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世界が壊れていくのは、魔法のせいかもしれない  作者: 圭沢
第一部 新天地と奇跡の癒し

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09話 サシャの癒し(後)

本話の後半に、血に関する強め?の展開があります。

R15の描写範囲に収まるよう配慮しておりますが、苦手な方はご注意ください。

「……でも、他の人はダメだったね」


 どうにか親子を救えたサシャがふと顔を上げれば、周囲には見るも無残な亡骸が至るところに横たわっている。喜びの気持ちも一転する、やるせない光景だった。


「ああ。だが、二人救えただけでも奇跡だ。よく見てみろ、魔獣に襲われたのはかなり前だ。おそらく他の面々が魔獣どもに貪り食われている中、その親子は我々が来る直前までそこの馬車の中に隠れていたに違いない。けれども嗅ぎつけられ、引きずり出されて――」

「――その時の声が、こっちに聞こえたと」


 シルヴィエの推測にため息を漏らしたサシャが、簡潔に最後を引き取った。

 状況を見ればほぼ間違いなくそのとおりだった。この場のひどい荒れ具合、親子のいた場所、そして親子とその他の被害の差。惨劇と魔獣の饗宴は、おそらくサシャたちが突入するだいぶ前に幕を開けていたに違いなかった。


「はあ、どうせならもう少し早くここに来たかったよ」

「言うな、仕方のないことだ。それより二人救えたことを誇れ。そうだろう?」

「……うん、そういうことにしておく。そんな時代だよね」

「ああ、そんな時代だ」


 二人の間に、しばしの沈黙が流れる。


 主神である天空神クラールが眠りに就いて数千年。

 人々を癒してくれる治癒神ゴザを始めとし、魔法使いに力を貸してくれる新世代の神々は多く降臨してきてはいる。けれど、世界が急速に終末へと向かっているのは、この時代に生きる誰もが肌で感じていることだった。


 慢性的な異常気象、魔獣の爆発的な増加にたび重なる地震や噴火。大陸の南では奈落と呼ばれる暗黒に国がいくつも飲み込まれて消えているというし、日照時間すらどんどん短くなり、今や一日の三分の二が夜というありさまだ。農業を主としていた人々の食糧生産は壊滅的に破壊され、各国の軍隊は魔獣との終わりなき戦いに崩壊寸前。


 ここザヴジェルこそまだ文明水準を維持しているものの、無政府状態に陥りつつある国も出始めているという。もういつ何が起きてもおかしくない、そんな時代だった。


「だあー、あ?」


 と、サシャたちの重くなりはじめた沈黙を破ったのは、赤子の喃語だった。

 未だ抱きしめ続ける母親の腕の中から、小さな小さなその手をサシャに向かって伸ばしていたのだ。


「お?」

「……ふふふ、可愛らしいじゃないか。これがお前が救った命だ。違うか?」


 シルヴィエのその言葉に、しんみりと頷くサシャ。

 少なくとも、この親子はすぐそこまで迫っていた死の運命から揃って救えたのだ。そう思うとなんだか自分が救われたような気がしてくるから不思議だ。サシャは改めて、母親の腕の中で確かに生きている赤子を優しい目で眺めた。


「あは、こっち見てるねえ」

「おお、笑ったぞ! 実に、実に可愛らしいな! なあ、なぜサシャばかりを見ている? 少しくらい私に笑いかけてくれても良いとは思わないか?」

「あはは、たぶん癒しを受けたのが分かってるんだと思うよ? ちょっと見境なく力を注いじゃったし」

「なんと、そういうものなのか。神の癒しには初めて接するが、確かに素晴らしいものだったからな」

「うーん、一般的な神の癒しとはちょっと違うんだけどね……」


 そう、それはサシャだけ――それともしかしたら、サシャの強い癒しを受けた人だけ――が分かる小さな秘密だ。


 神殿で行われる正規の神の癒しは、祭壇での祈りや儀式を通じ、治癒を司る神ゴザの力を借り受けてその力で行うもの。対してサシャが施す癒しは、サシャ自身の中にある青い泉のようなものを消費して行っているのだ。


