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巫女②

「あんまり時間がないんだからさっさと準備しないと。キミ、ラナードの言ってた人でしょ? 待たせちゃってごめんねぇ」


白に赤の独特な民族衣装を着た少女は、少し鼻にかかったハスキーな声をしていた。


「いや、私は別に」


「そっか。ならいいけど。アイヒ……シュテットっていうのか。ふーん。ちょい長いね。アイヒでいい?」


少女の視線が自分の眼ではなく頭上を向いていたのが少し気になったが、それでもアイヒシュテットは「ああ」と短く返した。


アイヒシュテットが知る一般的な女性よりは随分と短く刈られた黒髪。強い力を湛えた瞳は髪と同じく黒い。美しいは美しいでも凛々しいと言える顔立ちの少女は、一瞬で表情をほころばせ可愛らしく笑う。


「うぃ。ボクはシホでいいから。ちゃんとかさんとかいらないから。さっさと行ってさっさと片付けてさっさと(キリ)()回収したら現地解散ね。それでいいでしょ?」


「シホさん、私は今重要な話をしていて――」


「あほべるちゃんさ、そういうのここじゃないとダメなの? 今じゃなくてもいいよね? 歩きながら話せるよね? この頭は飾りなのかい?」


「いでででわかりました! わかりましたから――」


シホと呼ばれた少女の両拳でこめかみをぐりぐりと押された玄奘は悲鳴を上げる。


どうやらこの二人の距離感は身内と呼べるくらいには近いようだ。


「じゃ、よろしくね、アイヒ」


頭を抱えてうずくまる玄奘を放置して、彼女は笑顔でアイヒシュテットの左肩を右手で叩く。


彼女の笑顔にどきりとしたアイヒシュテットは「え、あ、ああ。よろしく」とかろうじて返した。ころっと変わったその表情には、思わず心が緩んでしまうような、そんな不思議な魅力があった。



――‘ちょっといいかな。君、どこかで俺と会った事はないかい?’…………駄目だ、そんな質問は出来ない。なにより不審すぎる。


彼女とは初対面のはずだが、その馴れ馴れしさにアイヒシュテットは既視感をおぼえていた。


単に不快を感じさせない雰囲気が彼女に有るだけなのかもしれない。けれどアイヒシュテットは、何故か湧き上がる親近感に戸惑いを隠せない。


見覚えがあるが思い出せない。しかしその正体が何なのかを確かめる術はない。何をどう聞けばよいか肝心の質問が浮かばない。彼はそのまま固まる。


そうこうしている内にそんなアイヒシュテットの内心を知ってか知らずか、横から玄奘が空気を読まず彼の右手を引っ張り、ぶんぶん振りながら話しかけてきた。


「アイヒシュテット君は篠笛歴が長いんですか? 大和大国の媛巫女直々の推薦とかよっぽどですよ。あっちの世界では有名なアーティストさんだったりします?」


諌められたにも関わらず、玄奘は相変わらずのイタズラっぽい笑顔を浮かべてアイヒシュテットに絡んできた。


――あっちの世界?


何を言っているのかわからずアイヒシュテットは一瞬考えたが、変な間があくのを恐れ「あぁ。たぶん、よくわからないがそれなりに」と、有耶無耶で曖昧な返答をした。


玄奘がアイヒシュテットの篠笛の事を知っている理由には察しが付く。元々教会の堂務者であった彼は、話の流れの中で座興としてラナード邸の食事会前に篠笛で一曲披露している。あっちの世界、というのが日ノ本から見たグロックドルムの事だろうとは容易に想像できた。


【アーティスト】という単語の意味は分からないが、グロックドルムの篠笛奏者は極めて少ない。そういう意味でアイヒシュテットは、自身が有名なのは考えうることで、逆に下手な謙遜は嫌味だろうと判断した。


