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世界が壊れていくのは、魔法のせいかもしれない  作者: 圭沢
第二部 奈落の足音と終末の使徒

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39話 コアと配慮(前)

「うわ、こうなっちゃってたか……」


 石造りの円形闘技場コロセウムを越えた先。

 ちょっとした集会場ほどの空間の中央部にあった、いかにも意味ありげな残滓。


 この<密緑の迷宮>のコア……だったもの。


 本来ならば強烈な青光を放つ巨大な魔鉱石であったはずのそれは、苔むした円形舞台の中央で、限りなく白い灰の山となっていた。


「なんとまあ、予想はしていたけど、まさかの展開だよ」

「いやマスター、この場の魔力残滓が明らかにおかしいぞ。まるで、伝説級の大魔法を使った直後のような――」

「サシャさま、灰の中に何かあります! ほら、あそこ! 行ってみましょう!」


 ヴィオラが目ざとくその白魚のような手で指差した先、そこには純白の灰の中から何かが小さく顔を出している。


「おおう、本当だ。……うーん、コレは随分とちっちゃくなっちゃった、のかな?」


 ヴィオラに手を引かれて駆け寄ったサシャが拾い上げたのは、親指の先ほどの透きとおった結晶クォーツ。灰の山の中央に半分埋もれていたそれは、その小ささもさることながらラビリンスコアの象徴ともいえる青い輝きもない、ただの石にしか見えない代物だった。


「そ、それはまさか……」

「青くもないし、光ってもいないな。何か魔法的な力に包まれているような気がしないでもないが、あいにくケンタウロスはそっちの方面はさっぱりだ。サシャ、何か分かるか?」

「うーん、何か分かるかといわれても、こっちも魔法は大の苦手だからねえ……。まあでも、やっぱりこれがコアで間違いないとは思うよ。元に比べればうっすらとだろうけど、なんかそんな感じは伝わってくるし」

「そうか、ならやはりこれがコアの末路か。随分とその、アレになってしまったな。残念だ」


 と、そこにひと足遅れて歩いてきたオルガとエリシュカが顔を突っ込んできて、揃って呆れたため息を吐いた。


「ちょっと、あんたらねえ……。そいつは多分、<天人族の契約>(ヤーヒムズ・コア)だよ」

「サシャ君、いいからソレを少しこっちに寄越したまえ。――ああこの類まれな透明度と混じり気のない純魔力、ナリは小さいが伝承に聞く天人族の契約、ヤーヒムズ・コアで間違いない! ヴィオラ殿、そうだろう?」

「ええ、大きさは別として、まさにわたくしもそう思っていました」


 ヤーヒムズ・コア、別名天人族の契約。

 それはかつてカラミタ禍の折に初代天人族ヤーヒム卿からアマーリエ=ザヴジェルにもたらされた、純魔力のみが莫大に内包された極めて価値の高いラビリンスコアのことである。


 その後は二代目天人族のダーシャ姫からいくつか提供があった他は一切世に出ておらず、現存するのはザヴジェル本家にただひとつ厳重に保管されているもののみ――


「何と、あの方々に縁があるものなのか!」


 ヴィオラの説明を途中で遮り、シルヴィエが驚愕の叫びを漏らした。


 二代目天人族のダーシャ姫、それは幼き頃に父フーゴに紹介され、一度だけ狩りを共にしたシルヴィエ憧れの心の師である。


「何となんと、そんな貴重なものだったとは! 素晴らしい!」

「だからさっきからそう言ってるだろう。大きさはアレだけど、とんでもないものなんだよこれは」


 オルガはエリシュカから奪い取った無色透明の結晶をもう一度まじまじと眺め、ほらよ、とサシャに返した。


「わわ、ええと、ありがとう?」


 受け取ったサシャは、未だ手の中の結晶の凄さが理解できていない最後の一人だ。


 天人族と言われても、確かシルヴィエの父と並んで英雄視されている人の中にそんな種族の名前があったなあ、程度しか知らないし、手渡された結晶を眺めても唯の透明な小石でしかないのだ。


 ちなみにサシャの肩の上のカーヴィは初めに一度興味深げに匂いを嗅いだだけで、その後はサシャの肩かけ鞄へと潜り込み、昼寝の態勢に入ってしまっている。



「……ねえみんな」



 そんな中、サシャがためらいがちに切り出した。


 サシャにはその<天人族の契約>(ヤーヒムズ・コア)とやらの意義は今ひとつ理解できていないが、逆にサシャにしか理解できていない風のことがある。


 それは、青の力を受け取ったサシャだからこそ分かる、そんなことなのかもしれなかった。


「ねえ、なんかこのコア、ここに置いて行っちゃダメ?」

「はあ? いったい何を言い出すんだい。何かこのコアに思うところでもあるのかい?」


 ぶっきらぼうのようでいて、それでもこちらの意を汲もうとするオルガのいつもの対応に背中を押され、サシャは己の感覚を精一杯説明してみた。


「ええと、なんとなくだけどこのコア、まだ生きてる感じがするというか? なんだかここに置いていった方がいいような、そんな気がするんだ。せっかく見つけたお宝って意味では、みんなにちょっと申し訳ないんだけど」

「へえ……。それはサシャ、あんたの直感かい? まあそもそもあんたがいなきゃお宝を手にするどころか、この最奥の間にすら入れなかったのは事実だけどね。皆はどう思う?」


