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これが私の女子硬式野球部  作者: 馬鹿
新井 真琴
6/6

1.新井 真琴

「私は、なんてことをォ…!!」

 いつもの昼休憩で屋上へ足を運んだ俺は、周りに人がいないことを確認すると金属製の手すりに頭を打ち付けていた。

 これは懺悔からくる行動ではなく、後悔の念から生まれた行動である。深い部分に下心があるのは勿論のことだ。

 このどうしようもない念が生み出されたのはつい先程になる。

昼休憩のチャイムが鳴り、いつも通りそそくさと職員室から誰にも見つからないように出た時であった。

 目の前には長谷川が待ちかまえており、私はどんな罵声を浴びせられるのかビクビクしていると、長谷川は頭を下げたのだ。

『すいません!昨日は迷惑かけちゃいました!』

 なんとビックリ謝罪をされたと思ったその瞬間、俺の中で一気に後悔の念が押し寄せてきたのだ。

 そう、長谷川は何も覚えていないのだ。こんなことならキスの一つくらいしておくべきだったと、胸の一つくらい掴んでやれなかったのかとうなだれた。この気持ちを手すりにぶつけずにはいられないだろう。

 ごおんと鈍い音と共に鈍痛が頭部を覆い尽くす。

「悪いことしたな……」

 屋上で一人呟く。

 あれだけ無防備を晒したくらいだ。アレは触ってくれという信号を送っていたに違いない。高校生とはいえもう立派な女性だ、恥をかかせてしまったことを謝りにいこうか。

 まぁいい、このペースだと次は胸くらい揉めるだろう。

こんな所で挫けてる場合でない、地上の天国に残れるため今を生きよう、切り替えるんだ。

「はぁ…スカウト続けるか…」

 手すりを背にして座り込むと住所録に目を落とす。まだリストアップの作業が終わっておらず正直どうしていいか分からなかった。

ざっと独断と偏見で選んだだけでも50人以上はいる。基本、断られることを前提で考えているため、リストアップが6人だけになることはないがそれでも50人は多い。

 長谷川の件で全く切り替えられず、手が止まる。

 また大きなため息をつき、空を見上げるとそこには雲一つ無い青空が広がっていた。額がじんじんして痛い、何故だろう。

この青空はどこまで続いていくのか不思議と考えさせられる。少し意識が遠くなってきた。

暖かい陽気が私を眠りに誘い……いや、これ眠気とかではないぞ。

あれ……意識が……遠のいて……。


 私は夢を見た。

 夢というのは脳が記憶を整理するために、昔の記憶が無理矢理にでも掘り起こしてしまうことがある。

それは当然思い出したくないことも無理矢理思い出させ、私を苦しめる。

 私が見た夢は頑張らなかった高校野球の最終打席だった。雲一つ無い空からは太陽がこれでもかというほど黒土を照らし、私たち選手の体力を奪っていく。私が当然のように三球三振に倒れると、ベンチで座っていた仲間がぞろぞろと挨拶のために出てくる。泣いている者がいれば泣かない者がおり、中でも印象的だったのは私のことを冷たい目で見る者だった。

 試合自体は序盤から相手の猛攻で10点以上も差が付けられ、私が打てばどうこうという場面ではなかった。

 だから当時の私はこう思っていた『なぜそんな目で見る。どうせ一緒だろう』と。

しかし今の私には分かる。あの目は『なんでそんな気持ちの奴が打席に立ったんだ』という目だったのだ。

 私は見透かされていた、浅いところで野球を舐めていたことを。


 重い瞼を開けると眩しい光が差し込んで……こなかった。

何かの陰にいるようだ。いやいやしかし落ちる前はぽかぽか陽気に当てられていたはず……。

座り込んでいたはずの体勢がいつの間にか仰向けで寝ている状態になっており、さらに違和感。お陰で青い空が視界いっぱいに広がっているぞ。

 視線を少し下にずらすと、見知った人物が私を跨いでいた。

「あ、起きた~」

 新井だった。いつもののんびりとした声で再び眠りに誘われそうになったが、そんな眠気を一瞬で吹き飛ばす事態が起きた。

 ふわっと、そうふわっと優しいまだまだ肌寒い春の風が新井のスカートをなびかせたのだ。

 王道でいて最強と言われる所以は純粋さからか。風の悪戯によって露わになった純白のそれは、私の目を釘付けにすることは容易く、そしてとうとう催眠術にかかってしまったかのように体が動かなくなる。

 その時の一秒……いや、零コンマ五秒の世界は長く永く感じた。

「ぁ……」

 なびかせて一秒、新井は右手でスカートを押さえ込み、私から飛び退いた。

 そのとき発した声は今まで聴いたことのない羞恥の声であり、私は見事に覚醒したのであった。

「あ、あははー!見られちゃったなぁ……」

 照れ隠しで声のボリュームを上げていたようだが、語尾にかけてどんどん声が小さくなっていく。

 …………。

「あーその……なんだ、えーっとな」

 なんだこの可愛い生物は?!

