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世界が壊れていくのは、魔法のせいかもしれない  作者: 圭沢
第二部 奈落の足音と終末の使徒

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41話 帰還

「――さあて、大体そんなところでいいかい? 問題がなけりゃ帰還の宝珠を使おうか」


 オルガが立ち上がってそう宣言したのは、小一時間にも及ぶ様々な相談と決めごとの後だった。


「なんか疲れちゃったねえ。みんなありがとう」

「サシャさま、これはわたくしたちの為でもあるのです。どうぞお気になさらず」

「ま、これだけ詰めときゃあたいたちも動きやすいし、ヴィオラが言うようにこっちにも色々と役得があるから構わないさ。むしろあたいたちがお礼を言わなきゃいけないところだよ」


 オルガの言葉に一同がそれぞれ頷いている。それだけオルガとシルヴィエが巧みに舵取りを行ったのだ。


 最終的な結論としては、サシャとスフィアの親和性は制限つきで情報開示、コアとの親和性は周囲に伏せておく方向で話がまとまっている。さすがに歩くラビリンスを連想させるコアとの絡みは、慎重の上にも慎重を期さざるを得ないと全員一致であっさり決まっている。


 その反面スフィアとの絡みについては、さじ加減次第で上手に利用できなくもない内容だ。他のラビリンスでも同じことができるかどうかは要検証だが、望みの階層に転移できるということは、サシャと共にラビリンスに潜る者にとって計り知れないアドバンテージをもたらす。


「そうだな。サシャが協力してくれるということは、父への土産がぐんと近づいたということだ。出来れば今度は真っ向から最奥の間を突破し、胸を張ってコアをこの手にしたいものだ」

「サシャ君、私との約束も忘れないでくれたまえよ。どの順序でラビリンスを回るのが一番効率的か、私が最高の『霊草採取ツアー』を計画しておくからな」

「あんたら、あんまり大っぴらに動いて目立ちすぎるんじゃないよ。特にエリシュカ、余計な欲を出さないように」

「くふふ、さあどの霊草から集めまくってやろうか……」


 さっきから繰り返されているオルガの釘差しも、当のエリシュカの耳にはさほど入っていないようだ。


 彼女の言う『霊草採取ツアー』とは、日々研究に勤しむ彼女が実験などで使う稀少なラビリンス産の霊草を、サシャの協力の下に一日で一気に刈り集めてこようというもの。それらの自生地はあちこちのラビリンスに散らばっている上に、通常のスフィアの転移では直接行けない半端な階層をなぜか好むようなのだ。


 サシャが昨日シルヴィエから教わったように、経験者なら十層単位で踏破済階層へと転移できるのが通常のラビリンスの転移スフィア。けれどもエリシュカいわく、彼女が求める霊草類はどれもこれも第二十五層や第三十五層など、直接転移することのできない中間階層帯の片隅に自生しているらしい。


 それは単純に、人の侵入が多い第二十層や第三十層から一番遠い、つまり一番人の足が入っていない階層だからこそ稀少な霊草も自生しているのでは?とサシャは思うのだが、エリシュカにとって、それはとても面倒で我慢できないことだったらしい。


 魔狂いの研究や、この<密緑の迷宮>に置いていくヤーヒムズ・コアの経過観察といった既にサシャの協力が決定している内容に加え、彼女は嬉々としてその『霊草採取ツアー』を提案してきたのだった。


「そうは言うがマスター、私とサシャがツアーをしても全く危険はないのだ。私は元々しょっちゅうそれらのラビリンスに霊草採取で赴いているからな。それぞれのラビリンスの管理小屋にいるユニオン職員も、また来たか、としか思わないはず。つまり、怪しまれることすらないということだ」

