが嫌でも分かってくる。
とりあえずでも目標を決め、予定を立てるだけでモチベーションは変わってくるし、仮に予定の通りに進まなくても「自分がどれだけ遅れているのか」「それをリカバリーするためにどれだけの労力が必要なのか」を具体的に把握するのはとても重要で、これは「進捗どうですか?」と尋ねられた時に無駄な長文で誤魔化す技術と同じくらいに大事なことだ。
まず最終的な目標だが、それはすぐに思いついた。
・ゲーム期間の二年を生き残る!
夢がない、なんて言わないでほしい。
普通にやってれば、レクスはまあ十割方死ぬ。
オープニングのイベントは乗り切ったので山は越えたとは思うが、油断は出来ない。
それに、どっちみち悪神が蘇れば世界もただでは済まないので、これは実質「ゲームのクリア」とも等しい。
そのためにやるべきことで、パッと思いつくのは、
1.ゲームの主人公を見つける
2.この世界について探る
3.各種イベントをこなす
4.戦力を充実させる
このくらいだろうか。
まず、「1.ゲームの主人公を見つける」は絶対にやらなくてはいけないというか、ここから始めないと話が始まらない。
ゲームにおける「主人公」は、〈光に選ばれし者〉〈運命の子〉などと呼ばれている超重要人物だ。
イベント面で必須であるのももちろん、性能面でも外せない。
優秀な素質値に、闇属性の魔物に抜群の特効のある固有技〈光の剣〉や〈光の翼〉。
それから〈光の資質〉というパーティ内の仲間たちの成長速度を上げる常時効果まで持っているらしい。
らしい、というのはゲームでは「プレイヤー=主人公」でパーティから絶対に外せなかったため、ない時にどういうレベルの上がりをするのかが分からないのだ。
俺が初めに出会ったラッドたちのパーティに、「主人公」はいなかった。
もしこの世界の主人公が《冒険者に憧れる都会の少年》であるなら、ラッドが主人公の位置にいるはずだが、ラッドたちが触れても封印の扉が反応しなかったことから、彼らが「主人公」ではないことは確定と見ていいだろう。
ブレブレで選べる主人公の生い立ちは、全部で七種類。
DLCで追加が予告されていたので、可能性としては一応八種類になるかもしれない。
この中から本当の主人公の生い立ちを探し、どんな姿、どんな能力をしているか分からない主人公を探し当てなくてはならない。
最悪の事態として「この世界に主人公がいない」というパターンもありえるが、それは今のところは考えないようにしよう。
それから、「2.この世界について探る」のも重要だ。
この世界がどういう場所なのか、そしてゲームと何が違うのか。
それは分かるようで分かっていない部分もある。
例えば、俺がやった錬金術、「使えないアイテムを錬金釜に放り込んで合成失敗させ、素材に戻す」というテクニックはゲームでも出来た技だが、現実準拠で考えたらだいぶおかしな出来事なのは間違いない。
一方で、俺がカジノで使った賭け方、「ルーレットが回り始めてからトークンを賭けることで、イカサマを逆手に取る」という技は、ゲームでは出来なかったものだ。
ゲームではルーレットのボタンを押した瞬間に操作不能になるため、あんな風に直前にトークンを賭けることは出来なかったのだ。
このように、「現実では出来ないがゲームでは出来ること」も「ゲームでは出来ないが現実なら出来ること」もどちらも俺の力になり得る。
この世界がどういうものなのか、それを理解する努力は怠るべきじゃないだろう。
その上で必ず行ってみたいのは、水の都にある〈英霊碑〉だ。
そこにはかつて世界のために尽力をした過去の英雄の名前が記されている……というのが表向きの説明だが、実際にはスタッフの遊び心による演出で、なんとスタッフロールになっている。
ファンタジー世界に「プログラマー 山田太郎」みたいな文面が偶然で存在するとも思えないので、流石にこれがあったなら、「この世界がブレブレのゲームをもとに作られた」という俺の仮説を確定としてみてもいいはずだ。