 自分からの意思表示を避けたオルガの問いに、初めに答えたのはヴィオラだった。


「わたくしはその、サシャさまの思うようにされたらいいかと。サシャさまほどの方の直感には従うべきです」

「あ、相変わらず買いかぶられてる気がするけど……ありがとうヴィオラ」

「いいえ、サシャさま。それにヤーヒムズ・コアという点ではたしかに貴重な品ではありますが、この大きさです。持ち帰って奈落との戦いに活用できるかというと……」

「ふむ、そこはヴィオラの言うとおりさね。歴史的学術的な価値は別として、確かに実用性はそんなにないだろうね。シルヴィエ、あんたはどうだい?」

「うーん、まあ、オルガの言うとおりサシャがいなければ手に出来なかった品だからな。サシャが直感で置いていきたいと言うのなら、それで構わないのではないか」


 ヴィオラに続いてシルヴィエもすんなり置いていって良いと言う。

 でもお父さんへのお土産にはお手頃なんだよね、というサシャの突っ込みには、自分が苦労して入手した物ではないから土産にはならない、とのこと。相変わらず潔癖なところのある女騎士である。



「じゃあエリシュカ、あんたはどう思ってるんだい?」



 これで二人の意思を確認したオルガが、横道に逸れそうだった話を強引に最後の一人へと差し向けた。


 そしてそのエリシュカは、ここまでの流れに若干気まずさを感じていたのか、微妙に視線を泳がせながら正直に胸の内を吐露する。


「わ、私はその、是非とも手元に置いて心ゆくまで研究したい、というのが本音だ……」


 どうやらエリシュカはエリシュカで、ぶれない学者気質であるらしい。が、その瞬間のサシャの表情をちらりと見て取ったシルヴィエが、そこに新たな餌を投げこんだ。


「なあエリシュカ、研究と言えば魔狂いの研究はどうなっている? 私も今朝知ったところなのだが、どうやらサシャは全ての魔法使いに対して、魔狂いに至るまでの度合いのようなものが分かるらしいぞ? なあサシャ」

「ななな何だって! 本当かサシャ君、是非詳しい話を――」


 シルヴィエからすれば、後半部分はただの推測である。

 けれどもサシャは否定せず、というか目の色を変えたエリシュカに両腕を鷲掴みにされ、言葉を発する余裕がないだけなのかもしれないが。


「ちょっとそれはあたいも聞き捨てならないね。とは言っても……エリシュカ、サシャを離しておやり」

「だがマスター! これまで兆候すら分からなかった魔狂いの――」

「いいから離しておやりよ。逃げやしないさ、なあサシャ?」


 うんうんうんと無言で何度も頷くサシャ。


 正直なところでは今すぐ逃げ出したいのだが、この場でそう言う訳にもいかない。ここは鮮やかすぎるほどにエリシュカの興味を逸らしてくれたシルヴィエに感謝を捧げ、手の中のコアをここに置いていくと決める流れなのだ。


 それに、シルヴィエが言ったことは嘘ではない。


 サシャは、確かに魔法使いが魔狂いに堕ちるまでの度合いのようなものが分かる。その魔法使いがどれだけ魔法の悪寒に汚染されているか、その度合いでだいたいの見当がついてしまうのだ。


 けれどもそれは結局のところ個々の魔法使いをむやみに侮辱するような話なので、これまで人にはほとんど話してこなかっただけのことだ。シルヴィエにもそこまであからさまに話していないはずなのだが、頭のいい彼女のこと、今日のサシャの言葉の端々から察していたのだろう。


 まあ、出会う魔法使いごとに、「あなたは嫌な感じがプンプンしますなあ。もうじき魔に飲まれてあなたの人生は終わりますぞ!」などと傲慢無礼に診断してまわる勇気がサシャになかっただけの話でもあるのだが。


 しかしここにきて、ヴィオラは全く悪寒からは縁遠い“清らかな”気配の持ち主なのにあれだけの魔法を使いこなしていることを知ったし、<幻灯弧>の面々もその傾向が強いことを知った。そこに何の違いがあるのか。


 もしそれを研究することで魔狂いの対策にもつながって、そして更にエリシュカの熱意をそちらに向けることで、このコアをここに置いていくことに同意してもらえるならば、それはまさに一石二鳥ではないのか――


「じゃ、じゃあそっちで研究に協力するから、きっとエリシュカは忙しくなるよね? だ、だからその、このコアの研究は――」

「くくく、そういうことかい。言ってくれるねえ。どうするエリシュカ、魔狂いの研究かコアの研究か、どっちかひとつだけだとさ」

「ななな、何と! どちらも捨てられないではないか! だが、うーん、やむを得ん! まずはサシャ君と魔狂いの度合いとやらの研究を先に行おう。ただし!」


 断腸の思いを苦悩の表情に乗せ、エリシュカは決断を下した。


「ただし! サシャ君には時おりこの最奥の間に連れてきてもらって、置いていったコアの観察と軽微な実験だけはさせてもらうからな! それでどうだ!?」



 ……ええと、それどっちも捨ててないじゃん。



 サシャの頭にそんな突っ込みが浮かんだが、大人ごころで口には出さないでおいた。とりあえずはコアをここに置いていけるのだ。今はその了承を取りつけただけでいい。


「わ、分かったよエリシュカ。じゃあこれでみんな賛成してくれたってことで、コアをここに置いていってもいいってことかな?」


 サシャはここまでヴィオラ、シルヴィエ、エリシュカと三人の了承を得たこととなる。強いて残る一人を挙げるとすれば、これまで人に意見を求めるだけで、自分からは表立った否定も肯定もしてこなかったこの人――




「さあて、あたいはどうしようかねえ」




 ――ある意味で一番手強そうな、オルガがそううそぶいた。



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