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世界が壊れていくのは、魔法のせいかもしれない  作者: 圭沢
第三部 胎動する神々とヴラヌスの戦士

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69話 帰還と始動

「わあ、おかえりなさい!」

「これはこれは。ものすごい騒ぎでしたね、とりあえず中にどうぞ」


 大陸で初めて奈落の先兵を撃退してのけたザヴジェル軍、その帰還第一陣がファルタに到着した日の翌日。


 歓迎の晩餐会、そしてザヴジェル領主ならびに祖父との深夜にも及ぶ濃密な会見を、どうにかこうにか乗り越えたサシャたち一行。


 そのまま領主館に宿泊した翌朝、サシャとシルヴィエは移動の合間を縫ってオットーのペス商会に顔を出していた。


「すまないな、オットー。少し立ち寄っただけなのだ。これからしばらくオルガの<幻灯狐>のところに世話になるのだが、挨拶と諸々の報告だけはしておこうと思ってな」

「なんとそれはご丁寧に。お二人とも一躍時の人ではありませんか。お忙しいでしょうに、こんな一介の商人のところにわざわざ」

「ただいま、ユリエ。これはお土産だよ。ほらカーヴィ、あれを出してあげて」

「きゃあ、すごい何これ! ありがとうサシャさん! カーヴィもありがと!」


 往来での立ち話もアレですからと、慌てて商会内に招き入れられるサシャとシルヴィエ。それもそのはず、二人はオットーの言うように今や非常に人目を惹く存在なのだ。


 見たこともない化け物を荷車に満載し、市民の盛大な歓迎を受けた凱旋兵たち。二人はその凱旋の先頭を行進していた歴史的大勝利の立役者であり、しかもサシャはあの天人族の拐われた赤子だというのだ。


 英雄の子が立派に成長をして、途轍もない軍功を手土産に帰郷した。人々はそんなサシャを熱狂的に歓迎し、天人族というザヴジェルの英雄一族の慶事を心から祝福した。


 まだまだその熱気冷めやらぬ今日、二人を往来に放置していたらとんでもないことになる――そんなオットーの判断は実に正しい。


 お土産として唐突に手渡された巨大かつ豪華な生ケーキの存在も含め、サシャとシルヴィエはとりあえずペス商会の店内へと引き入れられたのであった。


「えへへ、すごいよねそのケーキ。なんか昨夜の晩ご飯にそんなのが三つも出てきてね、さすがに食べきれないからもらってきたんだ」

「私、こんなすごいケーキ初めて見ました! 食べていいんですか、やったあ!」


 渡されたケーキを両手で持ち、自分の頭より高くそびえるそれをうっとりと眺めるユリエ。オットーは足元に気をつけてと注意を促しているが、サシャとシルヴィエの視線は当然、その頭上でふるふると震えている犬耳に釘付けである。


 よくやったサシャ。

 いいえ、どういたしまして。


 そんな以心伝心のやり取りを電光石火で交わしつつ、二人は魅惑の犬耳親子の後に続いて奥へと入っていく。


 ちなみにサシャのいう昨夜の晩ご飯だが、それは昨夜開催された領主館での晩餐会のこと。ザヴジェルきっての料理人たちが腕を振るったこんなケーキなど、普通の庶民には食べる機会もないのだ。


 ……いいお土産をもらっちゃった。


 ユリエも大喜びだし、自分たちも大満足である。あとは領主直々に許可をもらった例のことをオットーに打診して許可をもらえれば、それでここでの用事は完遂となる。


 昨日の面会でなんだかやることが山のように増えてしまったが、どうしてもここには顔を出しておきたかったのだ。けれどそれも上々の滑り出し。


 サシャは自然とこぼれる笑みを抑えることもせず、満面の笑顔でペス商会の食堂へと足を踏み入れた。



 ◇



「ななな、何とおっしゃいましたかな!?」

「あああなた落ち着いて! でもどど、どうしましょう!? まさかいきなりそんな」


 オットー夫人のヘレナが加わった食堂で、早速シルヴィエによって切り出された本題への初めの反応はそれだった。


「ふむ、悪くない話だと思ったのだがな」

「いえいえ、悪くないどころかむしろ破格すぎて頭が追いついておりません」

「そうですわ、お話だと私たちペス商会は何もしないのに、そんな誰もが羨む立場に入れさせてもらえるなど」


 シルヴィエとサシャが持ち込んだ話は、ひと口でいえばペス商会を二人の専属商会にするというもの。今後二人がラビリンスなどで入手したものの細かい売買はもちろん、サシャの癒しやカーヴィの輸送などの大口契約は全てペス商会を間に立てるという内容だ。


