表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界が壊れていくのは、魔法のせいかもしれない  作者: 圭沢
第一部 新天地と奇跡の癒し

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/89

22話 コンビ(前)

「……シルヴィエってノリ悪いよね」

「……それはまあ、昔からよく言われるな」


 <密緑の迷宮>、唐突に跳ばされた未知の階層の転移スフィアの脇で。

 途切れることなく続く蝉の大合唱に押し潰されるかのような、微妙な沈黙がサシャとシルヴィエの間に広がっていた。


「そ、そんなことより、いいのか? その、サシャが私に付き合う必要はないし、例えばだがサシャは宝珠で帰還して、私が単身で挑戦してみるという方法も――」

「ええっ、せっかくの初ラビリンスなのにこれで帰れって言うの? 調査も手伝うし、先にも進ませてよ。それにシルヴィエさっき、一人だけだったら危ないからやらないって言ってたじゃん。さらに帰還の宝珠をこっちで使っちゃったら、シルヴィエは宝珠なしで行くことにもなるんだよ?」

「……まあ、それはそうなのだが」

「要は二人で最奥の間ってところに行って、コアを取ってくればいいんでしょ? いざとなったらそこで帰還の宝珠を使えばいいんだし、せっかくだからやってみようよ」

「ううむ……」


 シルヴィエはもう一度、ゆっくりと周囲の密林を見渡した。つられてサシャも視線を巡らせる。


 一見ただの茂みや枝々に見えるが、注意深く見ればそこかしこに魔獣が潜み、獲物が来るのをじっと待ち構えているのが分かる。不用意に木立に立ち入れば、間違いなく一斉に襲いかかってくるだろう。


 だが、それらは基本的に小さめの待ち伏せ型の魔獣ばかりであり、先ほど一匹だけ倒したトーチスパイダーも含め、シルヴィエから受けた説明をしっかり頭に入れておけばサシャにも対応できるものばかりだ。一斉に襲いかかってくるとしても、そうして自分から姿を現してくれると考えれば逆にありがたいというもの。


 戦いの主導権を握り、数にさえ呑まれなければ、進んで行くことは充分に出来る――サシャはそう確信した。


「ねえシルヴィエ、試しにちょっとだけこのスフィアから離れてみない? どんな風に戦うのがいいのか、少し練習ってことで」

「……それは、悪くない案だな。実際に二人でこの階層を動いてみれば判断材料も増える。そうだな、まずはあそこの湖まで行って帰ってきてみるか」


 すい、とシルヴィエの槍が向けられたのは、右側の木々の奥に垣間見える巨大な湖だ。直線距離にして百メートルもなく、様子見にはもってこいだろう。


「二人での戦い方といえば、サシャ、私は見てのとおり上半身の高さによる視界の広さと――」


 そう言って背筋を伸ばし、二メートルを優に超える高さからサシャを見下ろすシルヴィエ。

 ケンタウロスである彼女は確かに、普通の人系種族が騎乗したのと同じ高さと視界を持っている。


「――そして、この槍の長さによる攻撃範囲の広さがある。馬と同等以上の機動力と併せ、戦地での突破力はかなりのものだと自負している。だがその反面、この長い馬体ゆえにどうしても小回りが苦手だし、後ろ脚の付近が死角となりがちだ。前進の勢いをなくし、囲まれると十二分に戦えなくなることが多い」


 あー、いわゆる騎兵みたいな感じなんだね、とサシャが相槌を打った。

 その理解はおおむね正しい。けれどもそこはケンタウロス、文字どおりに人馬一体を体現しているのだ。戦闘力は騎兵の常識を遥かに上回る。


「なのでサシャ、私が先行して前を蹴散らすから、お前は私の横ないし後ろに位置取って遊撃し、死角を潰してくれるような戦い方をしてくれるとありがたい」

「おお、なるほど! 任しといて!」

「頼む。私一人であれば後ろにつかせないように一気に突破を図るところだがな。そうやって後ろを守ってくれるのならば、ゆっくり慎重に進むことも出来よう。どのぐらいの速度が最適かというのは……まあ、やってみてだな」

「だね!」



 では、行くぞ。



 そう言って周囲を警戒しつつゆっくり移動を始めたシルヴィエの後を、両手に双剣を構えたサシャがこれまたゆっくりと追随していく。あっという間に背後の茂みに埋もれて見えなくなった青いスフィアの方向に、不思議そうな一瞥だけを残して。


