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世界が壊れていくのは、魔法のせいかもしれない  作者: 圭沢
第一部 新天地と奇跡の癒し
17/89

17話 勧誘(後)

 これ駄目なやつ! バルトロメイさん逃げて!

 そんな台詞が口から出そうになった、その時に。


「ふうん? そんなことあたいはひと言も言ってないけどねえ?」


 テーブルに乗り出していたオルガがその視線をサシャへと変えた。


 エバーグリーンのローブの下、両腕の間に挟まれたダークエルフの挑発的な肢体が正面にいるサシャにこれでもかと強調されている。テーブルの脚とピュアな少年の心が、ギギイ、と揃った悲鳴を上げた。


「条件が同じなもんか、ねえサシャ? あたいはこの坊やを顧問として迎えると言ったんだ。ウチなら美人どころの主要メンバーが勢ぞろいして、あんたをそれはそれは大切に扱うとも」

「……ええと」


 逃げなきゃいけないのはこっちだった! あと、今日の夜ごはんは何かなー。


 必死に目と思考をそらすサシャに助け船を出したのは、オルガのあからさまな色仕掛けに対し眉間に微妙な皺を刻んだシルヴィエだった。


「オルガ、クランの顧問とは何だ? あまり聞いたことのない待遇に思えるが」

「ああ、そりゃあたいがさっき作った制度だからね。聞いたことがなくて当然さ」




 ……おやおや、まあまあ。




 オルガはシルヴィエに勿体ぶった答えを返しつつも、心の中で思わずそう呟いていた。今はクランマスターとして人材争奪戦の最中ではあるのだが、予想外の光景に零れそうな笑みを必死に押し殺している。


 オルガは長年、陰に陽にシルヴィエに目をかけてきた。けれどもかの英雄の娘御はあまりにも不器用であり、人との距離の作り方がどうしようもなく下手だった。他人と会話はできる。が、ほぼ無表情な凛とした美貌と相まって、冷たい女だと思われがちなのだ。


 ……それが、どうだい。


 今のシルヴィエの行動もそうだし、オルガの目には、さっきから妙にこの神父姿の少年を守ろうとしているのも見えている。少年は少年で邪気なくシルヴィエに懐いているようだし、まるで歳の離れた姉弟を見ているようであった。


 これはもしかしてもしかすると、長年の懸案が思いがけず解決しかかっているような、実に、実に得難き展開なのかもしれなかった。


 ……ならまあ、行儀良くはしてやるかねえ。


 オルガは小さく咳払いをしてテーブルに乗り出していた体を引き戻し、さりげなくローブの乱れを直した。そして椅子に座り直しながら、何事もなかったかのように話を再開させた。


「……顧問ってのはね、幹部とかの主要メンバーと違って、クランから一歩引いた存在のことさ。クランに協力はしてもらうけど、クランの狩りに同行する義務はない。まあ季節に何度かある、ここぞって時には力を貸してくれりゃありがたいけどね」

「ん? ではサシャはいったい何をするのだ? その顧問とやらに――契約金なしの月に金貨三枚だったか? それを払うと?」

「そうだよ。週に何度か、定期的に顔を出して時間をもらえればそれでいい。……てことでサシャ、うちに入らないかい? そこの熊親父のところみたくこき使ったりしないよ。さっきも言った、季節に何度かの大きい狩りの時に手伝ってくれりゃ助かるけど、そいつは強制じゃない。それで顧問給の月三枚はあんたのもんだ。どうだい?」

「おいこらちょっと待てオルガ!」


 慌てて立ち上がったのはバルトロメイだ。

 あからさまな言いがかりに内心で首を傾げていたら、思いもよらぬ雇用条件を打ち出してきたのだ。


 確かに魔法使い集団である<幻灯狐>は、戦士集団の<連撃の戦矛>と違ってそもそもの負傷率が低い。前衛と後衛の違いと言えばそれまでだが、そこを最大限に利用してとんでもない条件を提示されてしまったのだ。


「おいオルガ! お前はさっきの騒動の時に俺たちに借りひとつって言っただろう! ここは俺たちに譲るってのが筋じゃないのか」

「それはそれ、これはこれじゃないか。必死になって何を持ち出してくるかと思えば、まったく往生際の悪い。まあまあそんなに慌てなくても決めるのは本人さね、違うかい? ウチはあんたのところとはまた違った理由で、是が非でも坊やが欲しいんだよ」

