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殻の境界②

コレはどういう意図での演出なのか。


成り済ましにしては間が抜けすぎている。


システムで名前の確認が出来るこの世界において、名を非公開設定にし偽名を名乗った所で意味は無い。PCかNPCかは名前の表示欄の色ですぐにわかる。物語の演出上空気を大事にしてNPCの名前が伏せてあるケースはあるが、プレイヤー(ゲスト)にはエリア内NPC検索という機能がある為やはり意味がない。


だがそんな訝しがるシホ視線を無視して、偽物は玄奘のしぐさを真似ながら一礼する。


「お初にお目にかかります神霊樹の巫女(パロールドネ)。私は、玄奘と申します。偉大なる殻界(ヤー=シェリ)の導きで混沌の盟主ゾルヴァに従いお待ち申し上げておりました」


「あほべるちゃん何だこれ」


「えっと……役小角っていう内裏を補佐する三人官女の一人です。私の姿を真似たというよりは、GM用筐体が全てこの姿なので、だと思います。固有技能の〈複製擬似(ミラーストライピング)〉を発動させているようですし。本来なら、シホさんがこのイベントをクリアして、【媛巫女(アリアドネ)】になれた時に登場するはずだった【守護神官(ネメストレル)】なんですがー――」


「あいつなんか顔色悪くない? 病弱?」


「いえ、死霊化している効果ですね。先の二人と同じくイベントのデータ自体が改竄されているのでこれ――」


「何だよ! 君らのミスかよ!」


「ちがっ! 私のせいじゃないですよ! デザインしたのも設計組んだのも管理しているのも私じゃないですから!」


「そもそも何でGMは君をモデルにしてるのさ」


「安い国に外注したからですよ! 他にも下請けとか孫請けとか伝言ゲームの末どうしてこうなった? ていうのが色々あるんです!」


色々ってなんだよ、と食い下がるシホに対して玄奘は色々は色々ですと答えになっていない返答をする。そのやり取りを眺めていた役小角は、収集がつかない空気を察して待つのをやめ、仕掛けた。


『〈玄奘 頭が高い 控えおろう〉』


「えっ!?」


役小角が右手を上げ糸人形を操作する要領で指を動かすと、それに合わせて玄奘はシホから数歩離れ、平伏し地面に額を押し付けた。


「そんな! 私SGMなのにどうして!?」


『〈玄奘 頭が高い 控えおろう〉』


役小角が右手の指を細かく動かすと、玄奘は口を閉じて言葉にならない声を発した。


それを見たシホはすかさず役小角に向けて右手を突き出すと、拳を握り左へ引き寄せた。


「おい!」


突如シホを中心に上から空気の圧力がかかり、半径五十二メートル内の空気が外に向かって押し出される。役小角は異変に気が付き身構えようとしたが、それよりも早くシホの見えない力が役小角の袖口を掴み、彼女の動きに合わせ引っ張られた。踏みとどまろうとした役小角だが、堪え切れずバランスを崩し、そのまま派手に転倒した。


「ナイス〈空気投げ(エアグラスプ)〉! さすがシホさん!」


役小角の転倒と同時に玄奘を縛っていた拘束が解かれた。


急いで起き上がった玄奘は、宙に指を伸ばし何かを操作して

『〈音声入力(コード) 《戒める 神導の 紙垂 》 実行(リターン)〉』

と、懲罰対象への動作制限を施す。


突如バチバチと派手な音を立てる電気の錠が、うつ伏せに倒れた役小角の両手両足に巻き付いた状態で現れた。


「役小角は非力ですが支援に長けたキャストです。自身に戦闘能力はありませんが、雷糸という技能で傀儡を――」


『〈玄奘 頭が高い 控えおろう〉』


玄奘が解説を始める中倒れたままの役小角が、先程よりも大きな声で命令発した。すると途端、その声に弾かれるように玄奘は痙攣し、その場に崩れる。


まさかあの状態で権能を使用するとは。PCには不可能でもNPCには可能なのか。小さな惑いはシホの行動を刹那遅らせた。


「この――!」

『〈シホ 頭が高い 控えおろう〉』


一瞬早く、役小角の権能がシホに束縛の効果を発揮する。名前を呼ばれたシホは発しかけた声を無理やり押しつぶされ、同時に体の力まで奪われその場に崩れ落ちた。


――今のタイミングで競り負けた!?


