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世界が壊れていくのは、魔法のせいかもしれない  作者: 圭沢
第二部 奈落の足音と終末の使徒

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30/89

30話 お披露目

第二部「奈落の足音と終末の使徒」、開幕です

「きゃあああ、可愛い!」


 夜の霊峰チェカルから無事に下山し、霧の中で魔石灯がぼんやりと光る古都ファルタに無事辿り着いたサシャとシルヴィエ――門番の兵士には、従魔の首飾りをつけたカーヴィが盛大に驚かれた――が、濃霧の街並みを抜けてぺス商会の扉を叩いたところで。


 そこで出迎えてくれたユリエが、サシャの肩に乗るカーヴィを見てあげた第一声が上記のものである。


 サシャが「でしょ? カーヴィって名前なんだよ」と胸を張ったところで、ユリエの後ろからオットーが驚愕の顔を覗かせた。


「――サササ、サシャさん? お帰りなさいと言いたいところですが、それ、まさかアベスカだったりしませんか?」

「遅くなってすまなかったな、オットー。色々とあったのだ、主にサシャ関係で」

「ちょっとシルヴィエ、それはどうなの? そうそうユリエ、お土産に頬袋は無理だったけど、なんやかやで生きてるのをテイムしたみたいになった。ほらカーヴィ、ユリエにご挨拶」


 サシャにそう促され、とととっとユリエの肩に飛び移った銀色の神獣を見てユリエがまた歓声を上げた。懐いているからあげられないよ、と釘を刺すサシャの言葉もなんのその、それでもユリエのはしゃぎぶりは大層なものである。


「これはなんと、まあ……。取りあえずこんな所で立ち話もアレですから、どうぞ中へ入ってください。簡単なもので宜しければ夕食の支度も出来ておりますから」


 相変わらず目を丸くしたままのオットーが、二人を店内へと招き入れる。


 ユリエは詳細を知らないのかもしれないが、父である彼はさすがに気鋭のザヴジェル商人。目の前で娘に撫でられているのが幻のアベスカだと分かっている。それもなんと生きていて、しかも従魔の首輪がつけられているのである。


「あ、オットーさん。朝は遅くなってごめんなさい」

「いえいえ……それは全然構わないのですが……アベスカ、ですよね?」

「あはは、なんか懐かれちゃって?」


 あっけらかんと事情を説明するサシャに、オットーの犬耳がふるふると震えている。その呆然とした表情を見るに、どうやらかなりの衝撃を与えてしまっているようだ。


 そこに優しげな風貌の婦人が「あなた、早く入ってもらってくださいな。お二人ともお疲れでしょうに」と奥から顔を出した。よく手入れをされた栗色の長い髪の上にぼてりと垂れる純白の犬耳――間違いなくオットーの奥さんでユリエの母親だ!とサシャが笑顔で挨拶をする。


「あらまあ、ご丁寧に。サシャさん、ですよね? 主人から聞いておりますとも。私はヘレナ、オットーの連れ合いでペス商会の女将をしております」

「ヘレナさんね、よし覚えた! サシャです、初めまして!」

「ヘレナ、済まないが今晩もまた世話になるぞ。ほらサシャ、土産があっただろう。ヘレナに場所を聞いて渡してしまえ」

「そうだった! ヘレナさん、ラビリンスで採ってきた果物とソードラビットの肉があるんだけど、どこに出せばいい?」


 手ぶらのサシャのそんな言葉にヘレナは、はて、と小首を傾げた。そしてその珍しい神父の格好をした少年の視線がちらりと脇に流れたのを目で追い、そこで初めて娘のユリエが夢中になって撫でまわしている小動物に気がついた。


 毛艶の良い銀の体毛、魔獣を示す深紅の瞳と首に下げられた従魔のプレート、そして額に燦然と輝く青い宝玉。


「……アベスカ?」

「そうだよヘレナさん。カーヴィって名前でね、頭もいいんだよ。それで、お土産はどこに出してもらう?」

「……まさか、その生きたカーヴィ? の頬袋にお土産が入っているのでしょうか。その、マジックポーチのように」

「そうそう。さすがオットーさんの奥さん、話が早い。果物とかいっぱい採ってきたからね、カーヴィに出してもらうなら大きめのテーブルの上とかがいいかもしれない」

「あなた、私ちょっと目眩が……」

「安心するといいヘレナ、私もだよ。とりあえず食堂へ行こうか。食事の用意もしてあるし、あそこならテーブルもあるから」


 かくしてサシャとシルヴィエは夫婦揃って頭上の犬耳をふるふると震わせるオットーとヘレナの先導の元、ペス商会の奥にある食堂へと案内されたのである。


 ちなみにユリエはマジックポーチの材料となる頬袋こそもらえなかったものの、代わりにふさふさのカーヴィを抱きしめて満面の笑顔になっている。それで許してもらえたっぽいし、やっぱり可愛いは正義――そう再認識をするサシャであった。



