34話 魔法使いの館(後)
「ええーと……なんかその、ごめんなさい?」
なんだか明後日の方向に暴走を始めた状況に、サシャはとりあえず頭を下げて場の鎮静化を図った。
勝手に誤解して突き進んでいる相手が悪いと言えば悪いのかもしれないが、そこはそれ。こういう時はとりあえず謝っておけば人間関係の潤滑油にもなるという、サシャがこれまで培ってきた人生経験である。
ちなみに成功確率は半分をちょっと超えるぐらい。
居丈高で理不尽な相手にやってしまうと事態を更にややこしくしてしまうが、人を見て使えばまあまあの効果があるとっておきだ。見た感じは悪い相手ではないと思われるし、振り返って思えば誤解されてもおかしくない流れではあるし、一歩譲って事情を聞いてもらえればいいのである。
「あの、今日はクランに入るとかじゃなくって、オルガに話したいことがあって来たというか」
「そうなのだ。ちょっと折り入ってオルガに相談したいことがあってな」
すかさずシルヴィエも加勢してくれ、ちょうどそこに茶菓子をワゴンに乗せた老婦人も入室してきた。背筋がまっすぐに伸びた品の良い彼女は、おそらくは先ほどオルガがお茶の用意をと声をかけていたラダという側仕えなのであろう。
そのラダの入室で会話が一時中断され、洗練された美しい所作で茶菓子を配膳する彼女を全員が無言で眺めるという時間が流れた。そして、茶菓子が行き渡った頃合いで、オルガがぽつりと口を開いた。
「……なんだい、そういうことかい。こいつは残念だよ」
「すまないなオルガ。昨日あれからサシャと<密緑の迷宮>に行ってな、そこで色々あったのだ」
「ふうん、それであたいに相談しに来た、と。にしてもそんなに改まって、何か言いづらいことかい? 何だったらこの二人には退席してもらうよ」
なっ、と驚愕の表情で学者風のサブマスターがオルガを見つめ、「そんな、後生です」とザヴジェル本家の姫君が上品に肩を落としているが、オルガは普段どおりの顔でサシャとシルヴィエに判断を委ねた。
「ふむ……。今日のところは逆にこちらから同席をお願いしたいぐらいだ。それでいいか、サシャ?」
「え、あ、そういうこと。もちろんシルヴィエにお任せするよ」
領主への謁見を実現するのならお姫様にはいてもらった方がいい――以心伝心、サシャが理解したシルヴィエの思惑はおそらくそんなところである。
ならば幾つかの話は封印しておくとして、まず伝えておきたいことは。
サシャが膝の上に置いていた肩掛け鞄に軽く触れると、シルヴィエから微かな同意の頷きが返ってきた。
「ええと、昨日シルヴィエにラビリンスに連れていってもらったんだけど、まずはそこでね」
カーヴィをずっと閉じ込めておくのも可哀想である。出来るだけ多くの人に味方になってもらいたいし、この場で紹介するなら早い方がいい。
出ておいでカーヴィ、というサシャの言葉に、銀色の小さな顔がひょっこりと――
「まああ!」
「おやまあ」
「何と!」
魔法使いたちの歓声が応接室に響いた。ちなみに声を出した順番はヴィオラ姫、オルガ、学者っぽいエリシュカの順である。茶菓子の支度が終わり、部屋の隅で控える態勢に入ったラダも声こそ出さなかったものの、上品に目を丸くしている。
突然の大声に驚いたカーヴィは慌てて顔を引っ込めたが、サシャが蓋を開けて優しく抱き上げ、従順なその姿を皆に披露してみせた。
「……あんた、それアベスカじゃないかい。いったいどうやって」
「なんか懐かれちゃって? アベスカは生まれ故郷じゃカーバンクル、神の眷族とか神獣とか呼ばれててね、こうやって神の癒しをしてあげると――」
指先に癒しの聖光を灯らせ、ちょん、と額の宝玉をつついてやるサシャ。
