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― daydream's bell - side Eichstatt II Tip.2 ―

騎翼戦(アインツェルカンプ)は空の騎馬戦ではない。


翼竜騎乗には、空を行く感覚――陸上生活とは完全に異なる物理認識――への集中力が求められる。故に単に攻撃するといっても陸上のそれとは勝手が違う。


相手と自分の三次元的相対位置を常時把握する空間認識力。


急激な高度変化による意識障害を制御する気圧対応力。


相手の状態を正確に観察し繰り出される次の手を幾通りも予想する全方位戦力分析ないし未来予測。全てが揃わなければ自らに致命傷を招きえない危険な競技は、地上でのそれに比べ遥かに難易度が高い。


だが何より違うのは、一般の軍馬とは比較にならない程、翼竜が非常に高い知性を持つというところだろう。


競技に望んでいるのは一人ではなく、二人だ。


継続か断念か――それを決めるのは騎手ではなく、翼竜だ。


戦闘可能と判断すれば、例え騎手が拒んだとしても翼竜は果敢に敵を攻める。


勝利する事が叶わぬと判断すれば――それが仮に撃ち合う前であったとしても――彼らは交戦を避ける。


騎手は翼竜の信頼を勝ち得る為日々の修練を積むが、翼竜は己の勝利の為に最良な駒をその都度選ぶ。


それこそが騎翼戦(アインツェルカンプ)。その本質は、人という道具を装備した翼竜達の闘争だ。


翼竜は人の内に潜む覇気を見る。彼らの背に立つ事が許されるのは、努力に裏打ちされた揺らぐ事の無い自信を持つ騎手のみと言われてきた。


()の少女は、幾度(いくたび)の挑戦に於いて不敗であった。


決して怯まず、決して惑わず、幾度も翼竜と語り、如何なる位置からでも少女は空の高みを見つめ続けた。


紅の翼竜が少女の存在を許し、その行動に理解を示した時、少女は初めて絆を得た。


そしてそれは、彼女の誇りの源泉となった。


だから、目を覚ました赤い騎手は驚いたのだ。紅の翼竜が自分を見捨てなかった事に。


赤き騎手は気を失ったが、赤き翼竜はそれをフォローしうまく立ち回った。意識を取り戻すまでの数秒をパートナーにカバーされ、赤き騎手は我に返った。


最悪の事態は免れたが、一度切れた集中力を再び高めるのは容易ではない。


意識を取り戻して尚、彼女が同じ姿勢で旋回を続けるのはタイミングを計っているからではない。


彼女は必死に、戦意を立て直そうともがき、足掻いていた。


相手の技量は自分の想像を超えていた。遥かに高い、という領域ではない。


わからない。


計り知れない。


恐らくは想像を絶する高み――まるで人間ではない何か。


目を覚ました彼女の心は、畏怖に満たされていた。


慢心している彼に鉄槌を下す最高の局面であったはずのこの戦いは、皮肉にも少女に、自分にこそ慢心があった事実を明確に突き付けた。


彼女は今初めて知った。――自分は、実の兄の事を驚くほど知らない。


彼が少女の事を軽んじ、己の技量に慢心し、油断していたのは間違いない。だからこそ彼は、彼が自己陶酔の極みと笑う一騎打ち(アインツェルカンプ)に応じたのだ。


そればかりか、彼は競技ルールに則り【霊装(カムイ)】を封じた。あらゆる敵対的接触を禁じる【複散形花序障壁(キクタヴィローサ)】も対軍兵装(ルーのひだりて)如雨露(ブリューナク)】も無しで、両軍が対峙する上空、少女の前に現れた。


最初はその目立つ演出行為(おでまし)に、嘲笑と愚弄で己が尊大さを誇示する彼の過去の言動が思い出され、少女は吐き気がする程の嫌悪を感じた。そしてその愚劣さに苛立ちが募った。


実際打ち合っても演出は続いた。少女の一撃に対し、受け流すでも逆撃を狙うでもない。大仰な動作でパフォーマンスをし両軍を煽るだけの、無思慮で稚拙な、無駄だらけの防衛動作を、彼は最初からただただ繰り返していた。


だが数十度打ち合いをして、少女は違和感を覚えた。


彼は、今まで一度も積極的な一撃を打ち込んできていない。なのに打ち込んでいるはずの自分の方が、押されている様な緊張を感じ始めた。


少女はそこで、冷静さを取り戻した。


単なる体力の浪費に見えたその一撃一撃は、最も効率よく力を伝える様動作が絞られていた。互いの得物が交錯した瞬間、見えない破壊の衝撃が、打ち合った得物に、それを支える手に、腕に、体中隅々に――あるいは翼竜にまで――重く、重く、響いていた。



物理的違和感の正体に気がついた時、少女は連鎖的に、直感でしかなかった掴み所の無い、漠然と心に広がっていた違和感の正体にも気がついた。


少女は無意識に息を呑んでいた。そして次の瞬間、少女はそれを確かめるべく地上を見た。


地上で両軍が湧いている。


まるで興業でも見るかの様に。


自分達は、戦争をしているのに。


少女は思う――彼らを見て痛切に。敵味方に別れたとはいえ、自分達を見上げる両軍とも、元は同じ国家に根ざした同じ国民、同胞なのだと。



この試合。試合として、本当の意味でまともなものとして終われたなら、彼らはどの様な気持ちで、その幕引きを受け入れるのだろう。


少女には(わか)る。嫌でも(わか)ってしまう。この離れた空からでさえ、否、空からだからこそ感じられる。彼らの眼に宿る熱に無視する事の出来ない情熱が灯っている事実を。