平伏の姿勢を取らされた体は、その芯を凍らせられたかのような寒気によって硬直し、指一本動かせ無くなっていた。


役小角は地面に縛られたまま「刻圏広すぎ、最悪」と小さくボヤきながらも、芋虫のように体をくねらせてシホの方を向く。


「想定外の事故は起きましたが、まぁいいです。咄嗟の判断では致し方無いでしょうが、〈交換転移(モデュレーション)〉を選択出来なかった時点で勝負は付きました。貴方には生きる部品となってもらいましょう」


そのセリフに、この流れはすぐに断ち切らなければ面倒くさい事になる展開(ヤツ)だとシホは予感する。


これは何か良くないフラグが立とうと(ことがおきようと)している前触れに違いない。だが危機というものは、身動きが取れない時に限って寄り道せず真っ直ぐにやってくるものなのだ。


シホは焦る。ピンチをその肌に感じているのに奇妙な力のせいで体が動かない。


「このっ――」


苛立ちによって口をついた無意識による意味のない短い言葉。


――あれ? 声出るじゃん。


言葉に制限を課していない。直接制限されたのは言葉ではない。それに気づいたシホは、役小角の能力に何らかの穴があるのだと連鎖的に気が付く。



動作を制限するスキルはいくつもあるが、シホは役小角の使ったソレに心当たりが無い。


知覚演出(エフェクト)が無かった事を考えると、その能力の本質は催眠系か、或いは秘匿接触系である可能性が考えられる。


ただ、催眠に絶対耐性を誇る玄奘や自分に、催眠系能力での被支配効果が発揮されるのかは疑問だ。秘匿接触系についても同様で、シホや玄奘を同時に縛り続けるには、それこそL級の演算能力でもない限り不可能に思える。大規模な仕掛けも必要なはずだ。



発動条件は……一番可能性が高いのは多重任意設定――例えば武術士の超絶技巧(エクストラスキル)〈三尊通〉に代表する相手の攻撃意志にも自動反応するカウンタータイプ――か。


そうであるならば、先ほど競り負けた結果も納得できる。


だがそうすると、相手が自分に集中している限り、先手を取る事は不可能という事になる。やり合うなら自分からではなく相手から手を出させなければ……。そこまで考えて、シホの頭に妙案が(ひらめ)く。


彼女は自分の思いつきを考えとしてまとめる前にソレを実行した。


「キミさぁ、その格好で何格好つけてんの。しかもその口調、中二? キモっ」


シホは嘲笑をもってあからさまな挑発行為に出る。


「かっこいいと思ってんの? ねえ? それ大人っぽいとか思ってやってんの? はずぃ。はずかしー! まじうけるんだけど。ムービーとってあげようっか? 俳優デビューしちゃう? イイネが増えるんじゃない大爆笑で。ねぇ、ねぇ? イモムシみたいに這いつくばりながら、泥だらけだけど逆転の自分かっこいいって勘違いキメるのどんな気持ち?」


壊滅的な語彙に程度の低い言葉。しかし面倒くさい事を避けたいというシホの性格が、ここで流れ(フラグ)を折らねばという彼女の意志に力を与え、それらはシホにとって語彙の不足を補って余りある、想定以上の怪演となって役小角を引きつけた。


「は!? 何を! ……んぐっ、……そんなわけっ――ちがっ、思ってないし!」


――この子、あほべるちゃんに似てるかも。わかりやすいところが。


言葉による攻撃に反撃機構は働かない。そして思いの外、精神攻撃が効いている。


先程の玄奘の様子から重ねて命じられると喋れなくなるかもしれないが、その時はその時。細かい事はやってみてから考えようと言う彼女のモットーが、割り切りに伴い口撃を苛烈にする。