  ◇



「えええ、何それ!? すごい! どこから出してるの!?」


 食堂のテーブルの上、小さな口をかぱりと開いて、自分の体より大きい果樹類を次から次へと吐き出していくカーヴィを見て、ユリエが何度目かの歓声を上げた。


 いや、吐き出すというよりは、どこからともなく出現させていく、と言った方が正解なのだろう。みるみる山となっていく果樹類を前に、オットー夫妻が目を丸くして手を取り合っている。


「マジックポーチ……いや、これこそが本家本元の空間収納なのか。アベスカ元来の……」

「わ、私、空間収納自体を初めて見ましたわ……見た目はあんなに小さな体なのに、いったいどれだけの量が出てくるのかしら……」

「ふふふ、どうやら大型倉庫ひと棟分ぐらいの収納量がありそうだぞ」


 誇らしげに解説を入れたのは、専用の座椅子に深々と馬体を横たえたシルヴィエだ。ケンタウロス専用に設計されたその座椅子はなかなか見かけることがないものの、彼女の里ではこれが当たり前だったのだ。


「大型倉庫、ひと棟分……!」


 ため息を漏らすオットーに、サシャも得意げに頷いている。そこに絶対に興味を示すであろうオットーに会う前にと、シルヴィエに言われて霊峰チェカルを下りながら色々と実験を済ませてきたのだ。


 結果として今のところ判明しているのは、サシャの言うことには絶対服従とでもいう勢いで即座に従うこと、基本的に臆病だがいざとなったら転移で避難するため、サシャ専属の荷物運搬役として連れ歩けそうなこと、そして今もシルヴィエがオットーに話したように、大型倉庫ひと棟分ぐらいは軽々とその頬袋に収納できそうなこと、等々である。


「ほら、先月の大地震で崩壊した崖があっただろう? 帰りがけにあそこに立ち寄ったのだ。で、転がっている岩を片端からカーヴィに収納してみてもらってな、まあ、そんな推定量となったわけだ」

「あの光景は驚いたねえ。こーんな大岩が次々に消えてくんだもの」

「どうだオットー、カーヴィは実にすごいだろう?」

「いやいやいや、すごいなんてものではありませんよ。なんともまあ。しかし、そんなに収納量があるのならば――」


 オットーのつぶらな瞳がきらきらと輝いている。

 今、彼の頭の中では様々な商売のアイデアが噴水のように湧き出てきているのだ。全てはカーヴィ次第、ひいてはその主人のサシャ次第にはなるのだが、例えば足の遅い荷馬車を使わず、身軽な早馬での街道特急便を請け負ってみたり。


 移動や運搬が困難な一部のラビリンスから、それが故に高価になっている稀少資源を大量に持ち帰ってもらったり。


 いやいや、それだけ簡単に大岩や土砂を除去運搬できるのならば、土木作業の担い手としても一流の――。


 まさに無限の可能性。何をするにしても、もしこの空間収納を商売に使うとしたら……そう少し考えるだけでも、次から次へとアイデアが舞い降りてくるのだ。


「それにしても、大型倉庫のひと棟分とは何とも規格外ですな……」

「そうよね、あなた。大抵のマジックポーチは良くて部屋ひとつ分ではなかったかしら……」

「うむ。アベスカは本来、その位の能力は持っているのかもしれないな。人があやめて無理やりその力を流用しているのだ。道具として作成したマジックポーチが数段劣化したものになるのも、そう不思議ではないことなのかもしれない」


 シルヴィエの推論に、おおお、とオットーが思わず納得の声を漏らした。


 数年前、ザヴジェル騎士団が特注して話題になった軍事用途のマジックポーチが確か、家一軒分の容量だったのではなかったか。それに使われたアベスカの頬袋は贅沢にも十匹分、当時は「さすがザヴジェル家は資産の桁が違う」などと噂になっていたものだった。


 だがそれも、生けるアベスカ一匹の足元にも及ばないということか――


 オットーは神を崇めるような眼差しでカーヴィを見つめた。神獣と呼ばれる由縁を彼なりに理解したのだ。ただ彼にとっての神とは、商売の神であったりするのだが。




「……だがまあ、カーヴィの収納に関して言えば、生きているが故の不具合というものも見つかっていてな」




 そう言って苦笑するシルヴィエが眺める先では、サシャがユリエに声をかけ、山となった果樹を仲良く二人で手分けして勘定しているところだった。


「十五、十六……やっぱりプラチナピーチがまた一個足りない! カーヴィ、食べたなあ!」

「え、食べちゃったのカーヴィちゃん?」


 どうやらサシャが真っ先に数えていたプラチナピーチはカーヴィの好物らしく、実験している時から出し入れする度にひとつずつ減っていくのだ。消えたそのプラチナピーチの行き先はというと――


 サシャの咎める声に、カーヴィはコテンとその場で腹を上に向けてひっくり返った。完全降伏の姿勢だ。そしてぶるぶると震える白銀の腹を見せたまま、ごめんなさい許してください、と言わんばかりにちらちらとサシャの様子を上目づかいで窺っている。


