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金木犀

作者: 香坂皐月

 とある時代の、とある国。不思議な力が、息づく空間。ここは東の、翡翠国。



「金香さん、駄目(だめ)駄目ですわ」

 ダメ押し先方一の(やり)、夜に()えるは寒色系のビラビラ服。ちょっと素肌をさらけ気味。肩で(そろ)えた髪が揺れる側近その一。

「ちょっと引っ込んでて?みたいな?」

 後方とどめの二発目弾丸、昼に鮮やか暖色系民族衣装。ダボダボしてる割にはやや小型。カールのツインテールが()ねる側近その二。

「・・・うるさい、うるさい、うるっさーいっ!」

 反発するのはまだまだ幼い長い黒髪さらさらちゃん。身にまとうのは巫女装束。二人に比べてまだまだ幼く、膨れた顔は赤りんご。握ったこぶしはフルフルと。主にしては迫力がまだまだ足らぬ、将来楽しみ女の子。


 人が心弱い中、何かにすがりたい時もある。翡翠国でも神の名の下に神殿が(きず)かれ(まつ)られている。その中でも他の者とは一線をひいた地位にあるのが『(はな)()()』と呼ばれる存在。

 巫女の中でも、一番上位に位置する者。生まれた時に証となる花が神殿至る所で季節関係なく咲き乱れ、額にその花を示す文字を刻印した者。今の花巫女の花は(きん)(もく)(せい)。金の香りと名付けられた、そうさっきの少女こそ、現花巫女。


「しょうがないじゃない、しょうがないじゃないっ!言われたって、分かってたって出来ないものは出来ないんだもの!」

「出来ないのでなく、やらぬだけでしょう?」

 寒色服の側近、名は(よる)()

「なんでこんなのと当たっちゃったかなー」

 暖色系の側近、名は()(ふゆ)


 花巫女が決まると同時に、神殿で神官見習いをしていた者二人が花巫女の側近として選出される。昼と夜、光と闇の対を表す彼女達は花巫女を支えると共にその時点で国全体の昼と夜を司る神官となる。

 名前にはいつも属性を表わす字が入れられ名の契約によって彼女達を縛るが、王族、貴族とも対等の力を持ち、自分のための神殿を持つ。下手をすると、花巫女よりも力が上の時もある。

 そして最悪な事に、自分の力を制御出来ず、しかもどれ程の力なのかさえ(つか)めていない今の金香は、その典型的パターンであると言って良かった。


「主が私達よりも力のないなどと、仕える方としては役不足ですわね」

「ねー。名前で縛られちゃうからさーあー?()()にすること出来ないしねぇ~」

「力がないとしても、その微かな力ぐらい、制御出来るように練習をして下さいな」

「ほんと駄目だよね~もう無理って感じ。早く次の巫女世代にならないかぁ・・・」


 二人は目線を交わしながら言い、ちらちらと金香を見る。でも金香がその視線に気付くことはない。下を(うつむ)いたままだからだ。

 握られたこぶしが、ふるふると震えている。髪で(さえぎ)られていても、微かに見える肌の赤さが逆に怒りを表わしている。

 それでも反論もせず、ただ俯いてじっと耐えているのだ。自分の力のなさが分かっているから、言われている事は何一つ間違っていないから。逆自分のせいで二人までが陰口を叩かれているのを知っているから。

