表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界が壊れていくのは、魔法のせいかもしれない  作者: 圭沢
第三部 胎動する神々とヴラヌスの戦士

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/89

65話 姉との会話、そして相談(前)

 窓から差し込む月明りが、床にくっきりと窓格子の影を描いている。


 突如として奈落の瘴気が消失してから三日。

 領境を守るザヴジェル勢は今日も大掛かりな調査に繰り出し……そして今日も何の収穫もなく、困惑を深めて帰投したばかり。


 オルガが俄然興味を示した魔狂いの話をサシャが姉ダーシャとしたのは、たしかそんな日の夜のこと。


 何とも言い難い空気が漂う境壁陣地の、月明り差し込む一室でのことだった。



 ◇



「違うわよサシャ! もっとこう、自分を世界に解き放つ感じでぐわっと」

「えええーもう疲れちゃった。ひと休みさせてよー」


 今日もキリアーン渓谷まで飛んで念入りに調査をしてきた有翼少女ダーシャと、今日は騎士団の正規部隊と周辺偵察に赴いていたサシャ。二人は恒例となりつつある、夜の【ゾーン】教習に励んでいるのだ。


 ダーシャが借り受けている部屋の石床には、どこか哀愁を感じる三本足の芋虫らしきものが鮮やかに浮き彫りになっている。それはもちろん、今サシャが展開したばかりの【ゾーン】の名残り。


「うーん、絵心が壊滅的なのはもう放っておくとして、なんで範囲を広げられないのかしら。普通は範囲なんて勝手に広くなってて、こんなにすぐ次の【ゾーン】を展開できる方が無茶なのに」

「ねえ、ちょっとは絵だって上手くなってるよ!? これは伝説の海龍! ほら、ここが角でここが――」

「はいはい、どうせ絵柄は【ゾーン】に無関係なんでしょ。まあ空間属性なんて扱えるのは実質的な寿命をなくせる私たちヴラヌスぐらいだし、百年とかそういう単位で習熟を深めていくものではあるんだけど」


 自分が教える以上は数日でババン!と劇的な効果を出してみせたい。なにか手頃なコツはないものか、むーんと唸って考え込むダーシャ。


「そ、そんなに焦らなくてもいいんじゃないかな……」


 そして、身をもって今の流れの怖さを知っているのは、教えられる方のサシャである。

 こうしてダーシャが考え込んだ直後、かなりの確率で無茶振りが繰り出されるのだ。くねくねと踊りながら【ゾーン】を展開しろと言われたり、窓から飛び降りながらやってみろと言われたり。


 ちなみに後者は「緊張感が足りないのよ! 地面にぶつかる危機感と背中合わせでやればきっと上達するわ!」との理屈だったが、彼女と違ってサシャには翼がない。実にスリリングな体験となったことはサシャの記憶に新しい。


「ねね、姉さん! そういえばさあ!」


 サシャは今の不穏な流れを断ち切るべく、そろそろ休憩にしようとの願いも込め、ちょっとした話題を振ることにした。否、もちろんそれだけではない。英雄として百年を生きるダーシャは実に博識であり、そんな姉との雑談はサシャにとって楽しいひと時となってきているのだ。


「ほら、そういえばカーヴィ……アベスカも転移っていう空間属性を使ってるよね? それって何かいわくがあったりするの?」

「ああ、それね。ほらカーヴィ、こっちにいらっしゃい。この子たちアベスカという種族はね――」


 従順に近寄ってきたカーヴィを抱え上げ、サシャの遠回しの要請を受け入れて、ぼふん、とベッドに座り込むダーシャ。これも恒例となった、一旦休憩してお喋りの合図である。


「――可愛いから、それくらい許してあげなさい」

「ちょ、全然理由になってないよ!?」

「ふふ、冗談よ。この子たちアベスカ、またはカーバンクルって神の眷族と言われてるじゃない? 神、すなわち天空神、すなわちヴラヌスと考えれば、それもあながちウソじゃないと思うのよ。もしかしたら、アベスカはこの世界を造ったクラールが愛玩用に作った種族なのかもしれないわね。だってこの子たち、私たちヴラヌスにはこんなに従順なんだもの」


 ねー、とカーヴィのお腹をくすぐるダーシャ。


「まあとにかく、空間属性はヴラヌスのお家芸だから。魔法のようにどこかの存在にお願いすれば後はそれがやってくれるような、そんなに簡単なものじゃないのよ」

「あ、魔法の話は聞いたことある気がする。特にここ千年で浸透した現代魔法は誰がやっても効果が同じ分、それまでの魔法に比べても習得が楽だって」


 サシャが話を膨らまそうと持ち出したのは、古代魔法の復元に取り組んでいるオルガが言っていたことである。

 

 ヤン=シェダから始まった現代魔法というものは、手順や発動効果を画一化して魔法習得の難度を大幅に下げた代わりに、自由度がなくなって伸びしろがないとかなんとか、そんなことを言っていた記憶がある。


 それをちょっと得意げに博識なダーシャに披露してみたのだが、さほど感銘を与えることは出来なかったようだった。


「あのダークエルフがやっていることに興味はあるけど、魔法は魔法ね。ここだけの話だけど私たちの天敵、対極にあるものじゃない。そもそも私たちヴァンチュラ――ヴァンパイアが魔法を弱点としているのはなぜか、サシャは考えたことがあって? 魔法が苦手なのは貴方だけじゃないのよ。ヴァンパイア狩りの話は聞いたことがあるでしょう?」