「ならオルガ、まずそれを説明しろ! そこを明かさず好待遇だけちらつかせるなど、それこそ詐欺だろうが!」

「おやおや、随分とせっかちだねえ。じゃあ説明させてもらおうか。まず坊やにひとつ確認したいんだが――」


 オルガがまっすぐにサシャの目を見詰め、ゆっくりと口にする。今ひとつ話の急展開に追いついていないサシャではあったが、オルガの目に宿った真剣さに思わず背筋が伸びた。


 そこまでの真剣さはさっきまではなかったもの。

 何を言われるか息を止めて待ち構えるサシャに、オルガが囁くように質問を紡いだ。






「――サシャ、あんたもしかしてゾルタンが魔に飲まれるのを分かってやしなかったかい?」






「おいおいオルガ、それは流石に」


 バルトロメイの言葉は、明らかにぎくりとしたサシャの反応によって途中で掻き消された。


 公的には一切の原因も対策も分かっていない、魔法使いが魔に飲まれるという現象。

 魔法使いのトップクランを率いるオルガがザヴジェルにおけるその研究の最先端を走っているのは公然の秘密だが、サシャの反応はまるで、そんなオルガですら完全に魔に飲まれるまで判別できないそれを、どうにかして事前に察知できていたことを白状するようであり――


「ほうほう、やっぱりねえ。これはあたいたち<幻灯狐>だけの問題じゃないのさ。世の魔法使い全体の話だと言っても間違いじゃない。サシャはウチのクランに入って、時々顔を出してあたいの魔狂いの研究を手伝ってくれればいい。幸いウチは魔法使いが集まってるからね、誰が魔に飲まれそうか定期的に見てもらえるだけでも充分にありがたいんだよ」


 そして、もしもっと細かいことが判るのならば、魔法使いがどんなタイミングで魔に引き込まれていくのか、徐々になのか突然なのか、原因は何か、対処法はあるのか――そんなことを調べていきたい、オルガは熱意に目を輝かせてそう語った。


「まあ、あたいも狩りに行ったりとかで忙しいからね。サシャに来てほしいのは週に一回か二回、だいたいがそんなところさ。それ以外は自由にしてくれていて構わないよ。まあ、暇だったら毎日クランに遊びに来てくれてもいいし、メンバーたちの魔獣狩りに見学でついて行ってもいい。坊やの癒しには、魔法使いならではの視点で教えてやれることもありそうだからね。それで月に金貨三枚の顧問給を支給する。悪い話じゃないだろう?」


 オルガは初めに「魔法使いならではの見返り」があると言っていたが、どうやらそれは魔法使いの視点でサシャの癒しにアドバイスしてくれるということらしい。


 神の力を借りて人智を超えた現象を引き起こす、そういった意味では癒しも魔法も同じ。独学でなんとなく使っていたサシャの癒しには、どうやら練達の魔法使いの目から見れば改善点が多々あるようだ。


 そんなアドバイスをもらえることに加え、拘束は僅かなのにもらえる給金は月に金貨三枚。隣でシルヴィエまでも唸っているそんな破格の勧誘に黙っていられなかったのは、やはりバルトロメイだった。


「そういうことか……。だが、神父殿の癒しは最前線でこそ必要なものだ。騎士団の遠征にも同行する我ら<連撃の戦矛>の専属神父になってくれれば、それはザヴジェル全体を魔獣から守る戦力を増強するのと同義だろう。我らも譲れない。魔獣と戦うことは今の人類の宿命だ。騎士団から補助も出るだろうし、ここは年間の契約金を金貨十五枚、月々の幹部を金貨三枚に――」

「おやおや、金で張り合うことしかできないのかい? ならウチの顧問給を月に金貨五枚にしようか。サシャは魔に飲まれそうな魔法使いを見分けられるんだ。世の魔法使いは安心のために、こぞってウチに入りたがるだろうねえ――」


