第百六話 望まぬ再会
間違って5月4日に予約してしまっていた……
――〈悲劇の王子〉レリック・ブライティス。
それが、最強の一角であるアイン王子を殺す少年の名前だった。
レリックは国王の私生児で、第一王子であるアインの弟だ。
ゲーム中では詳しい経緯は語られていないが、レリック自身が自分が王の息子であることを知らず、ゲーム開始時点では妹分のサナという少女と二人でスラム街で暮らしている。
そこを王都の闇に潜む暗殺者ギルドの連中に目を付けられ、自分とサナの待遇改善を餌に引き取られたのが彼の悲劇の始まり。
自分とあまりに境遇の違う兄への憎悪を植えつけられ、アインこそが悪だと洗脳されたレリックは、激情のままに兄を殺害する、というのが暗殺イベントの顛末だ。
ブレブレ屈指の鬱イベントの一つで、レリックを止めなければアインが死亡し、レリックは王子を殺した暗殺者として処刑される。
ではレリックを阻止すればというと、この一件をきっかけに暗殺者ギルドとの全面抗争が勃発。
最終的にはレリックは暗殺者として討たれ、「サナに……花、を……」という言葉を残して死んでいく、という救いようのなさだ。
その後、プレイヤーは暗殺者ギルドの彼の私室からレリックの日記を見つけることが出来、そこからレリックが暗殺者ギルドに騙されていたことを知る、という流れなのだが、まあ今はそれは置いておこう。
問題は、このイベントが今の時点で起こるはずがない、ということだ。
このイベントは、ゲーム後半、二年目に入ってから発生するはずのもの。
まだ、ゲーム開始から半年も経っていない今、レリックがこんな場所に現れるはずがないのだ。
(くっそ! なんでこう、次から次へと……!)
歯噛みしたくなるところだが、それでも状況は変わらない。
混乱する俺の目の前で、事態は進んでいく。
「――お前が、アイン王子か?」
突然の誰何にも、光の王子アインは動じない。
「そうだ、と言ったら?」
婚約者を庇うように前に出て、堂々とした態度で応じる。
だが、それは悪手だと俺だけは知っている。
確かに、アインはどんな相手も打ちのめせるほどの強さを持っている。
それでも、プレイヤーが介入しない場合、このイベントでアインは百パーセント死亡する。
「ダメだ、アイン……!」
本来、アインが人間相手に負けるなんてことはまずありえない。
少なくともゲーム開始時でアインを一対一で負かすことが出来る人間なんて、せいぜいがニルヴァ程度なものだろう。
だが、レリック自身もアインの弟であるがゆえに優れた素質を持ち、暗殺者として鍛えられている。
何より、相手が実の弟であることと、その存在が秘されていたことに動揺し、アインは殺されてしまうのだ。
「――だったらその力、試させてもらう!」
言葉と同時に、ローブの男、いや少年が地面を蹴る。
「くっ!」
身体は、自然と動いた。
剣を抜きざま、アインとレリックの間に躍り出る。
「レクス!?」
「下がってろ!」
驚いた声を出すアインに叫び返して、少年の一撃を受ける。
「ぐぅ!」
華奢な見た目に反して、その剣は速く、重い。
押し込まれそうになるのを、身体に染みついた剣技で何とか受け流す。
「おおおおお!!」
二撃、三撃と続いていく連撃を「レクス」の身体の記憶に従って、かろうじていなしていく。
完全に力負けしている。
だが、それ以上に違和感があった。
(なんで、レリックは剣を使っている?)
確か、レリックがアインを暗殺するのに使っていたのは毒のナイフ。
それも、かなり上等な品だったはずだ。
だが、今目の前でレリックが振り回しているのはどう考えてもスティールソード。
店売りの品で、冒険者が振るう量産品だ。
暗殺者として育成されたという人物像とも、ゲーム後半のイベントに出てくる装備という意味でも、合致しない。
(いや、それを言うなら……)
そもそもが、台詞すら違う。
「お前がアイン王子か」という台詞は、確かにゲームにあった。
だが、アインが名乗ったあとの台詞は、「ならばその命、もらい受ける!」だったはずだ。
違和感は、まだある。
この「暗殺者」の剣技は、とても対人戦に慣れているとは思えないほどに荒い。
だからこそここまで俺が立ち回れているというのもあるが、暗殺者ギルドで教育を受けたという前提を考えれば不自然だ。
明らかに肉体のスペックで負けているにもかかわらず、さほどの危機感も覚えない。
考える前に、身体が動く。
「いい加減に、しろ!」
気合一閃。
俺は自然と身体が導くままに剣を閃かせ、「暗殺者」の剣を巻き込むように撥ね上げた。
「なっ!?」
「暗殺者」の剣が弾かれ、地面を転がる。
違和感だらけの状態だったが、これでやっと、息をつける。
俺がそう思って、剣を下ろしかけた時だった。
「レクスさん!!」
切迫感を含んだマナの声に、俺は慌てて視線を上げる。
見ると、剣を失ったはずの「暗殺者」が何かを呼び込むように右手を掲げていた。
(魔法か!? いや、あれは……)
右手からすさまじい圧力が放たれ、「暗殺者」の顔を隠していたフードが外れる。
そこから覗いたのは、アインの弟、レリックとは似ても似つかない顔と、眩いばかりの銀髪。
だが、本当の驚きはそのあとにやってきた。
「ま、さか……」
掲げた「暗殺者」の右手に集まった魔力が、一つの形を作る。
それは、ゲームで何度も目にして、そしてこの世界でも一度、命を助けられた因縁の武器。
「――光輝の、剣?」
紛れもない〈勇者〉の武器が、よりにもよって「暗殺者」の手の中に出現している。
突然の出来事に頭が真っ白になり、俺は思わず動きを止めた。
しかしそれは、戦闘では絶対に見せてはいけない隙だった。
「……あ」
呆然と「暗殺者」の右手を眺めていた俺に、光の剣が一直線に振り下ろされた。
なんか思ったより短くなっちゃいましたが、にじゅゆ基準なら長い方なのでセーフ!
次回更新は明日です!