殻の境界①
「転送完了です」
視界が晴れる。空に輝く星は普段目にするものと比べると何倍も明るい。辺りを見渡せば広大な荒野が広がっていた。
所々僅かにへばりつくように生えている枯れ草や回転草らしき影。手のひらに乗る大きさから抱えて持てるくらいの石や岩。そして砂に近い水分を含まない赤い土。
そんな景観の中で一際目立つのは、数里先に一本だけ生えた巨大な木だ。緑の帽子にも見える密集した枝葉を持った、樹木にしては規格外の大きさを誇る大樹。
「あれが、話に聞く神霊樹なのか」
当然の憶測がアイヒシュテットの口をつく。
しかし返ってきた言葉はその疑問からかけ離れたものだ。
「囲まれてる?」
「そのようです」
感動するアイヒシュテットを置き去りにして、二人は状況の把握に努めていた。
巨木の伸びる小さな丘の麓から、数千の――先ほど屠った武者と同じ姿をした――軍勢が、鶴翼の陣形で迫っていると玄奘は言う。
「何も見えないが」
「そりゃアイヒには見えないでしょ」
「アイヒシュテット君のジョブに広域レーダーは無いので見えないですね」
アイヒシュテットの肉眼では見えないが、二人にはそれがわかるようだった。
彼を置き去りにし二人はやり取りを続ける。
「あれを押しのけて神霊樹に行くのってどうやるの。馬に乗って無双とか?」
「大丈夫です。今回はイレギュラー案件なので私、お手伝いします」
「いやいやそういう方向じゃなくてさ。ここでやめて解体とか出来ないの?」
「無理ですね。技術的にも状況的にも」
「そういうの開き直りって言うんだよね社会では」
「いいんじゃないですかね。ここ、社会とは呼べませんので」
「あのさぁ……ドヤ顔キメてるとこ悪いんだけど、そもそもあほべるちゃん役立った事ある? ねぇある? ちょっと実例上げてみて? どうぞ」
「え、ぅ、ぐぬぬ。……まぁ、見ていてください」
玄奘は目の前の何も無い所に指を翳し、宙をなぞったりつまんだり回したりした。
やがて両手を空にかざして深呼吸すると、彼は唱えた。
『〈音声入力 《輝きし 無垢なる 宙舟》 実行〉』
玄奘が一言を口にすると、暫くして周囲の地面が盛り上がった。
ガクン、という地震の縦揺れのような衝撃を経て大地が浮遊する。三人を乗せた土の塊は、浮上するにつれてボロボロと崩れ始め、中から平べったい銀色の金属が姿を現す。
「天竺の乗り物【ケルヴィナ】です。これでとりあえずの安全は確保です」
金属の全貌は海に住むエイの形を模した空に浮かぶ舟。
その大きさは帆船に比べれば小さいが、戦闘で動き回る分には十分な広さがあった。
「これは凄いな。飛竜以外で空を行き来できる乗り物があるとは」
「ふっふっふ。どうです? これがあれば爆撃し放題、地上の大群だろうと鎧袖一触ですよ。あ、そうだ」
そう言って玄奘は自分の両袖にそれぞれ手を突っ込むと、もぞもぞする何かを取り出す。
「よろしくニキー!」
「キタやでー!」
シホに付いている木霊と同種の小人人形が、玄奘の両手に掴まれたまま手を上げて挨拶した。
「私には攻撃能力がありませんので、これに支援させますね」
新しい木霊はもぞもぞと玄奘の手から這い出すと、アイヒシュテットの両肩に一体ずつ飛び乗った。
それを確認し、玄奘は下の亡者の群れを指して号令する。
「さぁ出番ですアイヒシュテット君! その超激レアL1(エルワン)ボス宝具【如雨露】で無双しちゃってください!」
興奮した笑顔で玄奘はけしかけたが、アイヒシュテットは何の事を言っているのか全くわからずきょとんとする。
「何の話だ?」
「はい? あれ? あんなにノリノリで使ってたのに使い方わからないんですか? ――あぁ、そうか。リンクの時間差で感覚共有がされなかったのか」
何かを納得した玄奘は、左手を上げて、こうです、こう。とアイヒシュテットにジェスチャーを見せる。
アイヒシュテットは訳が判らないまでも、同じようにやってみろと暗に訴える玄奘に従い同じように左腕を上げた。すると左手につけている手甲から幾筋もの光の紐が伸びて、その先に銀の鏡面が現れる。
触手のような光の紐が勝手にその中に潜り込むと、掌ほどの大きさの丸みを帯びた三角の石版を引っ張りだし、ゆらゆらしながらその場にとどまった。
「いいですか、【魔弾】はアイヒシュテット君の意志に応じて飛ぶので慎重に! まず意識を周りに巡らせて敵を感じてください。標的のイメージが鮮明であればある程コントロール精度は上がります」
