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エピローグ

 玄奘の持つ謎の技術で呼び出した馬車に最初に乗り込んだシホは、疲れのあまり今も眠りこんでいる。玄奘は外で御者をしているので、アイヒシュテットは話し相手もいないままぼんやり外を眺めていた。


 自分達がいた場所が完全に崩壊し、興部町への帰路が閉ざされたと聞いた時、アイヒシュテットは頭を抱えた。黒龍石は手に入らずじまい。麒麟を失い、チームからは遠く離れ音信不通。現在地も不明ときては楽観できる訳がない。アイヒシュテットは終始無言のまま、時折眉を顰め先の事を考える。


 〔どうしたのだあるじ〕


 リスに翼を生やした小動物が、足元で【神言板(アポカリプス)】をアイヒシュテットに掲げる。


「別に何でもないよ、プレヴォー」

 〔げんきがないようだ。きゅうそくすべき〕

「疲れたわけじゃないんだ。大丈夫。心配してくれてありがとう」

 〔とんでもないことでございます〕


 持っている板にリスが炎を吐きつける度、黒い文字が変化する。言葉を持たないパートナーとコミュニケーションを取れるのは便利だが、記された言葉を見て、いまいち本当に意思疎通が出来ているのかアイヒシュテットは怪しく思う。


「なんだ内裏様。疲れてるのか?」

「何ぞ気になる事でも?」

「眠るなら、えんもご一緒します」


 シホの隣の座席にいる犬と猿、アイヒシュテットの隣りに座る雉が一斉に喋る。


「いや、本当に大丈夫だ。気にしないでくれ、ありがとう」


 こいつらについてもそうだ。と、彼女らの存在を未だ割り切れないアイヒシュテットは、笑顔ながらも内心で悪態をつく。

 まさか元死霊達が仲間としてついてこようなど、彼は夢にも思わなかった。


 昨日の敵は今日の友、などという言葉が日ノ本にはある様だが、高位聖職者であるアイヒシュテットとしてはそんな事を容認出来る訳がない。いくら偽りの記憶を植え付けられ操られていたとしても、彼女らが死者の類である事には変わりがない。死闘を繰り広げた記憶も払拭されていない――それどころかまだ生々しくアイヒシュテットの中に残っている――のに、心から仲間として受け入れろというのは不可能な話だ。

 そもそも生者を恨み死の国へ誘うと言われている怪物と、仮にも聖職者という身分の自分が手を取り民の前に出られるだろうか。理屈で割りきれる程自分は達観していないと彼は思う。


 一行を乗せた玄奘のやたらと座り心地のいい幌馬車は、とりあえず北を目指して進んでいる。

 彼女の北を選んだ言い分はこうだ。


「多分日ノ本の何処かであるとは思うんですよね雰囲気から言って。だとすると北に行けばいい気がしませんか? そもそも随分飛びましたからね。これSGM情報で皆には秘密なんですけど、私達がいた場所、月なんですよ。びっくりですよね。そこからここまで飛んだんです、私の舵取りで。まぁ計算無しにいきなり大気圏突入しちゃいましたけど? 日ノ本みたいな小さな国にピンポイントで不時着出来るわけ、普通ないんですよね。ありえないんですよ。ありえない、――で、す、が! できたんです。やっちゃいました、やってやりましたよ! これって凄くないですかー? ちょっとズレたら海だったわけですし、ふふ」


 確かに気がついたら氷河や海、火山や密林だったら目も当てられなかっただろうとは思う。だがなんだろう、この「私頑張りました」感。「ありえない環境から復帰してやりました」感。

 アイヒシュテットが横目で玄奘を見る。彼女は上機嫌で小さく鼻歌を歌っていた。


 足元を見れば翼の生えたリス(プレヴォー)――幼生期の驪竜らしい――を中心に、シホの木霊達が延々踊っている。手にはプレヴォーと同じ【神言板(アポカリプス)】を持ち、会話ごっこをしている様だ。アイヒシュテットはプレヴォー達の会話が気になり、【神言板(アポカリプス)】をちらっと覗いてみた。


 〔わたしのぶれす てくにかるなひ。 わかる? たんじゅんさぎょう ぢゃ ないわけ〕

 〔しょくにんきたこれ!〕

 〔ひゃっはーひだー!〕

 〔まってたー!〕

 〔てんさいあらわる!〕

 〔かみこうりん!〕


 ――何だそれ。……どうしてそうなった?


