第百二十五話 光の一撃
「次の更新は余裕!」って油断した途端に書けなくなる法則
あると思います!
(とりあえずうまくいった、か)
アインと〈魔王〉、その戦いの場に乱入出来たことに、俺はひとまずは安堵する。
(イベントを思い出してとっさに閃いただけだったが、ほんと〈剣聖〉様様だな)
当然だが、こんな展開はゲームにはない。
三回目のあのイベントシーンは本来、映像の魔道具から「主人公」たちの位置を割り出した〈魔王〉が光線を発射。
映像でそれを察知した「主人公」たちは攻撃からはからくも逃れるものの、光線は「試練の道」を破壊、その威力と正確さに、あらためて〈魔王〉の恐ろしさを知る、というものだ。
実際、映像から相手の位置を割り出すのも、あれほど遠方の相手を正確に撃ち抜くのもとんでもない技術だし、攻撃自体の威力や速度もすさまじかった。
だが、どれだけ強くて速い攻撃でも、来ると分かっていれば剣聖のスキル〈瞬身〉を合わせることは難しくない。
本来自由に動けないはずのイベントシーンで、イベントと違う行動を取れるようになったからこそのショートカット、という訳だ。
「キサマ! ドウヤッテ!」
流石に呑気にあいさつをしていれば〈魔王〉にも気取られる。
だが、〈魔王〉が驚いている隙にアーツを絡めて素早く移動して、アインと合流出来た。
「レクス。君はいつも僕を驚かせてくれるね」
「あんまり来たくはなかったんだが、約束だからな」
お互いにいつも通りの応酬をして、ニヤリと笑い合う。
とはいえ、状況はそんなによくはない。
「ただ、悪いがもう手品は種切れだ。それに、今の俺は……」
「うん。だいぶ、弱体化をしているようだね」
〈看破〉のスキルを使ったのか、あるいは戦士としての勘か。
アインは俺の状態を正確に見抜いてくる。
「ここにはルインと来た。今のあいつならあの〈魔王〉だって倒せるはずだ」
「なら僕らの役割は、それまでの時間稼ぎ、ということかな」
「話が速くて助かる。おっと!」
二体の〈魔王〉を牽制しながらの会話は、すぐに終わった。
痺れを切らしたように飛んできたフローティングアイを、アインと背中合わせになるようにして、捌いていく。
とはいえ、
(やっぱり、これはつらい……な!)
―――――――
レクス
LV 0
HP 30(+60)
MP 15(+130)
筋力 0(+98)
生命 0(+30)
魔力 0
精神 0
敏捷 0(+150)
集中 0
―――――――
俺自身の強さは、試練のスタート地点を出た時から変わっていない。
全ての戦闘をルインに任せ、俺は一切レベルを上げなかったからだ。
(これが因果応報って奴か!)
そんな風に強がるものの、能力値の不足は致命的だ。
特に防御面。
物理防御に直結する生命は三十しかなく、普通であれば大した脅威ではないフローティングアイの一撃が致命傷になり得る。
魔法防御に直結する精神に至ってはゼロのため、〈魔王〉から放たれる光線に一度でも触れてしまえば、俺は一瞬で消し飛ばされてしまうだろう。
(クソ! 命懸けの戦いで、耐久が低いのがこんなに精神を削るなんて、な!)
器用貧乏なんて揶揄されるレクスの元のステータスを、今だけは心の底から羨んだ。
一瞬だけ「後悔」の二文字が頭に浮かんだが、それでも俺は意地を突き通す。
「この程度! 〈風神来〉!!」
押し寄せる目玉の群れを、アーツで斬り捨てながら移動して処理していく。
(足さえ止めなければ魔法攻撃は早々当たらないし、フローティングアイにやられた程度なら後ろのロスリットが回復してくれる。だから、やれる!!)
救いになるのは、敏捷とMPがそこそこの値を確保出来ていること。
速度自体は弱体化前とほぼ遜色ない動きが出来ているし、アーツを使っても早々にはMP切れにはならない。
(しかし、このペースじゃもたない、な)
身体に染みついたレクスの剣技で戦えなくもないが、素の剣の腕だけを言うなら俺は大した剣士じゃない。
俺が曲がりなりにもここまで戦い抜き、〈極みの剣〉なんて不相応な名前までつけられるほどになったのは、あくまでマニュアルアーツあってのこと。
だが、アーツは使う度にMPを消費するし、〈ダブルアーツ〉を使えばそのMP消費はさらに撥ね上がる。
俺の戦闘スタイルは、長期戦には向かない。
しかし、焦れていたのは俺だけじゃなかったらしい。
「――羽虫風情ガ鬱陶シイ! 疾ク斃レヨ!! 〈サウザンドアイ〉!!」
〈魔王〉の片割れが叫んだ瞬間、その場にいたフローティングアイが寄り集まり、ぐちゃりぐちゃりと音を立てて融合していく。
「う、あ……」
あまりにおぞましい姿に、背後のロスリットが口元を押さえる。
だが、それで怪物が止まるはずもなく、フローティングアイが融合して生まれた新たなモンスター〈サウザンドアイ〉は、禍々しいオーラをまとって獲物を狙う。
先ほどまでとは比べ物にならない速さの突進。
その標的は……。
「レクス!」
狼狽したアインの叫び。
かろうじて反応して初撃は躱したものの、サウザンドアイはすぐに反転し、体勢を崩した俺を確実に食い殺そうと向かってくる。
この距離ではダブルアーツは間に合わないし、〈瞬身〉でも一時しのぎにしかならない。
なら、こちらも切り札を切る!
