第百二十九話 純魔
「ブレブレみたいなふいんきのオススメゲーム教えて!」的なことを言われたんですが、まあ何度も言ってますがまず「ジル〇ール」です!
この作品は露骨に影響受けてますし、あれほど冒険のワクワク感と自由度を保ちつつ壮大なストーリーを成立させてるゲームもそうないと思います
あとは戦闘とかフィールドの部分的なイメージとして「ブレイズ&ブ〇イド」「ゼノブ〇イド」なんかのブレイド属のゲームもちょっと意識してますし、ゲームとしても好きです
まあどれも古いので、PC持ってるなら「マッドプ〇ンセス-華麗なる闘士たち-」が色んな意味でお手軽でいいかもしれないです
俺がレシリアを連れてやってきたのは、王都から少しだけ離れた場所。
レベル三十相当のモンスターが湧く〈メノシタ平原〉だ。
アクセスはいいが敵が弱いうえに密集度も低いため、人気のない狩場だ。
とはいえ、ここまで来るのに、ずいぶんと苦労した。
それというのも、
「兄さん、警戒を! 向こうで子供が鬼ごっこをしています!」
「兄さん、下がって! 空きビンが転がってきています!」
「兄さん、気を付けてください! そこに段差があります!」
レシリアが護衛魂を過熱させ、俺が虚弱な洞窟探検家か何かのような過保護っぷりを見せ始めたのだ。
確かに俺は魔力以外の能力は底辺だが、基本的にこの世界における「能力値」というのは生身にプラスアルファするもの、という感覚だ。
要するに、能力値ゼロの状態でも地球における一般人程度の能力はあるのだ。
いくらなんでも空きビンや子供がぶつかっただけでは死なないし、段差だってもちろん問題ない。
やはり、これは一刻も早く俺も戦えることを示さないと身動きが取れなくなりそうだ。
「では、行ってきますね」
しかし、俺が敵を探す前に、レシリアが短剣を持ってどこかに行こうとする。
「ま、待った! 何をするつもりだ?」
慌てて止めると、レシリアは呆れたような顔をして、言い含めるように言った。
「いいですか? ここにはモンスターがいるんですよ、兄さん。だからわたしが一匹残らず殲滅してくるのでそれまで待っていてください」
「いや待つのはそっちだろうが!」
何のために俺がここに来たのか、レシリアは完全に忘れているらしい。
俺が思わず額を押さえると、レシリアはクスッと笑った。
「流石に冗談です。わたしだって、兄さんがここに戦いに来たことは分かっていますよ」
「お、お前な……」
笑顔を見せるレシリアに、どうやら俺はいっぱい食わされたのだと気付く。
まあそりゃそうだ。
いくら俺が心配だからって、レシリアがそこまでアホなことを……。
「――じゃあ一匹だけ倒さずに瀕死にして持ってくるので、そいつと思う存分戦ってくださいね」
真顔でそう言って走り出そうとするレシリアを、俺は必死で止めたのだった。
※ ※ ※
説得すること数十分。
何とか勝算があることを話して、レシリアに戦いの許可をもらった。
「兄さん。本当にそんな装備で大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ、問題ない」
それでも心配そうなレシリアに適当な言葉を返しながら、俺も自分で「説得力のない言葉だなぁ」と感じていた。
何しろ俺の防具は〈魂の試練〉をクリアした時の全身マイナス効果装備のまま。
というか、下手をするとずっとこのままになるだろう。
(せっかく能力値を全部ゼロに抑えたのに、何かの拍子で間違ってレベルアップして崩れたら目も当てられないからな)
何かの能力がゼロから一になるだけで、その能力の評価ランクは最低の「F」から下から二番目の「E-」となり、当然ランク合計だって上がってしまう。
レベルアップや訓練による事故を警戒するなら、成長値を下げる装備を常に身に着けておくことは必須となってしまったのだ。
(本当は〈レベルストッパー〉を使えば装備を変えることも出来たっちゃあ出来たんだろうが、〈魂の試練〉に置いてきちゃったしなぁ)