その口から淀みなく溢れ出る煽りは、役小角の顔をみるみる真っ赤に染め上げていった。


「ぐっ、ぁくっ、ぅむっうー!」


一般的に、それは児戯と言える程度の些細でつまらない単語の羅列に過ぎない。だが役小角の表情からは、シホの想像を超えた感情の起伏が伺えた。


そのあまりの効果の大きさに驚かされたシホは、――嗜虐心を刺激されたのかとても楽しそうな笑顔で――調子に乗ってあざけり具合を引き上げる。


「――だよねー。あれー? どしたのかなぁ? お顔が赤くなってきちゃった? 顔真っ赤にしてどしたのー? ねぇ? 怒った? 怒ったの? 今どんな気持ち? ねぇ、どんな? どんな? やっぱお子様だからプンプンしちゃったかなぁ? あー、ごめんねー? お姉さんそんなつもりはなかったんだけどぉ、ホントの事言い過ぎちゃったぁ。あはははー」


シホのわざとらしい笑い声の中、役小角はわなわなと体を震わせ、地面に顔を向けたまま呻くように小声を漏らした。


「――ねばいいのに」


「んんんん? 何かなぁ? 何ですかぁ? しゃべり方、忘れちゃったのかなぁ? それとも頭――」


「ゃああああああぁぁっっ!! ダマれえええエェッ!! っけんなババアァァァッ!! ひんむいてやるぅからなッ!!」


突然の発狂。


癇癪を起した子供の空気をつんざくような悲鳴にシホは度肝を抜かれた。


耳を塞ぐ事が出来なかったシホは鼓膜が破けるのではないかと思う程の音の衝撃に一瞬気が遠のく。反射的にギュッと眼をつむったせいで、眼を開けた時少し視界が少しぼやけた。



――うはっ、やり過ぎたか。でも、手がかりゲット。役小角(このこ)の能力じゃ無いって事か。


ぼやけながらも、役小角が背筋を活用して気合で上半身を起こしているのが見えた。


その顔に浮かぶのは憤怒。


顔を真赤にした役小角のあまりの激怒っぷりに、シホは反射的に引いてしまう。


『〈シホ! 沙汰を申し付ける 《神楽舞台(エグゼキュータブルファイル)展開》〉』


――へ?


そこへ不意に発せられたアバターコッペリアへの強制介入コード。それを認識したシホは、自分の体に起こった変化で力の正体を看破する。


役小角によって発動させられた【神楽舞台】の備える受動術式(パッシブエクイップメント)【明鏡止水】が、皮肉にもシホに、その解へ辿り着くまでの情報をもたらした。


【明鏡止水】の効果はありとあらゆる情報の視覚化。その権能が解析した被使用スキルは【真言】と【雷糸】。これらによる複合的信号介入。そこから単純予測されるのは、筐体(コッペリア)への直接的干渉とシステムからの間接的干渉の合わせ技である。



【聖人】の【奇跡】に区分される【真言】は、本来使用用途にない【代行者(ゲームマスター)】や【調律者(インヴィティーズ)】等に使用しかつ抵抗に成功された場合、被対象者の一部の受容感覚(ポート)が一時的に不感となる現象が確認されている。


不感と言ってもそれは感覚データのやり取りを一時的に無視するという挙動であり、受容感覚(ポート)が消滅ないし改変される等という重大な問題(インシデント)ではない。対象も一般プレイヤーを含まないことから運営部は緊急性が低いと判断し、この問題を修正せず【仕様】であるとした。



【雷糸】で接触しても認識されない受容感覚(ポート)へ直接送り込まれる【感覚情報】。


生きているのに無視されているだけの受容感覚(ポート)から送り込まれた偽装司令は、検知にかからぬまま正規のルートを通って元からあった未処理の感覚情報――遅延情報――として時間差処理(スプーリング)され、整合を図られた結果筐体の挙動となる。


如何に催眠系の干渉に対して絶対的耐性を持つシホや玄奘でも、内側から操作されたのでは抵抗力を発揮出来ない。信号は彼女の認識をすり抜け直接筐体(コッペリア)のみを制御している。