玄奘の指導に従いアイヒシュテットはその通りにやってみる。試してみると不思議なことに、そういえば使ったことがあるような気がしてきた。
乗り物が高度を上げ視点が変わったからか、先ほどまでは見えなかった遠くの大地に亡者の軍勢が見えている。彼は周りを一回り見て、試しに魔弾を放るイメージを脳裏に浮かべた。
途端幾つもの魔弾が、光の触手によって勢いよく四方八方にばら撒かれた。
「ってー! ちょ! まだ説明終わってないのに、どんだけ理解力高いんですか」
風を切る何百もの魔弾が機関銃のような音を立てて亡者の軍勢に降り注ぐ。着弾した魔弾はけたたましい音を上げて粉塵と化した。
そこへ玄奘の木霊が小さな火矢を放つ。粉塵の中に放たれた火は煙に紛れると一気に膨れ上がり、大きな爆炎となって渦巻いた。
「ファッ!? ぐぅこわれ」
「ほげっ、もえすぎンゴーー!」
炎は次々と粉塵に燃え移り、地上は一瞬で一面火の海と化した。
《《クエスト開放条件を満たしました。――領地包囲戦(Besiege)を開始。 クエスト:お内裏さまの本気を受諾しました。》》
「空で使うと爆撃用に勝手にカスタマイズされるんですね。知らなかった」
「壮大な火葬だなぁ。祭礼以外で初めて見た」
シホが四つん這いで下をのぞき込んでいると、彼女の襟元から五体の木霊が這い出してきて彼女の背中の上に集まる。
「まだまだいくよー!」
「まる たけ えびす に おし おいけ」
「あね さん ろっかく たこ にしき」
「し あや ぶっ たか まつ まん ごじょう」
「せきだ ちゃらちゃら うおのたな」
踊り始めた木霊達に呼応するかのように、三人を乗せる船はにわかに低い金属音を発した。
重厚な金属板の下から機械音が漏れるのに連動して、船の両舷には翼が伸び、後方には尾翼が現れる。
「火気管制制圧するとか困るんですけど。攻城戦でコレ使うとかマズイですよ!」
「おんぷちゃんにいってよボクじゃないもん!」
船には武装が施されていたらしく、変形を終えるとともに船の底面部や両翼から追尾型炸裂弾や光熱線が四方八方に撒き散らされ、それらは亡者の溢れる大地に降り注いだ。
炎渦巻く大地がたちまち、衝撃波と光の刃までもが縦横無尽に行き交う地獄へと変化する。
「あべるー! 姉さん六角ってどういう意味?」
「すみませんわかりませんデザインしたの私じゃないんで! アイヒシュテット君こっち見ないで集中してください! 船のスコア以上にアイヒシュテット君が活躍してくれないと後で怒られ――あー、じゃなくて、えーっ、頑張ってください!」
「GM大変だなぁ」
「ろくじょうひっちょうとおりすぎ」
「はっちょうこえれば とうじみち」
「くじょうおおじで」
『とどめさすー!♪』
◆◇◆◇◆◇
《《クエスト開放条件を満たしました。――領地包囲戦(Besiege)を開始。 クエスト:お内裏さまの本気を受諾しました。》》
【来訪する啓示】
唐突に視界の端に現れる読めない文字の羅列。アイヒシュテットはそれが何か事件の起こる前触れだと知っていた。
彼は黙々と【魔弾】を亡者の群れへ投げ入れ爆炎を広げながら、周囲を警戒する。
爆炎を注意深く見ていると、ふとその中に、粉塵が広がらない箇所を見つけた。
亡者が一掃され何も無い所だったが、明らかにそこだけ空気が歪曲し、粉塵の流れを変えている。
「そこ、なんか変じゃないか」
その様子にアイヒシュテットが気づき、後ろの二人に声をかける。だが二人は話をしていて、騒音のせいもありアイヒシュテットの声に気が付かない。
その時偶然、空気の歪む場所へ船から光の熱線が放たれた。
――何だ? 今、確かに……。
熱線が不自然に曲がった。アイヒシュテットはその瞬間を見逃さなかった。
地を焦がすでも反射するでもなく、透明な何かに当たってそこを水が伝うように熱線は流れた。そしてその時、そこに人影が見えた。
――あれは……玄奘?
アイヒシュテットは慌てて振り返る。熱線が歪み流れた時、光がそこに映した人影は、アイヒシュテットの目には玄奘に見えた。
だからアイヒシュテットは振り返って玄奘を確認し、混乱した。
「二人共、そこを見――っ!」
アイヒシュテットが二人に声をかけようとしたその時、辺りが閃光に包まれた。
にわかに訪れた天を割るかの如き雷轟と衝撃。見えない力が船の周りの空気を歪め、押し潰す。衝撃は突風となって三人を襲い、稲妻が船を貫いた。
その衝撃で船は急速に浮力を失い、真っ逆さまに落下し始める。
――啓示が出ていたのに油断した!
