3章 時を超えたお守り〔上原春花〕
一個下の後輩2人が驚いた表情で叫んだ。
「春花先輩！」
「どうして、ここに⁉︎」
でも、今のうちはそれどころではない。
「そんなことより！ねえ、本当なの⁉︎ 咲希が、死んだって……」
嫌な間があく。
「……残念ながら、本当なんです」
「嘘……咲希が、死んだ……」
うちは呆然とした。
あれは、まさか……
と、凛が手帳に何かをすらすらと書き付け、何もない、誰もいない空間に差し出した。
そのことを疑問に思いながらも、咲希がもういないという事実に押しつぶされそうだったうちは、どうしてもこの話を聞いて欲しくて、言った。
「中三の時からいつも、春花先輩って何回も呼んで、仲良くしてくれたのに……でも、もう話せないんだね……分かっていたことだけど……」
2人とも、あれ、と言うように首を傾げた、気がした。
当然だ。
うちは、この話を打ち明けなければならない。たとえ笑われようが、頭がおかしいと思われようが、これだけは。
「……ねえ、聞いてくれる？うちの経験した、夢みたいな、本当の話」
「はい」
「もちろんですよ」
うちは微笑んで、2人にあの不思議なお守りを見せた。
「実はね、今までこのお守りは、本当は存在しないんじゃないか、って思ってたんだ。でも、今日分かった。このお守りは、存在していたって。その理由はね……」
うちは、お守りを握りしめた。何か冷たいものが、頬を伝う。
「とっても不思議な、でも本当にあった、とある出来事があった時に、手に入れたものだったから」
そして、うちはゆっくり語り出した。
「うちが5歳の時の話なんだけどね、その日もうちはお母さんと電車に乗るために、霧が浜駅に来ていたんだ。当時のうちにしては夜遅くだったよ。でもいろんな都合でね、毎晩のように電車に乗っていたんだ。ホームへの階段を登り終えると、ちょうど『間も無く、普通、厚菜行きが、参ります』ってアナウンスが流れ始めてね。だから、うちはお母さんに向かって叫んだ。『いつも電車に乗ってるところに、早くついた方が、勝ちだからね』って。いつも、うちとお母さんは7号車の真ん中のドアから乗っていたから……誰もいないホームだったしね。でも、あの時うちは、前を見ずに走ったから、ホームから落ちたんだ。電車は迫ってくるし、怖くて動けなかった。その時、男の人の声が聞こえて、それと同時に女の人がホームから飛び降りて来た。そして、うちにこのお守りを握らせて、うちをホームに戻してくれた。女の人はホームに戻ろうとしたけど……間に合わなかった。電車に引かれてしまったんだ。でも、人身事故の知らせはなかった。何故かって？あの瞬間……うちは、未来に飛んでいたからなんだよ。お母さんは、うちが転んだものだと思い込んでいたし、そもそもホームには、誰も居なかったんだからね……」
「そんな、不思議な事があったんですね……」
千尋が相槌を打った。
声が、震え始めた。
「……ところで凛、気づいた？男の人と、女の人の、正体。男の人は、なんて叫んでいたと思う？」
そこでうちは、深呼吸をした。でないと、次の言葉を発することができなかった。
「その人はね、『咲希！』って、叫んだんだよ」
2人が息をのんだのが分かった。でも、話し続けなきゃ。じゃないと、最後まで話せない……！
「何故か、忘れられなかった。その声も、叫んだ内容も」
「……つまり……」
「男の人っていうのは、凛のこと。女の人っていうのは……咲希のことだったんだ」
「そ、そんなことって……」
「千尋もあるわけないって思うでしょ？多分凛もそう思ってるよね。……うちも思ったもん。でも、その証拠がある」
「つまり、それが……」
「このお守りだよ。咲希はこのお守りをいつでもポケットに入れていた。本番前にはこれを見て心を落ち着かせていた。何かがあると、これを握りしめていた」
「……」
「……うちがこのお守りを持っているところを見ると、いつも咲希は言った。お揃いですね、なんか汚れ方やほつれ方までそっくりですね……って。それ以上の証明なんて……どこにも無いでしょ……」
うちは思わず、嗚咽を洩らした。
「ごめんね……こんな姿見せちゃって……」
「いえ……春花先輩、そのお守り、見てもいいですか？」
このお守りが本当に存在しているか、凛に確認してもらいたかった。
「もちろん。……はい」
「ありがとうございます」
凛が自分が見るふりをして、あのピンク色で真ん中には『交通安全』と書かれている少し古くて、ほつれているお守りを誰もいない空間に差し出していることぐらい、分かった。千尋が「うちも見たい！」と騒いでいたが、凛は知らんぷりをした。
その次の瞬間。
「……えっ、咲希⁉︎」
うちは叫ばずにはいられなかった。
「咲希、そこにいるのは、咲希だよね？」
