第百十三話 方針
今自分の中で、連載を章の終わりまで続けたい気持ちと、「バイオハ〇ード ヴィレッジ」をやりたい気持ちが激しくぶつかり合ってます
助けてください!
「――オレは、〈魔王〉に命を狙われてるんです」
そう言って、彼が話し始めたのは、いかにもRPGの「主人公」にありそうな境遇だった。
まず、〈漆の魔王〉はルインの身体に秘められている「力」を狙っているらしい。
一度は家族を犠牲にして何とか〈漆の魔王〉を退けはしたが、その傷が癒えれば〈魔王〉はふたたびルインを狙うことは間違いないという。
(そんなの嘘だ、って言えれば楽なんだけどな。そのストーリーライン、むしろ納得しかないんだよなぁ)
アインは、彼の父親と思しき錬金術師が職を離れたと話していたが、息子の秘められた力に気付いて〈魔王〉から逃げた、と考えれば綺麗につながる。
つながってしまう。
そして、ルインの家族はオープニングで皆殺しにされたというようなことが説明文に書かれていたということは、おそらくはもうその父親も……ということだろう。
しかし、そんな衝撃の告白をしたあと、ルインは暗い顔にどこかスッキリした色をにじませていた。
彼自身、それだけの秘密をずっと一人で抱えていることに精神的負荷を感じていたのだろう。
それには同情する。
しかし、はっきり言って打ち明けられた身としてはたまったもんじゃない。
(――どうすりゃいいんだよ、そんなの!)
俺は、唐突に明かされたルインの秘密に動揺が隠せなかった。
確かに俺は、この世界で〈魔王〉を倒したことがある。
しかしそれは、決して実力で勝った訳じゃない。
カジノの景品に〈ゴブリンスローター〉が並ぶという幸運に恵まれ、事前に準備をして、相手の弱点を突くことが出来たから何とか倒せただけ。
それに、〈壱の魔王〉である〈ブリング〉は最弱の〈魔王〉だ。
ほかの〈魔王〉に「フフフ。奴は六魔王の中でも最弱」「〈魔王〉の面汚しよ」とか言われるレベルで弱いのだ。
何より恐ろしいのが、俺がその〈漆の魔王〉についての情報を何も持っていないこと。
〈魔王〉との戦いはギミック戦……つまり純粋な戦闘ではなく、何かしらの仕掛けで戦闘難易度が変わる戦いが多い。
それは〈魔王〉があまりに強すぎるため、単純な戦闘力以外の何かしらの要素がないとプレイヤー側に勝ちの目が見えないからだと俺は思っているのだが、そこが大きな問題。
ブレブレのギミック戦は、事前のイベントや準備でミスると、あっさりと詰むことが多いのだ。
ボスのバリアを破るためには事前に主要人物の親の墓に行ってキーアイテムを取ってこなければならないとか、通常の攻撃はほとんど効果がなく、回復魔法をかけないとほぼダメージが通らないとか、大抵は何度も挑戦するか、攻略サイトでも見ないと初見で抜けられないような意地の悪い仕掛けが盛りだくさんで待っている。
いや、ボスよりももっと鍛えておけばギミックを無視して倒すことも出来るのだが、今の俺たちの戦力でそんなことが出来るとは思えない。
もし今、前情報のない〈魔王〉の襲撃になんて巻き込まれた場合、あっさりと死ねる自信が俺にはある。
(クソ! 何が「強くなりすぎて物足りなくなっちゃうかも!?」だ! さてはあいつら、最初からDLCで楽させる気なんてなかっただろ!)
