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8章 不思議な人〔中村顕子〕

うちは昼食を済ませたあと、パートの同期と後輩とうちの3人で一緒に部屋を出た。うちは目が見えないから、楽器は念のために昭に持ってもらっている。

階段を上って、音楽室の前まで来た。

その時、昭が不意に立ち止まった気がした。

(昭、どうしたの?)

うちがとっさに心の中で問いかけると、昭は言葉を返してくれた。

(……咲希がいる)

(なぁんだ。それだけなら驚かなくてもいいのに)

(いや、あっこ……)

そうだ。うちは咲希に用があった。

そう思い出し、咲希の気配を探った。

あ、いたいた。

うちは咲希のほうへと手を伸ばした。

咲希の肩に、手が当たるはずだった。でも……

「!」

うちと咲希は、同時に息を飲んだ。

手は当たらなかった。肩をすり抜けた・・・・・・・のだ。

……そういえば、千尋からラインが来ていた。

『咲希が……亡くなったの。でも、咲希の魂が吹部に来ているの。あっこは霊感が強いから咲希の存在に気づくと思うけど、人前で咲希に話しかけないでね』

昭が明らかに焦った声だったのも、そのせいだろう。

そうだった。忘れていた……。

うちは一瞬戸惑って、手を叩いた。

それだけだった。

その音は、長い長い余韻を残し……時を止めた。

その時、その場にいる人たちが全く動かなくなったはずだ。うちと咲希を除いて。

「そこにいるのは、咲希でしょ?信じられない……咲希、本当に……」

咲希は戸惑った声ではあったが、事実を話した。

「私は……昨日、人身事故に遭ったんです。それで私は死んで、何故かここに来ていました。私には、記憶がなくて……分からないことだらけなんです。あの、あなたは……」

さっき、咲希の魂に触れたうちは、もう全ての状況を理解していた。だから、戸惑うことなどなかった。

「うちは、中村顕子。2年生で、フルート担当だよ。学生指揮者なんだ」

「中村さん、ですね」

「そう!うち、実は生まれつき目が見えなくて。でもその代わりに、たくさんの不思議な力を使えるの。例えばこんな風に時間を止めたり、持っているものだけは目に見えたりするんだ。あとは、魂に触れるとその人の今の状況が分かったり」

「えっ!……ということは……」

「咲希が記憶を無くした事も、触れた時に分かったよ」

少し間が空いて、咲希が言った。

「ところで、学生指揮者って……」

「あ、そうだね。学生指揮者は、生徒だけで行う合奏を仕切って曲作りをする人の事だよ。略して学指揮っていう事が多いかな。私と千尋が学指揮なんだ」

そろそろ、時間を動かし始めないと。

「さ、そろそろ元に戻すよ」

「あ、はい」

うちは再び、手を叩いた。

すると、再び時は進み始め、その場にいる全員が何事もなかったかのように動き出したのが分かった。

うちは音楽室の中に入り、手で椅子をたどりながら、いつもの席に着いた。昭からフルートを受け取る。

音出しをした。パートで音程を取る。

今日のチューニングは千尋だったはずだ。

千尋が手を叩く。

「チューニングしまーす」

「はい!」

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