試練開始時に〈レベルストッパー〉をはめていたルインもレベルダウンしていたし、〈魂の試練〉でのレベル上下には〈レベルストッパー〉の効果もおよばないはずだが、万が一を考えて試練達成直前に〈レベルストッパー〉は外してしまった。
試練が終わった時に装備していなかったものは持ち出せないので、〈死眼のマント〉の代わりに外した〈魔法騎士の重鎧〉と〈レベルストッパー〉は、もはや永遠に失われてしまったと考えていいだろう。
(一応、呪い装備ばっかりでも問題ないように組んだはずではあるが……)
しかし、呪いの装備のマイナス効果はことのほか重い。
特に〈破滅のブーツ〉の「最大HPが五分の一になる」という効果で、ただでさえ百八十しかなかった最大HPが三十六にまで落ちているのは少し怖い。
(これは、レシリアにバレる訳にはいかないな)
急に心配性になった妹から目を逸らすようにして、敵が訪れるのを待つ。
(……しかし、本当に「純魔スタイル」なんてもんが実現する、なんてな)
自分でやったこととはいえ、まだどこか信じられないような思いがある。
一般に純魔というと「純粋な魔法使い」というような意味で使われるが、ブレブレにおける純魔スタイルはなんというか、さらに純粋だ。
文字通りの「純粋な魔力特化」、つまり、「純粋に魔力だけに全振りし、ほかの能力を全て切り捨てる」とかいう狂気の極みみたいな育成方針のことを指す。
その長所は極振りによる圧倒的な魔法攻撃力とMP量、それから「六種類ある能力のうちの五つを切り捨てる」という思い切りすぎた断捨離によるレベルアップの必要経験値の少なさだが、その反面、弱点も多い。
というか、長所以外が大体弱点だと言える。
まず、このスタイルの何よりの特徴は「魔力特化なのに魔法が唱えられない」こと。
何しろ魔法の習得と詠唱には「集中」が必要なので、「魔力」に特化した純魔キャラは魔法が習得不可能で、仮に覚えていたとしても詠唱に使う「集中」が足りないので詠唱はまず確実に成功しない。
次に、問題があるのは、耐久面だ。
当然ながら「生命」も「精神」も底辺なため、物理防御も魔法防御も極端に弱くなり、最大HPもめちゃくちゃ低くなる。
せめて「筋力」が高ければ優秀な装備で補うことも出来るのだが、それも低すぎるために一部の呪い装備程度しか身に着けられない。
さらには速度は「敏捷」の値によって決まるため、当然「敏捷」に全く振らないこのビルドでは速度は最低値になり、攻撃を回避することもままならない。
そしてトドメとして、「転職が出来ない」。
ほとんどの職業は、アイテムによる補正のない素の能力値が一定以上ないと転職することが出来ないが、純魔スタイルであげているのは「魔力」だけ。
魔法使い系のクラスでさえ転職条件に魔力以外の能力を要求するので、魔法使いクラスの最低職〈マジシャン〉に転職することすら出来ないのだ。
もちろんあれほど苦労して取った〈剣聖〉や〈トレジャーハンター〉にだって、残念ながらもう一生なることは出来ないだろう。
――しかし、こんな三重苦を背負っていてなお、「純魔スタイル」は理論上だけなら最強、と言われるビルドだ。
その一端を、今日はレシリアに見せなければならない。
「……来たな」
折りよく丘の向こうからやってきたのは、豚のような顔をした戦士。
確か〈オークナイト〉と呼ばれるレベル二十七のオークの亜種だったはず。
「地形はおあつらえ向きだな」
この〈メノシタ平原〉は見晴らしのいい場所だ。
不意打ちなんて不可能だし、一定距離に近付けばお互いからお互いの姿は丸見えだ。
オークの戦士たちは俺たちの姿を見つけると、我を忘れた豚さながらの勢いで一目散に駆け出した。
(確かに、純魔スタイルだと魔法は詠唱出来ない。だけどな)
俺は冷静にインベントリから二本のロッドを取り出す。
それは、過去のニルヴァ戦でも使った思い出の武器。
――〈ファイアロッド〉。
初心者の魔法使いが使う、店売りのロッド。
とてもレベル七十五の人間が使うような武器じゃないが、今はこれでも十分。
(――自分で詠唱しなくても使える魔法なんて、いくらでもあるんだよ!)
