第百三十話 告白
ルイン君はね
不憫だけどほんといい奴なんですよ
王都に来てから、暦の上では二ヶ月弱。
紆余曲折はあったものの、実りの多い日々だったと思う。
アインと決闘や騎士団の指導など予想外の要素はあったが、無事に「主人公」を発見。
ステータスの振り直しを成功させ、胸を張ってラッドたちと並べるだけの力を身に付けた。
一番の懸念だったレシリアの説得も何とかうまく行ったし、もう障害は何もない。
なんて思ってしまったのがフラグだったのだろうか。
「――ルインが、アインにスカウトされた?」
これで一段落と思ったところでもたらされたのは、ニュークから知らされた街の噂だった。
俺の視線を受け、ニュークは困ったように眼鏡の位置を直しながら、話してくれた。
「僕はレクスさんを探すために街で情報を集めてたんですけど、そこでアイン様が戻ってきたことを知ったんです。きっとこれはレクスさんが関わってるなとピンと来て、色々と聞き込みをしたら……」
どうやらアインやロスリットと一緒に街に戻ったことで、ルインに注目が集まったそうだ。
そこで集まった人たちに「レクスとルインが自分たちを助けてくれた」と説明をして、さらにルインの強さを褒め称えて……という流れらしい。
王都の人々から絶大な人気があり、自身も優れた魔法剣士であるアインが手放しで褒めるのだ。
その影響力はすさまじく、今やルインには〈輝きの剣〉なんて二つ名までついているんだとか。
「それは、また……」
確かルインの夢は、「世界一の剣士になる」ことだったはず。
そう考えると、今の状況は彼にとっては悪くない、と言えるんだろうが……。
(……まずい、な)
アインのところにつくこと自体は問題ないと言えば問題ないのだが、この世界の「攻略」には絶対にルインの、「主人公」の力が必要だ。
この世界には「主人公」でなければ発生させられないイベントは無数にあるし、そういうものほど重要なものが多いのだ。
ここでルインに離れられると困る。
ただ……。
(おそらく、だが。アインの下に付く、ってのがきっと、「正規のストーリーライン」なんだろうな)
ブレブレは基本的にはフリーシナリオ。
決まったストーリーはオープニングイベントだけで、あとはプレイヤーの分身である「主人公」が自由に冒険出来る。
とはいえ、出自によってはそこにちょっとしたエッセンスが加わることがある。
例えば、《冒険者に憧れる都会の少年》で最初の選択でレクスを生かすことを選ぶとしばらくはレクスと旅をすることになり、チュートリアルのようなイベントがいくつか発生するし、《捧げられた闇の御子》の場合は闇の教団に追われ続けるため店やギルドが利用出来ない、というように、その出自にしかないストーリーラインが発生することがあるのだ。
前ににらんだ通り、ルインが通り魔のようにアインを襲って返り討ちに遭い、なんだかんだと説得されてアインと行動を共にする、というのが《魔の島の少年》の正規ルートだったのだろう。
だとしたら、俺があんまり干渉するのもまずい、か?
いや、でも……。
「――何を悩んでるの?」
そこで、ひょい、と無造作に俺の顔を覗き込んできたのは、エルフの少女、プラナだ。
あいかわらずの独特の距離感に戸惑うが、プラナは俺が失踪していた間、一番熱心に探してくれていたらしい。
今ばかりは邪険にするのは気が引けた。
「悩むことなんてない。レクスが来いって言えばルインは断らない。勝ち確」
「か、勝ち確ってな……」
超然としているようで案外俗っぽいプラナの言葉に思わず鼻白む。
(……だけど、そうかもな)
最後に別れた時の様子を見る限り、ルインは俺を恩人と思ってくれているのは間違いない。
俺が言うことなら、多少無茶なことでも聞いてくれるだろう。
「助かったよ、ニューク、プラナ」
おかげで方針は定まった。
俺は二人と別れ、ルインと話をするために歩き出した。
(――伝えよう、ルインに)
ルインならきっと、俺が何を言ってもその通りに動いてくれるだろう。
だからこそ。
誤魔化して利用するのではなく、今度こそきちんと自分の目的を話して、納得した上でお互いの最善を模索しよう。
思えば俺は、自分の境遇を他人に伝えることを過剰に恐れていたような気がする。
別に悪いことをしている訳じゃないんだ。
どこまで話すかは分からないが、俺の状況を素直に伝えて協力を頼んでみればいい。
そんな俺の決意が通じたのだろうか。
俺が泊まっている宿の前に、見覚えのある銀色の髪が見える。
「ルイン……」
