三章(4)
3-4
「何故、わたしを?」
会談が終了し、オルクト族長とトクシン長老が各々のユルテ(移動式住居)へ帰った後も、ジョクは、メルゲンに残っているよう頼まれた。夜中を過ぎてようやく自分の時間を迎えた盟主は、くつろいで、高価な火酒を勧めてくれる。流石に身体がもたないので、丁重に断った。
ジョクが問うと、メルゲンは、息子そっくりな薄い唇に、穏やかな微笑を浮かべた。
「貴公と、一度ゆっくり話をしてみたかったのだ。もし、体調が優れぬのであれば――」
「いいえ、大丈夫です。どうぞ、お気を遣わないで下さい。……そうではなくて、何故、わたしをオーラト氏の許へ行かせようと思われたのですか? 理由をお訊ねしたい」
メルゲンは、怜悧な眼差しを少年に向けた。ジョクは、ごくりと唾を飲んだ。
「人手が足りないことは、判ります。長老や隷民の使者では、心許なく思っておられることも……。アラルやテディン将軍達を本営から離すわけにはいきません。しかし、なぜわたしに、かかる大事をお任せに? 御覧のように衰えて、明日をも知れぬ――務めをまっとう出来るか判らぬ者です」
「…………」
「こんな病者の言うことに彼氏が耳を傾けるかどうかも、疑問ですのに」
「そうかな? 私は――私とトクシンは、貴公にしか出来ぬと考えて、お願い申し上げたのだが」
硝子の杯に入れた紅い酒に唇をつける盟主を、ジョクは、黙って見詰めた。メルゲンは、興味深げに少年を見返す。
酒を半分飲み、杯を揺らして残りを弄びながら、メルゲンは呟いた。
「……こうした物事には、どうしても利害が絡んで来る。ボルド安達が我々を離れ、タァハル部族と手を結んだのは、その方が有利と判断した為だ。逆に、オルクト氏が……シルカスとクチュウトが我々から離れないのは、その方が有利だからだ。タァハルやハル・クアラと手を結ぶよりは」
「仰るとおりです。率直に申し上げれば」
杯に視線を落としていたメルゲンは、かるく嘲った。気分を害した風はなく、淡々と続けた。
「利害の判断がつかぬ故、オーラト安達は迷い、オルドウを離れられた。そういう者を説得するには、利害を最も強く受くる者があたるのが、ふさわしくないか?」
「…………」
「誰しも、己の身が――自分の氏族が、可愛いものだ」
メルゲンは眼を伏せ、低く囁いた。
「ボルド安達の考えは、理解できる。我々の血は、絶えようとしている。父上がご存命の時ならいざ知らず、こうまでオルクトが隆盛では。私やディオが傀儡と化すのではないかと、案ずるのも道理だ。……私も、時々、そう思う。先刻は、義兄上たちの手前、口にするのは憚られたが」
「…………」
「絶えかかった血族にいつまで依存していられるかと、考えるのは当然であろう。いずれ、オルクト氏がイリを掌握し、彼族を追わぬとも限らない。父がタァハル部族やタイウルト部族を追ったように……。その前に斃しておこうと、私なら考える。しかし、賢者よ。貴公の目に、私やディオが、大人しくオルクトやトクシンの言うことを聞くような男に見えるか。ディオが……トゥグスや長老達の支配を、甘んじて受けるように」
「いいえ」
オルクト族に、野心はない。それが身を保つ最良の策であると、承知している。それに、ディオは己が不要の存在と成り果てたなら、自ら死を選ぶだろう――傀儡として生きるよりは。
そう思い、ジョクは即答した。同時に、あることに気付いた。
メルゲン・バガトルも、そうであると……。
ジョクの答えを聴いたメルゲンは、一瞬、満足そうな微笑を瞳に閃かせた。
「……その貴公の考えを、オーラト安達に伝えて欲しいのだ」
「…………」
「ボルド安達に伝えるのは、私の役目だ。なら、貴公は……。様々な思惑や見方はあろうが、貴公がその身で守ろうとするものに異議を唱えられる者は、そうはいないと思う故」
「……それは、どうでしょう」
