5章 お見通し〔上原春花〕
「えっ⁉︎」
驚いた顔で、咲希が言った。
そのぐらいお見通しだよ、と心の中で呟く。
「多分、吹部……吹奏楽部のことも、うちの事も」
うちは階段に座った。
「なんとなくだけど、そのくらいすぐに分かるよ」
うちは咲希に笑いかけた。
「あの時、うちが恨んでる?って聞いた時に言った言葉……あの言葉は、うちに記憶をなくしたことがバレないように言った言葉だよね、きっと。なんとなくそれが分かったから、嬉しかった。それに、変わらないなって思った。咲希は相手を傷つけないように嘘を吐くことがあったから……」
「……お見事ですね、春花さん……」
春花さん……か。
やっぱり、覚えてないんだ。
咲希がうちの隣に座り込んだ。うちはなるべく笑顔で、言った。
「そのお守りは、咲希のもの。だから返すのは、当たり前でしょ?だって、13年間、ずーっと借りていたんだよ?」
「……分かりました。これは私が持っていますね。……でも、これを持っていたら、姿が見えてしまいますよ。」
それは確かに。
その時、うちは思いつきでこんなことを言った。
「うーん……ポッケに入れれば?」
咲希は試しにポッケにお守りを入れた。
その時、下から階段の音が聞こえてきた。うちは少し上に上がって、階段を降り始めた。まるで、今下に降り始めたかのように。少なくとも、私はここに座ってはいなかった、というように。
咲希の姿は、見えない。
やって来たのは、琴音ちゃんだった。
4階の踊り場で、うちは琴音ちゃんと話し出した。
「琴音ちゃん、大丈夫?体調崩してない?体弱いんだからさ、本当にこの時期気をつけなよ?」
「ありがとうございます。……でも……」
「咲希の、事?……きっと、ショックだよね……でも、それが元で体調崩しましたとかはなしだからね?」
「……春花先輩……!」
「琴音ちゃんの言いたいことは、なんとなく分かるんだよ。だって2年間ずっと一緒だったんだよ?」
うちはくすりと笑った。咲希のことだけでなく、琴音ちゃんのことも、このぐらいなら分かる。
「でもね、咲希はそんなことは望んでないからね、きっと。多分あの子は……泣いて悲しんでほしいんじゃなくて、笑顔でまたねって言ってほしいんだよ、きっと。なんとなく分かるんだよ。だってあの子とは、琴音ちゃん以上に長い付き合いなんだからね?」
「でも……」
琴音ちゃんの気持ちは分かる。でも、咲希の現状も、知っている。
泣き出した琴音ちゃんを抱きしめて、背中を撫でながら言った。
「気持ちは分かるよ。私だって悲しいし、なんというか……上手く言えないけどね。でも、きっと彼女は、うちらの心の中で、生き続けているよ。それだけでも、十分じゃない?」
琴音ちゃんの目をじっと見て、微笑んだ。
「だから、前に進もうよ。咲希もきっと、それを望んでるよ」
琴音ちゃんは涙を拭った。そして、いつもの笑顔で、言った。
「はい!」
「よし!それでこそ琴音ちゃんだよ。そうだ、この先暇なんだけど、何か曲で教えて欲しいとかあればパートで見ようか?」
「本当ですか⁉︎お願いします!」
「じゃあ楽器出してくるから、パート部屋で待ってて」
「分かりました!」
琴音ちゃん、階段を降りていった。
あれ?琴音ちゃんはなんで上まで上がって来たんだろう?きっと、用事を忘れちゃったんだろう。
うちは誰もいない空間に向かって言った。
「さ、咲希。楽器を出しに行こう!」
咲希の姿が、見える。
「はい!」
お守りを手に持った咲希が、答えた。