 一体どんな流れの会話をしているのか。アイヒシュテットは少しだけ気になったがじっくり観察する程の興味はやはり無かったので視線を上げる。

 すると、眠っていたはずのシホと目が合った。


「あ……」


 おはよう、か、おきた? か。

 アイヒシュテットが何と声をかけるべきか悩んでいると、シホは気だるそうなトーンで言う。


「腰のそれ何」


 シホはアイヒシュテットが腰に巻いている異形のベルトを見ていた。


「クエストの報酬だけど」

「それは知ってるけど、何でつけてるの?」

「あ、えっと。どうかな」


 どうかな、とは何がどうなのだ、と言いたげなシホの半眼に、アイヒシュテットは苦笑する。


「一騎当千の証、WWCのチャンピオンベルト。さっきのイベント報酬なんだけど」

「いいと思っているのかね、どうなのかねそれはファッション的に、正直に」


 平坦なシホの言葉に、アイヒシュテットはちょっとだけ照れながら

「これは、かっこいいな」

 と、ニヤニヤした。


「……そのセンス……」


 シホは何かを言いかけたが断念し、小さく息をついてからまた目を閉じた。



「げんじょーおうちまではどのくらいかかります?」


「さて。どのくらいかかる事やら見当もつかないよ」


「うまいなかったから」

「うまいこといかなかったから」

「うまいこといったつもり?」

「ばじとうふうのことよ」


「でも日ノ本は小さいから人里までそんなにかからないとは思うけど、あ、それは知ってるでしょ?」


「ぼくらききたかったわけじゃなし?」

「このこむすめがきいたから」

「こころのこえできいたから」

「ままさんままさーん」

「くっきんぐすとーっぷ」


「え、こむすめ?」


 アイヒシュテットは意味がわからず玄奘を見る。


「あー。驪竜ですねー。その子メスらしいですよ木霊の話では」


 玄奘が前を向いたまま陽気な声を上げた。


「君達は、動物と意思の疎通が出来るのか?」


「あんたもどうぶつです?」

「せんみんふぜいが」

「えらそうに」

「なにさまのつもりか」

「さんしたが」


 ――くっ……ぐぬぬ……。


 アイヒシュテットは返事に困り言葉を詰まらせた。だがそんなアイヒシュテットを早々に無視して、驪竜の雛と小人達は小躍りしながら再び騒ぎ始めた。


「つぎー」

「たべものー」

「しばりで?」


 ――まぁ、いい。


 何か一言いい返してやりたい気持ちを収めつつ、アイヒシュテットはふと正面を見る。するとそこには、けだるそうに馬車の壁にもたれかかったまま薄目でそれを眺めているシホの姿があった。

 アイヒシュテットはすぐに視線を外し、シホの事を見なかったふりをする。そうしながら、彼は彼女の、今考えていそうなことに思いを馳せる。

 自分と彼女の境遇は似ている。彼女は目的の祭具【(キリ)()】を得られなかったし、【媛巫女】にもなれなかった。自分が黒龍石を持って帰る事を熱望されていた様に、彼女もきっと目標の達成を期待されていたに違いない。彼女も自分と似たような立場であるはずだ。


 ――だというのに、彼女のあの達観した、飄々とした態度はどうだ。


 アイヒシュテットは思考を巡らせる。

 何も感じていないはずはない。何も考えていないはずはない。仮にそれが虚勢だとして――いやそれはない。虚勢を張る意味はない。では何故、重大な失敗を背負ったまま彼女はああも平然としていられるのか。