ジョクは、内心殆ど賛成していたのだが、敢えて問い返した。
「いろいろな考えがあります。事実、バヤン殿が現れる以前の我々は、キイ国やカザック達と、同じだったではありませんか」
「…………」
「わたし達のような者を生かしておいても、仕様がない……むしろ、害になるという。『わたしも』そう思います。まして、この非常時に、病者を庇っている余裕があるのですか」
「…………」
「盟主。貴方は、ご存知のはずです。わたし達は、ただ生き、呼吸をしているだけで、民族全体を蝕んでいるのだと。わたし達のような者をかばうが故に、草原はいつまでも貧しく、争いが絶えないのだと。……歴代の族長達が、警告して下さっているはずです」
「左様。何代も、同じ過ちを繰り返して来た。だが、それでも私には――ディオには 『エゲテイを殺すことは、出来ない』 のだよ」
「…………!」
ジョクは、思わず呼吸を止めて、メルゲンを凝視た。囁くように応じた盟主の黒い瞳のなかに、哀しみと、強い意志が揺れている。
杯の中の紅い水面を見下ろし、一息にそれを喉に流し込んでから、メルゲンは、かすむような微笑を少年に向けた。
「盟主……」
「ビルゲ。それでも、貴公に対して剣を挙げられる者がいるとは、考えたくない、私は。信じたくないのだよ、そこまでして得る物の価値など。貴公やエゲテイのような者を殺さなければ得られぬ平安であるのなら、地獄で永遠に殺しあっていればよい」
「…………」
「貴公を殺し……貴公等が守ろうとする、ほんのささやかなものをも否定して、戦うというのなら。そのような氏族なら、滅びるが良い。私に出来なくとも、ディオは許すまい」
「…………」
「……この話は、もう止めにしないか、安達」
ジョクが絶句していると、メルゲンは嘆息し、それから、声の調子を明るいものに変えた。
「安達。私は、貴公とこんな話をしたくて、おひき止めしたわけではないぞ。私は、息子の友人と話がしたいだけだ」
「……『息子と』では、ないのですか?」
それで、(罪滅ぼしの気持ちで)勧められた杯を受け取りながら、ジョクが問い返すと、メルゲンは、軽く首を傾げた。
ジョクは、初めて、メルゲン・バガトルの真の慄ろしさが、解った気がした。ディオとも、バヤンとも違う。この男の凄まじさを、見出したと感じた。
漆黒の瞳は、夜の湖さながら深く、穏やかだ。その水面に、ジョクは、もう一度小さな石を落してみた。
「明日発たれると仰るのなら……何故、ディオやタオを、お召しにならないのです?」
メルゲンは、眉をわずかに曇らせ、少年から視線を外した。瞳の静けさは変わらなかったが、低い声に、戸惑いと寂しさを、ジョクは聴き取った。
「息子は、私とは、話したがらぬのだ……」
「そうですか?」
「……私も、あれに、何と言ってやれば良いか解らない。もう、ずっと以前から、ろくな話をしていない。……情けないと言われるかもしれないが」
「…………」
「貴公は勇敢な方だな、ビルゲ」
メルゲンは少年を顧みて、突然、哂った。優しい、理解を含んだ微笑に、今度はジョクの方が戸惑った。
「……そうでしょうか」
「ああ。先刻の話といい……私に、こうも率直に対する者は、そういない。とても、子供とは思えない」
「……スミマセン」
「いや、褒めているのだ。謝ることはない。……小気味が良くて、私は好きだ。ディオとトゥグスは、良い友人を持った」
「…………」
「ツェグメデン(ジョクの父)も、そんな男だったな……」
ジョクは赤面して項垂れていたのだが、メルゲンは呟いて、視線を宙に彷徨わせた。懐かしむように。それから、自嘲気味に苦笑し、瞼を伏せた。
「失礼……ディオの話をしていたのだったな」
「盟主」
「……あれには、悪いことをした」
火酒を口に運ぶ盟主の横顔を、ジョクは見詰めた。意外とは思わなかった。ただ、こうまで素直な言葉が聴けるとは、思っていなかったのだ。