「まあ、あんたは研究の邪魔になる可能性があるような場合、不思議なくらいに卒なく立ち回るからねえ。それでも余計な情報は漏らさないよう、充分に注意するんだよ」

「もちろん。そこはサブマスターである私を信頼してほしい。なにせサシャ君にはカーヴィもいるからな。収穫した霊草は丸々その空間収納の中、我々が何をどれだけ採取してきたかなど誰にも分からないのだ」

「……その優秀な頭を、もうちょっとクラン運営の方にも回してほしいと思うのはあたいの我が儘なのかねえ」


 深々とため息を吐いたオルガが次に視線を遣ったのは、神託を得て<幻灯弧>に客分加入している、当地の領主に連なる深窓の姫君だった。


「ヴィオラ、あんたはさっきの条件でいいのかい? ここから外に戻りゃそうそう突っ込んだ話はできないからね、思っていることがあれば今のうちに全部吐きだしておくんだよ」

「わたくしは先ほどの、秘密裏に一族の者とサシャさまの会談を設定させていただく、という許可さえもらえれば」


 そう言って、そのしとやかな顔に満足げな微笑みを浮かべるヴィオラ。

 金色に近い琥珀の大きな瞳は心からの喜びを湛えてサシャを見つめ、そこに邪気は全く感じられない。


 そしてそれは図らずも、サシャたちの望みと重なる内容ではある。

 昨夜ぺス商会でオットーの妻のヘレナに提案されたように、サシャの癒しに関わるあれこれを直接領主に根回ししつつ、奈落に関する情報を探りつつ、サシャのへそくり魔鉱石を売りつけてしまえれば――と目論んではいた。


 その面会に、ヴィオラが受けた神託関連の話題が上乗せされたような形である。


 当然サシャはそこで領主一族に本物の神託の相手かどうか、厳しい品定めをされることとなるだろう。ヴィオラの魔剣レデンヴィートルが顕著な反応を示すことの実演から始まって、サシャの生い立ちや神の癒しの使い手だということ、そしてレデンヴィートルの誤動作の可能性についても、片端から正直に話すことになる。


「ねえヴィオラ。正直すごく不安なんだけど……」

「うふふ、絶対に大丈夫ですわ。詳しくはお話しできませんが、わたくし、<天人族の契約>(ヤーヒムズ・コア)を拝見してさらに確信を深めましたもの。サシャさまこそ、今のザヴジェルにとって最重要のお方だと」


 そう。

 領主一族に打ち明けるのはサシャとスフィアの親和性のことはもちろん、この最奥の間で起こったことも全て話すべきだとヴィオラは頑なに譲らないのだ。詳しくは一族の機密に触れるから話せないが、絶対に喜ばしい結末になるから信じてほしい、と。


「サシャ、ヴィオラもそこまで言っているのだ。私も不安はあるが、まさか即座に縛り首になるようなことはないだろう」

「シシシ、シルヴィエ! そういうのは言霊って精霊がいて、言ったことは本当になっちゃうんだよ!?」

「言霊なんて馬鹿馬鹿しい――と言いたいところだが、あたいは精霊のことは否定しないようにしているんだよね。特にサシャ、さっきのあんたの話を聞いた後じゃなおさらだよ」

「じゃあ縛り首になるかもって、オルガも思ってるってこと!?」

「さあて、ねえ?」


 割って入ったはずのオルガが、意味ありげに微笑む。

 オルガはオルガでこの話し合いの間でサシャから聞き出した魔狂いの話に、とてつもなく大きな手応えを感じているのだ。


「しかしヴィオラも、ヤーヒムズ・コアを見て確信した、ね……。現存する最後のひとつの持ち主の一族がそう言うんだ。一般には伏せられている、何らかの情報があるんだろうよ」

「はい、オルガさま。それはそれは、とびきりのお話があるのです。きっと会談の場で明かされるでしょうから、サシャさまも楽しみにしていてくださいね」

「縛り首の可能性とか、全然楽しみじゃないよ!? 言霊なんて本当はいないよね? お願いだからそう言ってオルガ!」

「おやおや。さっきのあんたの話で、あたいは今の世にも精霊が存在していると確信を持って言えるようになったんだけどねえ」


 濃密な大人の色気をまとわせてオルガがにっこりと微笑んで言うのは、彼女を始めとした<幻灯弧>の面々に魔狂いの気配が薄かったという、先ほどサシャから聞き出した話のことである。


