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襲撃②

空に浮かぶ御輿から伸びた臙脂色の雲が、空の裂け目に向かって流れている。


一つしかなかった空の裂け目も今は無数に出現しており、その幾つかからは逆さまになった砦の形をした構造物が、ゆっくりと降りてきていた。


ずっと続いている低い地鳴りに紛れて、御輿から微かに歌が聞こえてくる。


アイヒシュテットは茫然とその場に立ち尽くし、ただただその見たこともない光景を眺めているしかなかった。


「音符ちゃん達! 防壁展開早く! チャフまいてデコイ配置! 防壁は三重にして二枚目を反鏡防壁に! 天井にフレア散布急いで!」


シホの号令が響く。


次の瞬間、けたたましい破裂音と共に無数の火花が煙を引いて空に昇った。


「第一波来ます!」


玄奘の叫び声の後、空に浮かぶ逆さまになった砦から、複数の石の塊がシホをめがけて打ち出された。


吐き出された塊はまるで意志を持っているかのように降下する軌道を不自然に変え、地上から打ち上げられた煙の尾を引く光を追った。


空中で爆発が起き、爆音は衝撃波となってアイヒシュテットの場所まで届いた。アイヒシュテットは体を伏せて衝撃波をやり過ごしながら、その圧倒的なやり取りに度肝を抜かれた。


衝撃波が通り過ぎアイヒシュテットが顔を上げると、シホと砦の間に何層にも重なった緑色の光の円陣が複数現れているのが見えた。そこから――ごつごつした塊を吐き出す砦に向かって――火を噴き出している角ばった石や激しく燃え盛る火の槍、煙を伴った光る石などがいくつも打ち上げられている。


砦が吐き出す塊はそれらに殆どを撃ち落とされ、地に落ちる前に小規模な爆発を起こして消失した。


「干渉素子が反鏡防壁に到達したよ! 演算フォローお願い! 輻射で焼き切れそうにない場合は転送、(やしろ)で拾えれば出力を下げられるから!」


火花に向かわなかった、もしくは撃ち漏らした砦からの投石がシホめがけて降り注ぐ。だがシホの前に瞬時に現れた半円の壁がその直撃を遮った。石は発火し粉々に砕け散った後あちこちに逸れた。バラバラに落下していく燃える塊は、地に付く前に激しく光って燃え尽きていた。


「おんぷちゃんたち! 六聖球モード! 感覚リンク後MAIアロケーションシフト並列励起で再起動! 紋様全力展開!!」


「はいなー」「きたこれ!」「ていへんだー」「なにこれぶらっく」「さびざんふかひ」


木霊達が丸まり球体になると、シホの身につけている奇妙な装飾具に空いている隙間にそれぞれがはまり込んだ。球体が装飾具の台座に収まると、それらは銀色の光を発した。


――なんだあれは。どこから……。


次々と起こる超常現象のような現実に、アイヒシュテットの混乱は極限に達する。シホの背後の何もなかったその場所に、【舞殿】と呼ばれる日ノ本の儀式場が突如現れたように見えた。


神楽舞台(エグゼキュータブルファイル)展開!」


シホが舞殿の中央に立ち一言発すると、その周りに無数の板状の光が浮かび上がる。シホはそれらを次々と指でなぞっていき、全てに触れた瞬間、彼女を中心とした縦に長い卵型の、円柱に近い光の囲いが現れた。



――幻覚ではなく……実物? 質量を持った物体が瞬時に構築されたのか? そんな事が――。


可能なのか。


アイヒシュテットはその疑問を飲み込む。


自分の目が正常ならば、あれは間違いなく無から有を産み出す奇跡。彼は立ち上がりながら、世道の奇跡の起源が自分達の信仰に依るソレとは根本的に違う――それが【魔法】と呼ばれる類のものである事を確信した。



