第百四十話 イレギュラー
うおおおおおおお!!
今日もまあたぶん概ね更新間に合ったぜえええええええええ!!
(……最悪、だ)
腕を振り上げ、威嚇するように咆哮する金属の巨人の姿に、俺は全身の血が冷え込むような心地を味わっていた。
奴は、この付近のエリア一帯に極々低確率で出現するレアモンスターだ。
その存在はもちろん知っていたし、ゲームでは倒したことだってある。
だがまさか、この霧のダンジョンにすら出現するなんて、思いもしなかった。
しかも、
(完全に、こっちをロックオンしてやがる!)
本来の奴はノンアクティブのモンスターで、戦いたくないと思えばやり過ごせるはずだった。
しかし、今目の前にいる銀色の巨人が俺たちを見るその瞳には、強い敵意が読み取れる。
(……操られてる、ってことか)
これがゲームでもあった挙動なのか、現実になったことによる変化なのかは分からない。
しかし、今そこを突き詰めることに意味はない。
(よりにもよって、何でこのタイミングなんだよ!!)
外で出会ったのなら、いや、それどころかあと五分だけでも時間があれば、俺たちは無事に博物館に辿り着けていたはずだ。
(クソ! 愚痴はあとだ!)
ゴーレムは今この瞬間も俺たちを油断なく見つめ、隙を窺っている。
何かきっかけさえあれば一気に攻めてくるだろう。
猶予はない。
素早く自分の状況を見直し、脳内でシミュレーションする。
だが、何度計算しても、結論は同じだった。
(――ダメだ! 今の俺の装備じゃ、どう考えたってあいつは倒せない!)
今の俺にとって、こいつはまさに天敵。
倒すことは出来ず、かといってやり過ごそうにも操られていてその隙が無く、逃げようにも移動速度は今の俺たちよりもずっと上ときている。
八方塞がり。
そんな言葉が、頭の中に思い浮かぶ。
(落ち着け、落ち着け!)
予想外なんて慣れっこなはずだ。
必死に思考を巡らせ、どうにか打開策を、抜け道を探す。
(あれは……)
腕を下ろし、じわじわとこちらに近付く金属の足。
その足が置かれた地面の色が、こちらのいる場所よりも明らかに薄い。
(フィールドの境界線! 〈博物館〉が近いのか!)
なら、おそらくこれが最終防衛線。
もうこの奧にスケルトンもいないはず。
「……ライサ」
道中で拾ったボロボロの剣と錆びついた短剣を構えてゴーレムを牽制しながら、横で同じように剣を構えるライサに、小声で声をかける。
「俺が隙を作る。そうしたらあいつの横を抜けて〈博物館〉に向かってくれ」
「なっ!? だが……」
動揺するライサに、目線はゴーレムから外さないまま、言葉を重ねる。
「勘違いするな。犠牲になろうってんじゃない。そこで、俺の言う『装備』を持ってきてほしいんだ」
俺だって、能力値が底辺に張りついている状況でこいつとチャンバラなんてしたくない。
だがもう、それしか打開策が思いつかないのだ。
素早く、「装備」の特徴を伝える。
だが、その最中に焦れたように巨人が動いた。
「っこの!!」
ライサのところには行かせられない!
ボロボロの剣を握りしめ、迎え撃つように足を踏み出しながら叫ぶ。
「――〈疾風剣〉!」
瞬間、剣から魔力が迸った。
「えっ!?」
驚愕するライサの声を置き去りに、「アーツの効果」によって加速した俺は機先を制する形で銀色の巨人の懐に入り込み、そして、
「――〈パリィ〉!」
行き場を見失ったその拳を、左手の短剣で突き上げるようにして振り払う!
最高の手応え!
