第百話 マニュアルアーツの力
作品とは欠片も関係ないんですが、昨日久しぶりに「ありふれたせかいせいふく」って曲聞いたらタイトルの意味が無性に気になって夜しか寝れなくなりました!
読み込んだ結果「日常に転がっているようなささやかでありふれた悪意とも言えない悪意が全てに蔓延してて世界がヤバイ☆」みたいな意味かなって結論になったんですけど、答え合わせに考察ググっても碌なもん見つからなかったので有識者の人いたら参考サイトでも教えてくださいお願いします何でもしますから!
向かい合う白と黒。
緊迫した雰囲気とは裏腹に、構える武器は、子供の玩具のような木剣と木盾だ。
しかしそれでも、この戦いが遊びではないと、二人とも分かっていた。
試合開始と同時に前に駆け出した俺に対して、アインは冷静だった。
俺との距離がいまだ縮まり切らないうちに、仕掛けてくる。
「――〈エアスラッシュ〉!!」
叫びと同時にアインの右手が大きく振り上げられた。
(……流石! 戦い慣れてるな!)
アインが放とうとしている〈エアスラッシュ〉という技は、片手剣ではめずらしい遠距離攻撃が出来るアーツだ。
大きく振り上げた剣を振り下ろすというシンプルな技で、振り下ろした剣から風の刃が飛び出す。
この風の刃は威力が非常に低く、当たっても硬直を発生させないことから、通常の戦闘ではあまり活用されない。
しかし、技の威力にかかわらず当たれば終わりなこの状況では有効打になりえる。
そして、この技の一番の利点はリスクがないことにある。
この勝負、甘い攻撃を繰り出してそれをパリィされてしまえば、一瞬で勝負は決まる。
だが、安全圏からの遠距離攻撃なら反撃を受ける心配はなく、何より飛び出した風の刃をガードやパリィで防がれても本人には隙が出来ることはない。
効果があれば儲けもの、失敗してもリスクがないという、実に手堅い一手。
(――だけどな!)
それは、〈マニュアルアーツ〉を考慮に入れなかった場合の話。
「――〈疾風剣〉」
技の名前を叫びながら、俺は風の刃をかいくぐるように前へ飛び出す。
「なっ!」
「アーツを撃ちながら回避を!?」
ギャラリーからあがるそんな驚きの声を置き去りに、俺は一息にアインのもとまで駆ける。
これが、〈マニュアルアーツ〉の真価。
剣の軌跡さえ確保すれば自由に移動出来るという特性に、アーツそのものの移動速度補正が乗れば、〈エアスラッシュ〉の間合いすら、もはや安全圏ではない。
「くっ! まだだ!」
だが、アインもただでやられるような相手じゃない。
「――〈パリィ〉!」
ギリギリでアーツの硬直が解けたアインは、俺のアーツの軌道を読み切って、そこに先置きするような形でパリィを放つ。
あらかじめ全てのアーツの軌道を頭に入れておかなければ取り得ない、百点満点の応手。
――しかしそれも、〈マニュアルアーツ〉が覆す。
俺は激突の直前に剣を引き、アインのパリィは無慈悲にも空を切る。
これが、〈マニュアルアーツ〉のもう一つの強み。
自動で動く従来のアーツとは違い、単に手動で剣を動かしているだけの〈マニュアルアーツ〉は、アーツの中断がいつでも出来るのだ。
「ぐっ!」
盾による振り払いはただ大気を切り裂き、失策を悟ったアインの顔が歪む。
この隙に一気に攻め立てれば、あるいは勝負は決まるかもしれない。
だが、これは〈マニュアルアーツ〉の有用性を、そして「レクス」の強さを示すための舞台だ。
俺はあえてここで武器を真横に引き、さらなるアーツを繰り出す!