メルゲンは、濁った声で繰り返した。
「本当に……私も父も、あれには、済まぬことをした。今さら言っても、仕様がないが……。私達の至らなさを、全てあれに背負わせてしまう結果になったのは、悔やんでも悔やみきれぬ」
「…………」
「今でもそうだ。また、あれが、健気にもこちらの期待に応じるものだから。つい、頼ってしまう……。まったく、情けない」
「『息子』だと、思っておられるわけですね?」
確認の意味で問い掛けたジョクは、盟主が明らかに嫌悪の表情を浮かべたので、慌てて頭を下げた。
「済みません」
「いや」
酒が入っているせいもあるだろう。メルゲンの口調は穏やかだが、表情は険しかった。
「――貴公のせいではない。そういう噂があることは、知っている。……まったく、莫迦莫迦しいとは思われないか。トゥグスまで、そのような問いを口にするのだからな」
「…………」
「あれが本当に、私の血を引く息子かどうか、など……莫迦莫迦しい。一目見て、判らんのかと言いたい」
「…………」
「あれとタオの瞳の色が、どうしたと……。赤だろうが碧だろうが、見えているのだから、どうでもいいではないか」
「……そうですね」
頷きながら、ジョクは、口元に笑みが浮かぶのを抑えられかった。(盟主が親莫迦とは知らなかった。) 意外なところで意外な反応を得たと思いながら、ふと、思いついた。
「トゥグスが……わたしも、言いたかったのは。叔父上がそう思っておられるのなら、何故、ディオ本人にそれを言っておやりにならないのか、ということだと思います」
メルゲンは、杯を傾けていた手を止め、ジョクを観た。
ジョクは、そっと続けた。
「今でこそ、ディオは、疑いようもないほど貴方に似ていますが。それが傍目には判らなかった、幼い頃。……今でも。噂があると御存知なら、何故、ディオに言っておやりにならなかったのですか。タオに。……くだらぬ中傷に惑わされる必要はないと、貴方が仰っていれば、ディオの気持ちはずっと楽になったでしょうに」
「ビルゲ。貴公は、自分がシルカス・ツェグメデン・ビルゲの子であることを、疑ったことがあるか?」
突然の問いに、ジョクは、眼を瞬かせた。
「……勿論、ありません」
「それは、貴公の母がそう言ったからか? 父が?」
「いえ。両親は、何も……」
「ならば、ディオの気が楽になったかどうかなど、判らぬではないか」
「…………」
絶句した少年の表情を見て、メルゲンは、軽く片手をうち振った。
「ああ、貴公の言いたいことは解る。貴公の母は、敵に奪われたことなどないし、父も――同じ病を身に負っている貴公には、疑うべくもないというのだろう。では、もし貴公が病を継いでいなければ、どうであった? 『それ』は貴公にとって、果たして、良いことなのか?」
「…………」
「私が言いたいのは――平時であってさえ、子の真実の父が誰であるかなどということは、母親にしか判らない。母親にも、判らぬ場合があるだろう。まして、私とエゲテイは従兄妹同士だ。そうでなくとも似る。――そういう問いは、打ち消しても、キリがないということだ。不安や疑いなどというものは、誰に消せるものでもない。己のなかから、湧き上がって来るものだ」
「…………」
「それを、いちいち私や父が打ち消したとて、何の役に立つ。事実、エゲテイには、何の救いにもならなかった。ディオが『誰』であるか、あれ自身が決めることだ。疑惑があるというのなら、尚更……。困難な状況であればある程、己が何者であるかを証明するのは、己自身しかないだろう」
「…………」
「――などと、な」
フッと息をついて、メルゲンは唇を歪めた。哀しげに、首を振る。澄んだ黒い瞳が途方に暮れているのを、ジョクは見ていた。
