第十二話 レクスのアトリエ ~フリーレアの錬金術士~
カジノ編エピローグです
ラッドくんふたたび!
「あー。つまり、ギャンブルでアホみたいに大勝ちしたけど、調子に乗って手持ち全部景品に替えちまった、ってことか」
「……まあ、そんなところだ」
扉越しにしつこく説得され、オレは結局レクスの話を聞くことになった。
まあ、複雑な話だったために細部は理解出来なかったが、大まかに言えばそういうことだろう。
「だから、金が必要なんだ。すぐ返す」
レクスは真面目くさった顔でそう言うが、はっきり言って今の一件でオレのレクスへの信頼度はゼロだ。
冒険者の実力はともかく、金についてはちょっと信用出来ない。
「なぁ。本当に、返してくれるんだろうな」
「当然だ。俺が一度でも嘘をついたことがあったか?」
「ねえけど、それを昨日会ったばっかのおっさんに言われてもな」
何度も念押しするところが怪しいと言えば怪しい。
「当てはある。何だったら、今晩の間に返しに来てもいい」
「それって、またギャンブルに注ぎ込んだりするんじゃないだろうな」
こいつだとそれが普通にありえそうなのが怖い。
さらに怖いのが、それでまた貸した金ごと失う未来も、逆にたった千ウェンの元手から大勝ちして帰ってくる未来も、両方想像出来るところがまた怖い。
あくまで信頼していない様子のオレを見て、レクスは「はぁ」とため息をついて、
「あまり見せるつもりはなかったんだが、仕方ないな。金の使い道が信用出来ないんだったら、ついてくるか?」
「え?」
いきなりの提案に驚くオレに、その英雄はニッと笑った。
「――お前に、本物の錬金術ってもんを見せてやる」
※ ※ ※
「ったく、何やってんだかなぁ」
そんな言葉でノコノコとついていってしまう自分に、少しだけ嫌気がさす。
そして、ぶつくさと文句を言いながらも、この男が次に何をするのか、どこかワクワクしている自分にも。
「着いたぞ、ここだ」
「……へ?」
オレは思わず、間抜けな声を出した。
そこは、オレがついさっきまで訓練をしていた……。
「冒険者ギルドじゃないか」
こんな場所に何の用があるのか。
疑問符を浮かべるオレを置いてレクスは受付に行くと、オレから借りた1000ウェンを渡した。
「1000ウェンってのはここで使うのかよ。一体何するつもりなんだ」
「さっき言ったはずだ。錬金術だよ」
レクスはそう言うと、ギルドの奥へ向かっていく。
「これは……錬金釜?」
ついていった先にあったのは、巨大な釜だった。
ギルドでは、訓練場のほかにも、様々な職種の冒険者が使える施設を公開していて、ギルドでお金を払うことで一時的に使用することが出来る。
そんな施設のうちの一つが、この錬金釜だ。
錬金釜というのは錬金術師のための設備で、複数のアイテムを組み合わせて魔力を注ぐと、別のアイテムに合成出来る、というのは知識として知っていた。
「おっさん、錬金術まで出来るのか!?」
「かじった程度だがな」
そう口を動かしながら、レクスは部屋に置かれていた金属のトレーの上で手をかざし、そこに二本の短剣を落とした。
「な、何だよ。それ」
赤いオーラを纏った、不気味なデザインのナイフ。
どう見ても、普通の装備じゃない。
「さっき話したカジノの戦利品だ。名前は〈ゴブリンスローター〉。主に中盤以降のダンジョンの宝箱から出てくる外れ装備だな」
「へぇ……」
「言っておくが、外れと言っても、魔法の武器だぞ。お前の剣の五倍以上の攻撃力がある」
「ご、ごば……っ」
思わず、絶句してしまう。
そう言われると、トレーに置かれたナイフがすごいものに見えてくる。
「さ、触ってみてもいいか?」
「構わんが、お薦めはしないぞ」
「なんでだ?」
オレの言葉にレクスはめんどくさそうに顔を歪めると、インベントリから紙とペンを取り出してさらさらと何かを書き綴った。
「……ほら」
そう言って差し出されたのは、おそらくそのナイフのものと思われる解説。
【ゴブリンスローター】
かつてゴブリンに負けたことで冒険者を諦めた男が作ったオリハルコン製のナイフ。
ゴブリンへの呪いにより、ゴブリンへのダメージが三倍に、それ以外の種族へのダメージが三分の一になる。
また、このナイフによって傷つけられたゴブリンは、能力が永続的に10%減少する(戦闘中一回のみ)。
強い呪いがかかっているため、一度装備すると外せない。
「いやどんだけゴブリン殺したいんだよ!!」
説明を読んだオレは、思わず叫んだ。
ゴブリンへの殺意が高すぎる。
「というかこれ、めっちゃくちゃ外れアイテムじゃねえか!!」
ゴブリンは最弱のモンスターで、もちろん強い亜種モンスターもいるが、それだって強さはたかが知れてる。
