第百二十一話 突入
そろそろ本気で毎日更新に限界が……
ざわめく街を抜け、ルインと二人、〈王家の試練場〉へと急ぐ。
「それにしても、驚きました! 本当に、あの時に師匠の言った通りになるなんて!」
息を切らせながらも、ルインは興奮冷めやらぬ、という様子で声をかけてくる。
それを聞いて、俺はルインに見えないようにこっそりと顔をしかめた。
「……まあ、な」
まさか、ルインに本当のことを話す訳にはいかない。
だが、ルインに「協力者」になってもらうためには、俺の話を信用出来る最低限の情報は渡さない訳にもいかない。
考えに考えた俺は、「〈魔王〉が〈王の試練〉を利用して、アインを狙ってくるかもしれない」ということと、万が一に備えて「〈試練〉を乗り越えられそうな『協力者』を探している」こと。
そして、「もしその救出に乗じて〈試練〉を達成すれば強くなれるかもしれない」ことをルインに話したのだが……。
「こっちこそ、驚いたよ。すぐに『協力』してくれるとは思わなかった。〈魔王〉が攻めてくる、なんて荒唐無稽な話だしな」
本心を言うと、〈魔王〉の襲撃自体はルイン自体が〈漆の魔王〉に襲われていることからある程度信じてもらえるとは思っていた。
だが、襲撃の可能性があるのにアインに教えずに備えだけをする辺りなど、かなり無理のある説明だったと思っている。
最終的にはうなずかせるつもりではいたものの、あんなにあっさりと協力してもらえるとは思わなかった。
「……嬉しかった、からですよ」
「え?」
しかし、ルインが了承した理由には、俺が予想もしていなかったことだった。
「オレが必要だって言ってくれたのは、師匠が初めてだったので」
「ルイン……」
思わず、その顔を見てしまう。
驚いている俺を見て、ルインは少しだけ目を伏せた。
「分かってます。師匠が評価したのは、ほんとはオレの実力じゃなくて〈光輝の剣〉なんですよね。試練の中で使うには〈光輝の剣〉が都合がいいって話、忘れてません。……それでも、それでもオレにとっては救いになったんです」
「それは……」
思わず詰まる俺に、ルインは「それに」と言うと、突然近くの木に向かって剣で斬りつけた。
「――オレは、師匠のおかげでここまで強くなれた」
そう誇らしげに口にするルインの剣は、その木、〈デモンエボニー〉にしっかりと食い込んでいた。
初日、特訓を始める前はその枝を傷つけることしか出来ず、その日の成長分を加えても枝を斬るのがやっとだった。
それが今、ルインの剣は〈デモンエボニー〉の大きな幹を半分ほどまで切り裂いていた。
……それは確かに、ルインの二週間の成長の証だった。
だからこそ、だからこそ苦しくなる。
本当は〈魂の試練〉を乗り越えるためだけなら、ルイン以外にも選択肢があった。
しかし、今後のことを、ルインの未来のことも考えればルインを「協力者」にすることが……いや、それも誤魔化しか。
俺は、自分の「振り直し」に利用するのにルインが一番都合がいいから、「騙しやすい」から彼を選んだのだ。
それでも、いや、だからこそ、ここで黙る訳にはいかなかった。
ルインの顔を曇らせないために、そして、目的を果たすために。
「……今は、本当に頼りにしてるさ」
押し出すように、そう言う。
その言葉を聞いたルインがどんな表情を浮かべたのかは、どうしても見ることが出来なかった。
※ ※ ※
試練場は、王都からそう遠くはない。
俺たちはほんの数十分ほどで苔むした古代の遺跡のような、神殿の跡地のような場所に辿り着いた。
「ここが、〈王家の試練場〉……」
アインたちがやろうとしていた〈王の試練〉というのは、この〈王家の試練場〉に指定された装備で向かい、敵を倒して脱出してくるというシンプルなものだ。
だが、ここにもブレブレらしいひねた仕掛けがある。
ルインは引き寄せられるようにふらふらと遺跡の階段を上っていき、祭壇の奥に開いた横穴を覗き込もうとする。
だが、
「ルイン、違うぞ」