「師匠に、話したいことがあるんです。あとで、部屋に来てくれますか?」
真剣な目をした少年の問いに、俺は迷うことなくうなずいた。
※ ※ ※
(いよいよ、か)
ルインの部屋を前にして、少しだけ緊張している自分に気付いて苦笑する。
いや、相手は「主人公」で、こっちはただの序盤のチョイ役。
それが当たり前なのかもしれないが、今さらだ。
「レクスだ」
いつも通りに、この二週間、一緒に過ごしていた時のように声をかけると、「どうぞ」という声がかかる。
その声音に緊張が混じっているのが分かって、何だか安心してしまう。
扉を開けて、中に入る。
明かりをつけていないのか、部屋の中は少し薄暗かった。
「来てくれて、ありがとうございます。どうしても師匠に、伝えなきゃいけないことが、あって……」
かすれた声にも、俺は動揺しなかった。
早速来たか、とは思ったが、心構えは出来ている。
ルインがアインの話を受けるとしても受けないにしても、どちらにしても俺は……。
「え……」
だが、そんな俺の気構えは、薄闇の中で浮かび上がったルインの姿を前に、粉々に砕け散った。
今のルインは、いつも着けていた鎧や防具を身に着けていない。
ゆったりとした服で、髪も自然に下ろしたその姿は、普段とはまるで雰囲気が違っていて……。
いや、誤解を恐れずに言うなら、そこに立っているのは、俺がずっと面倒を見ていた銀髪の少年などでは、絶対にありえない。
だって……。
「師匠。今までずっと騙していて、ごめんなさい」
服の裾をギュッと握りしめ、俺をいつものように「師匠」と呼ぶ、そいつは……。
「――オレの、ううん、わたしの本当の名前はフィン。ルインの『妹』なんです」
どこからどう見ても、紛うことなく「少女」だった。
※ ※ ※
きっと、俺は相当に驚いた顔をしていたんだと思う。
「突然こんなこと言われても、分からない……ですよね」
申し訳なさそうな顔をしたルイン……いや、ルインと名乗っていた少女は、語り出す。
ルインと自分は、父と思っていた錬金術師に作られたホムンクルスであること。
その錬金術師がもう一つの「神の欠片」を吸収し、〈魔王〉となったこと。
本物のルインが瀕死の自分に「神の欠片」を渡し、その命を救ってくれたこと。
そのおかげでルインの剣の技と記憶、銀色の髪を受け継いだこと。
それから……。
「あいつは最後に、『夢を叶えて』って言ったんです。だからわたしはずっとルインのフリをして、あいつの夢だった『世界一の剣士』になろうと必死になってました。でも……」
フィンはそこで、涙を拭って笑った。
「わたしの中のルインの記憶が教えてくれたんです。あいつが最後に願ったのは、自分の夢が叶うことじゃない。ただ、わたしの『外の世界を見てみたい』っていうちっぽけな夢を、応援してくれていただけなんだって」
声が、言葉が、木霊のように耳に反響する。
フィンが、大事な話をしているというのは分かる。
だが、頭の中がぐるぐると回って、何も入ってこない。
(俺が今まで《魔の島の少年》だと思っていたルインは、実はその妹だった?)
言っていることは分かる。
分かっている、はずだ。
でも、おかしい。
ありえない。
――だって、そうだろう?
この世界は「性別を偽る」ような現実離れした存在を許容してなかったはずだ。
そうじゃなければ、本当は男性だったはずのリリーはどうなる?
リリーは「女装男子がありえない」という理由で本当の女性に……いや。
――そもそも、もしかして……リリーの性別が変わったのは「性別を偽った人間など現実にいる訳がない」という理由ではない、のか?
分からない。
何が何だか、全く分からない。
だが、一つだけはっきりと言えることがある。
――ブレブレの「主人公」に、女性はいない。
だったら、だとしたら……。
目の前に立っているルイン、いや、フィンは……。
――「主人公」じゃない!
突然のタイトル回収!
これでやっと第五部終わりです、くぅ疲!
一応構想ではぼんやりと六話か七話くらいかなって思ってたんですけど、ちょっとだけ長くなっちゃいましたね!
まあいつものことと言えばいつものことですが
あとは一応二巻の宣伝に活動報告でも書いて、次はにじゅゆに戻ろうかなと思ってます
とりあえずここまでお付き合いいただきありがとうございました!
今回は連載長かった分、応援コメントなんかもぽこじゃかもらえて楽しかったです!
あ、そうそう、もちろん書籍二巻とコミック一巻もよろしくお願いします!(念入りな宣伝)
では!