間違いなく、これはシステムの脆弱性をついたクラッキング行為だ。


――この子何なんだ。ただのNPCじゃないのは確かだろうけど。


不正とはまた違う、システムに精通していないと知り得ない【世界】の脆弱性を突いた罠。ただのAIに、そんな思いつきが降ってくるとは思えない。いくらAIが自立思考出来ると言っても、その根幹には人の手による介入がある。ならば何者が、これらの調整を手掛けたのか。


――運営内部の人間……にしては、変だよね。


キャストデータをあんなにおおっぴらに改竄しておいて、けれど取らせる行動は律儀に世界の枠内で完結させている。その非効率極まる手段が、この世界を知り尽くした者の犯行だと断定するのにストップをかける。


そんなことをする動機がわからない。改竄者の技量を思えば、この非効率極まりない非合理的行動は、自然ではない。


――AIを闇堕ちさせる道化ロールプレイとか?


九官鳥に悪い言葉を教えて喜ぶ人種が、AI相手に同じ事をしているのか。だとしたら随分と無駄に覚悟と根性と才能を使っているイタズリストだ。そんな相手ならちょっと話を聞いてみたい。友達になれるかもしれないから。


けれどそうではなく――シホは逆説的に、結果を全肯定した場合を考える。


自分の考えたすべての仮説が間違いであったとして、むしろ必然的にこうなったのだとしたら。


例えば、AI故に、発想が世界の枠を超えられなかったのだとしたら。と。


彼女がデザインした五体の樹神(こだま)達。シホの考える人を導くためのシステム、その究極を体現したシステムならば、近い形になるのではないか。と。


――神託システムの参考に……いや、今はそんなこと考えてる場合じゃないか。


シホは頭を切り替える。それはAIの進化かかもしれないが、その説は今の段階では希望的観測に過ぎない。ただのウィルス等による汚染という可能性だってあるのだ。



思考を――罠がこの世界のルールを外れていないならという――ひとつ前の仮説に戻す。


【真言】使用者はその権能を発揮している間、被干渉者に敵対的干渉をする事は出来ない。


この前提は現実に矛盾している。


そして矛盾しているのはこれだけではない。シホの作戦で役小角の拘束を解けなかった事もそうだ。

あの盛大な取り乱しっぷりで強い集中力と繊細な操作を要求される【雷糸】が解除されないわけがない。もしこれらの矛盾が矛盾ではなく世界の枠に収まった正規の挙動だとするならば。シホにはそのトリックの種に、一つ思いつくものがある。


それは、【自立式触媒(オートマトン)】の使用である。


作成及び維持条件が厳しすぎ、一見伝説の設定に思われがちな【自立式触媒(オートマトン)】だが、その作成を【祭壇】を礎とした場合に限り、対応する【典礼】を用いる事で維持コストを打ち消し、不可能と言われた個人(ソロ)での運用を可能にする。


そして目の前には、条件を満たす材料がある。【喪礼式】に偽装されているが、用いられている【祭壇】は十中八九神霊樹の前にあるアレだろう。


役小角は【雷糸】を使っているフリをして、実際は起動認証処理(アクティベーション)した触媒本体たる【祭壇】に指示を入力しているだけだ。自身が使っていると見せかけている【雷糸】も【真言】も【自立式触媒(オートマトン)】の多重化併用能力と秘匿(C)衛星媒体(サテライト)で遠隔使用しているのだとすれば、全ての辻褄が合う。


後は【自立式触媒(オートマトン)】の衛星媒体(サテライト)の位置さえ判れば――種さえ判れば対処は容易い。衛星媒体(サテライト)を破壊するだけで形勢は逆転する。


――さぁ、ボクの仮説、試させてもらおうじゃないか。


シホは目を凝らして周囲を探る。その時――


「はいなー」「よんだー?」「あれれー?」「なんかへんかも?」「きのせい?」


「は? ――ちょ、勝手に……出てくるな! 呼んでない!」


木霊達が勝手に出てきた事にシホは泡を食った。


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