俺はそれを呼び止めた。
「王家の連中も勘違いしてるらしいけどな。それは、ただのダンジョンだ」
「え?」
何を言われているか分からない、という顔をするルインを手招きする。
「本当の試練場は、こっちだ」
そうして俺が示したのは、遺跡の建造物の少し手前、一見して単なるレリーフとしか見えない床の装飾。
しかし、これこそが「本当の試練」の入り口なのだ。
「じゃ、じゃああの穴は……」
「だから、ダンジョンだよ。偶然、試練の場の近くに別のダンジョンがつながったんだろ」
まあ偶然というかゲームの都合なのだろうが、ここでそんなことを言うのは野暮だろう。
ゲームの設定では、長い時が過ぎるうちに試練は機能不全を起こし、試練を受けるための手順だけが儀式として中途半端に残されたまま、〈王の試練〉は形骸化。
試練とは無関係なダンジョンをただクリアして帰ってくる、という形だけの儀式になってしまった。
……だが、今回ばかりは違う。
「おそらく、〈魔王〉が干渉して、本来の試練を復活させた。……ほら。これを見てみろ」
試練の入り口の近く、茂みに落ちていた「首飾り」を俺は拾い上げる。
「それは……! まさか王家の?」
「ああ。ロスリットがつけていたものだろうな」
国の調査隊もこんな証拠を見逃すなんて節穴すぎでは、と思うが、まあ連中は主に試練場だと思われているダンジョンの調査で忙しかったのだろう、たぶん。
ともあれ、この「王家の首飾り」があれば俺たちも〈魂の試練〉に挑むことが出来る。
「だがその前に……」
「準備、ですよね」
ルインの言葉に、うなずいてみせる。
「ただでさえ〈魂の試練〉は厳しい試練だが、今はその上で〈魔王〉が待ち構えている可能性もある。しっかりと備えをしておかないと、命はない。だから……」
いつもの装備に加えて、この時のために用意しておいた装備の数々をインベントリから取り出す。
まず、ラッドから返してもらった〈ブレイブソード〉。
ニルヴァ戦で使ったMPの最大値を上げる鎧〈魔法騎士の重鎧〉。
そして、かぶると狂気に支配される冠〈ルナティックサークレット〉に、常人が装備するとHPが激減する〈魔王〉のドロップアイテム〈破滅のブーツ〉に、それからカジノで手に入れた〈脱力の指輪〉に……。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「ん?」
「何だか少し、想像していたより全体的に禍々しいというか……」
ルインが少し腰が引けた様子を見せるが、当然だ。
「そりゃここにあるのはほとんどデメリット装備、言ってみれば呪いの品だからな」
「の、呪い……」
〈ルナティックサークレット〉はかぶっただけで狂気を発症させ、〈破滅のブーツ〉は「主人公」以外が装備するとHPが五分の一になる。
それだけじゃなく、〈ルナティックサークレット〉は精神の成長値が、〈破滅のブーツ〉なら生命の成長値を一つ下げる効果までついているし、これは「主人公」でも無効化出来ない。
「ただ、それだけじゃない」
少なくともブレブレにおいて、こういう呪いの品には魅力的なプラス効果もついている。
例えば〈魔王〉ドロップについては何かの成長値が一下がる代わりに、ほかの成長値が二上がるピーキーな性能になっており、〈破滅のブーツ〉の場合は筋力と魔力の成長値が両方上がるという前のめりな仕様になっている。
それに……。
「こういう呪いの品に共通する特徴として、ほかと比べて装備制限が緩い、もしくはないんだよ」
呪いの装備にも魅力を持たせたかったのか、あるいは多くのプレイヤーに装備させて絶望を味わわせたかったのかは分からないが、呪いの装備は要求ステータスが低い。
個人的に呪いの品筆頭だと思っている〈ルナティックサークレット〉などは装備制限も転職制限も全くないため、加入したばかりのレベル一のキャラだって使うことが出来る。