脳内で吼えながら、ドタバタと迫るオークたちに、俺は両手のロッドを向ける。
そして、
「――〈ファイア〉!」
短く両手のロッドから同時に魔力が膨れ上がり、
「なっ!?」
レシリアの驚きの声と共に、人どころかオークの巨体もあっさりと飲み込みそうな極大の火球へと変化していく。
――これが、魔力千二百、評価ランク「SSS-」という怪物級の魔力。
――全てを捨てて俺が選んだ唯一無二の強み!
さらに、俺の頭には今、「狂気」を呼び込む〈ルナティックサークレット〉がある。
この「狂気」によって千二百の魔力は一気に倍に、魔力二千四百という意味の分からない領域に到達する。
代わりに俺は魔法への一切の抵抗力を失い、魔法使用時に半分の確率で魔力が暴走するらしいが、関係ない。
どうせ魔法なんて唱えられやしないし、魔法への抵抗力ももともとゼロだ。
ゼロをゼロにされたって、何も怖くない。
「グギャアアア!!」
焦ったのはオークたちだ。
自分たちに向かって高速で飛んでくる火の玉に、やっと自分たちの窮地を悟ったのだろう。
汚い悲鳴をあげながら、必死に散開して逃げようとする、が、
「――〈ファイア〉〈ファイア〉〈ファイア〉〈ファイア〉〈ファイア〉〈ファイア〉〈ファイア〉!!」
当然、逃がしはしない。
まるで早口言葉でも口にするように、矢継ぎ早に火の魔法を発動する。
何しろMPは腐るほどあるのだ。
初級魔法程度、どれだけ撃ったって困りはしない。
地面が、草が、そして魔物が。
すさまじい量の炎と熱の弾幕によって、全てが無に帰る。
着弾による煙が晴れた時、そこには魔物の姿はなく、ただ無残にえぐり取られた地面があるだけだった。
「……ふう」
これが、「魔力特化なのに魔法が唱えられない」ことへの答え。
魔法詠唱はすっぱりとあきらめ、道具を使って魔力を活かす。
俺はかつて、俺が「純魔スタイル」になれば、その戦い方はニュークと似たものになる、と言った。
それは、ニュークが「魔法使い」だったからじゃない。
その頃のニュークが自力で魔法を使わず、〈レッドフレアロッド〉の力で魔法を行使する、「魔法を使わない魔法使い」だったからだ。
「まさか、ここまで……」
背後から、レシリアの声が聞こえるが、これだけじゃまだ足りない。
レシリアを本当に「安心」させるためには、まだ。
「あれは……」
遠くから近づいてくる魔物の影に、俺はわずかに目を細めた。
次のお客は狼男。
この草原で一番厄介な敵で、〈グラスライカン〉というレベル三十三のモンスターだ。
「〈ファイア〉!」
先制したのは、もちろん俺だった。
両手のロッドから放たれた炎の球は、しかし俊敏な狼男にはかすりもしない。
巨大な炎の間をすり抜けるように、半人半獣の魔物は駆ける。
(魔法の速度が遅すぎるな。なら……)
俺は右手のロッドをインベントリにしまうと、そこから一本の剣を取り出した。
――〈いかづちの剣〉。
この時のためにこっそりと確保していた武器で、まだ誰にも披露していない秘密兵器。
俺は左手に〈ファイアロッド〉を、右手に〈いかづちの剣〉を構えると、そのまま狼男に向かって駆け出していく。
「兄さん!?」
焦った声が後ろで聞こえても、振り向かない。
ただ敵を求めて、地面を蹴る。
迫る速度は、試練を受ける前と全くそん色はない。
それもそのはず。
速度は「敏捷」を上げることで上昇するが、その効果は百五十でほぼ頭打ちする。
つまり、「敏捷を百五十上昇させる」効果を持つ〈シューティングスターリング〉さえあれば、速度問題は一瞬で解決する。
彼我の距離は瞬く間に縮まっていき、突き出された狼男の爪が俺の身体を捉えた、その刹那、
「――〈瞬身〉」
俺の身体はその場から消えて、狼男の背後に回っていた。
たとえ転職が不可能になって、「集中」の値がゼロになっても、技能成功率が影響しないスキルはいつも通りに使える。
これも想定通り。
なら、最後の実験だ。
「――〈Vスラッシュ〉!」
無防備に背中を晒した相手に、俺はいつものようにマニュアルアーツを見舞う。
完璧な状況と、完璧な剣筋。
迷いのない一撃はしかし、狼男の分厚い体毛に阻まれ、薄皮一枚傷つけられずに止まるのを、俺は確かに見た。
それは、ごくごく当然の結果。
今の俺の「筋力」は、エンチャントで増やした指輪一個分しかない。
そんな奴の攻撃が、このレベル帯の魔物に効くはずが……。
「あ……」
狼男が、振り返る。
そして非力で哀れな獲物を今度こそ葬ろうと、その爪を突き出す。
「兄さん!」
レシリアの悲鳴が、遠くに聞こえる。
全く動かない俺の胸に、魔物の鋭い爪が突き刺さって、
――ガシャン!!
