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世界が壊れていくのは、魔法のせいかもしれない  作者: 圭沢
第一部 新天地と奇跡の癒し

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25話 青の絆

「捕まえた……」

「うむ」


 サシャがそのまま、何の抵抗もなくアベスカを抱き上げた。その銀色の毛皮は非常に柔らかく、そしてやはり、されるがままに大人しくサシャに持ち上げられている。


「……逃げない、ねえ」

「まさかの生け捕り、だな」


 神獣とも呼ばれ、転移も使った逃げ足は魔獣の中でも群を抜いて早いアベスカ――別名カーバンクル。それがサシャの手のひらに身体の三分の二を大人しく包まれ、後ろ足とふさふさの尻尾を無抵抗でだらりとぶら下げている。額に同化した青い宝玉はどこまでも透きとおり、つぶらな深紅の瞳はじっとサシャを見上げ、何かを訴えかけているようにすら見える。


「……なあ、サシャ?」

「うん」


 そこで再び二人の視線が雷のように交わされ、アベスカがシルヴィエの手に渡された。ぷくり、と膨らむ同志シルヴィエの形の良い鼻の孔。


「……シルヴィエ?」

「うむ」

「……ねえ、どうする?」

「うむ」

「シルヴィエ!」


 人差し指で優しく頭を撫でられていたアベスカがビクリと体を動かし、シルヴィエが嫌々といった顔でサシャに視線を移した。


「サシャ、そこまで大声を出さなくても聞こえている。アベスカが逃げたらどうするのだ」

「たぶん逃げないって。こんなこと言うと変かもしれないけど……なんかその子、他人じゃない気がしてきたような。――ほら、こっちおいで」


 サシャが優しく声をかけると、銀毛のリス型魔獣は素早く体を捻ってシルヴィエの手から抜け出し、とととっとサシャの肩へと飛び移った。


「な……魔獣が人の言うことを聞いた? まあ、テイムをして魔獣を従えている者もいないことはないが……。サシャ、念のため聞くが、テイムの魔法は使っていないよな?」

「あはは、この子かわいいねえ。ええとテイムどころか、魔法はどれも全然使えないよ? でもなんか、この子に限っては仲間というか、そんな感じはあるんだよねえ。ね?」


 サシャの問いかけに、畏れ多いと言わんばかりにその肩の上で平伏するアベスカ。まるで銀の綿帽子のようにも見えるその姿に、シルヴィエの眉間にぐいと皺が寄せられる。


「う、うむ……。頬袋を取るには、あやめなければならない。魔獣に情けは無用、テイムされたもの以外はけして人類と共存できない――はずなのだが」

「この子、きっと言葉が通じてるよ? ほら、シルヴィエのところに行っておいで」


 サシャが肩をそっと持ち上げると、とととっとシルヴィエに飛び移り、その腕の中にアベスカは収まった。そして、「これでいいの?」と言わんばかりに深紅の瞳でサシャを振り返る。


「おお、確かに言葉は通じているようだ。ならば……わ、私の肩にも乗ってくれないか?」


 が、少し恥ずかしげに口にしたシルヴィエの言葉には、アベスカは全く反応しない。落胆したように漏れたため息を見て、サシャは思わず「肩に乗って、だってよ」とアベスカに繰り返しでお願いをした。すると。


「おおっ、来た! ふふ、ふふふふ、何とも可愛らしいではないか」

「あはは、すごいすごい。本当に言葉が分かってるみたいだねえ」

「では次はサシャのところに――サシャのところに?」

「あれ?」


 次なる言葉にもかかわらず、シルヴィエの肩に乗ったアベスカは未だサシャを見つめたまま動いていない。ふさふさの尻尾がシルヴィエの僅かな身動きに応じ、バランスを取るように揺れているだけだ。


「ほら、こっちおいで――あは、来た来た」

「もしかして、言うことが分かるのはサシャだけ……なのか?」

「え、そうなの?」


 サシャの肩に戻り、甘えるように額の青い宝石ごと顔をサシャの頬へとすりつけているアベスカ。探究心を刺激されたシルヴィエが何度か呼びかけてみても、反応するのはサシャの言葉だけのようだった。