「――ほら。大喜びするんだ。ずっと鞄の中でいい子にしてたからね、ご褒美だよ」
「なんとまあ。魔獣なのに尻尾なんか振っちゃって。心なしか毛艶も増してないかい?」
「ああああの、もし宜しければ、その、少しわたくしに」
「そうだぞ顧問どの。実に興味深い、少しこちらに寄越して調べ――」
サシャがこの場で一同の意識に植え付けたのは、以前シルヴィエと打ち合わせた“神の眷族だから神の御業で懐いても不思議じゃないよね”論法である。
神の癒しを使える者がサシャしかいない為に誰もその真偽を確かめようがなく、実際に懐いている以上、ここぞという場面で非常に説得力が高い論法だ。<密緑の迷宮>管理小屋のアルビンもそれですっかり信じ込んでくれたし、この場の三人――部屋の隅で控えつつ目を輝かせているラダを含めると四人――も、疑う余地もなく受け入れてくれているようだ。
実際、ザヴジェル本家のヴィオラ姫に至っては白磁の頬を薔薇色に染め、震えるしなやかな手をそっとカーヴィに伸ばしており――
「……サシャ、ヴィオラ殿にカーヴィを抱かせてやれ。実際に触れあった方がカーヴィのことを理解も出来るだろう」
シルヴィエがそうサシャに忠告してきた。
その形の良い小鼻がひくついているところから自分が抱きかかえたいと察することが出来るのだが、さすがは同志、独占はしない広い心の持ち主だ。そうサシャが感心してカーヴィを促すと、カーヴィは素直に、とととっとザヴジェルの姫君の下へと駆け寄った。
「どうだヴィオラ殿。カーヴィは可愛いだろう」
「ええ、とても!」
「サシャの言うことなら素直に従うのだぞ。今、特級従魔の申請中だ」
「まあ!」
カーヴィのふさふさの体を嬉しそうに撫でる深窓のヴィオラ姫に、シルヴィエが得意げに説明している。サシャは寛大な大人ごころでその役を譲ってやり、シルヴィエが次の手札を切るのを心得顔で静かに待った。
「な、なあシルヴィエ。そのカーヴィとやらがアベスカなら、まさか」
「ふふふ、エリシュカは相変わらず察しが良いな。……サシャ、見せてやれ」
思わぬところで<幻灯弧>サブマスターのエリシュカが流れに割り込んできたものの、それは全く問題ではない。さっきは解剖させてくれと言い出しそうだったのでまるっと視界の外に置いていたが、今は逆に次への流れを手助けしてくれる形となっており、サシャは小さく頷いてカーヴィに声をかけた。
「ええと、またプラチナピーチでいいか。カーヴィ、このテーブルの上に出しちゃって」
そこからの展開は昨夜のオットー宅でのものと大きく変わらない。
唐突に出現したプラチナピーチの山に一同が大きく驚き、空間収納から出したそれが順調に一個減っていて、収納量が大型倉庫ひと棟分と聞いた一同がまた驚いて……。
「はああ、これは確実にひと騒ぎ起きるねえ。サシャの言うことしか聞かないってところが寂しいけど、いや、そのお陰で変にかどわかされたりはしないのか? でもまあ、昨日ラビリンスから連れ帰ってきて、その翌朝一番にウチに見せに来たってことは」
オルガがため息を吐きながら、呆れたようにサシャとシルヴィエを眺めて――
「オルガさま、これはわたくしたちが後ろ盾になってカーヴィを保護しなければいけない案件では!」
「マスター、何としてでもサシャ君にはウチの顧問になってもらわないと! 魔狂いの研究に加えて生きたアベスカの生態も間近で観察できるのだぞ! 大型倉庫ひと棟分の収納量もメンバーは喜ぶし、こんな好機を逃しては私は後悔で泣いてしまう!」
――こうなる訳だ、とオルガがもう一度深々とため息をついた。
「で、アンタたちのその顔だと、ウチに来たのはこれだけじゃないだろう? いいから全部吐いちまいな。答えはその後だよ」
