第十三話 もう一つのプロローグ
まあ概ねここから本編スタートです
神様はまず、何もない場所に「人」を作られた。
けれど作ったばかりの「人」は弱く、すぐに死んでしまう。
こりゃつまらんと思った神様は、自分の身体を分け与えて六人の「しもべ」を作った。
決して約束を破らず、嘘を口にすることもない忠実な「しもべ」たちに、神様は「人の繁栄」を約束させた。
すると「しもべ」たちは、それぞれの得意なことを人々に教え始めた。
教えの差はやがて大きな違いを生み、「人」は六つの種族に分かれた。
剛力の「しもべ」に率いられ、全てを圧する力を持つ【オニ】
生命の「しもべ」に付き従い、強靭な肉体を持つ【ドワーフ】
俊敏の「しもべ」と共に生き、素早い身のこなしの【フェアリー】
知恵の「しもべ」に教えられ、深い思慮を持つ【エルフ】
慈愛の「しもべ」に諭されて、穏やかな心を持つ【ノーム】
そして、万能の「しもべ」に導かれ、全てに秀でた【ニンゲン】
彼ら六つの種族は力を合わせ、大いに繁栄した。
「人」は寿命以外で死ぬことがなくなり、平和な時代が訪れた。
これが〈調和と愛〉の時代である。
けれど、無欲な彼らは多くを求めることはせず、成長することもなくなった。
こりゃつまらんと思った神様は、今度は「人」を脅かす「魔物」を作った。
無限に湧き出す「魔物」たちは、争いの術を知らない人々を思うままに食い散らかした。
次に神様は全ての「人」に、倒した「魔物」から力を取り込む「成長」の能力と、「魔物」の欠片を物として左手にしまう「収納」の能力を与えた。
能力を得た「人」は「魔物」に必死に抗い、神様は戦いを大いに楽しんだ。
これを嘆いたのは六人の「しもべ」たちである。
「人」を愛する彼らは怒り、神様に「魔物」を消すように頼んだが、聞き入れられなかった。
怒り狂った「しもべ」たちは神様に反旗を翻し、ついにはこれを殺してしまった。
「しもべ」は神様から奪った力を「火・水・風・地・光・闇」の六つに分けた。
彼らは神の力の欠片を一つずつもらい受け、人を守る新しい神となった。
新たなる神々は「人」に助力し「魔」と戦うことを誓い、「人」もまた神の刃として「魔」を払う勇者となることを誓った。
こうして、〈勇気と力〉の時代が訪れた。
長い戦いの末、ようやく神と人は「魔物」を押し返し、ついには元凶たる「魔の源」へ至った。
神々は「魔の源」を滅しようとしたが、その時「ニンゲンの神」が「魔の源」を奪い、己が身に取り込んだ。
ニンゲンとその神は、「魔の源」で生み出した「魔物」と共に他種族を征服した。
悪神と化した「ニンゲンの神」を前に神々は次々と倒れ、最後にエルフの神だけが残った。
聖と邪、闇と光がぶつかり合い、その戦いは七日七晩にも及んだ。
激しい争いに海は荒れ、空は軋み、大地は荒れ果てた。
だが、世界が割れるほどの戦いの末、最後には正しきものが勝利を収めた。
悪神は地底の奥深くに封じられ、庇護を失ったニンゲンも滅びの道を辿り、戦乱はついに終わりを迎えた。
しかし、全ての力を振り絞ったエルフの神もまた深い眠りにつき、世界から神が消えた。
神の加護は薄まり「人」は力を弱めたが、「魔物」もまたその数を大きく減らし、世界は均衡を取り戻した。
〈平穏と沈黙〉の時代の到来である。
「……しかし、悪神の復活と共に〈救世の女神〉は長き眠りより目覚め、ふたたび〈勇気と力〉の時代が訪れるだろう、ってね」
最後のページを読んだ俺は、そこでパタンと絵本を閉じた。
(やっぱり、世界観はゲームそのまんまだな)
この本は、世界の成り立ちが書かれているとされる、いわばこの世界における聖書だ。
言ってみれば作中作、ゲームスタッフが適当に考えた偽の創世記だろうが、出てくる神々が割とクソ野郎ばっかりなのは無駄に神話感がある気がしないでもない。
ついでに言えばここに書かれている文章は、ブレブレの説明書の冒頭に書いてある世界観説明そのままだったりする。
ゲーム通りであるのならば、この「エルフの神」というのがこの前俺たちに呼びかけてきた救世の女神で、名前は確か〈光の女神フィーナレス〉。
ゲームの主人公たちはフィーナレスの助力を受けながら、封印された「ニンゲンの神」、このゲームのラスボスである〈闇の化身ラースルフィ〉を倒すことになる。
(とはいえ、まあ。ここまで条件が揃ってるんだ。そこを疑う余地はないよな)
俺がこの世界に来てから、今日で二日。
少しずつ、この世界のことも分かってきた。
まず間違いなく言えるのは、この世界は「ブレブレをもとにして作られた世界」だってことだ。
ゲームの世界に転移するフィクションなんかは読んだことはあるが、その場合にゲームっぽい世界が存在する理由には、いくつかのバリエーションがある。