入力祇装(デバイス)天宇受賣命(アメノウズメ)】、奉納形式【神酒神楽(スピール)】」


彼女の周りに豆粒程の小さな星型の光が無数に現れた。それらの一つがシホの指先で軽く弾かれると、粒は別の粒にぶつかり違う粒へとぶつかるという連鎖的な衝突を始める。


その動きが早くなっていくのと比例するように、シホの後方数メートルに現れた木造の祭壇では、蛍の淡い光に似た小さな球体状の光源が次々と産みだされていた。


光源は宙に浮いたまま落ちる事無く、祭壇内をゆらゆらとたゆたう。


「神殿を形成。完了。ゲネラルプローベ全テーブル省略。典礼【神座(かみくら)】を発動。三、二、一――」


カウントダウンが尽きると淡い小さな光は一斉に動き出した。


一度ぶつかると赤に、二度ぶつかると青に、というように色を変え、三度ぶつかった光は色に応じた音を出し別の色に変化する。



「情報可視化技術を転用した三次元プログラミングソフトウェアです。音の有無と種類の有無、光の有無と種類の有無、主体的位置情報の有無と相対的位置情報の有無などでコードを形成し、世界の情報に干渉しているのですよ」


いつの間にか、玄奘がアイヒシュテットの横に立っていた。


彼は説明らしき何かを口にしながら、模様の書かれた紙を地面に撒いていた。


アイヒシュテットは一目見て、それが何かに気づく。


――どうして結界符を?


それは東方に伝わる【護摩の結界】という不可侵の領域加護を設置する為の祭具。


過去に読んだこの国の調査資料の中にもあったが、この札と似たような物はグロックドルムにも存在する。勿論稀有な道具である事に違いはないが、アイヒシュテットは自国でも少数の導師がそれを使用しているのを見た事があった。


「少しの間アレはシホさんにお任せします。あれでもシホさんは優秀な【invitees】ですから」


「イン……? それは――」


「アイヒシュテット君はシホさんが終わるまで後ろのアレを抑えてくださいね」


玄奘の言葉にアイヒシュテットは振り返る。


そこに見えたのはとても信じがたい光景であった。


視線の遥か先。そこには、二体の死霊が立っていた。


死霊は既に屠った。アイヒシュテットはそう思っていたから、それらが無傷であることに別の個体だろうと一瞬考えた。


だが姿形の特徴がそっくりそのままなその二体を、別の個体と考えるのはいささか無理があるようにも思えた。


吸血の夜魔王(ヴァンパイアロード)の伝承に聞く【復活】。相手は稀に見る強大なアンデッドである。ならば類似する権能を持っていても驚くべきことではない。


――このフィールドにおいては無敵であるとか、何かしらの条件はあるのだろうが……。


何て厄介極まりない化け物達だろう。アイヒシュテットは辟易する。――なにより厄介なのは、その二体が先程より格段に禍々しい雰囲気を漂わせながらも、自分ではなくシホに狙いを定めていた点である。


「私はこれから状況を修正する為席を外します。すみませんがアイヒシュテット君。頑張ってくださいね」


「え、いや、あ……」


アイヒシュテットが玄奘に話しかけようとした瞬間、地面の札が強烈な光を放ち視界が真っ白になる。光はすぐに消えたが、目の前にいたはずの玄奘の姿も無くなってしまっていた。





「仲間は逃げたのか?」


巌流、と呼ばれていた少年の死霊が、光に気づきアイヒシュテットを見た。


「賢い選択だなぁおい」


「巌流よ」


アイヒシュテットに話しかけた巌流と呼ばれる死霊は、先ほど胤舜と名乗った少女の死霊に呼び止められた。


「雑魚に構うなってか?」


「この調べ(コード)、媛巫女級(アリアドネクラス)やもしれんぞ」


「はぁ?」


胤舜に何かを耳打ちされ、巌流からニタニタとした歪んだ笑みが消える。


「チッ…やるじゃないか。舞殿(アトリエ)破壊を優先するぞ」



死霊達は何らかの理由で自分を無視し、シホを攻撃しようとしている。死霊達が何を話しているかは見当もつかないが、アイヒシュテットにも状況は理解できた。


それ故に、彼は正面から立ち向かわざるを得なかったのだ。


――是非に及ばず。


彼はちらりとシホを見た後、迷いなく聖剣を抜き宣誓の構えを取った。


『〈戻れ(リロード)! 運命の(クラウソラス)〉』


自分より遥かに格上であろう死霊二匹に対し、アイヒシュテットは横から強襲した。


アイヒシュテットを完全に無視して歩を進めていた胤舜は、虚をつかれ天井から降り注いだ無数の光の剣に貫かれた。巌流も死角からの攻撃に反応が遅れ、背中から腹を貫かれ地面に片膝をつく。