 シルヴィエは言葉を変え、口調を変え、声色を変え……やはり、アベスカは何の反応も示さない。




「――本当にサシャの言うことしか伝わらないのだな。思えば額の宝玉も青、やはり青の光にはどこかで通じるものがあるということなのか……」





「ん? 何か言ったシルヴィエ?」

「いや、独り言だ。なあサシャ、ひとつ試してもらいたいことがあるのだが」

「あいさー何なりとー」


 反応のない独り相撲をしていたシルヴィエをよそに、ご満悦の表情で肩の上のアベスカとじゃれていたサシャが気軽に引き受ける。シルヴィエはこうなったら納得するまで考え込んでしまうというのがだんだん分かってきているし、サシャに対してそう変な頼みごともしてこないのも分かっているからだ。


「サシャ、そのアベスカに軽く癒しをかけてみてもらえないか? 癒しの青い聖光が少し輝くぐらいで充分だ」

「ん? この子、どこかに怪我なんてしてる?」

「いや、単なる好奇心だ。体力的に厳しければ無理にでなくともいい」

「ふーん、よく分からないけど……ほいっと」


 体内の源泉に充分余裕があるのをサッと確認したサシャが、アベスカの短い前足に掴ませていた指先を青く光らせる。規模は小さいがいつもと同じ、癒しの青い聖光だ。


「はいはい、痛いのなくなれ傷治れ――っと、おおお?」

「おお、こうなるか!」


 サシャの指からあふれ出た神々しいまでの静謐な光が、まるで吸い込まれるようにアベスカの額の宝玉に流れ込んでいる。そしてそのアベスカ自身は、気持ちよさそうに目を細めていて。


 やがて青の光は全て吸い込まれ、周囲は何事もなかったかのように元の色彩に戻った。唯一変わっているものといえば……


「なんかふかふかになった!」

「みるからに毛艶が良くなっているぞ、いったい何が起こった?」


 胴体よりも太いふさふさの尻尾をぴんと立て、嬉しそうにサシャの指に背中をなすりつけ始めたアベスカ。その毛並みといい、額の青い宝玉といい、文字どおりひと回り輝きを増しているのは一目瞭然だ。


「へ? いったい何が起こったって、シルヴィエはこうなるの分かってて言ったんじゃないの?」

「まさか。ただ、もしかしたら何か起こるかも、という好奇心だけだ。ふむ、実に興味深い」

「ふむ、じゃないよもう。でもまあ、この子もなんかキレイになったし、喜んでるみたいだからいいか」

「ほう、ますますサシャに懐いたようだな……これならば、イケるかもしれんな」


 イケるって何が?――そう言って見上げるサシャに、シルヴィエはアッシュブロンドの髪を後ろに払い、ふふ、と艶然と笑った。



「もちろん、連れて帰るのだ。サシャ、お前がテイムしたという事にして。実際、似たようなものだろう」



 えええー、と反論の声を上げかけたサシャだが、そこでふと思いとどまった。同志シルヴィエはむちゃくちゃなことを言い出したようだが、それは意外と悪くない案だぞ、と。


 なにせこれだけ自分になついてくれているし、いくら貴重なマジックポーチの材料となる魔獣とはいえ、サシャのこれまでの常識からすれば、これは幸運の神獣カーバンクルなのである。


 殺して頬袋を剥ぎ取るなんてもってのほかだし、連れて歩けばなんやかやと良いことがあるのではないか。魔獣という割には全く危険を感じないし、他人に危害を加えたりもしないという妙な信頼のようなものも感じている。そしてなにより、見ていると可愛らしくて心がほわほわと癒されるのだ。


「その案、乗った! さすがは同志シルヴィエ、可愛いものに正直だよね!」

「なんだそれは……。まあいい、管理小屋に戻ったらアルビンに従魔登録をしてもらおう。それよりも次へのスフィアを目指した方がいい。だいぶ時間が経っているからな。いくらラビリンスが昔の昼の長さで動いているにしろ、夕暮れは近い。進む方角は任せるぞ」

