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世界が壊れていくのは、魔法のせいかもしれない  作者: 圭沢
第一部 新天地と奇跡の癒し
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07話 新たな仲間たち

「……ってことなら、遅くならないうちにとっとと出発しちまおうか。最近はますます日が短くなってきてるからな。いいかいオットーさん?」


 脳内のザヴジェル賛美が止まらないサシャをよそに、ボリスとオットーの話はどんどん進んでいる。


「ええ、そうしましょう。言われてみれば来た時も到着は日没ギリギリでしたね。もうじき夏だというのに、最近じゃ六の鐘前にはもう暗いんですから」

「まったくね。……神父さん、悪いが残りの面々の紹介は進みながらにしよう。とりあえず俺の方の荷馬車の馭者席に座ってくれ。神父さんは小柄だからな、詰めれば二人座れるだろ。それでいいかい?」


 そう言って小さい方の荷馬車の馭者席を指すボリスに、ようやく我に返ったサシャは勢いよく首を横に振った。


「あ、気にしないで。歩くよ。お昼までにお腹を空かせてアレをより美味しく……いやいや、長い船旅で体がなまって変な感じだし」

「くくく、そうかい。それならそれで、こっちとしては助かるけどな。ま、疲れたら遠慮なく言ってくれ。じゃあ出発するぞ!」


 声を張り上げて馭者席に飛び乗ったボリスの目は、既に街の外に伸びる街道へと向けられている。限られた日照時間を有効に使うのは、この終末世界に生きる人々共通の関心事だ。


「いざ、冒険の世界へ!」


 サシャの勇ましい掛け声には残念なことに誰も乗ってこなかったが、その程度で本人の上機嫌が損なわれることはない。かくしてペス商会の一行は隣街ファルタに向け、足早に動き出したのである。




  ◆  ◆  ◆




「あらよっと」


 街道に出てわずか二百メートル。

 早速道端の茂みから飛び出してきた薮鼠ブッシュラットの群れを、瞬く間にサシャの双剣が斬り捨てていた。


「おお、やるじゃねえか神父さん」

「なんのコレぐらい……っと。よし、今ので最後かな」


 意外、という眼差しで見詰める一同に、サシャは双剣を背中に戻しながらニカッと笑いかけた。

 彼にしてみればブッシュラットは底辺も底辺の魔獣。この程度なら生国アスベカの傭兵なら誰でも出来る。そんな手頃な獲物がちょうど目の前に飛び出してきたこともあり、好待遇に報いるためにも率先して動いてみたのだ。


「怪我した人いる? どんどん癒しちゃうよ」


 そしてサシャの仕事はもうひとつ、怪我人を癒すことだ。

 本国では異端認定された彼の癒しだったが、その審問官は遥か彼方。しかもザヴジェルでは神殿が潰れる寸前という宿の女将の情報もあり、この先で待ち構えている昼食の件も併せ、サシャは俄然やる気になっている。


「怪我した人いるかって、全部あっという間に神父さんが倒しちまったじゃねえか……」

「あらら、そうだったね」

「……お前さん、実は結構強いとか? しっかり見ていた訳じゃねえが、奴らが飛び出してきた時の反応速度が尋常じゃなかったような」

「ああ、私も気付いた時にはサシャが先頭の二匹を斬り捨てていた」


 ボリスの隣で槍を片手に相槌を打っているのは、改めて自己紹介を交わしたばかりの女ケンタウロス、シルヴィエだ。


 彼女はなんとケンタウロスの中興の祖、有名な<青槍のフーゴ>の十二番目の娘であるという。ボリスたち豹人族傭兵が傭兵団から派遣されているのとは別枠で、武者修行の途中に路銀稼ぎでオットーに雇われているのだとか。


 けれどもその凛々しい双眸がちらちらとオットーの一部分に注がれているあたり、雇い主を選んだきっかけはまた違うところにありそうである。なにせサシャとは無言で通じ合った同志なのだ。


「俺は見てたぜ。抜剣の早さと体捌き、そこらの傭兵じゃ敵わないんじゃねえか?」

「おい、なんでそこで俺を見る? 喧嘩売ってんのか」

「まあまあ兄さんたち、あたいも見てたよ。剣士としての腕はともかく、確かに神父さんとは思えない早業だったね」


 そう賑やかに会話に参加してきたのは、傭兵団<黒豹牙>から派遣されている豹人族傭兵の残りの三人だ。豹人族は多産で一度に数人の子が産まれるというが、どうやらこの三人はその三つ子だか五つ子だかの同胞兄妹のようだった。


 兄二人が剣士のマルツェルとミラン、妹が弓使いのレナータだと紹介されたが、実のところサシャの目には皆同じ顔に見えている。強いていえば女性であるレナータだけが胸の暴力的なまでの膨らみで判別可能なのだが、それはそれ。後でおいおい豹人族の見分け方を教えてもらう約束になっている。


「それにしても、可愛い顔に騙されちゃいけないね。あたいたち豹人族より先に出るなんて」


 唯一サシャに判別可能なレナータが、感心したように頷きながらサシャの小柄な身体を眺めた。レナータがそう言えば、同じ顔をした兄二人も「そうだなあ、俺たち豹人族より先に出るなんて」と矛先が逸れた様子だ。


 そう。確かにサシャの動き出しは速かった。

 反射神経に定評のある豹人族傭兵を置き去りにし、誰一人抜剣すらしないうちに先頭のブッシュラット二匹をその双剣が両断していたのだ。そこだけを見れば、人間離れしていたといっても過言ではない。