「……すまないなオルガ。確かにカーヴィのことはここに来た用件のひとつではあるが、話しておきたかった本題はまた別だ。まずひとつ目は」
そう言ってサシャと目配せを交わしたシルヴィエは、昨日のラビリンス帰りにサシャが土人族のエトに直接癒しを求められた顛末を話した。
その場で拒絶はせずに金貨一枚という価格設定を打ち立てたこと、居合わせたユニオン職員のアルビンにもそう宣言してユニオン内部への告知を依頼したこと、そこまで全部だ。
「へえ、上手く立ち回ったじゃないかシルヴィエ。特に金貨一枚って価格設定が絶妙だね。確かにサシャの癒しは上級ポーションと同じ効果だ。あたいはいいと思うよ。安売りなんて絶対にしちゃいけないからねえ」
「オルガにそう言ってもらえると安心だな。この後<連撃の戦矛>に行ってバルトロメイも一応話しておいて、それからユニオンのラドヴァンにも念押ししておくつもりだ。まあラドヴァンには、もうひとつカーヴィの特級従魔登録への念押しもあるのだが」
シルヴィエの言葉にサシャも隣でうんうんと頷いている。
全ては事前に話していたとおりだし、どれも必要なことだからだ。
「なら、ユニオンのラドヴァンのところにはあたいも一緒に行くよ。どっちの件ももう他人事じゃないし――」
これにはザヴジェル本家の姫君と<幻灯弧>のサブマスターも一緒にうんうんと頷いている。オルガはそれをフンと鼻で笑って流して、
「――あたいたちが一緒に行けば、多少は効果もあるだろうからね。手伝ってやるさ」
少し照れ臭そうに、そう言って微笑んだ。
「それと、あの熊公のところは別にわざわざ行かなくても大丈夫じゃないかい? 確か今日から何日か忙しくなるようなことを言ってたし、金貨一枚って設定の件なら充分に理に適っているからね、わざわざ事前に根回ししなくても当然のこととして理解してもらえるはずだよ」
「……なら、そうしておくか。どうもここ以外のクランは苦手でな」
「そうしておきな。あんたみたいな英雄の血筋の姫君が、あんなギラギラした男ばっかりのむさ苦しい所に行くもんじゃないよ」
「私は別に姫君では…………何を笑っているサシャ」
シルヴィエの睨むような視線の先では、ラダに剥いてもらったプラチナピーチを頬張っていたサシャが、ぶはっ、と危うくそれを噴き出しそうになっていた。
けしてシルヴィエのことを笑っていた訳ではない。ただ、未だに目の前でカーヴィを愛でている本物のお姫様と、シルヴィエはやっぱりどこか通じるところがあるんだよねえ、とニマニマしていただけである。
「ちち、違うよ!? 笑ってなんかないって! ただ、そう! お姫様といえばアレを思い出しただけで」
サシャの言うアレとは、領主に謁見をするなら<幻灯弧>にいるヴィオラ姫に仲立ちを頼むべきではないか、というアレである。
直近の会話の流れとはまるで関係ないが、サシャの癒しの金額設定という大きな話の流れの中と考えれば、まあまあ無関係ではないのだ。否、今のサシャの基準では、神がかり的にドンピシャの話題であるはずだった。
「……苦し紛れだな。後で覚えていろ」
「おやおやまあまあ、何だい二人で通じ合っちゃって。癒しの金額設定についてはそんなところとして、まだ話はあるんだろう?」
「む、あ、いや。何というか、金額設定についてはまだ続きがあってだな」
「まだ続きがあるのかい、言ってみな」
軽口を叩かれて珍しくうろたえた様子のシルヴィエが、大きく息を吸って頭を整理しながら話し始めた。
「……うむ。続きは話すが、その前にひとつオルガに尋ねさせてくれ。これはここに来た本題の、残りのひとつだ」
「今度は質問かい? 答えられることなら正直に全部教えてやるよ」
「では、単刀直入に尋ねよう。今、ザヴジェルに……」
大きな戦いが迫っているのか?