物理法則を無視して巨体が弾かれ、上体が泳ぐ。
表情のない銀の巨人が、驚愕の気配を漂わせながら無防備な姿を晒す。
だが、俺にはそれをのんびりと鑑賞する余裕はなかった。
「何してる! 行けっ!」
弾かれたように駆け出すライサとすれ違い、体を入れ替えるようにして〈博物館〉への道を背に負った。
振り返って武器を構えると、ちょうど復讐に燃える巨人の瞳と視線がかち合った。
「――オオオオオオオオ!!」
巨人が、吼える。
怒りに満ちた咆哮。
能面のようにのっぺりとしたそのメタリックな顔に、憤怒の色が見えるような気さえした。
明らかな苦境に、だからこそ俺は笑った。
ライサが向かった道をかばうように立って、その巨体から考えられない速度で迫りくる銀の巨人に向かって剣を構えて、
「――〈冥加一心突き〉」
巨人を倍する速度で、その巨体を迎え撃った。
※ ※ ※
「くっ! 〈風神来〉!」
移動系のアーツをつなぎ、異様な軌道で伸びてくるゴーレムの腕をかろうじて避ける。
「〈一閃〉!」
返す刀で繰り出したアーツの一撃が綺麗に決まり、手に硬い手応えを残したことに顔をしかめながらも、距離を取る。
(クソ。やっぱりきっついな)
今さらではあるが、この〈魔避けの紋〉をつけた状態でも、マニュアルアーツなら普通に使うことが出来る。
正確に言うと、〈魔避けの紋〉が封じるのはアーツや魔法の「コマンド発動」だけ。
手動で発動させる〈マニュアルアーツ〉は特に制限されていないのだ。
もはや笑えるくらいのダイナミックモーションZ優遇!
だが、今はそれがありがたい。
(打ち合えない相手じゃない。が、こいつにはもう四回は攻撃を入れた。これ以上はもう危険域だ。何とか時間を稼がないと……)
レアモンスターだけあって、こいつとの戦闘経験は少ない。
巨体に似合わない速度と変則的な攻撃は、回避メインの立ち回りには厳しい。
それに加えて……。
(やっぱり、いつもと比べて全然速度が出ねえ)
霧の中ではインベントリが封じられ、井戸に放り込まれる時に装備も奪われる。
ただアクセサリーだけはセーフなため、事前に最適装備をチョイスしているものの、〈シューティングスターリング〉が持ってこれなかったのがやはり効いている。
〈シューティングスターリング〉は名前から指輪と勘違いされがちだが、あれは分類上は腕輪で、小手なんかと同じ「腕防具」だ。
残念ながら、ここに持ち込むことは出来なかった。
代わりに速度エンチャントの指輪をつけているものの、俺の速度は半分程度まで落ち込んでいる。
(速度が変わると、マニュアルアーツの感覚が狂うからやりたく――やば!)
などと、考え事をしていたのがいけなかったのか。
死角から鞭のようにしなって伸びてくる巨人の腕への対応が、一瞬だけ遅れた。
(――避けられない!)
バリン、という派手な音と、肩に感じる鈍い衝撃。
転がって距離を取りながらも、何とか現状把握に努める。
(〈バリアリング〉の障壁が割れたか!)
バリアに軽減され、肩のダメージはそれほどない。
だが、最後の保険が消えたことが、俺の心に重くのしかかっていた。
(ここまで、か? いや、だが……)
その時、
「――レクス! これを!!」
待ち望んできた声が、鼓膜を揺らした。
こちらに駆けてきたライサが腕を振りかぶり、「それ」を投げる。
「助かる!」
効果を失った〈バリアリング〉を放り捨て、ライサが投げ渡した「それ」を指に通す。
自然と上がる口角。
「レクス!」
上がるライサの悲鳴に、だが俺は余裕の笑みで応えた。
(そう来るのは読めてんだよ!)
俺の背中を狙うその攻撃を、視界の端に捉え、
「パリィ!」
振り向きざまに繰り出した左手でその腕を払って、
(さんっざん手こずらせてくれたが、これで終わりだ!)
