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世界が壊れていくのは、魔法のせいかもしれない  作者: 圭沢
第二部 奈落の足音と終末の使徒

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57話 再会(後)

「――そう、やっぱり苦労してたのね。本当にごめんなさい。私たちもそれはそれは必死に探したのよ? でもまさか、アスベカなんて小国に顕現させられていたなんて」


 暫しの時が流れ。

 サシャはダーシャに連れられ、彼女に用意されたという質素な一室でお茶をすすっていた。


 これまでのところサシャが家族の話を聞くというよりは、生い立ちについての質問攻めにサシャが答えている――そんな状況ではあるのだが。


「ううーん、顕現?てのは良く分からないけど、物心ついた時からアスベカの王都で孤児だったのは確かだよ。それもたぶん、捨て子だったみたいな感じで。そっちのいうとおりだと、神隠しから帰ってきたのがそれってことになるのかな?」

「もう、私のことはダーシャって呼んでって言ったじゃない。家族なのよ、私たち」

「家族……なのかなあ?」


 自分の生い立ちについては質問されるがままに答えていても、その点に関してはサシャはどうしても曖昧に言葉を濁らせてしまう。


 なにせ相手は英雄、しかも背中に翼を持つ貴種族中の貴種族である。そしてサシャの背中には翼などない。その事実がどうしてもサシャの中で一線を引いてしまうのだ。


 けれどもダーシャには自説を曲げる気はないようだった。

 小さく寂しげなため息を零して、わずかに話題をずらしてサシャに話しかけ続ける。


「……それでアレクサンドルは、何故サシャなんて半端な名乗りをしているの? せっかく父さんと母さんがつけてくれた名前なんだから、きちんと名乗った方がいいと思うわ」

「アレクサンドル、ねえ……。なんでサシャって名前なのかなんて考えたことないけど、それこそ物心がついた最初の時からサシャが自分の名前だって無意識に知ってた感じ?」

「…………クラールめ、本当に半端なことしかしないんだから」


 ダーシャはもう一度ため息を――今度はかなりの怒りが込められていた――零すと、良く聞いて、とサシャに説明を始めた。


「貴方はヤーヒム父さんとリーディア母さんの息子。それに間違いはないわ。その紫水晶の瞳を鏡で見てごらんなさい。フーゴおじさんも言ってたでしょう? 貴方はリーディア母さんに生き写しだって」

「そ、それは聞いてたけど、いきなりそんな知らない人に生き写しとか言われても……」

「いい? 貴方は生まれて三日の赤ちゃんの時に、こともあろうかクラールに攫われたの。かの老いぼれヴラヌスは強引に貴方を転移させて自分の懐に隠したんだけど、世間では神隠しと言われて大騒ぎだったわ」


 ダーシャは自分のお茶をテーブルに置き、ずい、とその上に小柄な身体を乗り出して、サシャの瞳を正面から捉えて質問した。


「誰かに言われたことはない? ――その紫水晶の瞳がケイオスの巫女にそっくりだって。誰かに聞かされたことはない? ――神隠しにあったシェダの嫡孫、紫水晶の瞳を持つ消えた赤子の話を」


 あ、とサシャは言葉を飲み込んだ。

 先ほど皆が驚いていた光景が、ようやく頭の中でつながったのだ。


 言われてみればこれまでザヴジェルで偉い人に会う度に、サシャの瞳の色について聞かれ続けてきたのだ。そしてつい最近では騎士団の偉い人たちとの会議の場で、サシャの実年齢の話をしたら場が騒然とした記憶もある。この瞳の色で、その年代とはまさか、と。


「それとね、この場でしか話せない、動かぬ証拠があるわ。貴方の持つその青の力――」


 ダーシャは唐突に青く輝くウィローネイルを指先からするりと伸ばし、サシャの目の前に無造作に差し出した。


 確かにその青い輝きはサシャの聖光に瓜二つだ。

 サシャの目に浮かんだそんな戸惑いを逃さず、ダーシャは囁くように言葉を重ねる。



「誰かに言われなかった? ――私たちの青い光が、ラビリンスのコアや転移スフィアにそっくりだって」



 サシャは魅入られたようにダーシャの指先の青い光を見ることしかできない。

 そんなサシャを見て彼女はくすりと笑い、謎めいた微笑みを浮かべてこう締めくくった。






「――貴方、ヴァンパイアでしょ? それも私に匹敵するほど高位の」






 あ、とサシャの喉から今度こそ声が零れた。


 それはこれまで誰にも打ち明けていない、サシャだけの秘密。

 高位かどうかは知らないが、孤児として生まれ育ってこの方ずっと独りで胸に抱え、疑い続けてきたことなのだ。


 人並み外れた身体能力。

 人は持ち得ない、奇跡のような自己治癒能力。

 そして、魔獣の血を啜って体内の泉を補充するという極めつけの行動。


 ただ、ヴァンパイアの弱点と言われる日光を浴びても全然大丈夫だし、血を飲むのは泉の補充のためだけ。好物は野菜と蜂蜜と果物だし、ヴァンパイアネイルなんて物騒なものも出来ない。