「はぁ!?」


言葉とも取れない巌流の声。アイヒシュテットは自己の敏捷性を極限まで高める覇技を用いて、位置的に近い巌流に疾風の如く迫り、素早くその心臓に左の掌をあてがった。


「やっ! テメ!」


死霊故に肉体が崩れかけているのか、アイヒシュテットはやや盛り上がった柔らかい肉に掌が沈む感触を得たが、彼はそのまま躊躇せず【大聖詩篇〈聖釘(ヘレナ)〉】を打ち込んだ。


アイヒシュテットの手を中心にまばゆい青色の光が溢れたかと思うと、突き抜ける衝撃が死霊を襲った。死霊は真っ直ぐ後方に数メートル飛ばされ、そのまま地に落ち十数回転がった後地を滑った。

(ぬし)よ、面白い物を持っとるのぉ」


アイヒシュテットの斜め前方で光の剣により体を地面に縫われ這いつくばっていた胤舜が、槍を支えにして無理やり上体を起こしていた。


その動きに光の剣が反応し激しく蒼い雷を発したが、胤舜はそれを苦にするどころか涼しげにしている。


「西洋の聖騎士とかいう異教の(ともがら)が持つ戒めの洗礼じゃな。彼奴に背を向けるとこいつが飛んでくるのじゃ」


そう言うと、胤舜は自分に突き刺さった複数の光の剣のうちの一本を抜き、上へかざした。光の剣は激しく蒼い雷を迸らせ、掴むその手を焼き腕の皮膚まで蒸発させたが、それでも胤舜は声一つ上げず、むしろ嬉しそうにそれを見ていた。


無傷には見えない。しかしダメージを負わせられたとも思えない。


混乱するアイヒシュテットをさらに驚かせたのは、遠くで向くりと身軽に起き上がった巌流の姿であった。


「気を逸らすと食らうってか。この変態野郎が」


どんな頑強な鎧を着ていたとしても鎧越しに肉体を破壊する外法の(ことわり)【大聖詩篇〈聖釘(ヘレナ)〉】。アイヒシュテット渾身の一撃を受け、しかしそれでも巌流は、何事もなかったかのように平然としていた。


――心臓を〈聖釘(ヘレナ)〉で破壊しても立ち上がるか。


巌流は服についた土埃を大袈裟に払いながら、殊更無傷である事を見せつけつつ歩いてくる。


相手は死霊。とりわけ不思議な事でもない。


――であるなら、頭を吹き飛ばしてみるか。


アイヒシュテットは二撃目を狙い構えた――その時、事態は急変した。


見せつけるように余裕ぶって無防備の姿勢でいた巌流が、突如反撃の意思を示したのだ。


――早い!


巌流は想像を超える驚くべき速度で一気に間合いを詰めてきた。アイヒシュテットは巌流の拳の軌道を直観で読み素早く身を引く。


見てからの回避では間に合わなかった。十分に警戒していたはずが、すれすれの回避――むしろ躱せたのが奇跡と思えるほど巌流の技がキレていた。


――間合いを取らないとッ!


アイヒシュテットは崩れた体勢から無理やり剣を手にした右腕で巌流をなぎ払う。だが剣が巌流に触れた瞬間、アイヒシュテットは体を上空へと跳ね上げられた。


――ぐぅっ!?