「偉そうなことを言っているが、実は、私も自信がない。正直に言えば、どうでも良いのだ、そんなことは。あれが、真実私の血をひく息子であろうとなかろうと、そんなことは、どうでも良い」
「…………」
「むしろ、最近では……私の血を引いていない方が、あれの為には良いのではないかとすら、思える」
「どういう意味です?」
杯を傍らに置くと、メルゲンは、手にはめていた革製の手袋を脱ぎ取った。右腕の袖を肘の高さまで引き上げ、痩せた手を、ジョクの眼の前に差し出した――
――ジョクは、背筋が寒くなる思いがした。
「叔父上……」
メルゲンは、右手を元どおり手袋に収めた。
ジョクは、何と言ったら良いか判らなかった。
少年の反応には構わずに、メルゲンは、再び杯を手に取ると、己に言い聞かせるように呟いた。
「あれは、私の息子だ」
「…………」
「血が繋がっていようといまいと、そんなことは、どうでも良い。あれは、戦士だ……。私も父も、そのように育て、そのように成った。一族の誰も、歴代の誰も、あれ以上に狼らしい者はいない」
「…………」
「だが、その反面……私はあれを、どうしようもない片端者にしてしまった気がする。欠けた人間に……私と父が、あれに要求する余り。貴公には、そうは思われないか?」
ジョクは黙っていた。少年の、やつれてはいるが端整な顔を見詰めて、メルゲンは、フッと嘲った。
「族長足ることを要求する余り……あれには、苦しい思いをさせてしまった。そのせいで、あれは、安らぐことを知らぬ、半端な人間に育ってしまった。己だけでなく、他人にも、安らぎを与えられぬ男に」
「…………」
「闘うこと、戦い続けること……勝利を得ることにかけては、誰にも劣らぬ。義を守り、裁くことも出来る。他人を率いることも……。だが、赦し与えることが、あれには出来るのだろうか。愛し認めることが。己の、他人の弱さも受け入れる毅さが、あれにはあるのだろうか?」
「……ありますよ、叔父上」
溜め息を呑んで、ジョクは囁いた。メルゲンが真に問いたかったことが何か、理解したのだ。己を呼んだ理由も。
「ご心配なさらなくとも、ディオは、優しい男です。わたしは知っています。ただ、貴方と同じように、それを相手に知られるのが、大嫌いなだけです」
「余計なところばかり、似てしまったということか」
嘆息する叔父を、ジョクは、微笑んで眺めた。内心、彼もホッとしていたのだ。
ジョクは、殆ど息だけで囁いた。
「貴方を失ったら、ディオが哀しむでしょうに……」
「……だと、嬉しいのだがな」
「…………」
「ラーシャム、ビルゲ。話を聴いてくれて、感謝する。私がすることについては、何も言わないで欲しい。あれの為にしてやれることが、私には、他にないのだ」
「…………」
「あれには、私のような生き方を、して欲しくない。私や父のような男には、なって欲しくないのだ」
「叔父上」
メルゲンは、首を横に振った。
「私は……妻を傷つけ、息子を追い詰め、父を死に追い遣った。それでも、ひとつの生き方しか選べない。他にどうすることも出来ないのだ。方法があるのは判っているが」
「…………」
「今更、他の生き方を選べない。だから、せめてディオには、他の方法を示しておいて遣りたいのだ。出来るだけ多くの選択肢を、用意して遣りたい」
「どういう意味です?」
メルゲンは、ジョクに横顔を向け、苦悩するように眼を閉じた。そのまま、独り言のように続けた。
「私と父は、あれに、一つの生き方しか教えなかった。戦士たる方法しか。私もあれも、否定出来ない。拒絶して生きることは、許されない」
「…………」
「父の遺言を、ないがしろには出来ない。『必ず、我が為に仇を報せよ』――確かに、それくらいでなければ、我々は、生き残れない」
「…………」
「父が正しく、私が間違っていたのだろう。エゲテイを狂わせ、息子を苦しめた。それでも私を認めてくれたから、父は命を落とすことになった。……私は、ディオに、別の生き方を示しておいて遣りたいのだ」
