茜さす日
かつて、夏目漱石が"I love you"を「月が綺麗ですね」と訳したという。
なら、僕は君に「太陽が眩しいね」と言おう。
そしたら君は何て言うかな?
「えー、眩しくないよー!だってもう夕方じゃん」って笑って言うんだろうな。
「千たびなげきて 恋つつぞ居る」なんて言ってくれたならば、僕は、
「死んでもいい」
のに、な。
「ん?」
独りごちたつもりが、声に出ていたらしい。
「ううん、何でもないよ。」
顔を上げると、振り向いた彼女と目が合った。
微笑む彼女にはやっぱり夕陽がよく似合う。
彼女の色白の肌を赤く染め上げた太陽を恨みたくなった。いつにも増して彼女の表情は艶っぽく、ドキリとする。
彼女から目をそらし、武蔵野の街並みに目を向けた。高台のここからは、徐々に茜色から紫檀色へと変幻していく様子が一望できる。
墨で汚された雲に梔子色の羽が彩を加えていく。幻想的な風景が僕を異様な空間にひきこんでくる。玲瓏たる陽光が彼女を暖かく照らし出した。
ふわりと黒髪が浮き上がり、甘く妖艶な匂いが鼻をくすぐる。僕はこの陶酔境に浸りきっていた。
輪郭を光でなぞられた彼女は、淡く儚く、今にもどこかに浮いていってしまいそうでーーー。
「どうしたの?」
「っ・・・!」
彼女の声で我に返る。俺は、今、何をしようとした?慌てて伸ばしていた手を引っ込める。
「あ、い、いや、その、む、虫がっ」
僕はもごもごと口の中で言い訳らしきものを呟くも、彼女は、目を細めただけだった。
あ、怒らせた?やばい、どうしよう。
これじゃあ、"忍ぶれど 色に出にけり わが恋は 何を為すと 君の問ふまで"だよ。
俺のバカ!今まで必至で築き上げてきた信頼が・・・。
「ねーあの雲、可愛くない?綿あめ見たいだよ!」
「あー、うん、可愛いと思うよ」
「ねー、見てないじゃーん!もぉー、どこ見て言ってんの?」
ふふって笑っている君にさらりと言えたならいいのに・・・。いや、こんなこと思うなんて今日の僕はどうかしている。
彼女には男の僕でも惚れそうな彼氏がいるんだから・・・。二人で仲良く歩いている姿が脳裏に浮かび上がる。背が高くて顔も整っていて大人な雰囲気の彼だった。
はぁ。戒めに黄色の服を着てきたというのになんの効果もない。取り繕うように、
「見てたよ!あの雲だろ?」
なんて指さしてみせれば、大きく透き通った目を丸くする彼女。
「えー、うそ!?なんでわかったの?絶対見てなかったのにー」
不服そうに唇を尖らせていたかと思うと、突然悪戯っぽく微笑んだ。
「あ、てか、そこは『君を見てたよ』とか言ってくれてもいいんじゃないのぉ?」
「なっ!そ、そう言うのは、彼氏に頼みなよ!」
顔の火照りが夕映えで誤魔化されていることを願いながら言い返す。
「ふふっ、なーに照れてんの?意気地ないなー」
「照れてねぇよ!太陽のせいだろ。つ、つか、彼氏とは順調なのか?」
「へっ?私、彼氏なんていないよ?」
「は、はぁ!?だってこないだ、背の高い男と歩いてたよな?」
「・・・こないだ?あー、もしかして、お兄ちゃん?お母さんの誕生日プレゼントを選んだ時を見かけただけだと思うよー」
「あ、そうなんだ、」
よかったって言いそうになって慌てて口をつぐむ。"思ふとも 恋ふとも言はじ"じゃなかったのかよ、俺!
「私に彼氏がいなくて安心した?」
このニヤニヤを見ると、もしかして、いや、もしかしなくても俺の気持ちバレてる?
頭の中がショートしていく。
え、いつから気づかれていたんだ?最初からだとしたら、恥ずかしくて仕方がない。
あれ、でも、待てよ。バレててこの行動ってことは・・・。いや、はやまるな、俺!
冴えない俺なんか相手にするわけがない。
友達としてが関の山だろう。
あー誰か正解を教えてくれ!!
「・・・。」
「黙ってないで何か言ってよー!」
せっかく勇気出して言ったのに・・・。
ボソりと聞こえたその言葉が信じられなくて勢いよく顔を上げる。
「それって・・・?」
スッと目を逸らされるも、意を消したように上目遣いで見つめてきた。ゴクッ。
生唾を飲み込んでカラカラの口を開く。
「紫、綺麗だよ。」
彼女の色白の肌を紅に染め上げているのが自分だと思うと、太陽に感謝したくなった。
"恋ひしけば 袖も振らむを 武蔵野で 入り日の光に 見せつけむ"ってね。
まあ、太陽には恨まれそうだが。それもいいか、散々ヤキモキさせられたんだから。
月が綺麗ですねを太陽で出来ないかなと構想したものです。
梔子色は、黄色で口無しという意味があり、男の子の何も言うまいという想いを表したものです。またラストの紫には太陽を表す意味もあります。少女の名前がゆかりのため太陽が似合うと男の子は言っています。
伝わりにくかったと思います。すいません。
読んでくださりありがとうございましたm(*_ _)m