「シルヴィエ!」

「サシャ!」


 戦闘は唐突に始まった。


 上体を倒し、地を這うように跳躍したサシャが斬り捨てたのは、ケンタウロスであるシルヴィエの後ろ脚を狙って鎌首をもたげていたトライアングルスネーク。振り返ったシルヴィエが愛槍の長いリーチで叩き飛ばしたのは、音もなく頭上から降下してきた複数のトーチスパイダー。


「シルヴィエ、ありがと! それとトドメはこっちでやっておくから!」


 サシャが俊敏に駆けまわり、双剣を振るって地面に転がった子猫ほどもある毒蜘蛛を次々に斬り捨てていく。そうして一瞬の遭遇戦は呆気なくその幕を閉じ……はしなかった。相変わらず耳を聾する五月蠅いぐらいの蝉の鳴き声の中、無数の気配が二人に向かって押し寄せてくるのが分かる。


「礼を言うならこちらこそ、だ。やはりどうしても後ろ脚の付近への対処が遅れるな。助かった」

「またまたー。一人だったら後ろ脚でパカーンって蹴ってたんでしょ? 脚元に飛び込んでからそれに気づいたよ」

「まあ、な。……さあお喋りはここまでだ。次は一気に波が来るぞ。軽く前進しつつ、今の調子で行こう」

「あいさー」


 そうして本格的な戦闘が始まった。


 上背のあるケンタウロスの槍使いと、小柄で敏捷な双剣使いの相性は良かった。

 見通しの悪い原生林をじわじわと前進してく中、前方や頭上から襲いかかってくる相手には、視点が高い上にリーチの長いシルヴィエの槍が迎撃をし。


 それで討ち漏らした相手や左右に潜んで奇襲を狙ってくる相手、後方から追いすがってくる相手には、敏捷に動き回るサシャの双剣が雷光のようにとどめを刺し。さらに余裕があれば距離がある相手には落ちている枝をぶん投げ、投石ならぬ投げ枝でその出鼻を挫いてもいる。


「やるなサシャ、まさかここまで楽になるとは思わなかったぞ」

「えへへ、まあそれほどでも? けど、シルヴィエも強いねえ。さすが<槍騎馬>って感じ」


 互いの動きにも慣れ、余裕が出てきた二人は軽いお喋りを交わしつつ、圧倒的な殲滅力で未知の密林を突き進んでいく。


「よし、湖に着いたぞ。やはり見たことのない湖だが、とりあえずはここで折り返しだ。スフィアまで戻ろう」

「そんなに厄介な相手もいないし、今のとこ良い感じで戦えてるね」

「ああ、それは間違いない。細かい所は魔獣が寄ってこないスフィアの傍でまた話し合おう。帰りは試しにもっと前進速度を上げてみるか」

「了解ー」


 そうして動き出した二人は、同じ場所を通っても芸がないと極端な大回りをしながら再び大量の魔獣を殲滅していく。


 軽快に先頭を駆けるシルヴィエの槍捌きは冴えわたり、自己申告どおりの敵中突破力を遺憾なく発揮している。伴走するサシャはサシャで上がった前進速度に置いていかれることもなく、むしろまだまだ余裕があると言わんばかりに投げ枝の頻度が上昇しているほどだ。


「とうちゃく―!」

「ふふ、その様子だともっと速度を上げても大丈夫そうだな。まあ、昨日あの母子を救出する時、私を追い抜いていったことを考えれば問題はないか」


 大きく迂回したにも関わらず、二人はあっという間にスフィアに辿り着いた。

 サシャもシルヴィエも息すら上がっていない。


「むっふ! まだまだ速くしても大丈夫だよ!」

「……二本足の種族にこれほどの走力があるとは未だに信じられないが、お陰で実にやりやすかった。正直、誰かと共闘する上でこれほどに気を遣わず、これほどに安心感を持って戦えるのはサシャ、お前が初めてかもしれない」

「またまたシルヴィエったら。でもこれなら、先に進んでもきっと大丈夫じゃないかな? いざとなったら帰還の宝珠を使えばいいんだし」


 ふうむ、と未だに躊躇いがある様子のシルヴィエ。


 実際に二人で戦ってみると、確かに驚くほど楽に戦えたのは事実だ。

 ケンタウロスである自分に余裕を持って伴走できる、サシャの信じられないほどの走力。相変わらず人外じみた凄まじいばかりの身のこなしと気配察知力で危険を片端から潰してくれるし、そしてこちらも相変わらず、ふとしたはずみに垣間見える圧倒的強者の風格。