特に〈ヤングレオ〉の状態でサークレットを装備すれば初期状態からでも〈ルナティックレオ〉になれるので、育成には向いている特徴だと言える。
まあ、ルインの専用装備である〈形見のペンダント〉は、ルイン限定ではあるがデメリットなし、能力条件なしで〈ルナティックレオ〉以上の補正値を持つ〈シャイニングレオ〉になれるので、結局は公式チートには勝てなかったよ、という感じではあるが、それはともかく。
「試練のためには、入念な準備が必要だって言っただろ。怖気づいたって言うなら……」
「やります!」
俺があえて挑発するように言うと、ルインはすぐに俺の手から装備を受け取った。
そして、一瞬だけ躊躇いを見せたあと、ガバッと思い切りよく今まで着ていた防具を脱ぎ捨て、俺が渡した大量の呪い装備を身に着け始める。
「……なん、ですか?」
「いや」
どこか怯えたようなルインの視線から、俺は目を逸らした。
自分でそう仕向けたはずなのに、何の疑いもなく、俺が言うがままにマイナス効果の装備を身に着けていくルインに、胸が痛む。
もしかして俺は、ルインが嫌がって逃げ出すことを望んでいたんじゃ、なんて訳の分からない考えまでが浮かんできて、慌てて打ち消した。
※ ※ ※
準備は、整った。
キーアイテムがそろって、装備も万全。
あとはレリーフの上でキーワードを口にすれば、〈魂の試練〉が始まる。
そう、分かっている。
分かっている、のに……。
「師匠?」
なのに、俺は動けなかった。
始めてしまえば、もう後戻りは出来ない。
どんな犠牲を払おうと、前に進むしかなくなる。
――別に、このままでもいいんじゃないか?
弱気の虫が、そうささやくのが分かった。
今の俺だって、別に弱くはない。
そりゃあ一線級の活躍をするなら厳しいかもしれないが、ただ暮らしていく分には十分だ。
なのにわざわざリスクを冒して、俺のことを大切に思ってくれる人間の思いを踏みにじってまで、本当に最強を目指す必要があるのか?
俺は立ち止まり、考えて、考えて、考えて……。
――それでも答えは、やっぱりイエスだった。
試練の場に向かって足を踏み出し、王家の首飾りを掲げるようにルインに差し出す。
自分でもバカだとは思う。
本当に、大バカだと思う。
それでもこの熱は、渇望は、誰にも止められやしない。
――代償なしに、力は手に入らない。
ならせめて俺は覚悟を持って、その事実を受け止めよう。
ルインと二人、視線を合わせ、レリーフの上で「王家の首飾り」を掲げた。
「「――魂の試練を!!」」
定められた場所、二人という人数、印となるアイテムに合言葉。
全てがそろったことで、試練への「転送」が始まる。
足がふわりと浮き上がり、何かが身体から抜け出るような感覚の中で、
――ごめん、な。
俺は、誰にも届かない懺悔の言葉を、そっとつぶやいていた。
※ ※ ※
「こ、こは……」
気が付くと、不思議な空間に立っていた。
赤い空がどこまでもどこまでも広がる中で、細い道だけが不自然に宙に浮いている。
正気を疑うような光景。
だがそれよりも、俺には確かめることがあった。
「――〈看破〉」
初めてこの世界に来た、あの時のように。
手にした〈ブレイブソード〉に自分の姿を映し、その自分の似姿に〈看破〉をかける。
そこに描き出された激変した自分のステータスを見ても、驚きはしなかった。
だってここは、神の作った〈魂の試練〉。
闘技場の〈魂の決闘〉と同様、肉体の強さに頼らず、魂の強さで乗り越えるべき試練であり……。
―――――――
レクス
LV 0
HP 30
MP 15
筋力 0(F)
生命 0(F)
魔力 0(F)
精神 0(F)
敏捷 0(F)
集中 0(F)
能力合計 0
ランク合計 0
―――――――
レベルの加護を取り上げられる、最難の迷宮なのだから!
デバッグキャラ感
いま続きが読めないなら、絶対に応援しないでください!
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