そうだ。
ブレブレ開発陣はお金が好きだったが、それ以上にプレイヤーにギリギリの苦痛を与えるのが大好きだった。
「主人公」がいかに強いかを語って客寄せをしながら、実際には強くなった「主人公」に合わせて、それ以上に強い追加ボスをぶつける。
いかにもドSのブレブレ開発陣がやりそうなことだ。
(……落ち着け)
闇雲に焦ってもしょうがない。
俺は深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
おそらくはルインが〈漆の魔王〉と対戦するとしても、それはゲームの中盤以降だろう。
ブレブレはゲームだ。
襲いかかってくる試練は全て乗り越えられるように設計されている。
勝ち目のない戦闘を挑まされることはない……と思いたい。
……まあ、知らずに踏んじゃいけないフラグを踏んだり、踏まなくちゃいけないフラグを踏めなかったりするとあっさり勝ち目のない戦闘が発生するゲームなので、大した慰めにはならないのだが、それはともかく。
(それを踏まえた上で、どういう対応を取るのが正解か、だ)
大まかな方針としては三択だ。
一つ目。
まず、所在だけを押さえて、こちらからの干渉はしない。
これからルインは派手な活躍をするだろうし、名前と容姿が分かればその動向を探るのは難しくはないだろう。
一番消極的な手段だが、この方針なら俺が〈魔王〉の襲撃に怯える必要はなくなる。
しかし、ルインが〈魔王〉に負けた場合、最悪な結末を辿りそうなのがこのルートだ。
単に〈魔王〉が一体野放しにされるだけでなく、その〈魔王〉はルインの力を手に入れようとしているという話だ。
ゲームが「主人公」が負けたあとの世界のバランスなんて考えるはずもなく、魔物に強いはずの光属性を身に着けた〈魔王〉とかいう化け物が出来る可能性がある。
肝心の〈魔王〉や〈悪神〉との対決にも〈勇者〉という最大のカード抜きで挑むことになるのも含め、俺が、というより人類が詰む危険性が非常に高いだろう。
二つ目。
素直にルインを鍛え、恩を売る。
この方針は一番穏当で無難だ。
最初に感じたより、ルインは話が分かる。
命を狙われているという危機感や復讐で焦ってはいるものの、根は善良な彼はお世話になった相手を邪険にすることはないだろう。
うまくいけば〈光の勇者〉を強化しつつ、恩を盾にルインに「お願い」することで、思い通りにイベント発生を管理することだって出来るはずだ。
普通であれば、まさにこの世界の主役であり英雄である「主人公」に恩を売るなんて難しいところだが、今のルインはおあつらえ向きに俺の弟子になっている。
この状況はこの方針を取るにはうってつけだろう。
デメリットは、ルインを狙ってきた〈魔王〉に俺が巻き添えで殺される可能性があること。
本格的な対決の時に戦力が足りるか心配、というのに加えて、イベント死の危険もある。
全面対決までは「主人公」は死なないと思うが、こちらはサブキャラの身。
レクスなんて前例があるだけに、いつ「主人公」を庇って死ぬ役割を振られないとも限らない。
それから、重要な要素がもう一つ。
「『主人公』を真っ当に成長させたら絶対俺なんか比べ物にならないほど強くなるのが間違いないので、なんか悔しい!!」ということだ。
いや、流石に本気で命の懸かっている場面でそんな私情だけで方針を決めたりはしないが、せっかく「主人公」抜きでここまで強くなったのに、という思いは当然ある。
そして、三つ目。
三つ目はほかと毛色が違うというか、我ながらずいぶん突飛な思い付きだ。
その方針は、二つ目と真逆。
――ルインを強くするのではなく、逆に無力化してしまうことによって俺たちで囲い込む、という方針だ。
本来ならこんなことは出来ないが、今は時期がいい。
近く発生するイベント、〈魂の試練〉。
その「生贄」にルインを選んでしまえばいいのだ。
ラッドやレシリアとは違い、今のルインはステータスに詳しくない。
師匠である俺が「強くなるため」と言えばルインは文句なく俺の指示に従うだろう。
メリットはまず、俺が確実に強くなれる、ということ。
二つ目の方法より不確定要素がなく、イベントの管理が出来るだろうということ。
それから……。
「……いや」
そこまで考えて、俺は首を振った。
(これは流石にないな)
俺は強くなりたいと思っているが、こんな手段で得られる力は、俺の望んだ力じゃない。
それに、純粋に世界一の剣士を目指そうとしているルインから夢を奪うのは本意じゃない。
(……なるようになる、か)
〈魂の試練〉まであまり猶予は少ないとはいえ、全くない訳じゃない。
ひとまずはルインを育ててみて、様子を見て一番いいと思う道を選ぶしかないだろう。
「――訓練を始める前に、ルイン。お前に紹介したい奴らがいるんだ」
まずは、厄介極まりないこの新しい弟子を、ラッドたちと会わせてみよう。
果たして本物の「主人公」と出会ったあいつらは、一体どんな反応を見せるか。
恐れ半分、楽しみ半分の気持ちで、俺はラッドたちの待つ訓練場へと足を向けたのだった。
次回はラッドとルインの対決だと言ったな?
あれは嘘だ!
じ、次回こそは……