 再び始まった、サシャの金銭感覚を超越した勧誘合戦。


 茫然と見守ることしかできないサシャと何かを考えはじめたようなシルヴィエの前で、二人のクランマスターの張り合いは徐々にヒートアップしていく。


 ゴールデンオークの胸当てをつけよう。

 いやそれならウチは秘蔵の<護りの指輪>を出すね。


 などど、まるで市場の競りのような様相を呈しはじめていく。


「あー、その、ええと――」


 サシャとしては、そこまでして自分を迎えようとしてくれることに関しては嬉しいような恥ずかしいような、不思議な心持ちではある。


 元々身寄りのない孤児だったし、傭兵になればズメイ相手に捨て駒にされ、流れの神父をすれば異端認定されて追手をかけられたという身の上である。


 それがここまで自分の価値を力説され、大金を提示して勧誘されるのが嬉しくない訳がない。ちょっと実感も湧かないし、提示された金額が理解の範疇を飛び越えているけれども、悪い人たちでないことは分かっているし、詐欺をされている訳でもないことだって分かる。



 けれども。



 そうやって本気で誘われたら誘われたで、サシャとしては後ろめたさも感じてしまう。

 勝手に盛り上がっていく二人に、焦るような気持ちで大声を上げた。


「ええと、その、ちょっと待ってってば!」


 サシャが言いづらそうに言葉を濁らせ、視線をバルトロメイからオルガ、そして一歩引いて無表情で場を見守っているシルヴィエへと巡らせた。


「まず、あの癒しはその、誰に習ったものでもない自己流で、なんとなくで使っているもので。さっきもちょっと話に出たけどそんなに大怪我は癒せなくて、欠損とかはまず無理で、古傷ぐらいまでならそれなりに癒せるって程度だし。それと、オルガさんなら分かるかもしれないけど、魔法と同じというか、それ以上に使える回数とか頻度とかに制限があって」

「……制限、か」


 サシャが持ち出した癒しの実際について、初めに反応したのはシルヴィエだ。


「ふむ、確かにあれだけの癒しだ。何かしらの制限はあって当然だろう。詳細は気になるが、あまり負担になるものでなければいいと……個人的には思う」


 シルヴィエの言葉は先ほど癒しを受けたことが頭にあるのか、サシャが予期したものとは若干違う内容だった。そこに続いて声を上げたバルトロメイとオルガの反応はといえば――


「ふはは、何を言うと思えば。ついさっきシルヴィエ殿やユニオン職員を癒して、まだ余力があるのだろう? 一回の戦闘でそれだけ使えれば充分だし、実際の運用面は相談して決めていくのが当たり前ではないか。それにもちろんさっき説明したように、神父殿の癒しは切り札だ。心配するようなことは一切ない」

「なんだい、なんとなくであんな癒しを使いこなしてるのかい!? まったく呆れちまうね。ならますますもってウチに来れば癒しを磨けるねえ。それになんとなくであそこまでできるなら、それはウチの子たちにとっても学ぶ部分がたっぷりあるってことさ。なおさらウチにおいでよ、綺麗どころが大歓迎するだろうよ」


 ――とまあ、こちらもサシャの思惑とはちょっと違って、逆に勧誘に繋げてくる有り様だった。ならばやむなしと、サシャは腹をくくって最大の爆弾を投下することにした。


「それとあの、これまで言う機会がなかったんだけど。みんながそうやって褒めてくれる癒しなんだけどね……ええと、ひと言で言うと、審問官に異端認定されたんだ。それがきっかけで国元を離れてザヴジェルにやってきたというか」

「なんだいそりゃ!」

「あー、ちゃんと説明するとね……」


 腹をくくったサシャが、口に出した勢いのままざっくりとした経緯を話しだした。


 神父の格好をしているが、神殿で正式に任命されたものではないこと。


 元々は最前線で魔獣と戦う傭兵をしていたが、それに嫌気が差して郊外の農民を癒しながら放浪生活を送っていたこと。


そうしたら突然異端審問官がやってきて、問答無用で身に覚えのない異端認定をされ、このザヴジェルまで逃げてきたこと。


「国をまたげば神殿組織も変わるから、さすがにここまで離れれば何の影響もないとは思ってるんだけど……。でも、もし何かあったらって考えると、ここは正直に言っておくべきで――」