声を落としたシルヴィエが、まっすぐにオルガの目を覗き込んでそう尋ねた。
そして、そう推察するに至った根拠を並び上げていく。
知り合いの商人によると、市場で大容量の魔鉱石が極端な品薄になっているという。たまたまサシャがズメイの魔鉱石を売ろうとしていたのだが、特にそういった大型魔獣の魔鉱石が引く手あまたになっているらしい。それは即ち、大きな戦いの前触れではないのか――
「シルヴィエあんた、随分と耳が早くなったし勘も鋭くなったね。あたいも昨日の午後に聞いたばかりなのに」
オルガは意外とすんなりシルヴィエの推論を認めた。
ただしその声色はシルヴィエ同様、極限まで低められたものだ。同席している<幻灯弧>のサブマスターやザヴジェル本家のヴィオラ姫たちにも驚いた気配がないということは、彼女たちもまた知っている事実だということ。
側仕えのラダも含めた四人の顔を順に見ていったシルヴィエが、ケンタウロス用座椅子の背もたれに深々と沈みながら嘆息した。
「やはり、か。その知り合いの商人は、もしかしたらそう遠くない場所に奈落が現れたのかもしれない、と言っていたが」
「へえ、誰だいその異様に鋭い商人は。だいたい当たってるよ。ただ、肝心なところがちょっとずつズレてる」
オルガに情報を隠す気はないようで、指を一本ずつ折りながらズレている箇所を訂正していった。
「奈落が現れたんじゃなくて、その前兆。そう遠くない場所じゃなくて、近場も近場。具体的には旧スタニーク王国でいう東部領、ここから三日ばかり南にあるキリアーン渓谷に、奈落のものと思われる”異形の化け物”が現れたかもしれないって話だよ」
「……もしかして、死蟲?」
予想外に飛び出してきた不吉なキーワードに、サシャの口から記憶の中の単語が零れ落ちた。オルガが重々しく頷く。
「へえ、よく知ってるじゃないかサシャ。そうさ、剣も魔法も効かないムカデの化け物のようなのが夜陰に紛れ、渓谷の村をひとつ更地にしちまったらしいよ。まあ、お陰で怪しい目撃情報しか得られてないようなんだけどね」
「うわぁ、本当に死蟲っぽい……。<おぞましき闇の先兵>なんだよねソレって。先兵現るところに奈落忍び寄る、だっけ。本当にヤバいんじゃないの」
「そうか、詳しいと思ったらサシャは大陸中南部の出身だったね。もし本当なら厄介な事さ。<連撃の戦矛>が突然忙しくなったのは、騎士団から頼まれて民間調査隊の中核として出征したからだよ」
「……ついにこのザヴジェルにも、終末の荒波が押し寄せてきたのか。情報感謝するオルガ。文字どおり部外者の我々には知る由もないことだ」
硬い表情で小さく頭を下げるシルヴィエを、オルガはフン、と笑い飛ばした。
「水臭いことを言うんじゃないよ。それに目撃情報だって、錯乱した生き残りがうわ言のように繰り返しているだけだって話だからね。全てはバルトロメイたちも加わる予定の現地キリアーノ家の山狩り次第だし、今のところあたいたちが出来ることは何もないんだから」
「あ、そのことなんだけど……」
そこでサシャが遠慮気味に小さく手を上げた。
現実に聞かされた奈落の兆候には大陸中南部の出身としてやはり聞き捨てには出来ない焦りを覚えたし、話の流れもちょうどよかったので、ひとつ自分から切り出してみることにしたのだ。
「ええと、完璧にあてにされちゃうのは怖いんだけど」
「何だいサシャ? 言いたいことがあるならとりあえず言ってみな。出来ることと出来ないことはあるけど、悪いようにはしないよ」
「ありがとオルガ。じゃあ言うけど、あのさ、癒しもそうだしカーヴィの収納もそうなんだけど、ザヴジェルの人たちが奈落を相手にするのに少しは役に立つのかなって。あと、さっきもシルヴィエがちらっと言ってたけど、ズメイの魔鉱石、持ってるんだよね」
そう言ってサシャはザヴジェル本家のヴィオラ姫をちらりと見やった。
そう。
課題である領主への謁見の件もあるし、ザヴジェルとして奈落と戦うというのなら、サシャとしても手伝うのは吝かではないのだ。
けれども。