 思わずそのまま口に出すところであったぞ。新井にこのような一面があったとは驚きだ。てっきり『えへへー見たでしょ~?』みたくからかってくるとばかり思っていた私は『ち、ちがう!これは事故だ!』みたいな返しを準備していたのに急にしおらしくならないでくれこの悩殺兵器!

「気にすること無いぞ…?」

「……」

 詰まるところ、その後5分は何も声をかけられなかった。もじもじしながら私と目を合わせようとしなかったので、このままだとどうにかなりそうであった私は慌てて住所録に目を落とし、『じゃあちょっと私は候補をチェックしているので…』とリストアップをしているフリをしていた。

 長谷川同様に切り替えの早いタイプなのか、逆に5分も経った頃には何事もなかったかのように普通に話しかけてきたので私も付き合ってあげることにした。

「先生……もう一生わたしの面倒をみてね……?」

 再び交わした会話の途中でそんなことを言いやがるのだ。

「ッ……あーそうだな」

 あくまで冷静に紳士にと自分に250回は言い聞かせていたが、新井のそんな冗談を真に受けかけるのも無理はないだろう!

 顔が真っ赤になったのは自分でも分かるほどである。

「というかだな、一体何の用だったのだ」

 慌てて空を見上げ、新井を視界から外したところでやっと冷静になれた。見事話題を変えることに成功する。

「え、だって屋上に向かう先生を見かけたから~」

「『何故、私を見かけたからといって追いかけたのか』という所を聞きたいのだが」

「あ、そこ聞いちゃう~?」

 私は知らず知らずの内にまた新井の顔を見てしまっていた。

 ふふふと微笑むと私の鼓動がまた唸りを上げ始める。

「それはねぇ……」

 新井は私の正面に立つと腕を組んで、若干ドヤ顔の混じった何か企んでそうな嫌らしい表情に変わっていく。

何故だろうなんだか嫌な予感しかしない。不思議とそんな感覚に陥っていた。ドキドキはしてるので悪しからずご容赦願いたい。


「脅迫しにきたんだよ~!」

 咳払いを一つ入れてにこにこと微笑みながら言い放たれたその言葉は最初、意味が分からなかった。

 先に伝えておくが、彼女はとんでもなくヤバイ奴である。


 放課後の部活動、私は勿論部室へと向かっていった。

 生徒より帰るのが早いと評判だが、やはり例によってコーヒーを一杯楽しんでから足を運ぶことにしている。コーヒーはあまり好きではないが。

 インターホンを鳴らすと長谷川ではなくこれまた不機嫌そうな王が出てきた。

「あら、また来ましたの?」

「えぇ、顧問ですからねぇ!」

 邪険にする王に対して、ほんの少し怒気を入れて返す。それしかできないね。

 部室へやってくると長谷川の許可が降りなくなっていた。これは単に忘れているだけか、はたまた昨日のデートで急接近できたのか、是非とも後者でありたいと願うが。

「って……長谷川はなにやってるのだ」

 部屋の隅に置かれた段ボール群れを漁っているのを見つけると、長谷川がひょこっと顔を出し、『おはよーございまーす!』と元気良く挨拶してはまた作業に戻った。

「渚ちゃんは今、野球道具を探しているんだよ~」

 新井の声に思わずドキっとする。昼休憩の屋上での出来事が脳裏に過ぎり鳥肌が立つ。

 『脅迫しにきたんだよ~!』と超明るく宣告されるという、話していることと表情が全く合っておらずゾッとしたのは記憶に新しすぎる。

 私がさらに驚いたのはその次の言葉だった。

 『先生はー私とデートしてもらいます!』

 と一言告げたところで予鈴が鳴り響いたのだ。何なの、最近の女子高生はそんなほいほいデートしちゃうのと思ったが、喜ぶわけにはいかない、狙いを裏に隠している顔をしていたからである。私の常に人の顔を伺ってきた人生を舐めて貰っては困るぞ。

「そうなの!せんせー大丈夫だよ!」

 また段ボールから顔を出し、グッと親指を立てる。

 何が大丈夫なのだと……。

と思ったところで私の中で繋がる。

「もしかして野球するのか……?」

「さっき貴方は何部の顧問と仰いましたの?」

 質問を質問で返すな。

 だがそういうことだろう。彼女たちは自主的に私のために本来の部員の姿に戻る気なのではないか。

「数学で点数取らないとだもんね~」

「うん!」

 訂正。数学のためである。

 授業なので使用する資料が入った鞄を置かせて頂くと、いつものように皆と離れた場所に腰を下ろした。

 スカウティングのために住所録を再び捲る。昼休憩でリストアップ人数を確認したきりで、全く進んでいないのが現状だ。そのためにもここにいる彼女たちにも手伝って頂きたいのだが。

「渚、まだ見つかりませんの?」

「まだだよーバットとグローブとボールしかないんだよー」

「十分じゃないですの……?」

「だめだよ!リストバンドとかアームガードとかレッグガードとか金カップとかないし!」

「きん……かぷ?」

 備品なんぞいらんだろ!特に最後は必要ない!