「うわー! 今度サインください! ついでにもっと詳しく話を――」

「おい!」

「あ、はい。すみません」


玄奘は再びシホに怒られた。


十代半ばの女性が十歳くらいの彼を叱る光景は、まるで姉弟のやりとりのように見えてアイヒシュテットは思わず、内心でクスっと笑ってしまう。


「ちょっとキミ、アイヒ」


「え、あ、いや」


そのタイミングでシホがアイヒシュテットを呼んだので、彼は必要以上に驚いてしまった。


「何驚いてるの? 早く来てよ、キミも行くんでしょ? 双魚の社」


そう言ったシホの冷たい眼と呆れた視線に、アイヒシュテットは一瞬背中が奇妙にゾクッとした。


そしてその感覚が嫌いじゃないと感じた自分に辟易した。


――そんな趣味はないのだがな……。


これは疲れだ。これは疲れが溜まっているからだ。


彼は自己弁護しつつ頭を切り替え、気を引き締め直すのだった。




シホと名乗った少女は明らかに何かを勘違いしている。


彼女がどこまで自分の事を知っているのかはわからない。自分の身分や目的は、もしかしたら玄奘なる少年からきいているかも、とも思ったが、様子を見ているとどうもそんな感じではない。例えるなら、仕事を依頼した冒険者に接している雇い主のような態度だ。


アイヒシュテットは自分に対する彼女の認識に奇妙なズレを感じながらも、しかしそれをあえて修正せず曖昧なままにした。彼女の話を聞く限り、彼女の目的地は自分の目的地と恐らく同じ――黒龍石のある祭壇――なのだろう。余計な説明をして時間を取られるよりそのまま話を合わせて着いて行ったほうが賢明だ。そういう判断の元、彼は沈黙を守る。


「大和大国の媛巫女といえば今をときめく実力派ミュージシャングループ、クリムゾンベリルの十河詩織ですよ? メインボーカルですよ! いやー凄い! この仕事やっててよかったですよ!」

そして奇妙なズレを言うならばこの少年、玄奘についてもそうだ。


彼の言う事は七割方理解できない。アイヒシュテットが玄奘から、なぜ自分が先ほどの場所で寝かされていたのかを聞き出そうと試みた質問の返答はこうだった。


「あ、覚えてないですか? まぁしょうがないですよねー衰弱入ってましたし。ジャクタマ軍団に運ばれてきた時にはびっくりしましたけど、あ、びっくりしたのは数的な意味でですよ? でも一緒に来た詩織さんを見た時、見ただけで私はピンときましたね。あぁ、なるほどそういうことかって。アイヒシュテット君もシホさんと一緒で特別の一人なんだなって」


アイヒシュテットはその言葉を受け「貴方が私を変な部屋に連れて行ったせいでは?」と出しかけた言葉をぐっと飲みこむ。彼は意味の分からない単語を並べるこの少年と意思疎通を図るのは難しい――深く言葉の意味を考えると堂々巡りに陥りかねない――と感じ、面倒事を避けたい一心でそれ以上の確認を避けたのだ。


だが玄奘はアイヒシュテットの様子などお構いなしに、興奮気味な口調で【十河詩織】なる女の絶賛を継続する。それはまるで有名人に会えたという感動をアイヒシュテットにぶつけるような勢いで、次々と堰を切ったように続けられた。


玄奘いわく。その女性――十河詩織(そごうしおり)――は、この日ノ本を代表する大和大国の媛巫女で、世道では最上位級の存在であるという。グラミー賞云々、MTV・EMA云々、他何とか賞云々勲章云々という玄奘の話の大半は、アイヒシュテットにとって理解できないものであり、結果適当に聞き流されていた。





双魚の社を抜け、不死山の風穴を経由し、広い樹海を一時間程歩いて辿り着いた先は、重厚で落ち着いた輝きを放つ石材で建てられた遺跡だった。


玄奘の話では、樹海には最深部の道を開く為の【天戸の聖域】と呼ばれる遺跡が三箇所あり、それぞれ歌、踊り、追奏(ギグ)を奉納する事で、最深部である大祭壇への道を開く事が出来るのだという。シホはその大祭壇にある(キリ)()という祭具を得る目的で既に何度かこの樹海に訪れており、歌と踊りの奉納については済ませているとの事だった。


「ここでの奉納を終えれば大祭壇まで直ぐです。さぁ、行きましょう!」


追奏(ギグ)を奉納する為、玄奘が三箇所目の【天戸の聖域】の門を開く。



二人の後をただ着いて行くだけという状況に若干の不安はあるものの、アイヒシュテットは言われるがまま進む事を選ぶ。先に二人が建物に入ったことを確認してから、アイヒシュテットも中へと進んだ。