 ……その腹は明らかにぽっこりと膨らんでおり、減ったプラチナピーチの行き先が逆に一目瞭然となっているのだが。


「ふふふ。サシャ、一個ぐらい良いだろう。大目に見てやれ」

「だってシルヴィエ、あれだけ駄目って言っておいたのに」

「カーヴィだって生き物だ。これだけの量を運んでもらったお駄賃と思えばいいだろう。それに、他のものには手を出さず、プラチナピーチだけなのであろう? 好物なのではないか? サシャだって同じ立場で蜂蜜やらを運んでいたら、ちょっとひと舐め……とかしたくなるのではないか?」


 全くもって筋の通ったシルヴィエの問いかけに、サシャは実にすんなりと納得した。

 そう言われてみれば、魔獣が襲ってくるラビリンスの中ですら自分が何度も味見とつまみ食いを繰り返していたことは記憶に新しい。ある意味、良く似た主従なのかもしれなかった。


「うん、そう言われてみればそうだね。カーヴィ、運んでくれてありがと。もう一個ぐらいなら食べていいよ? あとそうそう、こっちのご褒美もあげなきゃ」


 そう言ってサシャは未だ服従姿勢のカーヴィを抱き上げ、癒しの光を灯らせた指先で額の青い宝玉を、ちょん、とつついた。溢れる青光、無抵抗のまま気持ちよさげに目を細めるカーヴィ。


「え、サシャさん今何したんですか?」

「ん、どうもカーヴィはこの癒しの光が好きみたいでねえ。ご褒美あげた」

「わわ、じゃあ今のが神の癒し……サシャさんて本当に神の癒しが使えるんですね、すごいです。初めて見ました。カーヴィちゃんも嬉しそう」


 正面からユリエに褒められて、えへへ、と照れ臭そうに笑うサシャを見て、シルヴィエが「そういえば」とオットー夫妻に向き直った。

 

「サシャの癒しのことなのだが……一回金貨一枚、という価格を設定してしまおうと考えている。どうやら上級ポーションと同程度の治癒力があるようなのでな。オットー、ヘレナ、二人はそれを商人の目から見てどう思う?」

「金貨一枚、ですか。ふむ」

「上級ポーション……今の青い光が出たアレ、ですよね? そんなに貴重なものだったのですか」


 オットーとヘレナはそれぞれ違う反応を示したが、それはサシャの癒しを実際に知っている者と知らない者の違いだった。そこでオットーがヘレナに改めて癒しのことをかいつまんで説明し、もう一度シルヴィエの質問に立ち戻った。


「まあ、妥当でしょうな。上級ポーションと同じ値段、という線引きは分かりやすくて良いです。私は昨日サシャさんを銀貨数枚で雇いましたが、それを知っていれば、とてもそんな金額は恥ずかしくて提示できなかったでしょう。今思えば汗顔の至りですな」


 と、オットーがシルヴィエを肯定すれば、ヘレナは純白の犬耳をふるふると振りながら若干違う趣旨の発言をした。


「私は安すぎると思います。 ですが、上級ポーションと同程度の治癒力なら金額としてはその額で妥当でしょうね。ちなみにもしザヴジェルに神殿があれば、おそらくはもっと要求されるのではないでしょうか。欠損は別として、間に合いさえすれば致命傷ですら回復できる高位神術ですよ? ザヴジェルのポーションが安すぎるのです」


 シルヴィエは二人の意見に真剣な眼差しで耳を傾け、安心したありがとう、と最後に深く頷いた。ヘレナの見解ではもう少し上げても問題はなさそうだったが、神殿というものがない以上、金貨一枚で文句を言われることはないと分かったからだ。


「……ふむ、早速トラブルでもありましたかな?」

「あなた、お話の続きはお食事をしながらにしませんか? 調理は済んでいますし、ささっと持ってきてしまいますね。お二人もわざわざお土産をありがとうございます。さっそく食後のデザートで頂きましょう。ユリエ、運ぶのを手伝ってちょうだい」


 はーい、と元気よく立ち上がるユリエと、食事と聞いて雷に打たれたようにその紫水晶の瞳を大きく見開いたサシャ。彼からしてみればシルヴィエが言わんとしていることは気にはなる内容だが、それはそれ、これはこれ。


 ここザヴジェルに来てから非常に楽しみになっているのは、何を隠そう三度の食事である。


 港町の宿の朝食から始まって、街道で護衛の皆と食べた贅沢なサンドイッチ、ここファルタに来ての<ブラーズディル塔での憩い>亭での奇跡のようなクリームシチュー、今日の昼食代わりとなったユニオン軽食処での宴会料理…………


 どれもこれも、期待を裏切られたことがないのだ。


 これからご馳走してもらえるのは、ほぼ間違いなくザヴジェルの家庭料理だろう。

 人生は全てが一期一会だという。サシャの新たな冒険が始まった。




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