 果たして自分はヴァンパイアなのか。

 もしかしたらヴァンパイアと人と何かが入り混じった混血なのかもしれない――これまではそんな風に、自分にこっそりと言い聞かせてきたのだったが。


「貴方の扱う青の力は、人に非ざるヴァンパイアだけが持つ、人系種族ではヴァンパイアだけが扱える空間属性の力の色なの。しかも貴方の青の力のその規模。並大抵のヴァンパイアではない証拠ね」


 そう断言されたあまりの衝撃に、サシャは言うべき言葉、尋ねるべき質問が全く出てこない。


「どうやって青の力を他者の癒しに転化しているかは分からないけど、きっと神隠しになっている間にクラールに何かされたんでしょうね。泉の規模はもちろん、質も純粋すぎて私から見ても怖いぐらいだもの。でもそれは間違いなくヴァンパイア固有の力。貴方が父さん直系の高位ヴァンパイアであることは、同族が見れば一目瞭然よ」


 真っ先に口止めを頼むべきなのか、無理やりしらばっくれるべきなのか。空間属性とは何なのか、ラビリンスのコアや転移スフィアとの関係だとか、同じ空間属性を持つカーヴィが懐いたのはそれが原因なのかとか――


 この事態にどう対応するべきかという戸惑いと、これまで考えても分からないと放置してきた様々な疑問が断片となって頭の中をぐるぐると飛び交っていく。


 そしてそんなサシャを見て、ダーシャはもう一度くすりと小さな笑みをこぼした。


「ヤーヒム父さんはね、今はもうこの世にいない真祖直系の貴種ヴァンパイアだったの。そして私もヴァンパイア。貴方が父さんの血を分けた実の子なら、私は父さんの血を受けたヴァンパイアとしての仔ね。私は父さんに奴隷の境遇から助け出してもらって、その後ヴァンパイアにしてもらったのよ? あの時の感謝は今もこの胸に生きているわ」


 思いもよらない言葉に、サシャの頭はますます混乱していく。二人はヴァンパイアではなく、天人族という世にも珍しい稀少種族だったはず。背中の翼がその何よりの証拠で――


「うふふ、じゃあ天人族って何?って顔をしてるわね。あれは世間に向けたただの欺瞞カバーストーリーよ。カラミタ禍からザヴジェルを救った真の英雄、ヤーヒム父さんがヴァンパイアだったなんて到底公表できないもの」


 ダーシャはそこで立ち上がってくるりとサシャに背中を向け、そこに畳まれた漆黒の翼を大きく広げてみせた。


「この翼はね、包み隠さず言うと、父さんと私がカラミタ禍の中でケイオスという古の創造神にたまたま授けられたものなの。ヴァンパイアやら天人族やらとは全く関係がないのよ。けれど、カラミタと一緒に戦ったアマーリエ姉さん――当時のザヴジェル領主の長女だった人――が閃いて、凱旋の場で即興で天人族っていう虚構を作り上げたの」


 彼らがヴァンパイアっぽい? 何を言っている、あの翼を見ろ。ヴァンパイアにはあんなものはないだろう?


 知らないのか、彼らはこれまで大陸の果てでひっそりと隠れ住んでいた、有翼の天人族という稀少種族なのだぞ? そんな天人族がザヴジェルに加勢してくれ、そのお陰で見事勝利を収めてきたのだ。称えよ勝利の立役者を。称えよザヴジェルの救世主、天人族を――


 凱旋の場でそんな演説を即席で熱弁し、ザヴジェルの英雄として一気に天人族という概念を世間に打ちたててしまったらしい。


「ふふ、英雄の裏側なんてそんなものよ。でもお陰で私たち親子はザヴジェルに居場所を作ってもらったし、父さんが英雄だということは、それこそ掛け値なしの真実。カラミタ禍でザヴジェルが生き残ったのも、それからまだこの世界が奈落に滅ぼされていないのも、みんな父さんのお陰なのよ」


 奈落に関する重要そうな情報をさらりと言われ、え、とサシャが聞き返す間もなく。


「うふふ。アレクサンドル、貴方はやっぱり父さんの子供ね。貴方の青の力もその黒い髪も私とお揃いで父さん譲りだし、なにより何も知らなかったのに、私たちが来るまでこうしてこのザヴジェルを守りきったんだから」


