第百十九話 試練へ向けて
漫画版「主人公じゃない!」は一話と二話も綺麗にまとめてあってすごいんですけど、原作既読視点からすると三話の出来がいいと思うんですよねー
やっぱりカジノの話は絵があるとないとじゃ大違いで……という唐突な宣伝
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ルインが倒れ、俺が覚悟を決めてルインに「協力」を持ちかけた翌日。
俺が真っ先に行ったのは、騎士団への指導を打ち切ることだった。
(もう、時間がない)
この時すでに、アインの「王の試練」への出発まで、もう二週間を切っていた。
振り直しを最大限に利用するなら、レベルは少しでも高い方がいい。
それに、〈魂の試練〉を無事に終えるにはルインの力が絶対に重要になる。
そう考えると、ほかのことに使う時間は一秒すら惜しい。
俺はこれからの二週間全てを、自分とルインの〈魂の試練〉の準備に捧げると決めたのだ。
指導の終わりを告げると、予想外に騎士の人たちには引き留められたが、もともとアインとの約束では「遺跡探索者の捜索をする代わりに、その間だけ騎士団の指導をする」という話だった。
王子との約束を引き合いに出せば騎士たちとしても折れるほかなかったようで、最後には納得してもらえた。
「これまで、ありがとうございました! 〈極みの剣〉殿!!」
その場にいた騎士団全員から、見事な敬礼をされて送り出される。
初日からは考えられないほどの慕われようにわずかに目頭が熱くなるのを感じたが、〈極みの剣〉はやっぱりやめてほしい。
そして、指導をやめたのは騎士団だけじゃない。
ラッドたちにも大まかな方針だけを渡して自主練習をするように指示をして、いつも俺の傍を離れないレシリアも何とか説得して、この二週間だけは俺がルインの指導に集中出来るよう、俺から離れてラッドたちの監督についてもらった。
方針を決めた以上、中途半端はするつもりはない。
今まで迷っていた分を取り戻すためにも、全力でルインの指導に当たるつもりだった。
「……よかった、んですか?」
騎士団の訓練場の入り口で待っていたルインが、尋ねてくる。
ルインから見れば、ぽっと出の冒険者なんかに時間を使うより、騎士団の指導役をやっていた方が利があるように思ったんだろう。
だが、それは大きな間違いだ。
俺は一言「当然だ」と笑ってルインの肩を押して、街へと出る。
(思ったより、心が弱ってるのかもしれないな)
少なくとも、今のような弱気な言葉は、初日の彼からは出てこなかっただろう。
思いがけないラッドたちの優秀さを目の当たりにして、焦燥感と無力感を覚えているのかもしれない。
(さて、どうしたものか)
俺はしばらく考え込んだ結果、
「一日。とりあえず今日一日だけ、俺の言う通りにしてくれ」
とにかく、初日はひたすらルインを連れ回すことにした。
まずは木を切りつけるところから始め、何度も転職をさせ、敷き詰められた葉っぱの上で足踏みをさせたり、人ごみのなかで何度も叫ばせたり、おそらく本人にとっては全く意味の分からないことをさせ続けた。
ルインにも、内心は不満もあっただろう。
だが、やはり心が弱っているのと、もともと俺の指示に絶対服従の条件で弟子入りを認めたこともあって、一度も不満を口にせずに黙々と俺の指示をこなしていった。
「よし、今日はこれで最後だ」
そうして最後に連れてきたのは、一本の木の前だ。
「これって……」
ルインが見覚えのある木を前にして、戸惑った様子を見せる。
それもそのはず。
見るからに硬そうなこの木は、俺が行きがけにルインに切るように言ったもの。
ただ、このフィールドでも見かける「デモンエボニー」と呼ばれる木は、作中にも何度か名前が出てくるほどに硬い木だ。
ルインの力をもってしても、枝にわずかに切れ込みを入れることしか出来なかった。
「仕上げだ。もう一度、この枝を斬ってみろ」
「……はい」
釈然としない様子だったが、ここで俺の指示に逆らっても仕方ない、と思ったんだろう。
ルインは素直に前に出て、朝に切りつけた枝に向かって、もう一度剣を振り下ろす。
動かない目標にルインが剣を外すはずもなく、朝につけた傷のほんのわずかに横に振られたその剣は、カァン、という軽妙な音を立てて、枝を斬り飛ばした。
「え……」