入ってすぐ目についたのは、ドーム状の天井と丸みを帯びた壁だ。音の響きを計算しそうなっているのか、その場所はアイヒシュテットの祖国にある歌劇場(オペラハウス)を洗練させたような造りになっていた。


「流石のボクでも追奏(ギグ)は一人では奉納できないからねー」


「詩織さんが大和大国の媛巫女じゃなかったら絶対、引きずってでもお願いしたかったところですが、見た所凄いデータ量をお持ちですしあの方の推薦という事であれば、『貴方以外にありえない!』と、期待が膨らむのは極々自然な流れなのですよアイヒシュテット君」


「そうだ。キミには期待しているのだよアイヒ君」


先に中に入ったシホと玄奘が交互におどける。その声は、誰もいない劇場内に思いの(ほか)大きく響いていた。


「期待に添えるかどうか……」


反響しない程度に、アイヒシュテットは苦笑を混じえつつ返した。



アイヒシュテットは劇場内を歩きながら、自分が前に彷徨ったあの閉じた森の事を思い出していた。


双魚の社は、過去にアイヒシュテットが訪れた場所と全く同じであった。違ったのは、風穴を歩いた事と、樹海に鬱蒼とした不気味さが無かった点だ。それにこんな大きな建物は見当たらなかった。


いくら暗かったとはいえ、今まで見てきたもの全てを見落とす事があるだろうか。


それもこれも、取るべき手はずを取らず進んだ事による仕掛け(トラップ)だったとするなら、それで説明はつくのかもしれない。しかしどうしてかアイヒシュテットは頭の片隅で、釈然としない引っ掛かりを感じていた。


思えばあの時、何故ラナードは来られなかったのか。自分は何故、間違ったルートに送られたのか。

その理由として最も考えられるのは情報の行き違いだ。


ラナードの指示をあの時の案内役が何らかの勘違いをして自分を別の場所に送ってしまったのか、もしくは場所は正しかったが必要な鍵となる道具を渡し忘れたのか、或いは既にラナードから渡してあると思い込んでいたのか――。


いずれにしても、故意だとするには理由が不明だ。事故であったと判断すべきなのだろう。


では今回はどうか。


状況は正しく進んでいるように思える。だがアクシデントが起こったらどうする。もしまたあの恐ろしい敵に遭遇した時、対処する事は可能か。


――いや、そもそも手順が正しければ仕掛けは作動しないのだから化物に会う事はないのか。


この検証に意味はない。下手な考えをするべきではない。自分のミスで手順をしくじらせるような迷惑は絶対にかけられないのだから。アイヒシュテットは思考を切り替える。


次の手順にはどうやら自分の演奏技術が求められるようだ。今はそれに対し心して望む必要がある。

演奏を生業にしている身ではない。シホや玄奘の期待に答えられるかは疑問だ。アイヒシュテットの胸中には、正直少なくない不安がある。


重要なのは集中力と意志力。うまくやれるかどうかという理屈ではなく、やるかやらないかという思い切り、すなわち気合。


もし失敗し失望されたとしても、何とか頼み込んで機会を繋ごう。どんな高度な演奏であっても、演奏である限り、最悪時間を貰って不眠不休の意思で練習すれば必ずやり遂げられる。


たったそれだけの事ではないか。と、アイヒシュテットは自分に言い聞かせる。


そこへ


「大丈夫! くっそ下手だったら帰ればいいだけだから! まぁそんな人をしおりちゃんが紹介するとは思えないけどねー」――見通したのかというタイミングでシホはアイヒシュテットに笑いかけた。


――全く大丈夫じゃないよ! そういうところ相変わらずだよね!――。


絶妙なタイミングでプレッシャーをかけてくるシホに対して、アイヒシュテットは反射的に内心で呟き、ハッとした。


彼の中に唐突に湧いた既視感。それがシホに応えようとした自己の笑顔を半端に阻害した為、彼の顔は半分引きつったおかしな表情になった。


「緊張していますか? アイヒシュテット君。ではこの私が、その緊張を忘れられるよう少しタメになるお話をご披露致しましょう。えー、こほんこほん。――この社が建立されたのは、今からおよそ百年前。床と外壁には磨き抜かれた御影石が使われており、その建築方法は、街づくり全般を司っている興部町の工部省、邪馬一族の門外不出の秘で――」


