第百二十八話 弱者の強み
「……説明は、してもらえるんですよね、兄さん?」
復活したレシリアが、据わった目で俺を詰問する。
その迫力に気圧されながらも、俺は何でもないことのように解説を始めた。
「え、ええとだな。だから、俺はルインとは逆をやったんだよ。試練が始まる時に『成長値が上がる装備』と〈ブレイブソード〉を身に着けて〈ブレイブレオ〉に転職、試練が始まってからルインから『成長値が下がる装備』と〈ルナティックサークレット〉を受け取って〈ルナティックレオ〉に転職、って感じでな」
レオ系の職業は、〈ヤングレオ〉になっている間に対象装備を身に着けることで転職が出来る。
いや、通常の転職と違い、対象装備を外すと〈ヤングレオ〉に戻ってしまうので、正確に言うと〈ヤングレオ(ブレイブレオの姿)〉みたいな解釈の方が正しいかもしれないが。
ちなみにレオ系の対象装備を二つ以上装備していた場合、最後に装備したものが優先されるため、ルインのクラス調整はそれで行った。
「わたしが言っているのは、方法じゃありません! どうしてそんなバカなことをしたのか、ということです!」
めずらしく、レシリアが声を張り上げて叫んだ。
「ルインを強くしたというのなら、同じ方法で自分を強くすればよかったじゃないですか」
「いや、そうすると、一緒に連れて行った人間が弱くなるんだぞ。レシリアだって最低だって言ったじゃないか」
それに、その場合は強化枠が埋まってしまうため、「主人公」のルインを中途半端なまま放っておくことにもなる。
流石にそれは寝覚めが悪すぎる、と俺が首を振ると、
「そんなもの、適当に街の人間でも捕まえて連れて行けばよかったでしょう! それに、兄さんがどうしても、というならわたしが同行しました!」
レシリアが本気の目でそう言い放った。
だから言いたくなかったんだよ、とは口にしなかった。
実際に、あらゆるデメリットを解決可能だったとしても、俺は今の道を選んだだろうから。
「『筋力特化が最適解』ってのは、あくまで素質に恵まれた『主人公』の話なんだよ」
もし、俺が別に生贄を立てて自身を強化した場合の試算がこれだ。
――――――――――
レクス
LV 40
HP 788
MP 280
筋力 569(A+)
生命 339(B+)
魔力 225(B-)
精神 384(B+)
敏捷 390(A-)
集中 335(B+)
能力合計 2242
ランク合計 74
――――――――――
確かに、今までのレクスに比べたらはるかに強い。
現時点でのラッドたちを一回りほど上回っている能力値で、これならしばらくは一線級として戦えるだろう。
――だが、これじゃアインやニルヴァ、ルインといった化け物連中には一生届かない。
どんなに取り繕っても俺の素質値は低い。
いや、もういっそ素直に底辺と言ってしまってもいい。
この方向で振り直しするなら必然的に筋力特化になるが、俺の筋力の素質は一しかない。
平然と六や七の素質を持っている奴らに太刀打ちするには、これじゃ足りないのだ。
「やっぱり、分かりません。魔法使いに転向したいにしても、魔力を上げたいなら素直に魔力が上がる装備をつけておけばよかったはずです。どうしてわざわざ、自分から危険を背負うような……」
「それが、必要なことだったからだよ」
魔力型にして振り直す、というのも手としてはあったが、それはあまり意味がない。
筋力型が強いのは、筋力だけが〈脱力の指輪〉の効果で試練前の値を丸々持ち越し出来るから。
それに、いくら俺の魔力の素質値が高いからと言っても、所詮は四だ。
その程度の素質値で魔力型に転向しても、筋力型ほどの能力値は望めない。
だが、レクスには一つだけ、誰にも負けない長所がある。
「そんな俺が持っている唯一の強みが、素質値の『低さ』なんだ」
「低さ、が、武器?」
混乱するレシリアに、俺はもう一度手帳を開いた。
そもそも通常の振り直しの場合、生贄キャラが試験開始時に成長値が上がる装備をつけているのは本命に装備を渡すため。
試練終了時も成長値が下がる装備を身に着けているのは、試練終了時に身に着けていなかったアイテムは消滅するから。
つまり、どうせ弱くなるキャラより装備品を優先した結果であって、回避出来るなら回避したいというのが普通だ。
だが、俺の場合は違う。
「あえて『生贄』になったのは、『能力値を下げる』ため。『魔力以外をゼロにする』ことが俺の目的なんだ」
試練の中に入ったあと、俺はルインには気兼ねなく敵を倒させ、実際ルインは試練の中で十五レベルまで成長した。
それを許したのは、ルインであれば現状のままでレベルを上げても大した問題は起きなかったからだ。