少女は一度強く目をつむり頭を振った。予め定められていたシナリオであった気さえするこの顛末に、少女は今見た真実から目を背けた。全ては雑念であるとそれらを振り払い、少女は強く強く口を結ぶ。そして呪う。


これら全てが、自分の恨み続けてきた兄の力なのだとしたら――世界は(いびつ)過ぎる。


少女は混乱する――自分が彼の傲慢を利用してここへ引きずり出したはずなのに。


彼の派手な行動は、これから自分を生け捕りにし、敵将の無様な姿を晒させる為の彼の合理的手段(さくせん)のはずなのに。


それなのに彼は、この場をこんな空気にしてしまって、それでもそれが出来るというのか。


わからない。もしかすると自分が罠を敷いたのではなく、彼の狡猾さに絡められた自分こそが、彼の劇場に引きずり込まれただけなのではないのか。効率的にこの戦いを終わらせる為に。


砕き折らんとする鋭い衝撃ではなく麻痺に導くような戦闘の継続力を奪う一撃は、少女のプライドを砕き折らんとしていた。


少女も翼竜も風を巧みに捕まえ踏み止まってはいるが、巻き返すだけの余力は既にない。


それでも、少女は絶対に負けられなかった。


彼との戦いに臨むと決心した時、少女は誓いを立てた。


最愛の末妹の涙を遮ってでも、例え自らの命が絶たれる事になろうとも、彼だけは絶息せしめなければならないと。


これはもう、父を殺した兄への復讐でも、こじれすぎた兄妹喧嘩でもない。国の存亡がかかった戦争なのだ。最悪でも必ずや、彼とは刺し違えなければならない。


――騙されぬ。兄は人の心を持たぬ修羅だ。いや、最早兄では無い、アレは羅刹だ!


幸い、彼の油断は事実である。少女はそこに活路を見出す。


彼の狙いが自分を生け捕りにし、国民にさらして辱める事にあるなら――少女は考える。彼はそれが出来ると確信しているに違いない。自分に対し致命の攻撃が行われる事がないのなら、そこに勝機を見出す方法は、ある。と。


彼女は落ちていく集中力を闘志で束ね、憤怒で引き絞った。この戦いに命を捧げる覚悟がある事を――国を思う本当の献身を――彼に突き付けてやるのだと。


赤き翼竜が直角に近い傾斜で急降下を始める。グロックドルムの血族のみが持つ【始祖竜王(ラオデキア)の呪い】――それによって発せられた【星幽燐気(シュトルムツェーゲル)】――が、少女と翼竜の周囲の空気を赤く染めた。


【赤い流星(クリムゾンベリル)】の出現に地上の歓声が高まり、それは一つとなった。


少女は槍の握りを、突きに力が入る型に握り変え、そして片足を金具が外れやすい外側に加重する様に深く構えた。それを合図に、赤き翼竜は錐揉み運動と加速を始める。


少女と翼竜は、大空を滑る赤い流星となって黒き翼竜へと襲いかかった。


「いけー! リーズ王女ー!」


下からの歓声が一気に膨らんだ。


二頭の翼竜が交錯する寸前、少女は渾身の突きを繰り出した。それは後先を考えない捨て身の一撃であり、型を捨てた最速の一撃――少女の切り札であった。


だが恐らくは、それすらも彼には予想の範疇だったのだ。今度は彼の槍のほうが早く、少女の槍を打ちに出ていた。


繰り出されたのは迎撃に特化した覇技――【十界互具】


彼は正確な予測で彼女の槍の柄を側面から柄で叩きつけつつ、槍の刃の切っ先はそのまま弧を描き、彼女を乗せた翼竜の尾を切り落としにかかった。恐ろしく流麗なその軌道から、予め定まっていた振り付けの一節の様にスムーズに、事は成されるかに思われた。


「死して償え!!」


獣の様な絶叫だった。人体を貫く手応えと同時に、少女はそう叫んだ。


少女が叫ぶ直前、金具がはじけ飛ぶ音と共に、小さな丸い光が飛び出して彼の足を直撃した。


自由になった少女の片足が体の可動範囲を広げ、一度はいなされた突きの軌道を修正させた。少女の両腕は一瞬の隙を捉えて、彼の胸にその切っ先を食い込ませた。


遅れて、雷鳴が轟いた。





彼は息の詰まりを感じながら足元を見た。それからすぐに、宙でバランスを崩しながら槍にしがみつく少女の表情を見て、何が起こったのかを理解した。


大量の血が瞬く間に口内に逆流し、彼は声を発する事が出来なかった。


真っ赤に高揚した少女の憎悪の表情を、彼はとてもとても長い時間見た様な気がした。


少女が上昇を、彼が落下を始めるのを見計らっていたかの様なタイミングで、彼の乗っていた翼竜に複数の光の矢が飛んだ。対魔獣用の鈴のついた矢は、風の加護を失った翼竜の翼や腹、胴体に次々と突き刺さった。


「我々が勝った。敵将を打ちとったぞ!」「卑怯な! 騙まし討ちではないか!」――二人の耳には、その声がこびりついた。


落下していく彼の視界には、片足を翼竜に繋がれ、宙づりにされた少女が遠くへ飛んでいく光景が映っていた。


彼は何かを告げようとしたが、自分が呼吸を出来そうにない事を認め、小さく笑みを浮かべその言葉を飲み込んだ。


酸欠と落下とで遠くなっていく意識の中、彼は底が見えない奈落へと、黒い翼竜と共に落ちて行った。

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