「も、もちろん。……でもそっか、魔法が苦手なのは種族的なものだったんだ」


 思わぬ事実に目から鱗のサシャ。

 サシャが生まれる何百年も前に大陸中を席巻したヴァンパイア狩り。それは現代魔法の浸透によって大きな力を手にした人系種族が、ヴァンパイアが魔法に弱いことを発見して逆襲に出た人類史上に残る大事件である。


 魔法に弱い生き物なーんだ?と十人に聞けば、十人が「ヴァンパイア!」と答えるであろうほどの常識。けれど、かつてずっと自分がそのヴァンパイアかもとは感じていたが、魔法嫌いの原因がそちら由来のものとはなぜか考えてもいなかったのである。


「そうよ。わたしたちヴァンパイアは種族特性として魔法は絶対に使えないし、発動した魔法には根源的な嫌悪感を覚えるし、高速治癒が働かない致命的な弱点でもあるわ。――それはなんでだと思う?」

「え、そんなの考えたこともなかった。ご、ごめん」

「ふふふ、別に謝らなくてもいいわ。私も昔父さんに教わるまで、そういうものだとしか思ってなかったもの。いい機会だから貴方にも説明しておくわ」


 まずは。


 そう前置きして、ダーシャは自分が教えられた時のことを懐かしむようにそのアイスブルーの目を細め、丁寧な口調で話しはじめた。


「まず、私たちヴラヌスには三つの形態があるという話は覚えているわよね?」

「うん。一番成長したヴラヌス、次がヴルタ、一番下がヴァンチュラ。ヴァンチュラがヴァンパイアのことで、ヴルタはラビリンス。ヴラヌスはこの世界そのもので、天空神クラールとも呼ばれている存在」

「そう、よく覚えていたわね。そしてヴラヌスは自分の中で子を育てている。ヴァンチュラはやがて自前の亜空間を持つヴルタとなって、ヴルタはやがて新たなヴラヌスとなって外に出ていく――それが、ヴラヌスという種族。まあ、そのとおりに成長するかどうかは個体の意思次第だけれどね」


 で、ここからが本題。

 そう言ってダーシャはベッドの上に座り直し、カーヴィを解放してサシャに向き直った。


「私たちヴァンチュラ……ヴァンパイアの高速自己治癒能力なんだけど、それってクラールが子にかけた加護のようなものなのよね」

「加護?」

「そうよ、それが一番近い表現。まあ自分の胎内で育ててる訳だし、そこにいる他の家畜――餌である人間たちにはそもそも負けないようになってるのよ」

「……わお。治癒能力の理由が、まさかの神のえこひいきとか」

「そう、うまいこと言うわね。世界の母体ともなると勝手なのよ。実際その自己治癒能力があるだけで、ヴァンパイアは長いこと無敵の存在としてこの世界に君臨し続けていたわ。でも魔法が、特に現代魔法というものが人間社会に浸透してからというもの、ヴァンパイアは狩られる側に回ってしまった。その狩りの光景、具体的にはどんなか知っている?」


 ダーシャの問いに、サシャは首を捻った。

 育った国ではヴァンパイアはもう狩り尽くされており、話でしか聞いたことがないのだ。とりあえずありそうな光景を想像し、それをそのまま答えてみる。


「……魔法の傷には、高速治癒が働かないよね? 一斉に魔法で集中攻撃をされれば、どんなヴァンパイアもそれで終わりなんじゃないかな。そんなの絶対にやられたくないけど」

「ふふ、正解よ。ではそんな魔法とは何かしら」


 それなら答えられる。オルガがそんなことを言っていたからだ。

 サシャは大きく頷いて、胸を張って答えを口にした。


「魔法使いが、縁を結んだ神々の力を引き出して行使するもの、だよね」

「正解。それが今の魔法に対する、世間一般の解釈ね。では、その神々とはいったい何者かしら。世間一般風の表現を借りていえば、この世界は天空神クラールの胎内、子を育てている箱舟なのよ? 世界を織りなし、四大元素を滞りなく回すのに精霊のような存在はいるけれど、クラールの他に神なんているわけがないのよね」


 きっぱりと言い切ったダーシャに、なんだかサシャは背筋をうすら寒いものが登ってくるのを感じた。


「世間でいうところの神々、特に現代魔法で簡単に力を貸してくれる新世代の神々はね、クラール世界の外部にいる、得体のしれない存在なのよ」

「……外部の、得体のしれない存在?」

「そう。種族の成体であるクラールと同格またはそれ以上の領域にる、私たちから見れば雲の上の存在ね。それで話は戻るのだけれど」


 なぜ魔法に自己治癒が働かないか、その理由はね――そう言って大きく息を吸ったダーシャが、一気に結論を吐き出した。


「クラールが創ったこの世界はこにわにそうして外部から干渉できるような存在、世間一般でいうところの新世代の神々のそんな力に、そのレベルから見れば幼体の幼体である私たちヴァンパイアが対抗できると思って? 魔法で呼び出される力はね、文字どおりこの世界の理の外にある、埒外の力なの」

「埒外の、力」

「そう。古代魔法と呼ばれるような、この世界に所属する精霊を動かしてのものならともかくね。クラールと同格以上の存在による埒外の力には当然、クラールがかけた依怙贔屓の加護なんて効かないわ」

「…………うわお」


 垣間見えた壮大すぎる世界の仕組みに、サシャは気が遠くなるような思いだった。

 姉ダーシャが語ることは、いわば神々の世界の事情である。自分の魔法嫌いがそんな大きな話に結びついたものだったなんて、というのが正直な感想だった。


 そして、そんなサシャにダーシャは。





「――私はね、奈落はそんな外部の存在の差し金なんじゃないか、そう思ってるわ」





 そう爆弾発言を投げつけた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