「――〈シールドブレイク〉!!」
〈シールドブレイク〉は右に大きく剣を引き、左に薙ぎ払うように振り抜く力強い一撃を放つ技で、文字通り盾に対する特別な効果を備えている。
このアーツにはパリィやガードが無効となり、盾で受けた場合にはその盾を弾き飛ばす。
パリィが強いこのルールにおいては有用な手札だ。
「この、程度っ!」
こういうルールの決闘では初見殺しに成り得る技だが、アインには当然、この技の知識もあった。
盾を逃がすように上へ跳ね上げながら、アインは剣の軌道を見切って身をのけぞらせ、
「……え?」
剣から伸びた「風の刃」に身体を撃たれ、〈決闘の間〉から姿を消した。
そして、一瞬の沈黙の後、
「――それまで! 勝者、レクス・トーレン!」
騎士の誰もが呆然と目を見張る中で、俺の勝利が高らかに告げられたのだった。
※ ※ ※
セルゲン将軍によって第一戦の結果が伝えられても、騎士たちのざわつきはしばらく収まらなかった。
そりゃ、そうだろう。
騎士たちの憧れであり、完全無欠の天才であるアインが、A級とはいえ、ただの冒険者に負けたのだから。
(ざまあみろ! やったぞ、レクス!)
おそらく、ここにいる騎士たちのほとんどが、アインの勝利を疑っていなかっただろう。
しかし、俺は勝った。
それも、誰もが明確に勝負の明暗が分かるようなやり方で。
名声がありすぎるというのも面倒だと分かったが、それでもレクスがアインより下だと見られているのも、なんとなく癪だった。
少なくともこれで、「レクス」のことを侮る人間はいなくなるだろう。
「――やられたよ。まさか、最後の〈シールドブレイク〉がブラフだったなんてね」
満足げに笑う俺のもとに、アインがやってくる。
どうやらこの場でアインだけは、自分の敗因がきっちりと理解出来ているようだった。
「流石だな。もう気付いたか」
「自分で受けたんだから、分かるさ。最後の一撃は、本当は〈エアスラッシュ〉だったんだろう?」
アインがそうネタバラシをした途端に、周りの騎士たちがふたたびざわついた。
……これが、〈マニュアルアーツ〉の三つ目の利点だ。
風の刃を放つアーツである〈エアスラッシュ〉と、相手の防御を弾く〈シールドブレイク〉のアーツ。
この二つの技は全く別の性質を持つが、アーツの軌道自体は非常に似ている。
どちらも大きく剣を引いてからその軌跡をなぞるように剣を振る技であり、その違いはどの方向に剣を引くか、ということ。
つまり、自由に角度を調節出来る〈マニュアルアーツ〉なら、〈シールドブレイク〉のように〈エアスラッシュ〉を放つことも、〈エアスラッシュ〉のように〈シールドブレイク〉を放つことも、どちらも容易なのだ。
「わ、技の名を騙るとは! 卑怯な!!」
その時、立ち合いを見ていた騎士の一人から、そんな声があがった。
その言葉を皮切りに、俺を非難する言葉がぽつりぽつりと湧いて出る。
「あのな。言っておくが――」
一応反論しておこうと、俺が口を開いた瞬間だった。
「――静まれ」
それは殊更に大きな声でも、威圧的な声でもなかった。
だが、その底冷えするようなアインの声が響いた瞬間、騒いでいた騎士たちは、一瞬で静かになった。
「分からないかい? レクスは僕らに、わざわざ貴重な戦術を教えてくれたんだ。実戦で使われる前にこのトリックの存在を知れたことに、僕らは感謝するべきだ」
「も、申し訳ありません」
最初に声をあげた騎士は、アインの鋭い眼光に、成す術もなく頭を垂れた。
(こ、こえぇ……!)
その迫力に俺は顔に出さずに震えていたが、アインはすぐに興味を失ったように騎士から視線を逸らすと、こちらに向き直る。
「ふふ。楽しいね。それが〈マニュアルアーツ〉。それが〈マニュアルアーツ〉の戦い方か」
その顔には、さっきまでのような楽しそうな笑みが浮かんでいた。
あれだけの技と有用性を見せつけても、いまだにアインの心は微塵も折れていない。
それを理解した俺は、不敵な笑みと共に剣を構えた。
「こんなもんじゃないぞ。〈マニュアルアーツ〉には、もっと多くの可能性がある」
そんな大口を叩いても、それを軽視する者はもうこの場には誰もいない。
アインはその言葉に心の底から嬉しそうに笑って見せて、
「いいね! もっと見せてくれ! 君の力、〈マニュアルアーツ〉の力を!」
そうして、二度目の戦いが幕を開けた。
※ ※ ※
(攻めあぐねている、か?)