一方で、俺が試練中に魔物を倒さなかったのは、「その時点でレベルを上げてしまえば、魔力以外の能力が上昇してしまう」という理由から。
いやまあ厳密に言うと念のために〈レベルストッパー〉を着けていたので倒すこと自体は問題なかったが、レベルアップをしたくなかった理由はそういうことだ。
「成長値が上がる装備」は貴重なものだが、それ以上に「成長値が下がる装備」というのはめずらしい。
その中でも、特にマイナーである「集中が下がる装備」は〈弐の魔王〉のドロップアイテム以外で確保出来なかったし、道中は安全のため、生命を下げられる〈破滅のブーツ〉の代わりに生命の現在値と一緒に素質も上げてしまう〈命脈の靴〉を履いていた。
その状態でレベルが上がると生命と集中がゼロではなくなってしまうため、俺は〈魔王〉を倒すまでレベルを上げる訳にはいかなかったのだ。
「これを見てくれ。何が違うか、分かるだろ」
言いながら、手帳のページをめくる。
書いてあるのは、新旧両方のレクスのステータスだ。
――――――――――
レクス
LV 50
HP 530
MP 265
筋力 200(C+)
生命 200(C+)
魔力 200(C+)
精神 200(C+)
敏捷 200(C+)
集中 200(C+)
能力合計 1200
ランク合計 54
――――――――――
――――――――――
レクス
LV 75
HP 180
MP 1290
筋力 0(F)
生命 0(F)
魔力 1200(SSS-)
精神 0(F)
敏捷 0(F)
集中 0(F)
能力合計 1200
ランク合計 22
――――――――――
「……ランク合計が、低い?」
訝しげに呟いたレシリアに、俺はうなずいてやる。
レベル五十の均等振りレクスと、レベル七十五の魔力特化の今の俺。
どちらも能力値の合計値は同じなのに、ランクの合計値は倍以上違う。
「どうして……」
「能力ランクってのは低ければ低いほどすぐ伸びるんだ。一番分かりやすいのは……これかな。俺が初めて会った時のラッドのステータスだ」
――――――――――
ラッド
LV 4
HP 164
MP 46
筋力 54(D)
生命 63(D)
魔力 27(E+)
精神 45(D-)
敏捷 36(D-)
集中 27(E+)
能力合計 252
ランク合計 24
――――――――――
「……ランク合計、二十四!?」
「分かっただろ。ランク合計値二十二って数値のありえなさが」
俺はもう一度、自分のステータスを見る。
ゼロが並んでいて本当に頼りないし、もう少しくらい上げてやれよ、なんて普通なら思うだろう。
だが……。
「――このゼロの並びこそが、今俺が持っている最大の武器で、誰にも真似出来ない強みなんだ」
なぜなら、どれだけ優れた能力を持つキャラクターでも、いや、能力が優れていればいるほど、能力の成長値をゼロにする、なんて真似は出来ない。
これは、「魔力以外の素質が一」なんていう嫌がらせみたいなステータスを持ったレクスだけの特権で、そしてランク合計値が高ければ高いほど次のレベルに必要な経験値は多くなり、ランク合計が低ければ低いほど次のレベルに必要な経験値は少なくなる。
「おかしいとは思わなかったか? あんな化け物みたいなステータスになったルインは、レベル四十から三十になった。なのに能力値の合計は大して変わらなかった俺は、レベル五十二から七十五になった」
その言葉に、レシリアが「あっ」と声を漏らした。
ルインのレベル変化は十。
それに対して俺のレベル変化は二十三。
能力の合計値の変動の割に、明らかに俺の方がレベルの変化が大きい。
その秘密は、このランク合計値にある。
ただの特化で届くのは、精々が四十レベル。
今の俺のレベルの、ほとんど半分だ。
それじゃあとてもじゃないが、本当の主役たちには届かない。
……だからこその、極振り。
魔力以外の能力をゼロに抑えることで必要経験値を極限まで減らし、〈魂の試練〉で戻ってくる経験値でレベルを大幅にブーストする。
たとえバカだと言われてもいい。
ほんの一瞬だけでも構わない。
俺の、俺だけの最強を!
そんな思いが生んだのが、この「純魔スタイル」なのだ。
「……でも」
長い沈黙のあとで、レシリアはぽつりと口を開いた。
「……それでも、わたしは兄さんには無理をしてほしくなかった、です」
それまでの激情を叩きつけるような台詞とは違う、ぽつりと心からこぼれたような言葉。
だからこそ重いその言葉に、俺は立ち上がった。
「だったら、見せてやるよ」
「え?」
驚いたように顔を上げたレシリアに、俺は笑いかけた。
「――安心安定の、『純魔スタイル』の戦い方を、な」