 かつてサシャが癒しをしたある老人が、サシャの中に神を見たと騒ぎはじめたこともある。天空神クラールがそこにいて、自分に不老不死の加護を授けてくれたと言うのだ。


 さすがにそれは大げさだったし、実際その老人は半年後に老衰で死んだ。


 けれども――サシャは考えることがある。もしかしたら自分の癒しは、一時的にだけど弱いその手の加護のようなものを与えているのかもしれないんだよね、と。


 その証拠に。


 サシャは自らの左頬をそっと撫でた。

 そこにあるのはいつものどおりの滑らかな肌だ。けれどもサシャは知っている。この場に飛び込んだ時、最後の木立の枝が掠めてそこに長い切り傷を作っていたことを。


 その傷が、この僅かな間に跡形もなく治ってしまっている。

 それは孤児のサシャに生まれながらにして備わっていた、たぐいまれなる自己治癒力だった。


 ちょっとした怪我ならものの数秒で治ってしまう、人系種族にはあるまじき驚異的な再生力。サシャが天涯孤独の孤児の身にして独力で成長してこれた理由の半分が、まさにこの凄まじいまでの自己治癒力のお陰だった。


 同じ能力を持つとある種族は、数千年を超えて生きる者もあるという。不死とまではいかないが、彼等の長寿の理由のひとつがその驚異的な治癒力だと言われている。


 そして癒しを行う時、つまり、身体の中の青い泉を消費して相手に施す時。


 もしかしたら自分のそんな治癒力を、一時的な加護として相手におすそ分けしているのかもしれないんだよね――自らの癒しについて、内心でそんな風に考えているサシャであった。


「――どうしたサシャ、神妙な顔で頬なんて撫でて?」

「あれ、ごめん。ちょっとぼうっとしちゃった。さっきの癒しで少し疲れちゃったかも」

「ああ、あれだけの癒しをしたのだ――って、血がついているじゃないか。怪我したのか?」

「ん、たぶん返り血じゃないかな。もしくは、怪我してたとしてもさっきの癒しで一緒に治っちゃったか」


 それはサシャが口にし続けてきた、自らの治癒力をごまかす時の常套文句。同じ能力を持つ件の種族はちょっとした嫌われ者なだけに、これまでもサシャはそんな治癒力を持つことをひた隠しにしてきたのだ。


「……そうだ、そろそろボリスさんたちを呼んできてもらっていい? こっちはこの二人を見ておくから。ちょっと疲れちゃって、あんまり動きたくないんだ」

「そうだな、向こうもいい加減心配しているだろう。私が説明がてら呼んでくるから、サシャは座って少し休んでおけ。二人は頼むぞ。……さっきも言ったかもしれないが、もう一度言っておく。素晴らしい癒しだったぞ」


 そう言い残して颯爽と駆けていく美貌のケンタウロスの後ろ姿を、サシャは若干の胸の痛みと共に見送った。


 自分の治癒力については無事ごまかせたが、隠し事は苦手なのだ。いつか打ち明けられる日がくるといいな、そう願うばかりである。


 それと、とサシャは思う。


 確かにシルヴィエは美人でカッコイイのだが――下半身が馬であることはもうあまり気にならなくなっていた――、惜しむらくは最後の台詞は自分を見て言ってほしかった、と。


 残念なことに、彼女の視線はずっとチラチラと赤子に引き寄せらっぱなしだったのである。まるでそう、彼女がオットーの魅惑の犬耳を隠れ見ている時のように。


 見た目も発する言葉も凛々しい女騎士なのに、内心はかわいい物好きの乙女なことが丸わかりのシルヴィエ。やっぱり同志なのかなあ、サシャはそう幾許かの親しみを込めて微笑むのだった。


 そして。



「……はあ、今のうちにやっておくか」



 そうひとりごち、サシャはゆっくりと立ち上がった。


 癒しをして疲れた、それは嘘ではない。

 元々長い船旅で全然補充をしていなかったことに加え、親子の危機に後先を考えずに全力で癒しを行ってしまったお陰で、その源泉たる身体の中の青い泉はかなり減ってしまった。全身を緩い倦怠感が包んでいる。