 だからそのせいでどんなに二人に辛く当たられようとも、金香は二人を嫌えなかった。その言動にどんなに心が傷つき、痛みを覚えようとも。

 そうしてじっと耐えている金香を、二人が悲しそうな、悔しそうな目で見ていたとは知らずに。



「うぅ~」

 夜、本当なら誰もが寝静まった頃。金香は一人泣いていた。自分の神木でもある金木犀の下で。

「ひいっく・・・うえ~」

 二人の前で涙を流さないように我慢し始めたのは何時だろう。甘えないようにし始めたのは何時からだろう。

 夜、耐え切れなくなると金木犀の下で泣くのが何時の間にか習慣になっていた。(うる)んだ(ひとみ)に、夜風は冷たく、金木犀の匂いは甘い。

「こんなこと・・・してても変わらないの分かってるのに・・・あたし何も出来ない・・・なんであたしなんかが花巫女になったの・・・どうしてあたしを選んだのよぉ!」

 やりきれない思いに(みき)をこぶしで殴る。殴りながら、泣きじゃくる。

 微かな泣き声は、闇にとけるように消えていく。

 次第に落ち着いてきた気持ちのまま、殴った幹の所をそっと()で小さな謝罪を口にする。

「貴方に当たっても、何にもならないのにね」

 力のなさゆえ、金香は自分が好きではなかったが金木犀は大好きな木だった。幹にそっと(ほお)(あず)け、金香は再び金木犀を見上げる。

「どうして、あたしなんだろうね・・・」

 その言葉で、いつもなら終わるはずだった。そして金香は部屋に戻るはずだったのだが・・・。

「・・・え?」

 金木犀の木が、色鮮やかに輝きだす。その色は金、黄、オレンジ・・・。

 花が、きらきらと光りだす。さながら、星のように。

 ざぁ・・・・っ

 急に、風が吹き上がった。花が、それに乗るように上空へ舞い上がる。闇の中光ながら舞い上がる花は、本当の星の(ごと)く輝いている。

 さぁ―――っ

 再び、風が起こる。しかし次のは余りにも強い風で金香は思わず目を瞑った。不意に感じる、体ごと持っていかれる感触。

「・・・!」

 意識が薄れていくのを感じたのが、最後だった。



「・・・?」

 ぼんやりと、だが確実に意識が戻ってくる。温かい光を感じる。ごつごつとした寝場所の悪さも。

「・・・あのまま、寝ちゃった・・・?」

 重いまぶたを開きながら、金香はゆっくりと体を起こす。目の中に飛び込んできたのは、変わらない風景だった。ただ、もう昼間なだけで。

「あれ・・・?」

 しかし良く見ると違うことに金香は気付いた。

「何か・・・神殿、少し色が変わってる。それに・・・金木犀、大きくなってる」

 さっき少し見上げる程度の高さだったのが、結構伸びて大きく(えだ)()を伸ばしていた。

「・・・・・」

 はっとして振り返る。遠くから誰かの足音が聞こえてきた。確かにこっちに向かっているようだった。慌てて金香は周囲を見回し、いつも隠れている神殿の下に体を滑り込ませた。見つかったら何を言われるか分からないからだ。

(夜夏と陽冬に見つかったら・・・ううん、誰に見つかっても怒られるもの・・・いつもから耳だけは(きた)えていて良かった・・・)

 どうやら来るのは一人だけのようだ。来た方向を見て、金香は思わず目を見張った。

(えっ・・・)

 現れた女性は、まだ若く十代後半といったところ。耳の辺りで(ゆる)やかに二つの輪を作っていても、腰まで伸びた黒髪は彼女が動くたびにさらさらと揺れる。

 素肌を極力出さぬようにした巫女装束の上からは、淡い色をした布を一枚まとっている。

 微かに笑みを浮かべた顔は、優しさで満ちている。額にかかる髪の毛は分けられ、「金」の一文字がはっきりと見えた。

(あたしと一緒!・・・でも、なんで?)

 驚きに満ちた目で彼女を追うと、彼女は金木犀に近付き、そっと近くの花に顔を寄せ、香りを楽しむとそっと手にとって撫でている。



(・・・巫女、ここに()(げん)す)



 花巫女が最初に現れた時、国史に残された一文がふと金香の脳裏に浮かんだ。そして心中に静かな(すう)(けい)の気持ちが(あふ)れた。

 金香の心にそんな感動を呼び起こさせるほど、目の前の光景は神聖な空気に満ちていたのである。

(これが本当の花巫女様なのだわ・・・あたしなんで(いく)つになってもなることが出来ない、尊いお立場・・・)

 金香が心中でそう呟いていると、また人が来たようだった。

「金香、また抜け出して何をしているのです」

「夜夏」

(えっ・・・?)

 現れたのは、相変わらず寒色系の服で、しかしもうビラビラもなくどちらかというと和服を着(くず)しているような服装の女性。ちらりと見え隠れする素肌が美人さを引き立てている。髪の毛は肩でそろえられたままだ。


「でも、ちゃんと全て終わったはずだけど・・・?」

「それがまたすぐに仕事が出来たの~。でいないから夜夏もあたしもちょい怒り気味~?みたいな~」

「陽冬。そうだったの・・・。ごめんなさい?」

(ええっ・・・?)

 次に現れたのはこちらもやはり暖色系の服で、()《ぜ》故か民族衣装ではなく腰から円状に広がるゆったりとしたドレス姿の女性。()き出しの白い腕を焼きたくないのか、これまだ暖色系の傘をさしている。カールしていた髪は一つにまとめられ、可愛い貴婦人といった感じだ。


(ってことは、ってことは・・・)

「悪いと思ってないでしょ~金香」

「ばれました?だってやるべきことはやったもの。非難される覚えはないわ」

「金香」

「分かってます。でも、入ってきたのはすぐに片付かなきゃいけないものではないでしょう?ならもう少し、ここにいさせて?ね?」

(あたし・・なの?)

「全く()(なた)という人は・・・」

 夜夏は(しわ)を寄せていた()(けん)に片手を当て、ふるふると首を横に振ったが、苦笑しているその表情は驚くほど柔らかい。

「変わんないよねぇ~」

 (あき)れたように言って傘を回す陽冬だが、その声には温かさが(にじ)み出ている。

 そんな二人を、(うれ)しそうに、楽しそうに見て微笑んでいる金香。


(何でだろう・・・こんな風に、あたしはなるの・・・?それとも、これは夢・・・?幻影?)

 今の自分達にはない光景に、金香は思わず目が潤んだ。そこには、金香が望んでいたものが全てあるような気がした。

(手に入れられないものを見せようとするなんで、(ひど)いよ・・・)

 (またた)きを何回かして、金香は涙を払おうとした。その時、成長した金香が急に思い出したようにくすくす笑い出した。


「どうかしましたか?」

「うんちょっとね・・・。あたし、小さい(ころ)良く泣いていたなって。この金木犀の下で、夜」

(え・・・?)

