会議
「冒険者になろうと思う」
人手不足であった村の現状を回復させて村人全員を信者にしてから約一週間。緋陽は皆を集めてそう口にした。
「あの、神様がですか?」
「ああ」
猫耳の少女、キャルが挙手をして尋ねると緋陽は頷いて肯定した。
「理由を教えて頂いてもよろしいですかな?」
リックが神自身がどうして冒険者になろうなどと考えに至ったその理由を問いかける。
「シャン達のおかげで村は現状はほぼ回復して、ティリアのおかげで財政的余裕もある。奴隷商であるスレイからはシャン達の家族の捜索の他にも人材に斡旋を既に頼んでいるから現状では村にこれ以上の改善は無いに等しい」
「村の規模を広げる、というのは?」
「今のままでも余裕がある。村の規模を広げるのはもう少し住人が集まってからでも遅くはない」
ティオの案に即座にそう答えた。
「シャンから神同士のゲームの話を聞いて思った。信者を賭けるそのゲームに参加するつもりはないけど、万が一に参加しなければならない時があるかもしれない。なら、今の内に戦力を増やしておいたいい」
「つまり、神様は戦える人を信者に招き入れる、ということですか?」
「ああ、今は君達や村人達だけ。流石に子供やお年寄りにまで戦いを強制させるわけにはいかないから戦える人を信者に招き入れようと考えている」
「それで冒険者に目を付けた、と?」
頷いて肯定する。
「それでしたら神様が冒険者になる必要はないのでは?」
「俺がたんにやってみたいという気持もあるけど、冒険者だって信者になる神の人柄を知ってもらう必要がある。信頼関係を築くには俺も冒険者となって共に動いた方がいいからな」
緋陽の説明に一同は納得するように頷く。
これからの先のことまで考えての提案に納得しながらもどこか不安に思うこともある。
万が一に神である緋陽に何かあったらと思えば止める方が正しい。
しかしその不安を緋陽自身が一蹴する。
「安心してくれ。ティリアも同伴させる。それに新しく頼もしい仲間もいる」
緋陽は自分の膝の上に座っている水色の髪をした幼女の頭を撫でる。
幼くも整った容姿は人形のようにきめ細かく造形が深い。一種の芸術品のようなどこか幻想的な雰囲気を醸し出している耳の尖った幼女。
「水の精霊であるウンディーネ。この子も一緒に連れて行く。ティリアもいれば万が一も起こることはない筈だ」
「お任せ下さい。マスターの身は私がお守りします」
「ああ頼む」
強力かつ頼もしい従者を連れての冒険者活動。そのことをこの場にいる全員に伝える。
「村の方は現状維持ですか?」
「一応そのつもりだ。だけど、発展したいことがあれば取り入れてもいい。ああそうだ。ハック、養蜂の方はどうなっている?」
「はい。先日にレイラが箱を作ってくれましたので今は蜂の捕獲と飼育を試みてます」
狐耳の少女、ハックが養蜂の現状について報告し、その隣で座っている褐色肌の少女、レイラが頷く。
「そうか。まぁ、こればかりは始めたばかりだし様子見だな」
「すみません、養蜂ってなんですか?」
「蜂の巣からは蜂蜜が採れるだろ? 養蜂は簡単に言えば蜂を自分達で飼育して蜂蜜を採ることだ」
緋陽の言葉にざわめく一同に緋陽はできる限り噛み砕いて養蜂について説明する。
蜂は狭い場所に巣をつくる習慣があり、それを利用して巣箱を作る。そこに蜂を住まわせて蜂蜜を採取する。
「上手くいけばこの村の特産品にする予定だ。定期的に蜂蜜が採れれば結構需要になると思うし、失敗すれば別の方法を試すだけだし」
後、俺が好きだし。という理由で養蜂に必要な巣箱の作製を鍛冶が得意とするレイラに頼んで作って貰った。
その説明をして主に女性陣はゴクリ、と生唾を飲み込み、立ち上がる。
「絶対に村の特産品にしましょう、いえ、してみせます!」
「私達も自分達の仕事が終えれば手伝います!」
「絶対にいい蜂蜜を手に入れてみせます!」
「蜂蜜は私達にお任せください!!」
「お、おう………………………」
絶対に蜂蜜を手に入れる、という女性陣のやる気に若干引いた。やはり、世界問わずに女は甘いものに目がないのだろう。
手を取り合う女性陣の結束。その結束力は堅牢。
それが頼もしく思いながらも話が進まないので養蜂のことは女性陣に丸投げ、任せて次に進む。
「養蜂の件は主に村の女性陣に任せる。それで話を戻すけど俺が冒険者となっている間は村の判断はリックさんに任せます」
「お任せ下されぇ」
「数日おきにはこの村に戻ってくる予定にしている。緊急の案件などがあればその時に教えてくれ。万が一にも急ぎの要件だった場合は皆で話し合ったうえで行動するように」
『はい!』
「それから―――」
この場にいる全員で村についての要望や意見などを話し合いながらこれからの事について会議する今のこの光景が社畜時代に重苦しい会議を思い出してしまう。
まぁ、自分と村長を除いて女性陣が多いので目の保養にはなるけど………………。
村長も笑みを作って親指を立ててきた。考えている事は同じだったらしい。
男として親指を立てて返答した。
会議が終えた次の日の朝。緋陽はレイラの工房に訪れた。
街の職人に依頼して作って貰った鍛冶場。熱が籠るその工房の主であるレイラは以前に頼まれていたものを緋陽に渡す。
「おおっ………………」
感嘆の声をあげる。緋陽は冒険者として身の安全を守る為に武具の作製をレイラに頼んでいた。
日本人に馴染みある日本刀。銀色の輝きを放つ軽装。日本では完全にコスプレの姿だがこの世界では常識の装備姿に思わず大人になる度に失っていく少年心が蘇ってくる。
「どうでしょうか?」
「ああ、完璧だ」
満足している緋陽にほっと一息つく。
「手入れの仕方もわかったし、壊れたりしたらまた新しいのを作ってくれ」
「お任せください……………でも、私が作るものよりも街の職人が作ったものの方が見た目も性能もいいと思うのですけど」
「こういうのも信頼関係が大切なんだよ。顔も知らん相手よりも俺はレイラが作ってくれたものの方が信頼いる。腕に不安があるのならこれから努力すればいいだけの話だ」
「はい! もっと良いものを神様にお渡しします!」
「頼む」
破顔の笑みと共に心に熱を燃やすレイラは更なる技術の向上を目指す。
「さて、と。では行きますか」
「はい」
「……………………んっ」
自分の従者であるティリアとウンディーネと共に冒険者になる為に街へ向かう。