試合は始まったものの、第一試合よりアインの動きは硬い。
距離が開いている間も先程のように〈エアスラッシュ〉を撃つこともせず、どこか攻め手に迷っているように見えた。
(まあ、正解ではあるけどな)
ただ、俺としては相手がアーツを使った隙こそが、一番のチャンスだ。
オートで放つアーツは動作がキャンセル出来ない上に、軌道を読んでいればパリィやガードを入れることも容易い。
こちらから仕掛けるメリットは、あまりないのだ。
(もちろん、アインだってそりゃ分かってるだろうが)
果たしてどんな手を打ってくるか。
割り切ってアーツを封印されるのが一番やりにくい気もするが、そこまでの思い切りがあるかどうか。
じりじりとしたにらみ合いの時間が続き、しかしそこで、アインの瞳に決意の光が灯る。
「……ふっ!」
意識の隙を突くような歩法。
ほんの半瞬、反応が遅れた隙に、俺はアインの間合いに入り込んでいた。
驚く俺に、アインは乾坤一擲の一撃を仕掛ける!
剣を持った右手を思い切り真横に引く、あの動きは……。
「――〈シールドブレイク〉!」
俺がブラフに使った、盾崩しの妙技。
(ここでこの動きは流石! だが!)
俺だって、主要なアーツの軌道は暗記している。
盾を軌道から逃がすようにしながら、余裕のバックステップで軌道から身体を逃がして、
――そこで、アインが口元に浮かべた笑みに、気付いた。
ぞわり、と背筋が震える。
俺を狙う剣の軌道、それが、あまりにも先程の自分の剣の軌跡と似すぎていることに気付いた瞬間、俺は全力でアーツを発動していた。
(――〈疾風剣〉!!)
刹那の思考。
盾を引き戻すのは、もう間に合わない。
アインの剣から飛び出した「風の刃」が俺の身体にぶつかる直前に、引き戻した剣を何とか割り込ませ――
「…………は?」
次に気が付いた時には、俺は地面に転がっていた。
(なに、が……)
握っていたはずの木剣はすでになく、左手に残った盾だけが、これまでの出来事が白昼夢ではないと教えてくれている。
右腕の痺れと、背中の鈍痛を無視して、身体を起こす。
ぼんやりとした意識の中で、遠くには、リングの中央で堂々と剣を掲げる王子の姿が見える。
見物の騎士たちの、ワアアアアという歓声が、俺の鼓膜を揺らす。
そして、
「――それまで! 勝者、アイン・ブライティス!」
高らかに張り上げられるその声に、俺はようやく、自分が負けたことを知った。
※ ※ ※
時間が経ち、思考がはっきりとしてくると、状況の異常性に今さらながらに気付く。
(俺は確かに、アインの〈エアスラッシュ〉が当たる瞬間、〈疾風剣〉を割り込ませた。なのに……)
本来であれば、ありえないこと。
だが、状況から考えれば、答えは一つしかない。
「弾き飛ばされた、のか? 割り込ませた剣と、俺の身体ごと、この、場外まで……」
俺はふらふらとよろめくと、数メートル先に転がった木剣が転がっているのが見えた。
(これ、が……三倍の腕力差)
アインが使ったのは、〈エアスラッシュ〉。
しかも威力が比較的高い剣部分ではなく、ほとんどオマケとも言えるような威力しかない「風の刃」。
それに対して、それなりに威力のあるはずの〈疾風剣〉を使って押し負け、あまつさえ場外にまで飛ばされた。
「は、ははは……」
口から、乾いた笑いが漏れる。
あまりにも理不尽な、その戦力差。
しかし、まだ納得の出来ないことがある。
――あの時アインは確かに、マニュアル発動で〈エアスラッシュ〉を使った。
まさか、俺と会う前から、アインは〈マニュアルアーツ〉の練習をしていたのだろうか。
俺の知る限り、アインはそういう嘘をつくようなタイプではない。
しかし、そうでなかったら一体……。
そんな風に思ってアインの方へと視線を戻した俺は、さらなる絶望の光景を見ることになる。
視界の奥、アインの剣が光り、そして……。
「――〈疾風剣〉」
アインの剣が、大気を切り裂く。
「う、そ……だろ」