「――〈バーニング・レイブ〉!!」
選んだのは、正面からの迎撃。
寄り集まった異形の怪物と、マニュアルアーツによって再現された技が、真正面からぶつかり合った。
怪物と刃が衝突し、瞬間、拮抗する。
お互いの勢いが殺され、一瞬の膠着状態が出来るが、
「まだ、だ!!」
その程度で、この技は止まらない。
この技を覚えられたのは、ルインと一緒に行動したことによる思わぬ副産物だ。
本来はルインの、というより〈シャイニングレオ〉の専用アーツのようだが、スキルと違ってアーツであれば、技の動きさえ正確になぞれればマニュアルアーツとして使える。
こっちの世界にはプラクティスモードもないし、独特の動きが多くて習得には苦労したが、オート発動のアーツの動きを見てマニュアルアーツを編み出すのは、言ってみれば俺の専門分野。
数回もやれば発動するようにはなっていたし、一度使ってしまえばその技の強さにすぐに魅了された。
「追加DLCを、舐めんじゃねえ!!」
俗っぽい叫びと共に、俺は剣を切り返す。
確かに、一撃目は互角だった。
だが続く二撃目では明らかに怪物を押し返し、さらに切り返した三撃目で圧倒し、トドメの四撃目でその身体を両断する。
切断されたからと言って一度集まった怪物がバラバラに戻ることもなく、サウザンドアイはそのままあっさりと消滅していく。
「バカ、ナ……」
自慢の眷属を破られ、〈魔王〉の攻勢が一瞬途絶える。
その隙を逃すアインではなかった。
「レクス!!」
その叫びに呼応して、俺も走り出す。
アインと二人、視線だけで会話をして左右に分かれる。
アインは左に、俺は右に。
眷属を失って無防備な〈魔王〉の下に駆け込んでいく。
(威力を考えれば、〈バーニング・レイブ〉を使いたいとこだが……)
さっき使ったばかりでクールタイムが終わっていないという以外にも、〈バーニング・レイブ〉には明確な弱点がある。
ほかのアーツと一線を画した威力を誇る一方で、その分だけほかのアーツと一線を画した消費MPも誇り、さらにはほかのアーツと動きの共通性が少ないため、アーツを重ねにくいのだ。
「――〈冥加一心〈スティンガー〉突き〉!!」
結局放ったのは、温存していたダブルアーツ。
多くのMPを代償として放ったその一撃は確実に〈魔王〉の眼球を捉えるも、見た目に反してその手応えは、あまりにも硬い。
(クソ! やっぱり足りない、か!)
ゲームで「主人公」たちがディブルに勝てたのは、〈魔王〉に特効のある〈光輝の剣〉があったからだ。
光の属性を帯びていないただの斬撃では、〈魔王〉に痛みを与えることは出来ても、倒すには至らない。
(もう一度出て来いよ、〈光輝の剣〉!!)
ブリングと戦った時のような奇跡を願うが、何も起こるはずもない。
ちらりと反対側を見ると、アインも雷の魔法剣で果敢に攻め立てているものの、〈魔王〉を倒すことは出来ていないようだった。
「ぐっ!?」
そして次の瞬間、〈魔王〉が爆発的なオーラを放ち、俺たちは同時に後ろに吹き飛ばされる。
ダメージはない。
だが、強制的に距離は取らされた。
急いで起き上がり、ふたたび〈魔王〉に向き直った時、その異様な姿に心臓が凍りつく。
「ミトメヨウ」
「ミトメヨウ」
「キサマタチノ強サヲ」
「キサマタチノ力ヲ」
赤い光を宿しながら、左右の〈魔王〉が交互にしゃべり合う。
先ほどまでの激昂を心の奥に収め、理性的とも言える口調で、淡々と語り続ける。
しかし、それが嵐の前の静けさであることを、俺は知っていた。
「ナレバコソ」
「ダカラコソ」
そんな俺の予想を裏付けるように、二体の〈魔王〉が赤い燐光を放ち、
「「――我ラガ全霊ヲモッテ、葬リ去ロウ!!」」
二つの〈魔王〉の中心に、巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「なん、だ。あれは……」
俺たちが見上げる中で、空に描かれた巨大な魔法陣に、少しずつ赤い色がついてくる。
あれが、〈魔王〉の本気。
あの赤い色が魔法陣の全てに行きわたり、魔法が完成した瞬間、俺たちは塵も残さず消滅するだろう。
「アイン様、レクス様。お二人で、左の〈魔王〉を倒せますか?」
静かに、ロスリットは問う。
唐突なはずのその質問に、しかし俺は「やっぱり」と思ってしまう。
「わたしの命を魔力に変えて魔法を放てば、片方だけなら何とかなるはずです。ですから……」
「ダメだ、ロスリット! そんな……」
アインが止めるが、ロスリットは意思を曲げる様子はない。
ただ優しく微笑んで、自らの決意を語る。
「我がままを言って申し訳ありません、アイン様。でもわたしは、どうしてもあなたに生きてほしいのです」
このロスリットの台詞には、聞き覚えがある。
これはイベントの既定路線、イベントシーンの四つ目の会話だ。
俺はこの結末を変えたくて、ここまで飛んできたはずなのに……。
(結局、こうなるのか……?)