 ぶっちゃけたところが、例えば今後カーヴィの空間収納を使った大口輸送を騎士団から引き受けたとすると、二人は現場でそれを実行して「お金の話は後でペス商会とやっておいて」で終わらせてしまうというものである。


「えええー、こっちも助かるから是非引き受けてよー」

「サシャ、お前は苦手な金勘定を押し付けたいだけだろう。オットー、もちろんペス商会は売上から手数料を歩合で都度抜いて構わないし、仕事は我々が現場で取るから売込み等も不要、当面はこちらが知らせた相手から代金を受け取るのが主な仕事だ。どうだろうか」

「ええと、それでは私たちは連絡を受けた相手から指定の代金を受け取るだけで、あとは何もしないで手数料を頂いてしまうということになりますが……」


 オットーの言葉はもっともなこと。

 だが、シルヴィエはそのとおりだとあっさり認めた。


「うむ、それが肝要なのだ。今回のような戦場で都度代金のやり取りをするのはどちらに取っても面倒だろう? おそらく当面の相手は騎士団かザヴジェル本家かシェダの一族、どこも金払いは良いから苦労も少ないはずだ。基本的なところは仕事を受ける前にこちらで話をするし、サシャの顔を潰すようなことをする相手でもない」

「き、騎士団だけではないのですか? ザヴジェルの本家にシェ、シェダの一族とか……そんなところに出入りするだけでも、商人にとっては千金の価値が」

「あああなた、私たちがシェダと取引など――」

「オットー、ヘレナ、忘れたか? 神隠しに遭った天人族の赤子の母親が誰かということを。そっちの繋がりだ。シェダ当主のローベルト卿は、愛娘の忘れ形見であり初孫でもあるサシャを非常に気に入っていたようだからな」

「――――!」

「今回の話は、そのローベルト卿と領主様直々の内諾を得ている。私が言うのもアレだが、本当に悪くない話だぞ。どうだろう、次代の英雄サシャが奈落との戦いに集中できるよう、金銭面の管理を引き受けてはくれないか?」


 オットー夫妻が絶句してまじまじとサシャを見遣るが、本人はいつの間にかユリエと夢中になってケーキを食べている。


 頭の上に乗せたカーヴィにお裾分けをあげているのはまだいいとして、切り分けるひと切れが大きすぎ、カーヴィが受け取りきれずにサシャの頭を生クリームだらけにしていることに気づいているのだろうか。


 あまりにも以前と変わらない様子のサシャに毒気を抜かれたのか、オットー夫妻は専属商会となることをシルヴィエに約束した。ペス商会の取り分比率などもその場であっさり決まってしまい、後はやってみながらというざっくりとした専属契約の成立である。


 その後はしばし全員でケーキを楽しみ、ひとつの懸念事項を片付けたサシャとシルヴィエは早期の再訪を誓いつつも、足早にペス商会を後にするのであった。



 ◇



「えーと、オットーさんたちのところにも行ったし、<豊穣の大地>にも寄ってエトに果物の配達先を伝えたし……これで最低限は済んだかな?」

「うむ、ぼちぼち<幻灯狐>に行かなければオルガたちも待ちわびているだろう。同じペス商会に出入りすることになるボリスたち傭兵連中にも挨拶をしておきたいところだが、それは後回しだな。やることは多いぞ」

「奈落の動向次第のところはあるけど、たしかに盛りだくさんだよねえ」


 昼下がりになって。

 サシャとシルヴィエは、ファルタの大通りを避けるように狭い裏路地を足早に突き進んでいた。


 二人が言っているのは、昨日の領主とシェダ家当主との会見で話題に上ったあれこれのことである。


「まずはオルガの古代魔法復元のお手伝いでしょ、それと並行して全現代魔法の調査をして、あとはザヴジェル中の魔法使いについて魔狂いの見極めなんかも頼まれちゃったんだよねえ……」

「後はヴィオラから、こっそりいくつかラビリンスの攻略も頼まれていたではないか。お前の英雄としての実績作りと、先日の多重結界で使ってしまった大型魔鉱石の補充を兼ねてぜひ一緒に、とかなんとか」


 すっかり忘れていたのか、あー、と遠い目でシルヴィエを見返すサシャ。


 まず現代魔法の調査とは、多種多様な神々の力を顕現させる現代魔法、その神々や魔法の種類によってサシャが感じる嫌悪感に差はあるのか――それをしらみつぶしに確認していくという調査である。


 現代魔法は全てが一様に魔狂いへと繋がっているのか、例外はないのか。持ち帰った先兵の死骸に対しても、既知の全魔法が本当にすり抜けるのかどうか、並行して確認が進められていく予定になっている。