「ああっ、そうだった! 方向は任せて……って言いたいところだけど、ていうかまず、この子はちゃんとついてくるのかな」


 サシャがアベスカをそっと地面に下ろした。

 もしこれで逃げていくようなら、それはそこまでの縁だったということ。懐いているようにみえても野生の魔獣なのだ。無理強いはよくない。


 サシャは地面に下されてもじっとその場で見上げてくるアベスカに、言い聞かせるように語りかけた。


「ね、この先も一緒に来る? このままここでお別れして、元どおりにここで暮らしてもいいんだよ? どうするか、選んで」


 アベスカは言葉の意味がしっかり分かっているかのように一度自分のいた川べりの木を振り返り――



 とととっと、再びサシャの肩へと駆け上がった。

 サシャとシルヴィエというコンビに、幸運の神獣が加わった瞬間である。



  ◇



「サシャ! 方角はこっちで間違いないか?」

「うーんと、ちょっとだけ右に! さっきの窪地を迂回したとこで少しズレたのかも――うん、これでまっすぐ正面! もうかなり近いよ!」


 夕暮れが迫りつつある広大な密林を、ケンタウロスと神父服の少年がもの凄い勢いで突き進んでいる。逞しいケンタウロスの脚運びは駈歩かけあしへと変わっている。背中に荷物があると難しいそれも、今は何の問題もない。サシャが片端から集めまくった大量の特選収穫物はなんと、アベスカの頬袋に収納してあるのだ。


 サシャの故郷での呼び名カーバンクルにちなみ、カーヴィと名付けられたアベスカ。


 サシャの言うことには非常に従順であり、試しに収納させてみれば山となっていた果物その他をきれいに頬袋へと納めてみせた。肩に乗れるほど小さな体なのに、と不思議極まりない光景であるが、そもそもが異空間収納のマジックポーチの本家本元である。できて当然といえば当然なのかもしれなかった。


 ただ、好物らしき果物の幾許かは頬袋の異空間収納ではなく、その胃袋へと消えてしまっているのだが――それはまだ、サシャもシルヴィエも気付いていない。


 そして今、そのカーヴィは疾駆するサシャの肩にしっかりと掴まり、以心伝心の動きで器用にバランスを取っている。それはまるで主人の心を熟知する侍従のようにも見える。


 時おり現れる魔獣にサシャが双剣を振るえば、時に逆の肩に飛び移り、時にどこかへ一時的に転移して姿を消したりと、サシャの挙動を一切妨げていない。サシャが魔獣を斬り飛ばして問題がなくなれば転移でまた肩の上に戻ってくるあたり、何かで繋がっている、シルヴィエのそんな言葉を裏付けるような一人と一匹だった。


「これは、本当に癖になるぞ……」


 馬蹄の音も高らかに木々を走り抜けているシルヴィエが、電光石火の槍捌きの合間に呟いた。


 死角を守り、獲物を拾ってくれるサシャがいるだけでも楽なのに、荷物の全てをカーヴィの異空間収納が運んでくれているのだ。防具の他に一切の荷重がないシルヴィエの突進は、ここがラビリンスだと思えないほどに快調だ。


 けれども……。


 胸の奥にくすぶる重苦しい思いを振り払うように、シルヴィエは力強く愛槍でトーチスパイダーを薙ぎ払った。


 このラビリンスコアへの挑戦がどうなるにしろ、その後<密緑の迷宮>を出れば、サシャはいずれ大勢の人間に囲まれるのは間違いない。


 それは前代未聞、テイムされたアベスカの主というだけではない。サシャの神の癒しを求める人々から始まって、オルガやバルトロメイたちによるクランへの勧誘もある。


 さらに、今回こうして唐突に未踏破層へと跳ばされた、スフィアの異常転移の原因も忘れてはならない。今になってシルヴィエが思うに、もしかしたら、本当にもしかしたら、今回の異常転移の原因にサシャが関係しているような気がしないでもないのだ。


 スフィアと同じ青光を放つ、神の癒しを使えるサシャ。

 魔法使いが他の魔法使いの気配を感じるように、サシャはスフィアの気配を感じとっている。


 はたして、無関係、で済む話なのだろうか。


 シルヴィエはうっすらと覚えている。

 管理棟のスフィアから初めに転移する時、その場の勢いとはいえサシャが「よし行こう! アベスカがいる、その地まで!」とかなんとか言っていたことを。


 もしかしたら、本当にもしかしたら、十層ごとにはなるが経験者が踏破済の階層を選んで転移できるように、アベスカがいるこの階層への転移をサシャが無自覚に指定したという可能性が――



「シルヴィエ、なんか暗くなってきた気がしない? スフィアまではまだかなり距離がある感じだけど、どうしよう?」



 息切れひとつせずに並走するサシャの現実的な問いかけが、シルヴィエの思考を束の間の停滞から引き戻した。




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