もはや何の遠慮もない。
今までは手を出せなかった、その無防備な巨体に向かって剣を振り上げて、
「――〈メタルスラッシュ〉!!」
振り切った一撃が、金属の巨人を一刀両断に切り裂いたのだった。
※ ※ ※
「やったな、レクス!」
赤く光る指輪を眺めながら余韻に浸っていると、ライサが駆け寄ってきた。
「助かったよ、ライサ」
「ふふ。これまで世話になってばかりだったからな。力になれて何よりだ」
嫌味なくそう返してくるライサに、俺も自然と笑みが漏れる。
本当に、ライサはまっすぐというか、気持ちのいい性格をしているなと思う。
「しかし、その指輪が『悪魔を倒す秘密兵器』か? まさか、それを嵌めていると〈魔避けの紋〉が無効化される、とか……」
だが、首を傾げながらとんでもないことを言い出したライサに、俺は慌てて否定した。
「いや、そもそもあの巨人には魔法は全く効かないし、この指輪も魔法とは全然関係ないぞ」
「へ?」
目をぱちくりとさせるライサに、俺は新しくも懐かしいその指輪を指でなぞる。
「こいつは〈レベルストッパー〉。装備しているとレベルアップを抑制してくれる便利装備だ」
この指輪は前になくしてしまったが、ユニーク装備ではないため、努力次第でいくつでも手に入れることが出来る。
そして、ドロップ率が低いため、普通に入手しようと思ったらかなり苦労するこの指輪だが、第一弾DLCと同時に実装されたためか、ほかのDLC装備も置かれている〈博物館〉には確定で一個、必ず展示されているのだ。
「え? ……え?」
しかしそこまで説明しても、ライサには伝わっていないようだった。
混乱した様子で、俺に詰め寄ってくる。
「ま、待ってくれ! じゃあどうして、その指輪をつけた途端にあいつを倒せるようになったんだ?」
「ああ、そこも説明が足りてなかったな。実は、あいつも倒すだけならそう難しくないんだ。ただ、そうすると絶対にレベルが上がると思ったから倒せなかっただけで」
「は……?」
ポカンとするライサに、俺は改めてあのモンスターの解説をした。
あの場違いな金属の巨人は、狙って出せないくらいにレアな代わりに大量の経験値を入手出来るボーナスモンスターで、レベル七十五であっても倒すと高確率でレベルが上がる。
普通なら適当なところで逃げてしまうためあまり意識されないが、動きが速く、攻撃が変則的で、さらには魔法が全く効かないと、まともに戦うと地味に強かったりする。
能力値も高いので技が全く使えない今のライサには厳しいところだが、どんな弱い攻撃でも五回から七回当てると必ず倒せるので、マニュアルアーツで高速攻撃が出来る俺のような人間とは本来相性はいい。
ただ、この装備のまま倒すと補正がないまま成長することになり、せっかくの「純魔ビルド」が崩れてしまう。
だからこその苦し紛れの一手だった、という訳だ。
全ての説明を聞いたライサは、呆れたように「はぁ」と息を吐いた。
「まさか、命が懸かった場面で気にするのが今後の成長とは、な。良くも悪くも〈極みの剣〉という名の真意を思い知った気分だよ」
「当たり前だ。俺は、命懸けで俺を育成してるんだからな」
いや、まあ、本当に命が危なくなったらレベルアップをしてでもトドメを刺そうとは思ってたしな。
……本当だぞ。
なぜか角を生やして鬼のような形相をしたレシリアの顔が思い浮かんだ俺は、脳内で慌てて言い訳をしてから、話を逸らすように視線を戻した。
「……ともかく、だ。せっかくここまで来たんだ。早速行こうぜ」
「え?」
驚いたように顔を上げたライサに、俺は〈博物館〉を指し示す。
「――悪魔退治の本当の切り札。あんたも見てみたいだろ?」
※ ※ ※
数々の物品が並べられた展示室を抜け、天井が崩落し、吹き抜けとなった〈博物館〉の一番奥に、その空間はあった。
「……ぁ」
その神秘的な光景に、隣のライサが息を呑んだのが分かった。
だが、無理もない。
眼前に広がるのは、まるで完成された一枚の宗教画のような、完璧な景色。
霧に浸食され、光の届かぬこの地下にあって、そこだけがまるで別世界のように輝いていた。
遥か頭上、崖上に空いた穴から月の光が差し込み、それがスポットライトとなって、この場所の「唯一の展示物」の姿を浮かび上がらせる。
「あれ、が……」
第一弾DLCの中でもっとも力の入った入手イベントが存在し、もっとも取得が困難だとされたDLC装備。
この世界にたった一振りしかない「〈霧の悪魔〉を倒し得る武器」であり、月の魔力で邪を切り裂くとされる退魔の剣。
「――〈ムーンライトセイバー〉」
その力を封じるように幾重にも鎖を巻かれた「刀身のない剣」が、月光の中で妖しく輝いていた。
お待たせ!
ちなみにこの〈ムーンライトセイバー〉ですが、コミックス版『主人公じゃない!』二巻のカバー裏ですでにメイジさんに描いてもらっています(たぶん過去一効果的な宣伝!!)
感想連射してもらった(?)ので次回更新も明日!
これからもあたたかい応援と、あと今後の展開とかネタバレへの配慮もほんとよろしくお願いします!