不可視の一撃。その衝撃で持っていた聖剣が手から離れた。


右腕に焼けつく痛みが走る。巌流の攻撃は確かに躱した。だが何らかの方法によりアイヒシュテットの右腕の一部が焼き焦がされた。


追って宙に飛ばされたアイヒシュテットを中心に竜巻が発生した。彼は中空でかまいたちの渦に飲まれ体中に細かな裂傷を負ったが、跳ね上げられた浮力は風によるものではない。どういう体勢からか、アイヒシュテットは巌流に腹部を蹴り上げられていたのだ。


アイヒシュテットはかろうじて体勢を立て直し何とか両足で着地出来たものの、受けたダメージにより体が痺れ結局はその場に崩れ落ちた。


「【三尊通】からの【爆裂拳】【旋風脚】コンボは初見殺しなんだがなぁ、うまく外したな!」


「だがこれでは妾の【禁扇】に出番は回って来ぬやもしれぬ。加減してたもれ巌流や」


聖剣がその手を離れた事で、死霊を拘束する光の剣は掻き消えていた。


アイヒシュテットは立ち上がろうとするが、生まれたての子鹿のように脚をガクガクと震えさせてしまいうまく立つ事が出来なくなっていた。


重心を安定させられず、立ち上がりかけてはよたよたとその場をふらつき、どちらかの膝をついてしまう有様。そして何度目か、立ち上がろうとよろよろと動き回ったその時。


アイヒシュテットは紙のような何かを踏んだ。


「【(しき)()】を踏んだか」


胤舜が笑う。


地面を見ると、足元に沢山の紙がばらまかれていた。それは玄奘の撒いたものではない。アイヒシュテットがそれをよく確認しようとした時、足元から――正確には紙に書かれた模様の中から――光るミツバチのような虫が湧きだした。


虫は次から次へと滞る事なく湧き続け、あっという間におびただしい数の虫がアイヒシュテットを取り囲んだ。


「その【蜂雷燦(ほうらいさん)】は(ぬし)の力を奪い、主をじわじわと葬る。遊びもここまでじゃな」


アイヒシュテットを取り囲んだ虫の放つ雷が、彼の皮膚を焼いた。体中の力が抜け、両膝が地についた。


――この痺れ、この虚脱感……どこかで……。


アイヒシュテットは既視感に襲われた。金縛りとは違うこの体の自由を奪われる感覚、いや、もっと正確に例えるなら、動く意志を削ぎ取られるような感覚。


筆舌に尽くしがたいこの奇妙な感覚をアイヒシュテットが体験したのは、恐らく初めてではない。


体に走った衝撃の後フラッシュバックする記憶。


それを思い出すことに気を取られた刹那、アイヒシュテットはその胸元に下から上へと突き上げられる巌流の拳を受け、体をまた勢い良く空へ飛ばされた。


「お返しだよ! バカめ」


空中に突き上げられたアイヒシュテットは、その視界に尖鋭の影を捉えた。それは彼が気付くと同時に彼の胸元に落ち、彼の胸元を貫いた。


声にならない漏れた息が、血を伴って口から小さく溢れ出た。アイヒシュテットを貫いた影は槍の穂先――それは胤舜と名乗った死霊の得物だった。


視界の端で下を見れば、胤舜は地面に槍を深々と刺し、退屈そうにそっぽを向いている。地に潜った槍の先だけが、アイヒシュテットの胸元に現れ、彼を刺し貫いていた。


槍は落下した彼をそのまま地に縫いつけた。


アイヒシュテットの肉体――を構成する筐体の皮膜データ――が、ペンキの欠片が剥がれ落ちるかのように剥離し始める。


「ふがいないのう。媛宮も認める【殻界の侵犯者(デュアルペネトレーター)】。どれ程のものかと思うておったが――」


息を詰まらせたアイヒシュテットの筐体が、彼の意志とは関係なく小刻みな痙攣をおこす。


「もうよい。始末してくれるわ」


胤舜の手に握られた槍の穂先が回転しアイヒシュテットの胸を鎧ごとえぐる。槍を中心に渦巻き状の空気の断層が発生し、アイヒシュテットの体は無作為に切り刻まれた。



筐体を破壊された彼はそのまま光の粒子となり、やがて消滅した。


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