そして、「3.各種イベントをこなす」だが……。
出来れば俺は、さっさと主人公を見つけてそいつに全部丸投げしてどっかに引きこもっていたい。
ただ、主人公がすぐ見つかるとは限らないし、ブレブレには〈フェイタルイベント〉と呼ばれる厄介なイベントが、一人のキャラにつき一個、ないしは二個も、もしくは三個か四個ほど用意されている。
これは「選択肢を間違える、もしくは放置するとそのキャラが死ぬイベント」で、例えば有名な〈光の王子アイン〉で言うと、何も対策をせずにいると、彼はゲーム時間で二年目に実の兄弟に殺されてしまう。
また、それの規模が大きい版として〈ヒストリージャンクション〉というのがあり、ここで選択をミスると反乱が起こって街がスラム化したり、街が水没したり、街が空を飛んだり、墜落して全滅したり、あるいはシンプルにモンスターに襲われて陥落したり、怪しげな軍団が出来て一部のキャラクターたちと敵対するはめになったり、地形が変わって街道が通れなくなったり、と、とにかく大変なことになる。
いくら俺が自分のために生きると決めたとはいえ、そこまでのイベントを見過ごす訳にはいかないし、介入が可能なら何とかしておきたいところではあるが……。
しかし問題は、そのイベントフラグがめちゃくちゃ複雑だということ。
発生時期はゲームの進行度合いと実際の年数の両方に左右されるし、イベントの状況やキャラクターの状況にも影響される場合もある。
(まずは……知識の吸い出しだな)
何をやるにせよ、自分の知っているゲーム知識はそれだけで全てに勝る武器になる。
イベントの発生時期なんかはもう記憶の彼方に飛んでいるものもあるが、紙にまとめてみないことには計画の立てようもない。
それに、人の記憶なんて曖昧なものだ。
今覚えている知識だって、時間を置けば忘れてしまうかもしれない。
(……仕方ない。やるか)
俺はもう一冊の手帳を出すと、記憶を頼りにイベントの内容とその条件を書きなぐり始めた。
※ ※ ※
手帳を前に、うんうんとうなること数時間。
(やべえもんを書いちまった……)
我に返って手帳を見ると、すさまじい情報量がそこには書き込まれていた。
記憶の不確かな部分もあるが、我ながら数年前のゲームのことをよくもまあこんなに覚えていたものだと思う。
夢中になって書いていたが、これはもう預言書の類ではないだろうか。
もしこれが悪人の手にでも渡ったら、大変なことになりそうだ。
(これ、もし小説とかだったら物語後半に敵に奪われて大変なことになる奴だよな。俺は詳しいんだ)
くれぐれも、無くしたり見られたりすることのないように、気を引き締めよう。
そう、うなずいた時だった。
「……あれ?」
いつのまにか、自分の手元に影が落ちていることに気付いた。
ドクン、と心臓が脈を打つ。
最悪の予感に、冷汗がにじみ出る。
そうだ。
完全に、忘れていた。
この部屋にいるのは、俺一人じゃなかった。
(いや、待てよ。待ってくれって……)
だからって、こんなタイミングで、なんてことは起こるはずない。
起こっちゃいけないことだろう。
祈りを込めて、振り向く。
「にい、さん……」
だが、その祈りが届くことはなく。
そこには少女が、レクスの妹レシリアが、まるで幽鬼のような表情で立ち尽くしていた。
「あ……」
言い訳の言葉も、思いつかない。
宿の机に広げられているのは、「フリーレアの街の反乱」や「光の王子アインの暗殺」など、明らかに未来の出来事を記したとしか思えないイベントの数々が書かれた手帳。
そして、彼女の目がもう一つの手帳を、斜線の引かれた「元の世界に戻る」という文や、「この世界で生きていく!」と大書きされたページを捉えた時、その表情が絶望的に強張るのが分かった。
蒼白な顔をした彼女は抜身の剣を俺に突き付けて、震える唇で尋ねた。
「――レクス兄さん、いえ……あなたは誰ですか?」
息を吸うようにガバ!!