 そしてもうひとつ、もっと明確な症状が出始めていた。

 ここは惨劇の現場。あえて気にしないようにしていたが、周囲には濃密な血の匂いが立ち込めている。それが、彼を強烈にいざなうのだ。泉を補充しろ、渇きを癒せ、と。


 減ってしまった青の泉は、勝手に増えるわけでない。減ったら補充しなければならない。そういった意味では、サシャの癒しの唯一の代償がソレなのかもしれなかった。


「……やらなきゃ、いつまで経っても変わらないし」


 経験上サシャは知っている。

 どんなに食べ物を腹が膨れるほどに食べても、どんなに長々と眠っても、身体の中の泉は一切回復しないのだ。それを補充する方法はただひとつ。


「ウルフ系は癖が強くて好きじゃないんだよなあ……しかも、なんだか大変なことになってるし」


 サシャが嫌そうに見つめるのは、周囲に転がるフォレストウルフの死骸だ。彼が斬り捨てた数倍の数をシルヴィエが倒してくれたようだが、それは今は関係ない。


「早くしなきゃみんな来ちゃうけど、こっちの女の人は今にも目覚めそうだけど……はあ」


 よほど嫌なのか、内心の愚痴がダダ漏れになっているサシャ。最後にひとつ、大きく息を吸って背筋を伸ばした。


「でも、シルヴィエも言ってたじゃないか、素晴らしい癒しだったって」


 そう自分に言い聞かせるように口に出し、サシャはゆっくりと足元の魔獣に手を伸ばしていく。


 そう。

 ソレこそがサシャの癒しの代償。死んだ魔獣の血を口にすることによってのみ、癒しの源たる体内の青い泉を補充できるのだ。赤子以外は誰も見ていない。チャンスは今しかない。


 この耐えがたき渇きも、全身を包む倦怠感も、ソレをして泉を満たしてしまえばすぐに消えてしまうものだ。何より、また癒しが使えるようになる。仕方のないこと、親子を救った代償、これからも誰かを癒せるようになる対価なのだ。


「やらなきゃ、ダメだよね……」


 眼前に転がる、幾つものフォレストウルフの死骸。

 このままにしておけば、きっとそのまま土に還るそれ。その前にサシャがちょっとその一部を拝借しさえすれば、また何人もの怪我を癒せるようになるのだ。



 ――普通の人系種族は持ち得ない、驚異的な自己治癒力を持っているサシャ。



 この広い世界には、同じ能力を持つ有名な種族がひとつだけある。それは、ヴァンパイアだ。


 普段サシャは孤児だった自分のことを、人とヴァンパイアとあと何かの混血なんじゃないかなあ、と考えていたりする。ヴァンパイアが他者を癒せるとは聞いたことがないから、人とヴァンパイアと、あと何かよく分からない種族の混血。


 それは良いこともあれば悪いこともあって、癒しができたり、ちょっと信じられないぐらいの身体能力や自己治癒能力があるのは良いことの方。


「けど、なんでよりによってコレなのかなあ……」


 悪いことはずばり、そんな癒しの対価がなぜかヴァンパイアの悪名高き代名詞である、吸血だということ。対象が人でないだけマシかもしれないが、死んだ魔獣だって充分にひどい。


 救いなのは、ヴァンパイアの他の有名な特徴は混血のサシャには備わっておらず、食事も普通で良いし、日光を浴びても何の問題もない。人として普通に生活したり、神父の格好で十字架を身につけたりすらできるのだが――



「うげぇ……何度やっても最悪ぅ。好きになれないどころか、回を重ねるごとに嫌いになっていくよぉ……」



 涙目で魔獣の死骸を持ち上げ、手短に身体の中の泉の補充を済ませるサシャ。

 孤児だった幼き頃は間違いなく生存の重要な鍵であったソレは、今となってはサシャが最も嫌いなもののひとつである。


 けれども、これでまた誰かを癒せるし、救えるかもしれない――目尻の涙を拭いつつ、そう考えて少しだけ前向きな気分を取り戻すサシャ。


 少し離れた場所では、そんなサシャを赤子がきゃっきゃと声を上げて楽しそうに眺めている。その声につられてついに母親も目を醒ましそうだ。


 そう。

 少なくともこの二人はそのお陰で救えたのだ。


 木立の向こうからは、シルヴィエの蹄の音と二台の荷馬車が急ぎ近づいてくる音が聞こえてきている。


 奇跡の如き神の癒しを使った混血の若者は、元気いっぱいの赤子に「ナイショだからね」とどこか疲れた顔で微笑みかけるのであった。





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