 なぜかは知らないが、サシャが生まれつき魔法というものに怖気が走る体質であること。それは基本的に放たれた魔法が主体なのだが、繰り返し魔法を使う魔法使いにもその怖気のようなものが蓄積されていくらしきこと。


 そして個人差はあるが、熟練の魔法使いともなれば魔法そのものよりも濃密な怖気をまとっている場合が多いこともサシャは説明し、それが酷くなると「魔に飲まれ」て「魔狂い」になる――それがこれまでの経験上、そういうものだとサシャが確信していることである。


 そして、理由は不明だがヴィオラは別格で、嫌な魔法の気配を全くまとっていないこと、オルガを筆頭に<幻灯弧>の面々もその気配が極端に薄いこと、その辺りも併せて話題に上ったのだ。


 その話を聞いたオルガは狂喜した。


 自分たちが当面の間は魔狂いになりそうもないから、だけではない。

 彼女は元々、ヤン=シェダから始まった現代魔法というものに疑いを抱いていた。画一化されたそれは確かに魔法習得の敷居を下げ、少ない修練でも強力な魔法が放てるようにはなる。


 けれどもそれは限界があり、魔法に自由度が全くないのだ。

 エアブレードだったら決まった威力の風の刃がひとつ、一直線に飛んでいくだけ。更なる威力を求めるには別の魔法を使う必要がある。それは結局のところ、その系統に用意された魔法をすべて覚えてしまった魔法使いは、基本的にそこで戦闘力が頭打ちになるということなのだ。


 そしてさらに。


 二百余年を最前線の最上級魔法使いとして生きてきたダークエルフであり、魔法に対する類稀な感覚を持っていた彼女は、二十年ほどの前のある日、上級魔法を連発した際にふとした違和感を覚えた。


 魔法とは自らの魔力を呼び水に、体内に拓いた小路パスを通じて特定の神の力を引き出して行使するものである。そうして魔法を使い、小路パスを拓けば拓くほどそんな神々との絆は深くなり、魔法自体の効率も上がっていく――それは魔法使いにとって常識中の常識。


 だが、その二十年ほど前のある日、下位とはいえ竜種を相手にしていた彼女は上級魔法を連発し、その時に「力を借りた神が不気味にほくそ笑んだ」のをうっすらと感知してしまったのだ。


 一度気付いてしまったその感覚は、日を追うごとに消えるどころか確信へと深まっていく。いつしか彼女は「ほくそ笑む神」から力を借りる魔法を使うのを避けるようになり、そうこうするうちに世の中に「魔に飲まれ」「魔狂い」に堕ちる魔法使いが現れるようになって――


「まあ、あたいたち<幻灯弧>は十年も前から、新世代の神々じゃなく精霊から力を借りていると言われる古代魔法に切り替えているからね。まさかサシャがそこまでの感覚の持ち主だとは思ってもいなかったけど、お陰でふたつのことが証明されたのさ」


 ひとつはオルガ自身も一抹の不安を残していた、古代魔法への注力が無駄ではなかったこと。ただそれは習得こそ困難が伴うものの、使えるようになれば非常に自由度が高い。


 結果として<幻灯弧>メンバーたちの魔法使いとしての実力を一気に押し上げることとなり、その点だけでもメンバーたちからの評判はいい。古代魔法を習得しようとクランの門を叩く気鋭の若手魔法使いも出始め、これについてはオルガは後悔していない。