まさか、切れるなんて思わなかったのだろう。
斬り飛ばされた枝を呆然と眺めるルインをねぎらうように、俺はポンとルインの頭に手を置いて、言った。
「――よくやったな、ルイン。これが、今日のお前の『成長』だ」
※ ※ ※
俺がまず一番に着手するべきは、とにかくルインの「信頼」を得ることだと考えていた。
ルインは俺の「協力者」になることを了承はしてくれた。
しかしそれは、今師匠である俺の機嫌を損ねてはいけないから、というような消極的な動機からだ。
だが、それじゃ足りない。
残り時間が二週間という短い時間であるからこそ、無茶な訓練がこなせるほどの強い信頼関係が必要なのだ。
とはいえ、〈魂の試練〉のことをにらむなら、成長の仕組みやルールなどを話すのは危険だ。
――だから俺は、「結果」で殴りつけることに決めた。
それを端的に示したのが、初日の木の枝だ。
朝には歯が立たなかった枝を、一日修行しただけで切れるようになる。
強さを渇望しているルインだからこそ絶対に軽視出来ないだろうし、目に見える分だけやる気も上がるだろう。
ルインがたった一日で劇的に攻撃力を上げた理由。
それはごくごく単純なことだ。
ルインはチート染みた成長値とほかの職業に目移りする必要がないほどに優れた初期職業を持っているが、それゆえにそれ以外の職業についた経験がない。
つまり、素質が低い代わりに全ての下級職を極めたレクスとは真逆の存在な訳だ。
だから別の職業に転職させ、〈拳闘士〉の「物理攻撃威力一割上昇」や、〈インペリアルソード〉の「剣攻撃力二割上昇」のような、すぐに取得可能な攻撃力上昇系のパッシブスキルを覚えさせただけ。
だが、効果は劇的だった。
普通のキャラクターなら覚えているはずの基本のスキルすら覚えていないルインは、それだけのことで大きく攻撃力を上げ、結果は御覧の通り。
もちろんこんなものは一回きりの手品のようなもので、何度もやれるものじゃない。
だが、ルインの心を変えるにはこれで十分だった。
ルインが焦っていたのは、自分の境遇や強い同年代と当たったこともそうだが、自分の努力が実を結んでいないと感じていたからだ。
初日の一件で自分が前に進んでいる、という確信を得たことで、ルインの精神はずっと安定した。
それだけじゃない。
俺は二週間の間、とにかくルインと一緒の時間を作るように努めた。
流石に二十四時間とはいかなかったが、特に見る必要のない基礎訓練の間でもずっと傍にいて、ルインを見守り続けた。
これが普通の思春期の少年なら「うぜえ」となるところだが、ルインが大きな孤独を抱えているのを俺は知っている。
ちょっと卑怯ではあるが、俺はDLCの説明文でルインの境遇をある程度知っていて、あの日のつぶやきを聞いてしまった。
おそらく〈魔王〉に殺されたであろう父親が、ルインの心に影を落としているのは明白だ。
俺はその心の隙間に付け入るように、ルインを傍で見守り、事あるごとに褒めた。
それも、強いことを褒めるのではなく、努力をしたことを褒める。
ルインの父がどんな人物だったかは分からないが、息子を守って死んだ「主人公」の父なんだから、俺なんかとは比べ物にならないほどの人格者だったのは間違いないだろう。
何より、褒められる度に照れくさいような嬉しいような顔をするルインが、俺の想像したルインの父親像が間違っていないことをはっきりと教えてくれた。
むしろあまりにも素直な反応をしてくれるので、純粋な少年を騙しているようで気が引けるが、かといって俺も強くなることをあきらめることは出来ない。
これだってきっとルインの幸せにつながるはずだ、と自分の心を誤魔化して、ルインに笑顔を向け続けた。
そうして、三日も経つうちにルインも少しずつ笑みを見せるようになり、一週間が過ぎる頃にはすっかり俺に気を許すようになっていた。
そして、順調にルインの特訓は進み、二週間後。
運命の日。
―――――――
ルイン
LV 40
HP 850
MP 180
筋力 475(A)
生命 370(B+)
魔力 125(C-)
精神 355(B+)
敏捷 235(B-)
集中 410(A-)
能力合計 1970
ランク合計 68
―――――――
自信に満ちた顔で俺の隣に立つルインのレベルは、四十の大台に手をかけていた。
次回から〈魂の試練〉がスタート!
タブンネ!