「あほべるちゃん? いらないいらない。そういうのいいから。ちょいちょいあほな説明を挟んでくるな、ってアイヒはうんざりしてるよ?」


「いや、私は別に……」


シホはさもアイヒシュテットの意を汲みとったかのように言う。確かに図星だが――指摘する程の事でもないとアイヒシュテットは思う。


「私そういう役割ですから。その為にいますから!」


「そういうのはおんぷちゃん達でいいんじゃないの?」


「そういうのはまだ実装してないんです!」


二人のやり取りを見ながら、アイヒシュテットは強引に心を整理する。


先ほどの既視感の謎。勝手に沸き上がった到底信じられない気安さ。ふわふわするこの喜びに似た気持ち。アイヒシュテットは自分の状態に困惑しながらも、そんなものらを一斉に排除せんと思考を一時停止させる。


既視感なんてものは脳の錯覚に過ぎない。緊張し過ぎで脳が少々トラブルを起したのだ。


アイヒシュテットは集中する。深呼吸し、軽く頭を振り正面を見据える。


恋の初期症状にも似た人間特有のその気持ちを、彼はそれが何かわからないまま心の奥底へ沈めた。


建物の入り口から中央舞台へは、下に向かって座席の無い坂になっている。


通路も歌劇場にある階段とは異なり、赤い高級な絨毯の敷かれたスロープになっていた。


滑り止めの素材を裏に貼り付けたキルトのような布は客席にも敷かれており、そちらの色は黒だ。どうやら二階以上の客席も同じ趣向のようだ。


「椅子が無いのか」


「無いよ。御座を敷くからね」


客席を見て何気なく呟いたアイヒシュテットの声にシホは舞台上から答えた。


――いつの間に!?


アイヒシュテットは知らぬ間に先を行っていたシホに驚き、慌てて小走りで舞台上へ向かう。


楽譜(スコア)読めるよね」


舞台の脇にある階段から急いで舞台上に上がる。辿り着いたアイヒシュテットの前で、シホは目の前の何もない空間を指でなぞったりつまんだりしていた。


「試すみたいで悪いけど――」


その奇妙な様子を観察していたアイヒシュテットの目の前に、突然宙に浮かぶ光る羊皮紙のような物が現れた。


「初見でどこまで出来るかちょっとやってみてもらっていい?」


どういう原理なのか。数枚重なったその紙は、宙に浮いたままで落ちる気配がなかった。記されている文字や記号ははっきり見えるが、紙そのものは透けていて、掴もうとした指は何の感触もなくそれを通り抜けた。


――これは……。


その事自体にも驚いたが、それよりもアイヒシュテットを大きく驚かせたのは、紙に記された内容だった。


書かれている文字は初めて見るものだったが、何故か不思議と、アイヒシュテットにはその意味が理解出来た。記されている記号や文字が、アイヒシュテットの頭の中に感覚として飛び込んできて、瞬時に旋律が頭の中を駆け巡った。


――これは……。


次の紙を読もうとし、アイヒシュテットはまた驚かされる。紙は光で出来ており触れる事はできなかったが、アイヒシュテットが先を読みたいと思った途端、まるでそれを見越したかのようにページが独りでに捲られたのだ。