何より、ゴブリン以外へのダメージが三分の一になるという補正が痛すぎる。
呪いによって装備の切り替えも出来ないなら、ずっと大きなハンデを背負って戦うことになる。
これならいくら攻撃力が五倍あったとしても、絶対に装備したくない。
「昔負けただけで呪いすぎだろゴブリン。ゴブリンの能力を10%下げたからなんだってんだよ」
せめて行動阻害系なら役に立ちそうだが、これじゃ完全に嫌がらせの域だ。
「デバフもバカにならないぞ。ほら、二本あるしな。二刀流すれば19%だ」
「どう考えても普通に倒した方が早いだろ、それ」
呆れたオレがそう言うと、レクスは「違いない」と笑った。
「まあ、リクシアの町の西にある〈ゴブリンの洞窟〉ではゴブリンしか出ないから、そこに籠るなら使える。洞窟の一番奥にある〈賢者の杖〉は割と便利なアイテムだし、序盤には一応有用なアイテムではあるんだがな」
そう一応のフォローを入れたところで、レクスの表情が変わる。
「ただ、まあ……本題は、ここからだ」
そして、ナイフの置かれたトレーを手に取ると、ためらいなく錬金釜の中に二本のナイフを放り込んだ。
「お、おい!?」
オレは慌てて制止する。
錬金釜はあくまでアイテムを合成するものだ。
薬の材料を入れて回復薬を作るとか、既存の薬に効果を付け足すとか、そういう用途に使うもののはず。
「まあ、見ていろ」
遅滞のないその動きに、オレはとんでもない出来事の予感に震えを走らせた。
「まさ、か……」
錬金釜で、装備の合成が出来るなんて聞いたこともない。
もしそんなことが出来るとしたなら、常識が、歴史が、変わる。
オレが固唾を呑んで見守る中、レクスは錬金釜に手をかざし、魔力を送る。
起動した錬金釜が振動し、そして……。
「本当に、武器の合成が……」
オレがつぶやいたその言葉を聞きつけ、レクスはふっと笑い、
「いや、無理に決まってるだろ」
「へっ?」
ぼかん、という間の抜けた音と共に、釜から黒煙が吹き上げた。
「錬金失敗」の四文字が頭をよぎる。
錬金術の技量が足りないか、合成材料が間違っていると錬金は失敗し、そこには元錬金素材だったゴミだけが残る。
恐ろしい予感に突き動かされ、オレは釜へと駆け寄った。
「ナ、ナイフは……!」
慌てて釜の中を覗き込むも、そこにはナイフは影も形もなく……。
ナイフとは似ても似つかない、不格好な金属の塊がごろんと置かれていた。
「お、お、おい! 鉄クズになっちまったじゃないか!」
いくら外れ装備としても、これはひどい。
オレが思わずレクスに食ってかかると、
「鉄クズ? お前は一体、どこに目をつけてるんだ?」
「え?」
あくまで余裕の態度を崩さず、レクスはその「塊」を拾い上げると、その表面を拭う。
黒い煤を取り除かれたその塊は、見たことのない神秘的な輝きを放っていた。
※ ※ ※
「あ、ありがとうございました」
どこか怯えを含んだ武器屋のおっさんの声を背に受けて、オレとレクスは足早に進む。
あれから、レクスは次から次へとインベントリからナイフを取り出し、同じ作業を繰り返した。
それから急いで武器屋に向かうと、店を閉めようとしていた店主のオヤジに、ナイフを合成しようとして出来た失敗作、〈オリハルコンの塊〉を差し出した。
何の加工もされていないとはいえ、オリハルコンは黄金すら軽く超える価値の希少金属だ。
その不格好な金属の塊、オリハルコン製ナイフの成れの果ては、なんと一個につき五百万ウェンで売却出来た。
とんでもない額のやり取りにオレが目を丸くする中、レクスは何の逡巡も見せずにオリハルコン塊を売っていく。
二十二個目でついに店主の泣きが入ったものの、その総額はすでに一億ウェン以上。
その光景に、オレは頭がおかしくなりそうだった。
(な、なんだよ、これ。あいつは、さっきまで一文なしで、オレなんかにたったの1000ウェンをせびってたんだぞ? それが、それが……)
目の前で行われた非現実的な取引に、オレがふわふわした気持ちのまま店を出ると、不意にレクスが立ち止まる。
「あぁ、そうだった」
そうして、前を行くレクスから、ひょい、と何かが投げられた。
反射的に受け取ると、それは10万ウェンの金貨。
それがさっきオレの貸した1000の百倍の額の金だと気付き、オレが慌てて顔を上げると、
「ほら、約束守っただろ」
レクスはそう言って笑い、今度こそ後ろも振り向かずに上機嫌に歩いていく。
どこまでも楽しそうなその後ろ姿を見ながら、オレは、
「……錬金術って、こういうことじゃねえよ」
と力なくつぶやくしかなかったのだった。
レクスの所持金推移
210万ウェン → 0ウェン → 1億ウェン(New!)