例えば「たまたまゲーム世界に似ている世界が、無数にある並行世界の一つに存在した」という偶然型、「ブレブレのような異世界が元々あって、それを真似してブレブレというゲームが作られた」という逆輸入型、などだ。
ただ、この場合は明らかに当てはまらない。
ゲームにあったイベントがほぼ完全に再現されているし、何より使われているのが日本語で、度量衡も同じで普通にメートルとか言って話が通じる。
それに、文明の歪さもそうだ。
街並みや人々の服装は中世のヨーロッパを想像させるような様式であるのに、所々現代ナイズされた品物やサービス、アイテムが散見される。
武器屋からの帰りに今後の計画を立てるため、と雑貨屋で手帳と無限にインクの切れない羽ペンを買ったが、こういうご都合アイテムがまかり通るのもゲーム世界ならでは、と言える。
明らかに〈ブレイブ&ブレイド〉という和製ゲームが先にあって、そこからこの世界が生まれたと考えるのが妥当だろう。
(しっかし、だとすると訳分かんねえんだよなぁ)
そうなると、たかだか俺一人のために、世界が一個ポンッと作られて投げ与えられたことになる。
例えば俺が世界を救った大人物だとか、エジプトに眠る秘宝を持っていたとか、知り合いに神様がいた、なんていうなら百歩譲って納得出来なくもない。
ただ、俺はどこをどう切り取っても凡人で、大層なバックグラウンドも秘密もない。
最後の最後で「見ず知らずの女の子を助ける」という善行を積んだとはいえ、それだけで世界一個を作ってまで願いを叶えるのか、なんていうと、ちょっとコスパが悪すぎるだろう。
「んー。でもまあ、考えるだけ無駄か」
死ぬ間際に聞こえた「その願い、聞き届けたり」という声。
あれが神様なのか仏様なのかはたまた悪魔か、どんな存在だったかは分からないが、それこそ世界くらいポンッと出せてしまうほどの圧倒的な存在感があった。
そういう存在の意志を推し量ろうなんてのが、元々ナンセンスな話なのかもしれない。
それよりは、これからのことを考えるべきだろう。
インベントリから手帳を取り出して、机に広げた。
「まずは、目標だ。……俺は、どうするべきだ? 俺はこれから、一体どうしたい?」
あえて口に出して、自問自答する。
白紙の手帳は、無限に広がる未来を示すものでもあり、俺の空虚さを示すものでもあった。
「こういう時、普通は元の世界に戻りたい、なんて思うんだろうが……」
俺は手帳に、「元の世界に帰る方法を探す」と書き込もうとするが、すぐにその手は止まった。
当然、日本に未練がない訳じゃない。
仕事だって放りだしてきたし、もう一度会いたい友達だっている。
親には申し訳ないと思ってるし、向こうでやり残したことはたくさんある。
ただ、じゃあこれから日本に戻る方法を探すか、と言われると、それはそれでしっくりこない。
(だって俺、完全に死んじまってんだよなぁ)
車に轢かれたことは覚えているし、神様の不思議パワーか何かで事故がなかったことになっていなければ、俺の肉体は血まみれになって道路に転がっていただろう。
葬儀もしただろうし、法律上はもう死亡扱いになっているはずだ。
そりゃ親しい人には悲しまれただろうし、職場だって大変だろうが、言ってみればそれだけ。
悲しいことだが、俺がいなくなっても世界は回る。
仕事も数週間もすればリカバリーは効くだろうし、残した両親も俺よりよっぽど出来た兄がなんとでもしてくれるだろう。
何より、今の俺はもう「レクス」だ。
顔も姿も完全に別人になった俺が、戸籍もない世界でうまく生きていけるかと考えると、正直愉快な想像は出来ない。
それに、日本に戻っても俺は単なる一般人。
それよりは、張り子の虎とはいえA級冒険者で成功者である「レクス」として生きていきたい、という打算にまみれた思いも少なからずあった。
「よし!」
もう迷うのは、やめた。
正直に言って、今俺の想いがどちらに傾いているかなんて、明白だ。
後悔するかもしれないし、愚かな選択をしているかもしれない。
だけど、これが俺の今の偽らざる気持ちだ。
俺はペンを手に取ると、手帳の最初のページを開く。
そしてそこに、大きく、
――この世界で生きていく!!
と、力強く書き込んだ。
たぶんこれが、俺にとっての「はじまりの言葉」。
この瞬間が、この世界での冒険の始まりを告げる、もう一つの「オープニング」だったのかもしれない。
今さらな話をすると、「主人公じゃない!」だけだと寂しいので、なんかクソみたいな副題つけたいなーと思ってたんですけど思いつかなかったんですよね
まあ明日辺り突然「主人公じゃない! ~ロープレみたいな世界に転生した器用貧乏はどうすりゃいいんですか?~ 2」とかにタイトル変更されてるかもしれませんが、変わらぬご愛顧を宜しくお願い致します!