 アイヒシュテットは考える。その理由を。思いつく限りの可能性を並べて。



 そして彼は、唐突に気がつく。

 仮説の構築に試行錯誤し、やがて一つの仮説の辻褄を合わせられた頃、彼はシホという人間の大きさを改めて思い知る。


 ――まだ、終わっていないということか。


 彼は結論付ける。彼女は失敗していないのだと。だから彼女は悩まない。終わった事を考えても意味は無いから。

 彼女にはあるのだ、代替策が。若しくはそれに値する行動を取れる自信が。


 アイヒシュテットは自らを省みて、思う。彼女の様に視点を広く取り大局を眺めれば、一時の失敗などくだらなく、悩みなど無駄で無意味な葛藤に過ぎないと判る。彼女に比べて、ちまちまと悩みを繰り返す自分は何と小さな存在だろうか。自分は何を勘違いしていたのだろうか。と。


 得られなかったという失点は他の加点でカバーするしか無い。失敗を取り繕わない。後悔しない。彼女はきっとそう考えているのだ。それだからこそ出来るあの所作――。

 アイヒシュテットは得心する。彼女なら出来るだろう。そして自分も倣うべきだ。黒龍石で得られただろう恩恵以上の貢献を祖国に尽くすべく。


 目の前が晴れた気がする。アイヒシュテットの中に一刻も早く祖国に帰りたい気持ちが募る。だがふと、待てと、彼は自分の感情に自制をかけた。

【急いては事を仕損じる】という金言がある。

 これは日ノ本の文化【ことわざ】という格言だ。今の状況をまず受け入れ、一歩一歩着実に事を進めなければ思わぬ災難に足元を掬われかねない。特に気持ちが高ぶった後は。


 急いで一人飛び出す前に、まずは事態の正確な把握を目指そう。今は彼らと行動を共にし十分な情報を集めよう。気持ちだけで走りだそうとする浅慮は戒めるくらいが丁度いい。

 足元の小さな住人達を見るシホを眺めながら、アイヒシュテットは端倪すべからざる智を備えた彼女に敬服し、また尊敬の念を強めた。


「えくれあ」

「あらびあーた」


 〔たべたい〕


「いえす」

「すぐにたべたい」

「いますぐつくるか」

「かきゅうてきすみやかにたのむ」


「おんぷちゃん達。食べ物縛りだったんじゃないの?」


「このこがいうから」

「こころのこえで」

「あなたがひいたのは、れ」

「ままさんままさーん」

「くっきんぐすとーっぷ」


「おんぷちゃん達さ、そこの三人も混ぜて最初からやってよ」


「あ、いや俺は」

「おもしろそうじゃのう」

「僕は、その、どっちでも……」



 変な方向に向かう遊びからこっそり顔を背けつつ、アイヒシュテットは思う。

 今自分に出来る事それは――シホの様に【気楽に構える】という事だ。


 思いつめ自分を追い込んでも効率が上がらない時は上がらないものだ。失敗を重ねる状況ならむしろ、逆に一度全てを捨てて、気楽に構えるというのも手の一つだ。そういうのが意外と新たな発見に結びついたりする――のだと思う多分。

 いずれにせよ、祖国へ帰るにはまだまだ先が長い。考えねばならない事などいくらでも出てくる。ならば今だけは、論理ではなく見たまま感じたままに、行き当たりばったり歩を進めてみるというのもアリやナシや、かもしれない。


 ――うーん。いや、どうだろう……アリか? うーん。まぁ、うーん。


 考えるな。論理は置いておけ今だけは。

 人生何が起こるかわからない。案外そっちの方が良かったりするのだ。思いもよらない閃きが浮かんで万事解決、大団円へと至る道を簡単に見つけてしまう事だってきっとある。あるに違いない。無ければおかしいじゃないか。


 アイヒシュテットはそう半ば投げやりに自分を納得させつつ


 ――まぁ、楽しい旅にはなりそうだ。


 シホからの無茶振りを恐れ、狸寝入りを決め込むのだった。


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