 とまぁこんな調子で女子トーク(?)に花を咲かせている彼女たちの話の中に割って入るなんて暴挙は出来ないし、私の声が入っていない可愛く甘い声を耳にしているだけで満足だ。

 となると私なりに絞り込んでみるか。

私がそう意気込んでいたところであった、長谷川からお声がかかる。

「せんせーも来てよ!」

 まぁ顧問だからな。これは仕方ない、顧問だから一緒に着いていくだけである。決してエロエロな密着指導がしたいなどの邪心があるわけではなく、体操着姿を近くで拝見したいなどの小さな下心しかないので安心して欲しい。

 だが少女たちは期待を裏腹に制服姿のままグラウンドへと向かっていったのであった。


「なんだこのセンスの塊は」

 思わずそう呟いた。と声に出てしまうのも仕方がない。

『じゃーキャッチボールしよっか!』

『なんですのそれ?』

『ボールを投げ合ってこのグローブでキャッチするんだよね~?』

 等々仰っていたにもかかわらず、いざ始めると暴投や捕球ミスの無いこと無いこと。

長谷川は遊びでやっていそうであるからまだわかるとして、新井はグローブの芯で捕りまくり甲高い音がそこら中に響き渡っているし、驚愕なのは王だ、文字通りキャッチボールのキの字も知らなかった奴がどうしてこんなに捕れるのだ。さらに最初の内は投げ方にクセがあったが、時間が経つに連れどんどんそれが無くなっていく、まるで自分の最適の投げ方を模索しているようにも見えた。

 これが天才型というやつか……。

「おぉ!おーちゃんナイスボール!」

「当たり前ですわ」

「渚ちゃんも流石だね~」

「えへへ……ありがとー」

 まぁそんなことよりも気になった点は、とても楽しそうにキャッチボールしていることであった。

 キャッチボールが楽しいとか私は正直感じたことはない。なぜならその後に練習が待っているからだ。何故この後にきついきつい練習があるのにそんなに笑っていられるだろうか、私には理解出来なかった。

 私はこういう風に、ボールだけでなく会話もキャッチボールということなんぞしたことが無く、コミュニケーションの手段としてのキャッチボールなんか都市伝説なのではと思っていたが。

 こんなに笑顔で出来るものなのかキャッチボールとは。

 彼女たちのキャッチボールは、三角形の形になり30メートル間隔くらいにも広がっていった。軽く汗を流しながら、女子とは思えないキャッチング、スローイングをこなしていき、そしてまた徐々にその三角形は小さくなっていく。

 私はそのとんでもない光景をしばらく眺めながら呟いた。

「あと6人」

 『集めたい』と思うようになっていた。


 はたしてそれは、下心からくる感情なのか、あるいは何か別の熱意からくる感情なのか。いつか分かる日が来るのだろうか。

 と、そんな悩みも吹き飛ばすような出来事が帰宅してからに起きたのであった。

風呂も即席麺も済ませ、軽快にネットでサーフィンをしていると、布団の上に置き忘れていたスマートフォンが光っていることに気づいた。これは普段からスマートフォンには触らないのでよくあることである。

『今起きましたー!今日はホントすいません!!!』

『でも一緒に応援たのしかったです^^またいきましょー!』

『Haseがスタンプを送信しました』

 長谷川から明らかに昨日送られたであろう文章だった。因みに投げキッスをしている。

 なるほどこんな文章が送られていたのか。ここでなぜ昼休憩で長谷川が現れたのかが分かった。

 どうもこのインスタントメッセンジャーには文章を見た時点で『既読』という恐ろしい足跡が付けられるそうだ。私は今この文章をはじめて見た、つまりそれまで『既読』はつかなかったことになる。詰まるところ、私が怒って返事を返さなかったとでも思ったのではないだろうか。

「にしても翌日にすぐ謝れるな……」

 なんという行動力であろうか。今日もいきなり野球をし始めるし……いや、それは当たり前なのだが……。

「うん?」

 長谷川のメッセージを見たのにもかかわらず、まだアプリケーションは未読文があると知らせてくる。

 慣れない手つきで未読になっていたメッセージを確認すると、『まこ』という人物からであった。 誰だ、私の知り合いに『まこ』という名前の人なんていないはずだ。

 名前からして女性だろう、私の知り合いの女性と言えば、母と妹と高校の野球部……。

 そこまで考えたところで若干想像できていたのだが、メッセージの文章を見て確信に変わった。


『先生、デートは明日なんかどうですか??』


 そう、新井真琴であった。


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