無力感に、膝が崩れそうになる。
だが、俺が一人で〈魔王〉を倒せないのも確かだ。
さっきの攻撃は、あまりにもダメージが通ってなさすぎた。
たとえ一番火力のある〈バーニング・レイブ〉を重ねても、おそらくは……。
(……待て、よ? 重ねる?)
突然の思い付きに、脳を電流が走った。
そんなことがあるのか、分からない。
だが、もし本当にそうだとすると、可能性はある。
俺は剣を握りしめ、立ち上がった。
「アイン! お前は左をやれ! 俺が右をやる!」
「レクス、けど……」
「大切な、人なんだろ?」
俺の言葉に、アインの瞳に闘志が灯るのが見えた。
無言で、うなずきを返す。
「や、やめてください、二人とも! わたしなら、確実に……」
だが、アインは止まらない。
愛する人を守るため、〈魔王〉に向かって走り込んでいく。
(これでダメでした、じゃ洒落にならないな)
雑念が一瞬だけ脳裏を駆け抜け、その時は三人で笑って死んでやろうと笑い飛ばす。
〈魔王〉の頭上の魔法陣の完成度は七割程度。
もう時間はない。
「――〈バーニング・レイブ〉!!」
放つのは、今撃てる最強のアーツ。
会心の出来で放ったアーツは詠唱によって動けない〈魔王〉を捉え、その身体を両断せんとするが……。
(歯が、立たない!!)
いくら〈バーニング・レイブ〉が強くとも、重ねのない単発のアーツでは威力に限界がある。
それでもあきらめない。
剣を止めない。
二撃目が〈魔王〉の皮膚を撫で、三撃目がその薄皮をわずかに切り裂く。
そして、運命の四撃目。
「〈オーバーアーツ〉!!」
狙うのは、アーツの重ね。
難しいことなど何もない。
いつも通りの軌跡をなぞるだけ。
ただ、最後に、
「――〈オーラ斬り〉!!」
命運の全てを賭けて、そう叫ぶ。
ルインがレベル上げの途中でいつの間にか覚えていたこの技は、光属性だから〈光技〉のスキルに違いないと勝手に決めつけて疑うこともしなかった。
だが、思い起こせば違和感はあった。
ほかの二つの技と違い、この技は集中の値にダメージがあまり影響せず、MPを消費して発動する。
そして、この技が〈バーニング・レイブ〉の最後の一撃と似通っているのが単なる手抜きではなく、〈バーニング・レイブ〉と「重ね」やすいようにという配慮であったとしたら……。
――刹那、ブレイブソードが光を帯びる!
やはり、〈オーラ斬り〉はスキルではなく、アーツだった!
〈バーニング・レイブ〉の力と、そして〈オーラ斬り〉の光属性を重ねた斬撃は、驚くほど簡単に、〈魔王〉の皮膚を切り裂いて……。
「――アイン!!」
俺だけが〈魔王〉を倒せても意味がない。
俺の視線を受けた光の王子が、ついに覚醒する。
「流石だよ、レクス。ならば僕も今、限界を超える!!」
アインの掲げた剣に光が集まり、刀身の上に新しい刀身を作る。
「――〈光輝の刃〉!!」
それが、試練によって目覚めたアインの、アインだけの必殺技。
自らの剣に重ねるように〈光輝の剣〉を生み出す、選ばれし英雄の、いや、もう一人の〈光の勇者〉の力。
「「――おおおおおおおおおおおおお!!」」
二人の叫びが、シンクロする。
俺の渾身の光のアーツと、剣の上に再現された〈光輝の剣〉が、二体の〈魔王〉の身体を切り裂いて、そして……。
「「アリエヌ! ワレガ、ワタシガ、コンナ、下等ナ、エァアアアアアアアアアアアアアアア!!」」
かつてない異形の〈魔王〉は作りかけの魔法陣と共に光に呑まれ、王子とその婚約者の長い長い戦いは、ついに終わりを迎えたのだった。
ダブル主人公!(主人公じゃない)
次回〈魂の試練〉クライマックス!!
エタの恐怖に震えて待て!!