それは確かに、マニュアル発動された〈疾風剣〉。
それも、俺が最初の試合で使った軌跡をそのままなぞるような、完璧なもの。
「うーん。やっぱり一度見ただけだと再現も難しいね」
そうして呟かれた言葉に、俺はやっと真実を知る。
――天才、という言葉の意味を、初めてここで理解した。
アインは別に、〈マニュアルアーツ〉の使い方を以前から学んでいた訳ではなかった。
ただ、俺が試合中に使うのを見て、その使い方を覚えただけのこと。
「……は、はは。そんなの、チート、じゃねえか」
もはや俺には、自分がどんな表情をしているのか、分からなかった。
そんな俺を見て、リング上のアインは、不思議そうに首を傾げる。
「レクス? まだ試合は終わってないよ。最終戦を始めよう」
そして、笑う。
無邪気に、残酷に。
何の他意も悪意もない、そんな完全無欠な笑みを俺に向けて……。
「――楽しみだなぁ。次は一体、どんな技を見せてくれるのかな?」
その瞬間、俺の心が折れるのが分かった。
カラン、と左腕から盾が落ちる。
――勝てない。
あの〈エアスラッシュ〉ですらあの威力なら、もしアーツとアーツがぶつかった瞬間、俺の武器は弾かれ、さっきのように俺は場外まで飛ばされるだろう。
俺が勝つには、攻撃同士を絶対にかち合わせないようにしながら、アインの身体に攻撃を当てるしかない。
だが、〈マニュアルアーツ〉という唯一俺が持っていたアドバンテージはもはやない。
それどころか、俺が一つ技を見せる度に、アインはさらに強くなる!
「……レクス?」
俺は無言で、盾と剣を拾って、装備入れまで向かう。
(……考えてみれば、無理に戦う必要なんてないんだよな)
この戦いは、ニルヴァの時のように、特別な賞品がある訳じゃない。
最初の一戦で、〈マニュアルアーツ〉がいかにすごいかということも、俺がどれほどの使い手なのかということも、騎士団の連中には伝わっただろう。
だから、俺の目的はもう達成されている。
むしろ、二戦目で下手に俺が勝ったりしてしまったら、王子に心酔している様子の彼らに禍根を残したかもしれない。
「よ、っと」
訓練用の装備の列に手に持っていた盾を投げ入れ、俺は心の中でうなずいた。
アインだって、全く分別がないような奴じゃない。
第三戦をやらずに、引き分けのまま終わりにしよう、と言ったら引き下がってくれるだろう。
ああ、絶対に、それが一番いい!
心の中で結論を出した俺は、木剣入れに乱暴に左手を突っ込んだ。
そうして軽い足取りでリングの前に戻ると、
「悪いな」
とアインに頭を下げる。
「……へぇ? それは、どういうつもりかな?」
アインが不思議そうに尋ねる。
まあ、そりゃあ俺の格好を見ればそう言うのも当然だろう。
だから俺は、胸を張って答えた。
「――だって、武器は自由なんだろ? だったら剣が二本でも問題ないはずだ」
そう口にする俺の手には、さっきまでの剣と盾ではなく、剣と剣。
つまりは、二刀流になっていた。
さっき俺が装備入れに向かったのは、要らない盾を戻してもう一本の剣を手に取るため。
当然、試合放棄なんてする訳がない、続行だ。
確かに、ここで戦うメリットなんて何もないし、引き分けにして得られるものもあるだろう。
それでも俺は戦うし、アインに勝つ。
なんで得もないのに戦うか?
そんなの、言うまでもないだろう。
――だって、負けると悔しいからだ!!
今後のこととか、〈マニュアルアーツ〉の可能性を見せるとか、そんなのはもうどうでもいい。
俺は、俺のためにこの試合を戦って、こいつに勝つ!
「……へへ」
過去最高にしょうもない理由で剣を握っているのに、なぜだか今までで一番の闘志が湧いてくる。
余裕ぶったこいつをぶっ飛ばす、その一心で、剣を強く強く握り締める。
そうして、
「――第三戦、はじめ!!」
運命の最終戦が、始まった。
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