だが、肉を裂く音の代わりに響いたのは、何か固いものが割れるような、乾いた音。
「最後の実験、成功だ」
今度呆けるのは、狼男の番だった。
腕を突き出したまま止まっている狼男に向かって右手の剣を突き出し、
「――〈ライトニング〉」
アーツの代わりに、その剣に宿った「いかづち」を解放する。
ライカンと剣の間に一瞬だけ閃光が走り、そして、それで終わりだった。
ゆっくりと狼男は倒れ、そして二度と起き上がることはなかった。
(やっぱり、こいつは使えるな)
この剣で使える雷の魔法は、速度が速く、威力も悪くない。
何より、「剣による攻撃のダメージを倍にする」という〈剣の極み〉の効果が乗るのだ。
(やっぱり、あの時〈剣聖〉に勝っていてよかった)
俺が柄にもない感慨にふけっていると、レシリアが駆け寄ってきた。
「兄さん! 大丈夫なんですか?」
焦った顔でそう言ってくるが、俺には傷一つない。
「問題ないって言っただろ。俺には、これがある」
そうして俺が突き出したものこそが、この「純魔スタイル」を成立させる本当の要。
地味なデザインの、変哲もない指輪。
――〈バリアリング〉。
かつて〈七色の溶岩洞〉で、それから〈トレジャーハンター〉の試験で、ラッドたちに貸し与えた因縁の装備。
装備者の魔力によってささやかな障壁を生み出す、ごく単純な効果のその指輪。
だが、重要なのはその障壁の強度が、「魔力」に依存すること。
「このリングで張れる障壁は、戦士がつけたら紙きれ程度、魔法使いがつけても厚紙程度の防御力しか持たない。だが、慮外の魔力を持つ魔力二千四百の『純魔キャラ』が障壁を張ったら?」
レシリアが、ハッと表情を変える。
これが、俺が防具にこだわらない理由だ。
敵が強くなればその攻撃力はどんどん上がっていくし、それに対して防御やHPを上げる方向で装備を整えても間に合うはずがない。
だから、すっぱりとあきらめる。
その代わり、自分の得意分野の「魔力」を使って全く別の防御方法を構築する。
――これが「純魔スタイル」。
全てを捨てるが、同時に全て捨てない。
攻撃も防御も、全てをありあまる「魔力」だけで無理矢理に解決する、超剛腕の戦闘スタイルなのだ。
※ ※ ※
帰り道。
レシリアはめずらしく俺の前を歩きながら、穏やかな口調で語る。
「やっと、安心出来ました。兄さんがただ無鉄砲にバカなことをしたんじゃないと分かって」
「……当たり前だろ。俺をなんだと思ってるんだ」
不機嫌そうな俺の声に、ふふ、とレシリアは笑う。
「でも、やっぱり少しだけ残念な気分かもしれません。とても焦りましたし、緊張もしていましたけど。弱くなった兄さんをわたしが守るというのは、その……何だか少し、楽しかったですから」
「なんだそりゃ」
レシリアが振り向きもせずにずっと前を歩いているのは、俺を見ていなくても大丈夫だという信頼の表れか、あるいは今の自分の顔を見せたくないという心の働きか。
どちらとも判別のつかないまま、上機嫌に前を歩くレシリアの背中を眺め、俺はぼんやりと考える。
〈バリアリング〉の障壁は、戦士がつけたら紙きれ程度、魔法使いがつけても厚紙程度。
では、慮外の魔力を持つ魔力二千四百の「純魔キャラ」で障壁を張ったら?
(……まあ、せいぜい段ボールくらいかな)
俺はそんな妄言を頭の中で繰りながら、素早く〈バリアリング〉を付け直し、狼男に破壊された障壁を張り直したのだった。