「何それ~初耳だよ~?」

「言ってなかったもの。何時の間にか、泣けなくなったのよね。二人と一緒にいるのも、辛かったな」

「何それ~悲しい~」

「金香」

「でも、今はそんなことないから。昔のあたしが、ここでたくさん悩んで、それでも前に進もうとしたあたしがいるから今のあたしがいる。そしていつも支えてくれる二人がいるから、あたしはいつも前だけ見て動いていける、本当にありがとう」

 その言葉に、二人は照れているようだった。また、隠れていた金香にも大きな(しょう)(げき)を与えた。

(あたしは・・・今のあたしは前に進もうとしている?ただ・・・ただ(なげ)いているだけじゃない。悩んでもいないじゃない!)

 自分の()()()()さに、金香は怒りを覚えた。それは(いきどお)りややりきれなさから来るものではなく、純粋に自分に対しての、初めての怒りだった。


「でも、何時までもこうしてはいられないわね、もうそろそろ行きましょうか」

 そう言って金香は(ほほ)()むと、来た道を帰っていった。その後姿を、二人が嬉しそうに見ている。

「本当に・・・金木犀を具現化したような人になったこと」

「ほんとだねー。花言葉、(けん)(そん)、真実、貴方は高潔です、だっけ?」

 歩きながら二人は幼い金香の前を通り過ぎていく。夜夏が立ち止まり、ふと金木犀に目をやりながら陽冬に言った。

「もう一つありましたわ、花言葉」

「何々~?」

「・・・思い出の輝き」

 二人は微笑み合うと、今度こそ金香の後を追っていった。


「思い出の、輝き」

 人気がなくなってから、金香はやっと出てきた。そしてさっきまで三人がいた金木犀の下に立つ。

「なれるかな、輝くような、思い出に出来るような人に、なれるかな・・・なりたい、な」

 そう言って見上げた瞳に映るのは、強い意志。

「絶対、さっきの人みたいになってみせる―――」

 その金香の声に()(おう)するように、風がまた強く吹き、花がまた上空に舞い上げられた。目を閉じる瞬間に見えたのは、青い空に浮かぶ金木犀の()(べん)だった。



 再び意識を戻すと、金香はまた暗闇の中にいた。目を凝らして見ると、金木犀の高さは低くなっており、神殿の色も見慣れた色だった。

「戻って来た・・・?それとも夢・・・?」

 夜風が相変わらず冷たくて思わず身震いをする。慌てて中に入ろうとして、ふと金木犀を見た。金香は思わず微笑んだ。

「夢に、しないわ・・・」

 金木犀の花が、(かす)かに光っていた。



「昨日あれだけ貴方の力の(ほど)をお教えしてさしあげたのに、忘れてしまわれたんですの?」

「なんかさぁ~、頭の意味無いっていうかぁ~脳ちゃんとあるのっていうか~」

「何をしても()()な人の相手をするのって、疲れますわね」

「国の人に対しても失礼だよね~、こんな用なしで~」

 いつものように、二人は言いたい事、だが決して間違ってはいない事を言った。そしていつものように、様子を見る。何も言わずに期待しても、どうせいつものように駄目だろうと思いながら。

 けれど・・・。

「分かってるわよ!じゃあどうすれば良い?どうやって良いか分からない。それに出来ないことで迷惑かけていても、これからもきっとそういう事があるだろうから、あたしは謝らない。でも本当の事を毎日言ってもらえることは嬉しいから、感謝するわ。ありがとう」

 怒って、泣いて、泣き笑い。いつものように表情は豊かに変わる。でも顔はしっかりと上げられ、二人をまっすぐ見つめていた。

「・・・何か、ありましたの?」

「驚き~花の木~金木犀~」

 二人の驚いたような表情に、金香はくすりと笑って、近くの木から(ひと)(えだ)折り取った。金木犀の花をそっと鼻の近くに持ってきて瞳を閉じて香りを楽しんでいるように見えた金香は、次の瞬間それで口元を隠すと、悪戯(いたずら)っぽく二人に笑いかけた。

(ない)(しょ)よ。でも二人は、金木犀の花言葉、知ってる?」

 金木犀の花のように、小さく可愛い笑みを浮かべて。



 花巫女金香、金木犀を(しん)(ぼく)とする。

 側近は夜夏、陽冬。良く使え、自分達の仕事も群を抜いて綺麗に収める。その姿は華麗にして清雅。

 花言葉は、『謙遜、真実、貴方は高潔です、思い出の輝き』。

 四つ目の花言葉は、あまり有名でもないはずなのに、花巫女は自らの一の花言葉に()げた。

 後に、金木犀の匂いを利用した(こう)が作られた。

 香の名は『時渡りの香』。

 嘘か真かは知らないが、使った者は、時を渡って過去や未来に飛ぶ事が出来たという。


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