 伏し目がちに淡々と語る、そんなサシャの気持ちが届いたのかどうか。

 ひととおりの話を聞いたバルトロメイが小さく肩をすくめた。


「……で、それが何か?」

「え、だからその、正直に言っておいた方がいいかなって」


 目を丸くして言葉を返すサシャに、バルトロメイは愉快そうに笑い声を上げた。


「その心意気やよし! けれどな、ここは天下の辺境ザヴジェルだぞ? アスベカと言ったか、そんな遠くの国の神殿など全く関係がない。それにそっちの神殿事情は知らないが、聞いた限りでは拝金主義の神殿が悋気を起こしただけに聞こえるな。なあオルガ?」

「ああ。大陸中南部の小国群は神殿の力が強いと聞いたことはあるけど、内情はそんなもんかい。長く権力を持ちすぎるとどこも醜くなるもんだねえ。神々は誰のものでもないってのに、自分以外がその力を使ったら異端だとか……まったく、何様のつもりだよ」


 サシャが受けた異端認定を鼻で笑い飛ばすバルトロメイとオルガに、シルヴィエも深々と頷いて憤ってくれているようだ。そこから我先にと始まった、皆の発言といえば――


「そんなことがあったのか……。サシャ、お前の癒しは本物だ。それを受けた私がいつでも証言しよう。あの蚕人族の母子も同じことを言うだろうが」


 シルヴィエは無表情ながらも怒りを抑えた顔でそう断言し、


「まったく、そんな糞みたいな異端認定なんて忘れちまいな。神殿がないザヴジェルじゃ全くもって関係がないし、誰も邪神崇拝だなんて考えもしないよ。それに、神殿に依らずに神々の力を使っちゃいけないってんなら――世の魔法使いはみんな異端じゃないか。魔法だって神々の力を借りて術を行使してるんだからね」


 魔法使いのオルガはそう理詰めで毒舌を吐き続け、


「ふはは、まあ今の話で一番大切なのは、神父殿が過去に一人前の傭兵として魔獣と戦う生活を送っていたという点だな。癒しを使える上に戦闘経験もあるだと? その背中の双剣は飾りじゃないってことか。なんというか、ドラゴンを狩ったらその腹から金銀財宝が出てきたような話だな。ますます我がクランに来てもらわなければ」


 熊人族戦士のバルトロメイは、さらに勧誘意欲をかき立てられているようだった。

 それを黙って聞いていたサシャは――




 あは、あははは。




 俯いたまま小さく笑い出した。


 気にしないように、気にしないようにと思いつつも、心の片隅にいつまでも残っていた重荷。それが綺麗に融けてなくなっていくような心地がしたのだ。


 異端審問官に、呪いとまで言われた自分の癒し。


 単なる言いがかりとは思っていたが、こうして社会的立場のある第三者から言葉にして否定してもらうと心がどんどん軽くなっていく。


 オルガとバルトロメイが本気で自分を必要として勧誘してくれていることも、シルヴィエがずっと味方として気遣ってくれていることも、全てがじんわりと胸に染み入ってくる。


 そう思うと、なんだか胸の奥がきゅううっと温かくなっていって――


 そうなるともうどうしていいか分からず、込み上げてくる何かをやり過ごすために、引きつった笑いで誤魔化すしかなかったのだ。


「――お、おい、どうしたサシャ!? どこか具合でも悪くなったのか!?」

「あはは……なんか、嬉しくなっちゃって。これまでずっと自己流で使ってきた癒しだけど、無価値じゃなかったんだなあって。そしたらなんかほっとしちゃって、あはは、もう笑うしかないって感じ?」

「なんだそれ……」


 呆れた、と言わんばかりに肩を落とすシルヴィエに、オルガとバルトロメイも呆れ顔だ。


「まったくまあ……。いいかい、あんたという存在はちょっと信じられないぐらいに価値があるんだよ。自分で言うのも何だけど、あたいがここまで勧誘するなんて滅多にないことさね。いろんな意味で是非ともそれに応えて欲しいとは思ってるけど、そうでなくとも胸を張ってこのザヴジェルで生きていけばいい」

「そうだな。胸を張って<連撃の戦矛>で生きていけばいい。癒しに加えて戦闘も出来るとなれば、契約金は金貨二十枚で――」

「ちょっとあんた、今はそんな話をしてるんじゃないんだよ! その筋肉で出来た戦闘脳を叩きつぶしてやろうか――」


 やいのやいのと騒ぎ始めるユニオンホールの一角で。


 自分がどこまで役立てるかは分からないけれど、この地に来て、本当に良かった――心からそう思うサシャだった。




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