何かを言いかけたヴィオラ姫を視線で制し、サシャのその投げかけにまず答えたのはオルガだった。
「……そう言われてみれば、あんたは魅力的なもんをずらりと持ってるね。癒し、アベスカ、そして珍しいズメイの魔鉱石もときた。けど、いいのかい? 下手したら剣も魔法も効かないっていう奈落の蟲との戦いの、最前線に行くことになるんだよ?」
「それはまあ、そうなったらどこにいても結局戦うことになると思うし。あと、ちょっとだけ下心みたいなのもあって……シルヴィエ、説明お願い」
突然話を振られたシルヴィエがびくりと体を起こした。サシャの手伝いたいという唐突な申し出を複雑な顔で聞いていた彼女だったが、続きの説明をというサシャの頼みには応じてくれた。
「――サシャが言うのは、他郷の者が奈落との戦いに協力する対価というにはささやかなものだ。先ほどの話に戻るが、金貨一枚という癒しの価格設定、あれを領主直々に認めてもらいたいのだ」
「ほほう、そっちに戻るのかい。こりゃ大きく出たね。けどまあ、頷ける話ではある。サシャの神の癒しには確かに、それだけの保険を掛けとく必要があるとあたいも思うよ」
未だ話の矢面に立ち続けるオルガが、いちいち噛み砕くような解説をつけて相槌を打っている。
その姿に、もしかしたら、とサシャは勘付いた。
領主一族のお姫様を市井のクランで預かるにあたって、こうしてオルガは姫に向けられる様々な市井の要求に、いつも防波堤の役割を買って出ているのかもしれないな、と。
その事にシルヴィエも気づいたのだろう。
少しだけ口調を和らげ、より具体的な説明を付け加えている。
「そもそもその金貨一枚という設定は強欲なものではなく、むしろ既存のポーションの価格に配慮した結果だ。謁見の場さえ持てれば、自然と認められる内容だと思っている」
「まあ、領主様から感謝の言葉が出るとまでは言わないけど、文句を言われる内容ではないねえ。直接そこを説明できる謁見の場さえあればってところだね。おまけに領主様は、それで癒しと巨大な空間収納を持つサシャを身内に取り込めもする。<幻灯弧>とすりゃ自前で囲い込みたいところなんだけど、まあ、ザヴジェル全体としては悪い話じゃないんじゃないかい?」
そこでオルガがヴィオラ姫に向き直り、気をつけて見ていない限りは気付けないほどに小さく頷いた。判断材料が出揃い、オルガなりの審判も下ったということだろう。
ザヴジェル本家の姫君は部屋の隅に控えていたラダと軽くアイコンタクトを交わし、それからようやく口を開いた。
「お話はたしかに頂戴いたしましたわ。わたくし、ヴィオラ=ザヴジェルからも叔父さまに連絡を入れておきます。……その、まわりくどくてごめんなさい」
おそらくは本人が一番それを感じているのかもしれない。最後に添えられたひと言と、どこまでも控えめな微苦笑がそうサシャに強く感じさせた。
「ただ、オルガさまもラダも、この御方に関してはそこまでわたくしを守ってくださらなくても大丈夫です」
そう言ってヴィオラ姫は人形のような顔でふわりと微笑み、ずっと抱き締めていたカーヴィを机に優しく下ろした。
「なぜなら、その宝石のような瞳もさることながら」
そう言いながら姫君は静かに立ち上がり。
……予備動作もなく腰の剣をすらりと抜き放った。
「なぜなら、かのアマーリエ=ザヴジェルさまより代々引き継がれし、このレデンヴィートルが――」
刀身からほとばしる眩しいほどの緑白色の光芒。
サシャの全身に一気に鳥肌が立ち、眼前のモノが並外れた魔剣だと強烈な警告を発している。
そして、ブオン、と低い共鳴音が響いた次の瞬間、その緑白に輝く剣先は前触れもなくまっすぐにサシャの鼻先へと向けられていた。
「――さきほどからこの剣がずっと神父さま、あなたが運命の方だと、そう告げているのです」
ザヴジェル直系姫君の、濃厚な虎人族の血を暗示する金に近い琥珀色の瞳。
その美しく穢れなき瞳が、まっすぐにサシャを見つめている。
「はああ?」
そこでサシャとシルヴィエの叫びが揃ったのは、無理もないこと。