 あ、今は結局そこに戻るのか。

 サシャがふと気づけば、カーヴィはダーシャの膝の上で大人しく撫でられている。つまりは本当にそういうことで、もはやサシャは自分がダーシャの家族だということを信じかけていたが、口を挟む隙すらなく彼女は喋り続ける。


「いいわ、公には貴方をサシャと呼んであげることにする。サシャはアレクサンドルの愛称でしかないけど、クラールが貴方をアスベカなんて所に放り出したことも含め、そんな半端にしか貴方を扱ってなかったことは絶対に許さないけど、貴方が慣れ親しんできたのはサシャという名前だものね。貴方は立派に父さんの子供だってことを自分で証明してのけた訳だし、うん、フーゴおじさんにもそう言っておくわ」


 ねえ、さっきから何度か口にしてるクラールってまさか、天空神クラールのことじゃないよね――サシャがそう尋ねる前に。


「あ、今話した諸々は家族だけの秘密ね。フーゴおじさんはほとんど知ってるけど、ヴァンパイアの秘密やらなにやら色々と混じっているからね。でも、ここまで話せば信じられるでしょ、私たちが父さんの子で家族だってこと」


 こう言われてしまえば、サシャはコクリと頷くしかない。


 サシャがこれまで抱えてきた疑問のその大部分に、ダーシャは自分を含めた天人族がヴァンパイアだという特大の秘密を明かしてまで答えへの糸口を与えてくれたのだ。


 逆に聞きたいことが山ほどできてしまったのも事実だが、それでもダーシャが同じ秘密を共有する家族だということは間違いなさそうだった。


「まあ、私がヤーヒム父さんのヴァンパイアとしての純粋な仔であることに対し、貴方は生い立ちも含めて色々な意味で特殊な個体ってことになるんだけどね。母さんのハイエルフの血も混じってるし、クラールにも何かしらの力を分けられてるっぽいし。ヴァンパイアとしての序列はちょっとどうなるか分からないけど、それでも私たちが家族ということには変わりはないし、こうして出会えて本当に嬉しいの」


 お揃いの父親譲りだという艶やかな黒髪をダーシャは、うふふふ、と上機嫌に撫で、その手でサシャから飲みかけのお茶を取り上げた。


「さあ、アレクサ……サシャも私がお姉ちゃんだと信じてくれたところで、みんなのところに戻りましょ! 奈落との戦いに手を抜く訳にいかないし、あっちの話も重要だわ。私たちの体質のことや色々のことについては今度またゆっくり話し合えばいいんだから」


 そう言ってサシャの手を引いて立ち上がらせ、ダーシャは改めて自分よりも随分と上にあるサシャの顔をまじまじと見つめた。


「こんなに大きくなっちゃって…………」


 ぽろり、と零れたその言葉。

 ダーシャは思わずといった態で手を差し上げ、サシャの頬を愛おしげに撫でた。


「母さんに見せたかった……。どれだけ喜んで、どれだけ安心したことか」


 見せた、かった。

 過去形ということは、つまり。


 そんなサシャの口に出さない疑問に、ダーシャは視線を伏せ、静かに答えた。


「――貴方の母さんはね、元々無理な出産ということは覚悟の上だったの。エルフは元々子宝を授かりにくい種族なのに、そのうえ父さんはヴァンパイアだもの。子供なんて出来ないのが普通だわ」

「…………」

「けれど母さんは、父さんの子供を産むことにこだわっていてね。人間時代の感情を強く残す父さんに、月並みな人としての幸せを味あわせてあげたいの、そう言い続けて。……そしてようやく授かった貴方を、大変な苦難の末に産んだ貴方を、生後すぐにクラールに攫われてしまった。…………それからはやつれていく一方で、長くは生きれなかったわ」


 そこで言葉を切ったダーシャは、視線を上げてサシャの顔をじっと見つめた。


「貴方は、そんな母さんの、忘れ形見なのよ。私とは生物学的な血縁じゃないかもしれないけど、間違いなく家族で、たった一人の弟なの…………この世界に残った、たった一人の家族…………無事に生きていてくれて、本当に良かった…………本当に、ずっと、ずっと心配してたんだから………………」


 ダーシャの透きとおったアイスブルーの瞳がじわりと潤み、みるみる大粒の涙が零れていく。サシャはその光景に胸がぎゅううっと締めつけられ、とりあえずそんな彼女に向かって、今言える精一杯の言葉を――




「……ただいま、お姉ちゃん」




 ――そう、そっと口にしたのだった。




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