 剣術としての技術的なものはそこまでではないようだが、本気を出せばどこまでの強さがあるのか。真摯に武を追求してきた者として、そこに慄くような期待感すら抱かせてしまうのがこのサシャという少年だった。


 そこにきて、<槍騎馬>としての自分との相性も抜群だ。これならば本当にこのラビリンスのコアを手に出来るかもしれない。だが。


「だがサシャ。本当にこの先につきあわせてしまってよいのか? 危険もあるし、お前は――」

「あ、シルヴィエもしかして、コアを手に入れられた時の分配とか考えてる? そんなの要らないからね、シルヴィエのお父さんへのプレゼントだから」

「いや、そうなったらそんな訳には――」

「そうしたいの! あ、その代わりアベスカの頬袋が手に入ったらユリエにあげてもいい? そういえばそっちも忘れちゃ駄目なんだった」

「それはそれで構わな――」

「よし、決まりっ! じゃあまずこのスフィアの転移先から確かめよう! ザヴジェルにいるんだから、ラビリンスの調査もやらないとだからね!」


 そうしてサシャはシルヴィエを急かすようにスフィアに歩み寄った。

 可能性としてはラビリンスが『壊れて』いて、変な所へ転移させられてしまうこともないとは言い切れない。だが、それを言っていたら何も始まらないのだ。


 少なくともラビリンス入り口のスフィアからは、未知とはいえ同じラビリンス内らしきこのスフィアへと転移してきた。つまり、まったく繋がりのない場所に転移させられてしまうほどラビリンスが『壊れて』いる訳ではなさそうなのだ。このスフィアの転移先としたら、やはり少なくとも同じラビリンス内のどこかのスフィアへと跳ぶ公算が高い。


 ならば、サシャとしては前に進むのみ。

 シルヴィエに良いお土産を渡せるかもしれないし、なにせ人生初のラビリンスだ。絶対に満喫しなければならない。


「よし、じゃあまたさっきみたいにシルヴィエが触って。しっかり尻尾、持ってるから」

「……では触れるぞ」


 再び視界が青一色に呑み込まれ、一瞬の浮遊感が二人を唐突に襲う。そして――




  ◆  ◆  ◆




 ――ぬるり。


 眩いほどの青光の中、サシャの全身に走ったのはそんな感触だ。

 まるで何かに強引に割り込もうとして、けれどもそれが叶わずぬるりと脇に押しのけられたような、そんな刹那の感触。


「うわああっ!」


 急速に薄れていく青光、徐々に明らかになっていく転移先の光景。

 そこで思わずサシャに悲鳴を上げさせたのは、なんとも言えない浮遊感だった。


「な、何事っ!?」

「ぎゃああああ!」


 先ほどのスフィアから転移してきたその刹那、サシャの足は虚空を踏み抜いていた。


 そしてようやく戻ってきた視界には。


 ゆっくりと落下しはじめたサシャの遥か下には、霞たなびく雄大な大自然が広がっている。咄嗟に握りしめたシルヴィエの尻尾でそれ以上の落下は食い止められたものの、今度は横にそびえ立っていた岩壁に全身を叩きつけられた。


「ぐはっ! ちょ、何これ! どういうことっ!?」


 思わず見上げた先にあったのは、空を背景に遥か高みにまで続いている巨大な絶壁。

 そしてそんなサシャのすぐ上、僅かな窪みに転移スフィアが鎮座していて、その窪みに前脚をかけたシルヴィエがぶら下がっている。


 サシャ本人はそんなシルヴィエの少し下、だらりと伸びた後脚の横の尻尾にぶら下がっていて――



「えいくそ、届け!」



 シルヴィエがしゃにむに伸ばした槍の穂先がキンッ!という音と共にスフィアに叩きつけられ、ぶわりと広がった青光が再び彼らの視界を呑み込んで――――




  ◆  ◆  ◆




「死ぬかと思った……」


 再度の転移で見覚えの先ほどの階層へと戻ったサシャは、頼りがいのある地面へとへたり込んでいた。うるさいぐらいの蝉の大合唱も全く耳に入っておらず、聞こえているのは激しく高鳴る自分の心臓の音ばかり。