ページが進むに連れ、アイヒシュテットの頭の中が音のイメージで溢れていく。


「Kanon und Gigue in D-Dur für drei Violinen und Basso Continuo」


最後まで読んで、アイヒシュテットはタイトルを口にした。


「そうそれ。パッヘルベルのカノン。主旋律をお願い」


シホはそう言うと、両手に持った棒を打ち合わせ、拍子を知らせるジェスチャーをした。


その意を理解したアイヒシュテットは、剣の鞘にくくりつけてあった袋から篠笛を取り出し、口元を舌で軽く湿らせてから構えた。


そしてシホが合図をする一瞬前にアイヒシュテットは息を吸い込む。


その僅かな一瞬の差が、意識をぐっと高め、彼を景色と同化していくような独特の感覚、極限の集中状態(ゾーン)へと没入させた。



第一音。


篠笛のハスキーな音色が、空間を渡り行く風のようにドーム内に響き、その場に渦を巻いた。


「おおおおお、これは!」


玄奘が歓喜の声を上げる。圧倒的な充足感が玄奘を、シホを、空間を満たす。


響き渡る音の波。


留まり、跳ね、巡る音。


歌い出した篠笛は、たったの数小節で簡単に奏者の技巧の高さを証明した。


「空間の感応測定値が閾値超えてます! このまま木霊を呼び出してぶっつけ本番でも余裕でイケますよ!」


「いいね! ははっ! 流石しおりちゃん!」


玄奘の言葉を待たずして、シホは既にやる気になっていた。感動と驚きで表情は弛緩し、頬には若干赤みが指していた。


「よし、このままいっちゃおう! おんぷちゃん達!」


シホに呼び出され、どこに隠れていたのかシホの服の隙間から五体の人形が飛び出した。


「【神楽舞台(エグゼキュータブルファイル)】展開!」


「あいー!」「はいなー!」「よばれたー!」「きたこれ!」「これでかつる」


彼女の一声で人形達――木霊――は、一斉に踊りだした。すると舞台のほぼ中央に立つシホを中心に、縦長の円柱状をした光の膜が宙から滲み出るように現れた。


入力祇装(デバイス)天宇受賣命(アメノウズメ)】、奉納形式【御神楽(スピール)】」


彼女の言葉に呼応して半径二メートル半程の光の膜の内側に、爪程の大きさのトゲトゲした球体状の粒が無数に浮かび上がる。粒はそれぞれ色を持ち、それらは時間の経過とともに様々な色に変化した。


無造作に拡散しているその粒の一つを、シホが指で軽く弾くと高く澄んだ音がした。


粒が粒にぶつかるとまた同じ音がして、色の違う粒に当たるとその音はまた変化する。


「ゲネラルプローベを開始。臨界まで五十七秒。祇社への経路接続確認」


色の粒はぶつかるごとに速度を早め、光の膜に当たっては跳ね返り別の粒を弾く。色のついた粒はやがて光の尾を引いて線となり、光の筒内を飛び回った。


シホは左腰につけていた小さな袋から指先くらいの大きさの銀の玉をいくつか取り出すと、それを両手の親指以外の指の間全てに挟んだ。


「おんぷちゃん、タイミングよろしく! アイヒの楽譜(スコア)差し替え後、典礼【漣唄(さざなみのうた)】へ移行。カウントダウン十秒前から」


初見演奏という鬼発注。しかしアイヒシュテットは眼で了承の意を示す。


銀の玉を指に挟み込んだまま、シホは腰紐に挟んだ二本の棒を取り出して、その棒をそれぞれ両方の手に握りこむ。木霊達がカウントダウンを始めると、筒内で飛び散っていた粒が急速に数十箇所に収束して長方形のブロックを作った。


ブロックはシホを取り囲むように螺旋に配列されると、下から上へ向かってその色を少しずつ変化させる。螺旋の鍵盤が完成すると同時に、カウントは尽きた。


シホの両手は大きく振られ、その手からは六つの銀球が飛び散った。



シホの持つ棒が、筒内を跳弾する銀球が、鍵盤を打つ、こする、押す、なぞるなどの動きで、それぞれ異なる様々な音を紡ぎだす。シホの参加により、篠笛の演奏はにわかに楽団のそれへと早変わりした。


空間が、重厚で繊細で清らかな音色に満たされていく。


押しては引き、寄せては返す音の調和。それが世界への問いかけ――漣のような無垢の声となって、天戸を徐々に開かせていった。





演奏が終わり、辺りに静寂が戻る。


周りの空気が淀み、景色がパレッドの中の混ざり合う絵の具のように歪む。


床も壁も天上も全てが立体から平面となり、それらは無造作なタペストリーとなってアイヒシュテットの目の前を覆い尽くした。



一瞬の真っ白な世界。まばゆい光からの暗転。


暗闇から徐々に視力が戻ると、そこはアイヒシュテットが過去訪れたあの森の景色だった。


「転移成功ですねー」


「っぽいけど、なんかおかしくない?」


二人は訝しげな表情であたりを見回している。


「あべる、マップの――見て? ……邪馬台の死霊ヶ原って何?」


「あれ……?」



突然吹いた一陣の風が、激しく木々の葉を揺らした。その音にふと空を見ると、そこには月ではなく、変わった形をした輝く御輿が浮かんでいた。


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