「あは、ブッシュラット程度どうってことないでしょ。ちょうど出てくる瞬間が目に入ってね、頑張ってみた」

「うーん、まあブッシュラットだしなあ。ま、お陰で楽ができたぜ。ありがとよ」


 一瞬だけ不審げな色を覗かせたボリスだったが、すぐに気持ちを切り替えてサシャにニカッと笑い返した。確かに数匹のブッシュラットを切り捨てる程度、この場にいる全員が楽に同じことができる。それより大事なのは、この神父姿の少年が見た目以上に戦いに慣れていて、自衛ぐらいは充分にできそうなことの方である。ボリスはこれから先の行程に思いを巡らし、真顔になって言葉を追加した。


「けどよ、この先魔獣なんざ幾らでも出てくるからな。神父さんは神父さんなんだし、その小柄な身体だ。体力配分には気をつけろよ。俺たちもいるってことを忘れずにな」

「うん、ありがとうボリスさん。無理はしないよ。ボリスさんたちも無理はしないでね。手伝えることは手伝うから」


 ボリスの気遣いにサシャも満面の笑みで応えた。

 やっぱりいい人たちだ、心からそれを実感したのだ。自分の強さを人前でひけらかすことに若干の躊躇いを感じるサシャであったが、この人たちなら、そんな思いも芽生えてきている。何より、半分は護衛として雇われたのだ。たとえそれが名目だけのものであっても、出し惜しみをして周囲に迷惑をかけることはサシャ自身のプライドが許さない。


「がはは、ありがとよ。出来る範囲でいいからな、神父さん。さ、まだ街を出たばっかりだ、先を急ぐぞ。ボリスさん待たせた!」


 護衛隊長の鶴の一声で、集まっていた護衛たちはさっと配置に戻った。

 先頭がケンタウロスが故に視点が高く魔獣を見つけるのが早いシルヴィエ――何しろ素の状態で騎乗しているのと同じ高さに体がある――、次いでボリスが馭者をする荷馬車と徒歩のサシャ、その後ろを行くオットーの荷馬車を囲むように豹人族の三兄妹という隊形だ。


 そうしてサシャが斬り捨てたブッシュラットを茂みに投げ棄て、再び街道を進み始めていく。もったいない――ついついこれまでの癖でサシャが手を伸ばそうとしたのは内緒である。


 考えてみれば、ブッシュラットごときの臭い魔獣肉を食べなくてもあのサンドイッチなる魅惑の昼食が待っている訳だし、魔鉱石を採るにしても、サシャのとっておきの魔鉱石ですら売るのに苦労する場所なのだ。


 いけない、いけない。ここは別天地なんだから。


 上機嫌が再び胸の裡にこみ上げ、鼻歌混じりで隊列に戻るサシャであった。





「――あの動き、もしかして。いや、他人の空似、気のせいか……」




 隊列の先頭では、女ケンタウロスのシルヴィエがその美しい眉をしかめて独り考え込んでいた。新参の神父姿の少年が見せた先ほどの動きを思い返せば思い返すほど、その力強さといい滑らかさといい、彼女が密かに師と仰ぐ貴人にそっくりなのだ。


 幼い頃に父に連れられ、一度だけ会いに行ったその貴人。狩りに付き合ってくれた先での圧倒的な戦いぶりは、未だにシルヴィエの脳裏に焼きついている。そしてつい先ほど少年の動きを見てより、その時の光景が思い出されてならない。


 凛とした美貌に似合わず可愛らしい物に目がないシルヴィエだが、幼き頃よりその本質はストイックなまでの戦士だ。サシャの初動こそ見逃したが、その人外じみた攻撃速度と身体の使い方は彼女の武人魂を強く揺さぶっていた。


 剣術としての技巧はさほどでもなかった。

 だが、そんなものなど軽くひっくり返すほどに研ぎ澄まされた体捌きと力強さを、かの少年は持っていたのだ。


 何より、初動の一瞬だけ微かに漏れ出た、威圧感のようなもの――あたかも万物の王を彷彿とさせるようなそれは、まさに彼女の憧れである例の貴人を彷彿とさせるものだった。


 確かその貴人の家には、待望の赤子が神隠しに遭ったという悲しい歴史があったと聞いている。もしかしてその赤子がこの少年か――とも思ったが、その悲劇的な事件はシルヴィエが産まれたのと同じ年のこと。サシャと名乗った少年は見るからに若すぎた。少年はどう見てもシルヴィエより五歳、下手をしたら十歳は幼い。計算が合わないにも程があった。


 それに同行の少年は神父の姿をして、胸には大きな十字架をぶら下げている。漏れ聞こえてくる噂から考えると、それは確実にあり得なかった。


 そして、何よりも。


 かの知り合いは、このザヴジェル独立領の繁栄は彼らあってのもの、そうとまで言われている偉大な種族。しかもこのハルバーチュ大陸に一人しか残っていない、稀少種族中の稀少種族でもある。


 ここにその二人目がいると考えるよりは、他人の空似、気のせい、そう考えるのが正しいのであろう。年齢のこともある。シルヴィエは疲れを知らない馬脚に歩みを任せ、黙々と商隊を先導していく。


 ――けれども、似ていた。


 ――そしてもし彼が本気で戦った場合、果たして自分は勝てるのだろうか。

 

 彼女の物思いは次の魔獣が現れるまで、途切れることなく続いていく。





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