30章 姉の想い〔中村顕子〕
うちは、家でも考え事をしていた。
咲希を花畑に送り返す方法を考えていたのだ。
どうやったら送り返せるか。
送り返す方法自体は予想が立っていた。なら、それをどうやって実行するかだ。
「何を考えているんですか?」
「……内緒だよ」
明日は学指揮合奏がある。それを上手く利用できないだろうか?
そう思いついた時、一気に計画が出来上がった。そうだ。これがうまくいけば……
「……この間、陸斗くんと話をしたんです」
「そうだったの?」
「はい」
「楽しかった?」
「とっても楽しかったです」
考え事をしていたからか、そっけない返事ばかりをしてしまった。
それが少し申し訳なかったから、考え事が終わった後、うちから話しかけてみた。
「うちはね、陸斗にはいろんなものを見てほしいんだ。うちは、目が見えないから。空を見ることも、住んでいるこの街を見ることも叶わないから。一度だけこの目が見えるようにならないか、この力を使って試したことがあるけど、治らなかったんだ。自分の風邪とか怪我とかは治せるのに。だからね、目で見ることは、もう諦めてる。陸斗には、うちの分までいろんなものを見てほしいんだ」
「そうなんですか」
「うん。手で触れたものは見えるって前に言ったことがあると思うけど、じつは、目で見えるんじゃないの。頭の中にイメージが浮かぶんだよ。それが、私の手で触れたものであればね」
うちは座っているソファーに触れた。すると目の前にソファーが浮かび上がってくる。一箇所、大きくへこんでいる場所がある。そのへこんでいるところにうちがいるのを想像した。
「でも、陸斗はうちみたいな力を持ってない。陸斗はそのことをどう思っているのかな、と思ったことなら何度もある。私にとってそれを探るのは簡単なことだけど、したことはない。勝手に心を探られるのは嫌だろうし、うちだって勝手に探られたくないもん」
少し間をとった。
「1番羨ましかったのは……そうだね、うちが1番羨ましく思っていたのは、さっちゃんかもしれない。少しだけの力があって、目もちゃんと見えて。病弱だけど、いつも笑ってて、幸せそうだったから」
「そうだったんですね」
言いたいことがいっぱい、心の中から水のように溢れ出してくるみたいだ。うちの口はその水を外に出そうとして喋り続ける。
「……なんか自分の周りに霊感ある人が多いなって思ったことない?」
「……正直、思ったことはあります」
「気配だけ感じられる人のほとんどはね……うちの影響を受けてそうなっているんだよ。うちの霊感が……あまりにも強いから。あとは……千尋のことは、分かるよね?」
「はい」
「あの子はうちの幼馴染なんだけど……あの子にはもともと、霊感なんてなかった」
「えっ?」
「うちと過ごしているうちに、少しずつ霊感を持つようになったんだ。それで、うちらが中学生になった頃、千尋に霊が見えるようになったって言われたんだ」
「……そんな、ことって」
「……起こるんだよね。だから、こんなに強い霊感や力はなくても良かったと思う時がある。それこそ……さっちゃんぐらいの力でよかったの。陸斗みたいに、力がなくてもよかったって思うことがある」
「……」
「でも、お母さんと同じぐらいに強い力があってよかったって思うこともある。こんなに強い力でも、決められた死期が近づいた人……さっちゃんが一昨年に亡くなってしまったのとか、生まれつきの障がい……うちが目が見えないのとかね、そういうのはどうすることもできない。でも、たまたま目の前で事故にあった人がいたら……それも、決まった死期に近づいてない人だったらだけど、助けることができるし、咲希みたいな魂だとか近くにいる妖怪だとか、そういう人やものと話せるのは楽しいし。……だからね、咲希」
「はい」
思ったように話せない。水がたくさんありすぎて、言葉にならない。
「やっぱりうちは恵まれているんだと思うの。いや、みんな同じように恵まれているんだよ、きっと。うちも、さっちゃんも、陸斗も」
うちは一息ついた。その時、不意に思い出したことがあった。
「あ、思い出した。咲希にお願いがあって」
「はい」
うちは指を鳴らした。すると、一通の手紙が現れた。
「これは、うちからさっちゃんへの手紙。いつか、咲希はもう一度さっちゃんに会うと思うの。だからその時、これを渡してほしいの」
うちはそう言って、その紙を折りたたんで咲希の左手に握らせた。それと同時に魔法をかけると、その手紙は空気に溶けるように消えた。うちは咲希に説明する。
「さっちゃんに会ったら、左手に息を吹きかけてね。そうしたら手紙が現れるから、その手紙を渡してほしいの。分かった?」
「はい、分かりました」
咲希は迷うことなく答えた。
「ありがとう、咲希」
「いえ、大したことしてませんから」
うちは笑った。
「今思うとさ、さっきまでうち、めちゃくちゃな話し方してたね。分かりづらかったでしょ?」
溢れる言葉をそのまま口にしていたから、当然かもしれない。何も考えずに話していた。
「いえ、大丈夫ですよ」
「本当に?なら良かった」
うちはまたしても笑った。咲希もつられて笑った。
寝る前、咲希の方をちらりと見ると、咲希は笑顔で眠っていた。
咲希はここで過ごすのが楽しいんだろう。幸せなんだろう。
うちは心の中で咲希に謝りながら眠りについた。
 