「……今ので確定したな。ここは<密緑の迷宮>、前人未踏の第二十一階層だ」


 隣で地面にその馬体を横たえていたシルヴィエがぽつりと呟いた。すぐ傍に浮かぶスフィアの静謐な青光が、表情の抜けたその凛とした美貌を青く照らしている。


「ちょ、今言うことそれ!? 危うく遥か下界の密林に墜落するところだったじゃん!」

「ああ、危なかったな。あえて白状すると、私は高い所が非常に苦手だ。槍でスフィアを触っても転移ができて本当に良かった。父に昔そんなことを聞いたことがあったのをかろうじて思い出した。走馬灯の中で」

「えええ、それって死を目前にした時のやつだよね!? ……はあ、まだ胸がドキドキしてるよ。まあシルヴィエのその機転?のお陰で助かったんだね。でもびっくりしたなあもう」


 ようやく落ち着いてきたサシャがゆっくりと立ち上がる。


「そうすると、もしかしてさっきのが空に浮かぶ崖ってやつだったの? あの、誰もスフィアに辿り着けなかったという」

「ああ、間違いない。下はちらりと振り返っただけで見る気にもなれなかったが、あの独特な地形、丘の配置には心当たりがある。あれは<密緑の迷宮>で現在探索されている最奥、第二十層の大山岳地帯だった。……それにしても」


 シルヴィエも四脚を踏ん張ってよろりと立ち上がり、大きなため息をついた。


「下から見上げていた時は、空に浮かぶ絶壁の中央に青いスフィアが見えていただけだった。それがまさか、あんな薄い窪みにかろうじて乗っていただけだったとは」

「あれ? そういえば転移の瞬間に真横に押しのけられたような変な感触があったけど、あれってもしかして、窪みの奥……岩の中に転移しようとしてたってこと?」

「サシャも感じたか。それはその解釈であってる。物体の上に転移することはできないからな。転移先に何かあった場合、軽い方が横に押しのけられるのだ」


 それは古くから判明している転移スフィアの特性のひとつ。転移者が物体の上に転移しようとすると、重ならないようにどちらかが弾かれる。足元の草などがよくある例だが、転移の瞬間、出現する転移者の体から押しやられたようになぎ倒されているのだ。


 逆に重なる相手が岩や木など、不動もしくは転移者より同等以上に質量があるものの場合は、転移者の方が脇に押しのけられる。サシャが感じた違和感はこれで、その岩なり木なりを避けた位置で転移者は出現する、スフィアの転移はそういう法則になっているようだった。


「しかし、 絶壁のあれっぽっちの窪みにコアがあるなど、どう考えても使えないではないか。我々が落下しなかったのは僥倖……いや、ラビリンスとしてはそれだけ本気で第二十層とこの階層を切り離した、ということかもしれないな」

「それってつまり、ここの次が最奥の間ってこと?」

「ああ、そんな予感はひしひしとするな。とは言ってもここのスフィアからの転移先があれでは、いずれにせよ奥に進むしかなくなった訳だが」

「よっし! じゃあ行けるところまで行ってみよう!」


 サシャが上半身を左右に捻り、身体の凝りを解きほぐす。その紫水晶の瞳は準備万端と輝きはじめ、シルヴィエも手にした槍をぐいと持ち上げた。


「サシャ、危なくなったらすぐ帰還の宝珠を使うのだぞ。さっきの転移で朗報があるとすれば、ラビリンス自体が『壊れて』いる訳ではなさそうだ、ということ。スフィアの転移が普通に働いているのであれば、帰還の宝珠も無事に働いてくれる可能性が高くなったのだから」

「だね。でもどっちみち宝珠を使ってみるのは、まだ今すぐの話じゃないって。使うのは行けるところまで行った後だから!」

「ああ、とりあえずここのスフィアの確認は済んだ。あとは宝珠を使うまでにどれだけ進めるかだな。夜までにはぺス商会に戻らなければならない。時間が許す限り、一気に進むぞ」

「おう! 頑張って最奥の間まで行こう! なんたってこれは絶好のチャンスなんだから!」 

「ふふふ、違いない。けれど時間厳守は絶対だ。外界と違ってラビリンスの太陽は昔どおり、日没が早くなったりはしていない。日が暮れるまで我々の感覚よりも二時間は長いはずだ。けれどもそれで暗くなってしまえば、ここの危険度は何倍にも膨れ上がる。時間が許す限り一気に駆け抜けるが、サシャ、またさっきの感じで背中を任せてもいいか?」

「もっちろん!」


 少年と女ケンタウロスがそれぞれの武器を掲げ、青く輝くスフィアから離れて前人未踏の第二十一階層へと再び侵入していく。触れる端から魔獣を蹴散らしていくその行軍は、二人の連携が熟成していくと共にどんどん調子を上げていって。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