三話 好きな歌
「冒険者にならないか?」
「・・・は?」
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ヘスト領はリミ国の最西端に位置する領地である
それが故、近隣諸国であるミノア国やバノ国などといった他国との貿易も盛んなのである。
しかし道中には昨日遭遇したゴブリンを筆頭に、俗にいうモンスターがうじゃうじゃしており商人を狙う。
それに同伴、もとい護衛するのがこの街の冒険者の役割である、らしい。
「冒険者といえど、実際は護衛のような仕事が多いんじゃよ、この街はな。」
「この街はって・・・じゃあジンさん、他の街の冒険者は何の仕事を担ってんだ?」
冒険者、俺にとってのそれとはまだ見ぬ未知の地を探索、頼れる仲間たちと協力しモンスターを倒し・・・なんて厨二チックなイメージを思い浮かべる。
別に悪く言ってるわけじゃないし、むしろそういうの俺は好きだぜ、この歳になって忘れかけていた高揚感が舞い降りてくるかのよう。
「他の街の冒険者も大抵は同じようなことをやっておる、ただ隣街のコルアってところはヘスト領直轄の街ゆえ、『探索班』、『討伐班』が存在する。」
「すごくかっこいいんですけど・・・」
「そちらになってみたかろうがお主みたいにひ弱じゃ無理じゃろなぁ」
そういって笑い飛ばされ、一蹴された。
「まだ冒険者をやるかやらないかすら決めてないんですけど・・・」
「漁業でもやるつもりか?」「・・・せめて農業で」
見た感じこの街には生産系の仕事は間に合っているようだった、折角なので冒険者という肩書で働かせてもらおう。
「まぁ決まりじゃの、では明日の午後ギルドに訪問する旨を伝えてあるからの。寝坊するんじゃないぞ?」
「唐突だな、というよりなんで既に伝えてあるんだよ」「断れんように仕向けるつもりだったんじゃ」
「はめたな」「人手不足なんじゃ、許せ」
人手不足・・・?現実世界にこのような職業があれば人気が出そうな職種なのだが・・・
「人気があるのが捜索班、討伐班なんじゃ。その他の簡易的な護衛は基本誰にでも務まる」
そういってジンはポスターのような紙を取り出した
たくさんの文字が書かれている、異世界でも日本語が流通しているようだ、なんと都合の良い世界なんだ・・・
『捜索班募集要項』、『討伐班募集要項』
「ジンさん・・・これは?」
「見ての通り捜索班と討伐班は実技試験を受けなきゃ参加することができん、しかもその実技試験の内容は実際にモンスターと戦うことによって行われる。」
「そのモンスターてのはどれくらいの強さなんだ?」
「ミノタウロス、知っておろう?」「半分牛で半分人の容姿をしたモンスターか」
「その通り、ヤツらには知能があり剣を自由に使いこなす。試験の際には木刀を持たせるが運が悪ければ死ぬ。」
「危険すぎやしないか!?」「そうでもしないと夢見がちな実力不足の若者が次々試験を受けに来てしまうんじゃよ、お前さんみたいなのがな」
「ウッ・・・」「まぁ試験の際は大人しいミノタウロスを使用するがもし捜索班や討伐班になって活躍するようになったら鉄剣を構えた野生のミノタウロスに遭遇するじゃろうて」
「鉄剣・・・どうやって入手してんだよ・・・」「もちろん自分らで鋳造する技術まではないから民家を襲った際に強奪しとるんじゃ」
ミノタウロス・・・そんなに狂暴なのか
「俺はまだ冒険者、護衛でいいかな・・・」「なんじゃ怖気づいたんか?いずれモンスターのことにも慣れてきたら考えてみるとよい」
「・・・この世界にも月があるんだな」
その日の夜、寝そべりながら昼間にジンさんが言った一言を思い出す。
―いずれモンスターのことにも慣れたら考えてみるとよい
「慣れる・・・か。」
いずれこの世界にも慣れて現実世界のことを忘れてしまうんではないか
実際現実世界のことなどもうほとんど切り捨てれるところまできた
だが、それでも切り捨てられないのがひとつ。
「・・・♪」
その日は麻衣の好きだった歌を口ずさみながら眠りに落ちた