 サシャのみならず、ザヴジェル独立領という巨大な組織が今日という日をもって一斉に動きはじめているのだ。


「オルガの実験披露も含めて上手くいったのはいいんだけど、上手くいきすぎちゃったのかも。ローベルトさん……じゃなくておじいちゃんとか、なんか大興奮だったし」


 昨日のオルガ演出による、古代魔法なら奈落の先兵に通用する、というお披露目は大成功に終わった。サシャの母方の祖父にあたる魔法騎士団<白杖>の名誉団長、ハイエルフのローベルト=シェダが、初孫との対面の興奮を引きずったまま諸手を挙げて大絶賛したのである。


 ちなみにこのローベルト卿。


 年齢は二百を優に超えるオルガとそう変わらないらしいのだが、そこはオルガ同様エルフの血筋。いや、ハイエルフという上位の血統。年齢不詳の整った風貌に、子供のような好奇心を併せ持った御仁であった。


「ふふふ、あれはまさしくサシャの祖父にあたるお人だな。サシャの瞳を碧に変えて、髪の色も金に変えればそっくりではないか。興奮すると騒がしいところとか。あの祖父にしてこの孫あり、としみじみ思ったぞ」

「えええー、どっちかというとエリシュカに似てるって思ってたんだけど。研究となると全力でまっしぐらって感じのところとか」


 ローベルト卿が情熱を傾ける研究の対象は、魔法騎士団の名誉団長であることからも想像がつくように、そのものずばりで魔法だった。


 オルガが古代魔法を甦らせていることを聞くや否やまず身を乗り出し、矢継ぎ早に質問を繰り出していた魔法界の重鎮。どうやら自分でもオルガとは別のアプローチで復元させていたらしい。そのお陰かサシャが感じる嫌な気配はほとんどなく、それはそれで安心したのであったが。


 ともかくそこからオルガとの古代魔法談義でひと盛り上がりし、死蟲やらに古代魔法が通じることを実演する段になるともう興奮が止まらなかったのだ。自分でも強烈な古代魔法を繰り出し、飛行蟲の死骸ごと領主館の一角を吹き飛ばしてしまったり。


「……あれ、絶対に精霊の気まぐれで収まる威力じゃなかったよね。むしろオルガに張りあってたというか、集まってきた精霊の数が半端じゃなかったし」

「お前が精霊の姿を見れるということにも驚いたが、ふふ、あれは初めて会った孫に良いところを見せたかったのではないか? サシャ、お前の驚いた顔を見て実に上機嫌になっていたではないか」


 お陰でその後、現代魔法で力を貸してくれる神々は実は奈落と繋がっているかもしれない、というキナ臭い疑惑を話した時も、「実に良くできた仮説だ! さすがはリーディアの子、我が孫!」とすんなり受け止めてもらえたのであったが。


「まあ、お陰でザヴジェル領の全面協力の下、色々な検証を行っていけるのだ。あの<白杖>魔法騎士団を全召集するなど、もしかすると何十年ぶりのことではないか?」

「うー、そんなに一気にやらなくてもいいと思うんだけどなあ。昨夜の晩ご飯の時だって、こっそりかなりの人数を見させられたんだけど」

「そうは言ってもな。魔法使いにとって魔狂いは喫緊の大問題だ。奇貨居くべし。サシャが本当にその程度を感知できるのか確かめる意味もあっただろうし、確かめたら確かめたで全員を検査したくもなるだろう――っと、ここの路地を抜けたら<幻灯弧>だ。どうだ、近道だっただろう?」


 シルヴィエが急に足を緩め、右側の家々の間の路地へとサシャを先導していく。


 二人は人だかりを避けるため、時間を節約するため、こうして裏道を抜けてきたのだ。そして唐突に目の前に現れる、<幻灯弧>クランハウスの見覚えのある門構え。



「あらら、そんなところから誰かと思えば、ようやく今を時めくお二人のご到着じゃないですか。ようこそ我らが<幻灯狐>へ、ボスとシェダのご当主様がお二人のことを今か今かと待ち構えてますよ! さあ早く中へ!」



 門番をしていた女性魔法使いが、二人の顔を見るなり慌ただしく門を全開にした。


「……ねえシルヴィエ、今予想外の人が混じっていたように聞こえたんだけど」

「……奇遇だな、私もそう聞こえた。そしてあの御仁ならば、と妙な納得もしているところだ」

「……おじいちゃん、だよね?」

「……他に誰がいる。滅多に表に顔を出さないという評判は何だったのか」

「……待ち構えている、のかな?」

「……そう聞こえたな」


 思わずひそひそ話を始めた二人の視界に、開かれた門の奥、<幻灯弧>の魔法鍛錬場となっている前庭の光景が明らかになっていく。そこには――




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