26章 5日目〜お留守番〔中村美穂〕
朝になった。
4人で朝食を食べている時(夫は仕事のため、もうすでに家を出ていた)、あっこがあっと声をあげた。
「忘れてた!今日は部活が休みなの。どうする?学校、行く?」
そう。内川さんが学校に行く目的は、部活に参加すること。今日部活が無いなら、内川さんには学校に行く理由なんてない。
「今日は、行かないことにします」
「分かった。じゃあ、私はそろそろ行ってくるね」
「はい。気を付けてくださいね」
「うん。行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
そのうち、陸斗も学校に行き、私は内川さんと2人きりになった。
「……何もしないのは暇でしょう?少し、お手伝いをしてくれないかしら?」
「はい、もちろんです!」
内川さんは嫌な顔1つせず、言った。
「ごめんね、ここの皿を洗ってもらってもいい?洗えたら、ここに置いて欲しいの」
「分かりました」
「お願いね」
そう言った後、私はこう付け加えてみた。
「不思議な力が使えるとはいえ、なんとなく嫌なのよ、ちゃんと家事をしないのって。私は確かに人間ではないけれど、人間の世界にいる限りは、なるべく人間と同じように過ごしたいのよ。不思議な力を使うのは、たまにでいいの」
内川さんが心の中で思ったことを見透かして、先回りして答えたのだ。
内川さんは、
『どうして不思議な力が使えるのに、わざわざ使わずに生活するのだろう?』
と思ったらしかった。
彼女の表情からして、間違いないだろう。
「1人だけ特別なのは、あまり好きではなくて。それに、力を使いすぎていたらすぐ疲れるようになってしまうわ。日常の中で、ほんの少しだけの力を使えばいい。料理の隠し味みたいにね」
「なるほど……確かにそうですね」
内川さんは納得して、早速皿洗いに取り掛かった。
「何かあったらベランダに来てね。洗濯物を干してるからね」
「分かりました!」
私は2階のベランダに上がり、洗濯物を干した。パン、パンと気持ちがいい音が冬空に響く。洗濯物は北風に吹かれて少し寒そうにも見えたし、陽に照らされて暖かそうにも見えた。全ての洗濯物を干し終えると、私はその場でうんと伸びをする。
「掃除機もかけちゃおうかしら」
私はその場にあった掃除機で部屋を掃除し始めた。一通り終わったところで台所に戻る。
「お皿、ありがとね」
「いえいえ!あの、コーヒー入れたんですけど、いかがですか?」
しばらくこの家で過ごして、私がブラックコーヒーを好んでいることが分かったらしかった。内川さんはとても気がきく子だ。
「あら!ありがとう。ちょうど飲もうと思っていたところだったの。一緒にリビングで飲みましょう」
「はい」
私はリビングで内川さんと一緒に話し始めた。
「陸斗から私達のことは聞いたのよね?」
「はい。間の国のことも、少し」
「ふふ。私はね、間の国の生まれ、いくら人間に似ていても、人間ではない。だから、あなたのように何も食べなくても生きていけるし、ずっと眠らなくても生きていける。だけど、人間の世界にきて気付いたの。何かを食べて、眠って休むことは、必要ないことだけど、必要なことなんだって。何か美味しいものを食べると、幸せになれる。家族で食事をすると、家族のふれあいの場になる。眠って休むと、疲れが取れるのが早くなる。眠らなくても私たちは生きていけるし、いつの間にか疲れも取れている。でも、眠ればもっと疲れが早く取れる。咲希ちゃんもそうでしょう?」
「はい、そうですね」
私は内川さんが来た1番最初の日を思い出していた。
『あなたにとって必要のないことが、実はあなたに必要なものだったりするのよ。よーく覚えておいてね』
初日に内川さんに言った言葉。
あの言葉は、こういう意味だったのだ。
その後、内川さんとしばらく話し続けた。そして、一緒に買い物に出かけたりもした。
やがて、陸斗が帰ってきて、その約1時間後にあっこが帰ってきた。
「ただいま!」
「お帰りなさい」