「……ん? 証明されたのって、オルガの感覚とそこからの鍛錬方法が間違っていなかった、だけじゃなくて?」

「もうひとつあるじゃないかい。古代魔法ってのは、新世代の神々じゃなく精霊から力を借りている、そう言われているんだよ? 散々魔法を使っているあたいたちに神々の怖気が蓄積されていないってことは、今の世にも本当にいるんだろうよ。あたいたちの魔法に力を貸してくれている、精霊ってやつが」

「おおう。これだけ話が回り道して、結局そこ!?」

「くくく、ということで、サシャの言うとおり言霊とやらもいるかもしれないねえ」

「ヴィオラ助けて! オルガが意地悪ばあさんみたい――」

「何だってサシャ?」


 上機嫌だったはずのオルガのひと睨みに、サシャがぴたりとその口を閉じた。

 話を振られかけたヴィオラはやや口を上品に尖らせて、そんな二人を咎めるように眺めるばかりである。


「……もう、お二人ともわたくしがこれほど大丈夫だと申していますのに」

「くくく、悪かったヴィオラ、ただの冗談さよ。ま、そういう訳でサシャ、あんたには<幻灯弧>で顧問になってもらうことになったからね。魔法で力を貸してくれる神々の中にも、怖気が濃い神と薄い神がいるんだろう? その辺りも色々と調べてみたいからね」

「マスター! サシャ君にメンバー全員の定期的な確認はもちろん、他の魔法使いクランもさり気なく診てもらってはどうだろう? 魔法使いはそれぞれ小路パスを拓いた神の種類が違う。誰がどんな速度で怖気に汚染されていくのか、そこを調べれば何かしらの――」


 彼らの話は尽きない。

 様々な可能性を秘めたサシャを中心に、一度はまとまりかけた話し合いが再び盛り上がり、それがようやく落ち着いたのはさらにしばらく時が経ってからのこと。




「じゃあ、話はこの辺にしていい加減に帰ろうか。随分と長居しちまったよ。サシャ、帰還の宝珠を頼む」




 ようやく話がひと段落した一行が、忘れ物はないかと最奥の間を見渡す。

 もちろんそんなものがある訳もなく、サシャは灰の山の中に戻した透明な小粒のコアに小声で別れを告げ、促されるままに神父服の懐から帰還の宝珠を取り出した。これも検証の一環としてサシャが使ってみてくれと、エリシュカから強引に渡されていたのだ。


「使うって念じながら握ればいいんだよね……」


 そう呟いたサシャごと鮮烈な青光が周囲を包む。

 一瞬の浮遊が全員に訪れ、そして――。







 予想外の驚きに満ちたサシャの二度目となるラビリンス探索は、そうしてようやく終わりを告げた。いろいろと厄介ごとが浮き彫りにはなったが、それはそれ。


 シルヴィエ、ヴィオラ、オルガ、そしてエリシュカ。

 一緒に来た面々と思いのほか距離が縮まったのが、もしかしたら一番の収穫かもしれない――そんなことを、サシャは思うのであった。



 ◇



「副支部長! 彼らが帰ってきましたよ!」

「分かったアルビン、すぐに行く!」


 滞りなく作用した帰還の宝珠。視界を染めた鮮やかな青光が完全に薄れる、その前に。


 この<密緑の迷宮>にいるはずのない人物の声が、何ごとかと体を強張らせる一行の耳に飛び込んできた。


「どいてくれ! スフィアの石室に行きたいんだ!」


 青光が消えて周囲の光景が見えるようになってきた、一行の眼前に駆け込んできたのは――


「サシャ君、探してたんだ!」


 ――憔悴した顔をしたユニオンファルタ支部の副支部長、ラドヴァンだった。彼はサシャの姿を認めるなりその神父服の両肩をガシリと掴み、


「ザヴジェルとキリアーンの領境に死蟲が現れた! 奈落の先兵だ! 現在も交戦中でポーションが絶望的に足りていない! サシャ君、君の神の癒しの力をザヴジェルに貸してくれ!」


 掠れた声で、そう叫んだ。




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