アイヒシュテットは急速に意識が薄れていくのを感じながら、警告を活かせなかった自分を悔いた。
◇
アイヒシュテットの備えた受動スキル複散形花序障壁は、巨大な落雷からシホと玄奘を完全に守り切った。しかしアイヒシュテットを標的としていない――もしくは範囲外の――落雷には反応せず、枝分かれした落雷は航宙舟の尾翼を撃ち大破させその浮力を奪った。
墜落した航宙舟は大破したが、シホ達は複散形花序障壁の効果で墜落の衝撃を遮断され――アイヒシュテットと一緒に船外へ投げ出されはしたが――無傷で済んでいた。
「いやぁ、対空防衛トラップですかね。ひどい目に会いました」
玄奘はシホを助け起こすと、そのまま彼女と一緒に地面に転がっているアイヒシュテットの元へ歩み寄る。
「おーい、アイヒ? おーい」
仰向けに倒れているアイヒシュテットに向かってシホは声をかけた。しかし彼は目を閉じたままその呼びかけに答えない。
「あれ? おーい。アイヒ? おーい。……ねえちょっと、こら、聞こえてるー? おーい。おーいってば、ちょっと。いい加減起きないかアイヒ!」
アイヒシュテットの上体を助け起こしたシホは、彼を目覚めさせる為にその身体を小刻みに揺らした。その後その頬を何度か軽く叩いたり、つねったりしてみる。が、アイヒシュテットは眼を覚まさない。
「これ、ちょっと変じゃない? ……ねぇ、ステータスの確認してもいい?」
「已む無しですね。強制パーティ加入権限を使うので私にリーダーください」
「うぃ」
玄奘はアイヒシュテットを抱えたままのシホの左手を右手で握ると、左手でアイヒシュテットの右手を取った。
「リーダー受諾。インヴァイト実行。ジョインさせます」
《パーティー:加入者〈アイヒシュテット〉 強制加入によりリーダーが〈アイヒシュテット〉に設定されました》
「アイヒシュテット君って珍しい人ですね、自動受諾設定になってる。――完了です。ステータス確認お願いします」
「うぃ」
玄奘が手を離すと、シホは左手でアイヒシュテットの唇に触れた。
「シャーシゲージ、規定値。バッドステータス、無し。反射境界面ループバック、成功。データ送受信損失無し。……うーん。特に問題無いかなぁ。少し重たいけど、それ以外はおかしな設定も無いみたいだし、これ以上はボクじゃ調べらんないか」
「そうですか。じゃあきっと、急激な負荷による一時的なものかもしれません。普通は基礎閾値を超えると権能がカットされますが、アイヒシュテット君のはアレなので」
「ふーん。チート無双と思いきや意外なデメリットだね」
「ですね。でも、死んでるわけじゃないですから、そのうち気が付くと思いますよ?」
玄奘の言葉に「そうだね」と、シホは頷く。
「それよりもあれを見てください。何者かが罰当たりな事をしているみたいです」
玄奘に促され、彼女はアイヒシュテットをゆっくり地面に寝かせると、ボソリと「ありがとね」と呟いてから立ち上がり、玄奘の指さす辺りを見回した。
広大な荒野に先程まで満ちていた死者の軍団は全て焼き尽くされていた。
くすぶる残骸からは今もまだ煙が立ち上っており、星空はその煙によって半分が隠されている。
最初は距離がありはっきりと分からなかったが、一本だけ生えた神籬のかかる巨大な木――神霊樹――の前の神葬祭の祭壇が、葬礼の祭壇となっている事に彼女はここで気がついた。
区画における中心的な役割を果たす祭壇の仕様変更は、その支配権利を所持している者にしか行う事は出来ない。シホは宙空で規則的に手を振ると、シホだけに見える立体虚像操作卓を出して指先でそれを操作する。
「支配者名と所有者名にZoRVAってあるんだけど何? 先客?」
情報照会したシホの問いに玄奘は小さく驚き、シホと同じような動作をした後、宙空を凝視した。そして見ている視線よりやや下げた位置で細かく両手の指を、何かを叩くように動かす。
「検索でヒットしないです。プレイヤー名ではないですね。たぶんデフォルトの名、いや、デフォルトは法則に従いPIcardなはず」
「法則ってホストサーバー名とか特殊運用AI名とかってやつ?」
「ちょっと待ってください? これ、どうして、いや、なんで――」
玄奘の指の動作速度が上がる。その動きは、まるで見えない物体を強く叩いているかのような異質なものだった。
玄奘の宙空を凝視する真剣な眼差しが、徐々に歪んでいく。その瞳には小さな光で出来た文字が何行にも及んで映し出されており、その文字は次々と下から上へと流れていた。
「もしかして、さっきの黒い渦と何か関係ある?」
「ここじゃ何とも……待ってください――何かいますね。環境設定変更しますから、シホさん周囲を見てもらえます?」
「うぃ」
玄奘がそう言って指を幾つか動かすと、視界の色が一瞬だけモノクロに変化した。
すると今まで存在しなかった神霊樹の祭壇の前に、玄奘とそっくりの姿をしたNPCが姿を現す。
「あほべるちゃんのコピーがいるんだけど、何あれ」
シホは眉をひそめる。玄奘そっくりの筐体を持つそのNPCは、匿名化設定をして得意げな顔でこちらを見ていた。