「…………」
「それがなければ、本当に、我々は死に絶えてしまうと思う故……。私は、父とは違う言葉を、遺してやりたい。ディオに――『恥を雪ごうとは、思うな』」
「…………」
「『我が仇を報ずることなど、考えるな。そのようなことは忘れて、幸福になれ。幸福とは、どんなことかを忘れるな。その為の方法を、見失うような男にだけは、なってくれるな』……」
「盟主」
ジョクは、溜息をつくことしか出来なかった。
「我々の命運は、あと二代で尽きるそうだ」
左手で己の右腕を確かめ、メルゲンは、おし殺した声で言った。
「黒の山の巫女が告げた。私とディオ――或いは、ディオとその息子の二代で、トグルは絶える。このままでは、民族を巻き添えにしてしまうと……。別の方法を見出さなければならないのだ。新しい、我々の在り方を」
「…………」
「だから、ビルゲ。息子に伝えてやってくれないか。あれがもし、迷う時には。――我々はずっと、守ることを考えて来た。命を賭けて、今在るものを守る為に闘って来た。だが、それは、誤りなのかもしれない。守ろうとする故に、我々は滅びるのかもしれない」
「…………」
「貴公にも、あれにも――辛い決断となるかもしれないが。人間の在り方には、いろいろな可能性があることを、理解して欲しい。我々は、そんなに弱いものではないはずだ。愚かかもしれないが、棄てたものでもないはずだと」
「ラー。私も、そう思います」
ジョクは瞑目し、嘆息まじりに応えた。瞼を開けると、こちらを凝視る冴えた眼差しに出会った。
「盟主。ディオにお伝えするのは、別に辛くはありません、でも、貴方ご自身の口から、仰ったら如何ですか。遺言めいたことを仰らず――生きて帰るおつもりでしょう?」
「そうだな」
哂って、メルゲンは、天窓を仰いだ。ジョクには、その横顔が、月光に透けそうな気がした。
「もう一度、あれに会うことが出来れば……。それほど連中が愚かではないことを、祈ろう」
「それに。ディオには解ります」
メルゲンは、ジョクを見た。そうして、少年の瞳の中に、夜空の星と同じ澄んだ輝きを見つけた。
メルゲンは、そっと問い返した。
「そうだろうか?」
「ええ。ディオは、聡明です。ご心配なさらなくとも、彼には解ります。――解っていると思います。貴方のお気持ちも」
「…………」
「ですから……ディオに代わって、わたしから、御礼を言わせて下さい。盟主・メルゲン・バガトル。貴方と、トロゴルチン・バヤン殿に。……感謝しています。貴方がたは、わたしが生きる世界を、築いて下さった」
「…………」
「戦争になれば、わたしは、殺される者です。捕らえても役に立たないわたしのような病者は、真っ先に、殺されるでしょう。飢えれば、母親達は、赤子の口を塞ぎます。その弱いわたし達が生きられる世界を、バヤン殿は造って下さった。貴方は、より良く生きる為の。ディオは、より幸福に生きる為の、世界を――」
「…………」
「それが過ちであったとしても、わたし達は、感謝しています。どうか、こう言うことを、お許し下さい。メルゲン・バガトル。――我々は、愚かでいいのではありませんか。愚かだから、良いのではありませんか。最良と言える方法を見いだせないから、先へ進めるのではありませんか?」
「…………」
「貴方とバヤン殿がなされたことは、決して無駄にはならないはずです。間違では、ないはず……。後へつづく者達は――ディオは、必ず、その先へ来るべきものを、見いだせるでしょう」
「……ラーシャム(ありがとう)」
真顔でジョクの言葉を聴いていたメルゲンは、呟いて、微笑んだ。少年に杯を捧げ――言葉をさがしたが、結局、苦笑してこう言った。
「ラーシャム。貴公に会えて、良かった」
酒を飲み干す盟主を、ジョクは、黙って見詰めていた。




